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第5話

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「――お待ちください」

 すっと空気を切り裂く鋭い刃のような声が、ホールに響いた。
 
 ホール中の視線が、一斉にそちらへ向く。グルーは眉を寄せ、声の方を見た。
「これは、どういうことです……?」

 そこにいたのは、黄金色の髪に真紅の瞳を持つ、ハッとするほど美しい青年だった。

(綺麗なひと……彼は、たしか)

 アーサー・レグール。
 隣国の第一王子である。くっきりとした二重、輪郭はシュッと流れるように優雅。国民からも絶大な人気を誇るうら若き王子だ。

 アーサーは眉を下げて、突然の事態に困惑しているようだった。
 
「あぁ……これは、アーサー・レグール王子。みっともないところをお見せして申し訳ありません」

 グルーはお得意の王子スマイルを顔面に張りつけて、恭しくアーサーへ頭を下げた。

 アーサーは静かにその様子を見つめると、アナスタシアに視線を向けた。アナスタシアはまっすぐなその視線から逃れるように、サッと目を逸らした。
 
「……お話によると、グルー王子はこちらのご令嬢との婚約を破棄されるおつもりなのですね?」
「あ――えぇ、まぁ。彼女には、私なりにいろいろと尽くしてきたつもりだったのですが……いやしかし、王族の一員になるという自覚があまりにもないものですから、ほとほと困り果てていて」

 グルーはそう言って、肩をすくめる。それを見たアナスタシアは呆れを通り越して、もはや感動すら覚えた。

(私……困らせてたんだ、このひとのこと)

 それは申し訳なかったな、と他人事のようにそう思った。

「……まぁ、とは言っても、彼女が泣いて詫びるなら許してやらなくもないのですがね。彼女の親族はすべて流行病で死んでいて、どうせ行く宛てもないでしょうし。まぁ、こんな様子では正室としての責務は果たせそうにありませんし……仕方がないので、これからは側室として可愛がってやろうかと」 

 グルーはそう言って、くつくつと笑った。

(側室……?)

 アナスタシアは呆然とグルーを見上げた。

「側室……ですか」

 アーサーは小さく呟いた。その顔はライトの影になっていてよく見えない。

 アナスタシアは、拳をぎゅっと握り締めた。

(そう……そういうこと)

 納得した。
  
 つまりグルーは、それが狙いだったのだ。いくら美しいとはいえ、高慢なグルーがなぜ没落貴族の娘なんかを婚約者としたのか、ずっとおかしいと思っていた。

 だが今、グルーの勝ち誇った顔を見てようやくわかった。
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