青春×アミュレット

朱宮あめ

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「白峯高校前、白峯高校前。お忘れ物のないよう、お降りください」
 滑るようにバスが停車して、ドアが開く。ICカードを翳してバスを降りた瞬間、風が桜の花びらを連れてきた。制服についた花びらを手に取り、くるくると指先で遊ばせながら歩き出す。
「あっ、愛来~! おはよう」
 通学路に出ると、横断歩道を歩いてきた生徒に声をかけられた。
「さやか、おはよう」
 声をかけてきたのは、クラスメイトのさやかだ。
「一緒に行こ」
「うん」
 さやかと肩を並べて登校していると、うしろからぽんと肩を叩かれた。
「おはよっ、愛来! さやか!」
「あ、山ちゃん。おはよー」
 同じく、クラスメイトで私の友達の山ちゃんだ。
「おはよー」
「新学期だよ! 今年は受験だぁ……」
「うわぁ、朝からいやなこと言うなよー」
 バスを降りたら、高校はもうすぐそこだ。通学路は白峯高校の生徒で溢れている。
「あ、愛来ちゃんおはよー」
「おはよう」
「御島さん、おはよう。一緒に行っていい?」
「うん、もちろん」
「学校始まっちゃったねぇ」
「だねー」
「愛来ちゃんたち、もう進路決めた?」
「私は美容の専門学校かなー」
「私も看護師になりたいから、進学かな。でも大学か専門にするかはまだ」
「そうなんだ。あたしも決めなきゃー!」
 みんなでわいわい話す通学路。私は、さっき拾った桜の花びらを見た。
 あれから季節は巡り、私にとって高校最後の春が来た。
 今日は新学期だ。
 あちこちで朝の挨拶が飛び交っている。
 その中に、私も混ざっているのがなんだか不思議な心地だった。

 ねえ、ひなたくん。
 私はもう、ひとりじゃないよ。
『愛来』って、私の名前を呼んでくれるひとがたくさんできたよ。
 おはようって言われたらおはようって返して、またねって言ったらまた明日って返してくれるひとがたくさんいるんだよ。
 今、君はここにはいないけれど。
 私は、ひなたくんが拓いてくれた道の上に立っている。
 ふと顔を上げると、青々とした空が広がっていた。写真に残したいなと思って、スマホを取り出す。空へ翳していると、
「あれ、なにそれ、可愛いじゃん」
 と、さやかが私のスマホケースについたお守りを見て言った。
「あ、これ?」
「手作り?」
「……うん。いいでしょ。これ、私のたからものなの」
「これ、もしかしてミサンガの糸でできてるの?」
「いいなー私も作りたい! そーいうの」
「あ、じゃあなんかお揃いで作る? 合格祈願的な」
「いいね! それなら私、赤がいいな、赤!」
「えーじゃあ私はー……」
 盛り上がるふたりを前に、私はふと足を止める。
 ――愛来。
 名前を呼ばれた気がして空を見た。
 一羽の雲雀が、空高く、太陽へ向かって駆けていく。
 またあの声で名前を呼ばれたいなぁ、なんて叶わないことを思って、苦笑する。
 スマホケースに繋がれたお守りを見た。
 このお守りを身につけてから、私は一度も予知夢を見ていない。というより、ひなたくんと出会ってからは一度も見ていない。
 たぶんそれは、ひなたくんが私の呪いを解いてくれたから。
 今の私はもう、悪夢の外にいる。
 だからもう、夢には囚われない。
 これまでのように、可能性をすべて捨てるようなことはしない。
 人生を諦めることもやめた。
 後悔は……今もちょこちょこしたりはするけれど、でももう、生きることは投げ出さない。
 私は、君がくれた希望を忘れないよ。
 ……だから。
 だからさ。
 たまには夢に出てきてよ。
 そうしたら、あの日の告白の返事をするから。
 今度こそ、私から君に「好きだよ」って、告白をするから……。
 小さく空に呟き、私は足を前に踏み出した。


 ***


 ――残像が弾けた。
 女の子が、泣いている。
「愛来のせいで、モコが死んじゃった……っ」
 悲痛な声だった。
 パッと映像が切り替わる。
 静寂の中、ぱら、と紙が擦れる音がする。
 セーラー服を着た女の子が、教室の隅で本を読んでいる。その横顔に表情はなく、ちょっと近寄り難い。
 でも、僕は。
 僕だけは知っている。君のこと。
 不思議な能力に翻弄され、孤独を選ばざるを得なくなった女の子。
 ひとりぼっちで、その小さな体で、大切なひとたちを必死に守ろうとしているとても勇敢な女の子だ。
 大丈夫。僕は、知ってるよ。
 僕は、そばにいるよ。
 君をひとりにはしないよ。
 だから、笑って。僕にもっと、その無邪気な笑顔を見せて。
 カラフルな喧騒が飛び交う教室。その片隅に、僕は走る。
 小さな肩を、
「おはよう!」
 と言ってぽんと叩く。
 驚いて振り返った女の子が、僕を見てふっと表情を緩ませた。
「ひなたくん」
 気を許したその笑みに、僕の心はどうしようもなく高揚する。
「おはよう、ひなたくん」
 何気ない朝の挨拶は、全身に血が巡るように、僕の胸を満たしていく。
「おはよう、愛来」
「ねぇひなたくん、昨日のドラマ観た?」
「観た観た! おかげでちょっと寝不足でさぁ」
「私も。でも気になっちゃってさ……」
 椅子を引きながら、教科書を机にしまいながら、会話は続く。
「そういえば今日の英語、ひなたくん指されるよね」
「えっ! そうだっけ!? やば、訳してないよ!」
「だろうと思った。私やってきたから、写していいよ」
「ありがと愛来~!!」
 手袋をしていない手から伝わってくる君の体温は、僕に穏やかな残像を送り続ける。
 あぁ、僕は幸せだ。
 こんな幸せな夢の中で逝けるなんて。
 閉じた目元に溜まっていた涙が、ゆっくりとこめかみを滑り落ちて、まくらに染みを作っていく。
「ひなたくん」
 愛しい声が、僕を呼ぶ。
 僕は力を振り絞って目を開けた。すぐそばに、僕を見つめる愛来がいた。泣きそうな顔の愛来に、僕は言う。
「わら、って」
 愛来が泣き笑いのような顔を浮かべる。感情が溢れ出したその顔に、僕もつられて笑みを浮かべた。
「やっぱ……笑顔、可愛い」
 すると愛来は、「バカ」と目元を拭いながら笑った。
 あのときひとりぼっちで泣いていた女の子が、能面のように感情を捨てていた女の子が、今はこんなにも表情豊かに。
 あのとき伸ばしても届かなかった僕の手は今、しっかりと彼女に触れている。
 あぁ、僕はなんて幸せなんだろう……。
 生まれてきてよかった。
 君に会えてよかった。
 君を好きになってよかった。
 この力があってよかった。
 そう確信して、僕は安らかに眠りについた。
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