上 下
1 / 12

第1話

しおりを挟む

 それは、国王代理会議のあとに開かれた親交パーティーでのことだった。
 突然、アナスタシアの婚約者であるグルー・マルクが、ホールに響く声で高らかにこう言い放ったのである。
 
「アナスタシア・フレア。この場を借りて、グルー・マルクは貴方への婚約破棄を申し入れる!」
「っ!」

 突然の婚約破棄宣言である。
 当然、それまで賑やかだったホール内はしんと静まり返った。

 楽団たちはそれぞれ顔を見合わせ、音楽を奏でる手を止め、ダンスをダンスを楽しんでいた者たちも動きを止めた。

(婚約破棄……!?)

 婚約破棄を突きつけられた当事者、アナスタシアは驚きで言葉を失い、立ち尽くしていた。
 
 今回婚約破棄を突き付けられたアナスタシア・フレアは、もともと国の南部の広大な領地を所有した貴族、フレア家の令嬢だった。

 美しく輝くような銀髪と銀青色の瞳を持ち、領民にとどまらず、国民から絶世の美女と謳われたアナスタシアだったが、今はかつての美しさの面影すらない。

 継ぎ接ぎで染みだらけのドレス身を包んだ、痩せぎすの身体。ボサボサに伸び切った栄養のない髪。瞳は光を失い、溜まった疲れのせいか焦点もまともにあっていない。

(そんな……)

 かつて国中の視線を集めるほど美しかったアナスタシアがどうしてこのような姿になってしまったのか。

 それには、いくつかの理由があった。
 
 まずひとつは、アナスタシアの父が領主をしていた南部が、度重なる干ばつに見舞われたのである。干ばつによる飢饉ききん、さらに不衛生な環境から発生した流行病はやりやまいによって、領民は次々と命を落としていった。

 領主であったフレア家は責任を負わされることとなり、その結果爵位しゃくいを取り上げられてしまったのである。

 その頃アナスタシアは学生だったため、王都の王立学園で勉学に励みながら寮生活を送っていた。

 本来であれば、王族や貴族の子爵たちが多く通うその学校で婚約者を見つけるはずだったのだが、実家が没落してしまったアナスタシアは学校を退学し、実家へ帰ることとなった。

 フレア家は没落したのちも、領民たちと共に飢饉や流行病による食糧不足などの危機をなんとかしようと尽力していた。しかしその年の冬、例の流行病に両親が罹患。治療の甲斐なく、アナスタシアを残して死んでしまったのである。

 両親を失ったアナスタシアはひとりぼっちになり、絶望した。令嬢であるアナスタシアに、ひとりで生きていく術などない。

 もう死しか残されていない――アナスタシアが途方に暮れていたときだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】死に損ない令嬢は、笑ってすべてを覆す。

猫石
恋愛
アンリエッタは殺されかけた。 婚約者と親友に騙されて。 湖に沈みゆく悲しみの中で、儚くなる瞬間、頭の中に落ちてくる記憶の中で ここが、前世で読んでいた小説の中の世界だと気が付いた。 それは、あまりにもご都合主義展開なハッピーエンドの物語。 (そんなの許さない) 全てを思い出したアンリエッタは、話を覆すことにした。 **他部署でフィーバーしたのでおまけ3話公開中** 18時、20時、22時に公開完結です。 ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★いつもの作者の息抜き作品です。 ★ゆる・ふわ設定ですので気楽にお読みください。 ★小説家になろう様にも公開しています。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

「ババアはいらねぇんだよ」と追放されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます〜今更私の力が必要だと土下座してももう遅い〜

平山和人
恋愛
聖女として働いていたクレアはある日、新しく着任してきた若い聖女が来たことで追放される。 途方に暮れるクレアは隣国の王子を治療したことがきっかけで、王子からプロポーズされる。 自分より若いイケメンの告白に最初は戸惑うクレアだったが、王子の献身的な態度に絆され、二人は結婚する。 一方、クレアを追放した王子と聖女はクレアがいなくなったことで破滅の道を歩んでいく。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...