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「ナツメには散々なことを言っておいて、情けないだろう。……笑いたければ笑えばいい」
自嘲気味な笑みを漏らすイロハさんを、ナツメさんは静かに見つめて……首を横に振った。
「情けなくなんてない。そもそも、完璧であろうとするイロハさんは間違ってないわ。私にはとても真似できないし、かっこいいと思う」
「よしてくれ。余計惨めになるだろ」
イロハさんが背を向け、船内へ歩き出す。その背中に、私は叫ぶ。
「そんなことありませんよ!」
イロハさんが顔を上げる。
「惨めだなんて、そんなことぜったいにないです! 私も完璧であろうとするイロハさん、かっこいいと思います」
イロハさんに微笑みかけるが、彼女は戸惑うような表情のまま。
「……かっこいいもんか。結果、私は後輩を守れなかった。私のやりかたは間違っていたんだ」
「違うよ」
今度はハルさんが言った。
「イロハっちは間違ってない。ただちょっと、言葉が足りなかっただけだよ」
「こと、ば……?」
イロハさんが眉を寄せる。
「……私もそう思う。その子は、じぶんが頼りにされていないと思ったんじゃないかな。完璧なイロハさんに憧れてたからこそ……ただ、イロハさんに認めてもらいたかっただけなんだと思う」
ナツメさんの言葉に、イロハさんはハッとしたように瞬きを繰り返した。
「そういうものなのか……?」
「心の声は、相手には届きませんから……。たったひとことの労いや笑顔で救われることだってあると思うんです」
言葉は、ときにひとを傷付ける。しかし逆に、救うこともあるのだ。私はそれを、今夜知った。
「…………」
イロハさんは黙り込んだ。その頬はこころなしか、じんわり赤くなっているような気がする。
「つまり、イロハっちは愛情表現が足りなかったってことだな」
「そういうことね」
イロハさんは唇を引き結んだ。
「……でも、そんなのは私のキャラではない」
「あれ? だれにどう思われても気にしないと言ったのはだれでしたっけ?」と、ナツメさん。
「ぐっ……」
今度こそ、イロハさんが言葉に詰まった。
「なぁんだ。イロハっちも結局、イメージに囚われてたってことなんだねぇ」
「ふふっ。なんだかちょっとホッとした。イロハさん、可愛いところもあるんじゃない」
――ナツメさん、楽しそう……。
ナツメさんは案外Sっ気があるのかもしれない。
新たな一面を見て、少し心が弾む。
「くそっ」
イロハさんは悔しそうに顔を背けた。
「……あの、イロハさん」
「なんだ? まだなんかあるのか」
身構えるイロハさんを、ナツメさんがまっすぐに見つめる。
「ずっと完璧じゃなくてもいいんじゃないかな? 少なくとも私たちはイロハさんの上司じゃないし、後輩でもない。イロハさんになにかを期待したりしないわ」
「そーそー! ただ同じバスの乗客ってだけ」
「ですね」
「……まぁ、それもそうか」
イロハさんはふぅ、と息を吐きながら、ぐるりと周囲を見回した。
赤やオレンジ色の珊瑚礁、イワシの群れや、それを追いかけるイルカたち。船体や岩についた苔をのんびり食べるジュゴンに、ふよふよとただ海の中を漂うだけのクラゲ。
「……きれいだな」
「ですね」
「本当はな、寝過ごしたというのはうそだったんだ。どうしても、降りるボタンを押すことができなかった。仕事を、辞めたくなってた」
これまでのじぶんをすべて否定されたような気がして。
イロハさんは目を閉じ、ふうっと息を吐く。
「……こうやって、気負わず、本当のじぶんに戻れる時間というのはいいな」
「……はい」
「バスに乗ったときは、正直明日のことなんて考えられなかった。でも、今は少し……夜明けが怖くないよ」
「……私も。悩んでるのは、私だけじゃないんだって思えたし、本当の私を受け入れてくれた、みんながいるから」
そっと微笑むナツメさんに、私も頷く。
「はい」
自嘲気味な笑みを漏らすイロハさんを、ナツメさんは静かに見つめて……首を横に振った。
「情けなくなんてない。そもそも、完璧であろうとするイロハさんは間違ってないわ。私にはとても真似できないし、かっこいいと思う」
「よしてくれ。余計惨めになるだろ」
イロハさんが背を向け、船内へ歩き出す。その背中に、私は叫ぶ。
「そんなことありませんよ!」
イロハさんが顔を上げる。
「惨めだなんて、そんなことぜったいにないです! 私も完璧であろうとするイロハさん、かっこいいと思います」
イロハさんに微笑みかけるが、彼女は戸惑うような表情のまま。
「……かっこいいもんか。結果、私は後輩を守れなかった。私のやりかたは間違っていたんだ」
「違うよ」
今度はハルさんが言った。
「イロハっちは間違ってない。ただちょっと、言葉が足りなかっただけだよ」
「こと、ば……?」
イロハさんが眉を寄せる。
「……私もそう思う。その子は、じぶんが頼りにされていないと思ったんじゃないかな。完璧なイロハさんに憧れてたからこそ……ただ、イロハさんに認めてもらいたかっただけなんだと思う」
ナツメさんの言葉に、イロハさんはハッとしたように瞬きを繰り返した。
「そういうものなのか……?」
「心の声は、相手には届きませんから……。たったひとことの労いや笑顔で救われることだってあると思うんです」
言葉は、ときにひとを傷付ける。しかし逆に、救うこともあるのだ。私はそれを、今夜知った。
「…………」
イロハさんは黙り込んだ。その頬はこころなしか、じんわり赤くなっているような気がする。
「つまり、イロハっちは愛情表現が足りなかったってことだな」
「そういうことね」
イロハさんは唇を引き結んだ。
「……でも、そんなのは私のキャラではない」
「あれ? だれにどう思われても気にしないと言ったのはだれでしたっけ?」と、ナツメさん。
「ぐっ……」
今度こそ、イロハさんが言葉に詰まった。
「なぁんだ。イロハっちも結局、イメージに囚われてたってことなんだねぇ」
「ふふっ。なんだかちょっとホッとした。イロハさん、可愛いところもあるんじゃない」
――ナツメさん、楽しそう……。
ナツメさんは案外Sっ気があるのかもしれない。
新たな一面を見て、少し心が弾む。
「くそっ」
イロハさんは悔しそうに顔を背けた。
「……あの、イロハさん」
「なんだ? まだなんかあるのか」
身構えるイロハさんを、ナツメさんがまっすぐに見つめる。
「ずっと完璧じゃなくてもいいんじゃないかな? 少なくとも私たちはイロハさんの上司じゃないし、後輩でもない。イロハさんになにかを期待したりしないわ」
「そーそー! ただ同じバスの乗客ってだけ」
「ですね」
「……まぁ、それもそうか」
イロハさんはふぅ、と息を吐きながら、ぐるりと周囲を見回した。
赤やオレンジ色の珊瑚礁、イワシの群れや、それを追いかけるイルカたち。船体や岩についた苔をのんびり食べるジュゴンに、ふよふよとただ海の中を漂うだけのクラゲ。
「……きれいだな」
「ですね」
「本当はな、寝過ごしたというのはうそだったんだ。どうしても、降りるボタンを押すことができなかった。仕事を、辞めたくなってた」
これまでのじぶんをすべて否定されたような気がして。
イロハさんは目を閉じ、ふうっと息を吐く。
「……こうやって、気負わず、本当のじぶんに戻れる時間というのはいいな」
「……はい」
「バスに乗ったときは、正直明日のことなんて考えられなかった。でも、今は少し……夜明けが怖くないよ」
「……私も。悩んでるのは、私だけじゃないんだって思えたし、本当の私を受け入れてくれた、みんながいるから」
そっと微笑むナツメさんに、私も頷く。
「はい」
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