13 / 14
13
しおりを挟む
顔を上げると、ひなたくんが言った。
「一緒に、天国に」
もう声にならなかった。
ほぼ嗚咽のような「うん」を返すと、ひなたくんは眉を下げて小さく笑った。
「……もう泣かないで」
ひなたくんが私の頬に、そっと手のひらをつける。触れ合った皮膚から、あたたかさが染みてくるようだった。
「俺は、愛来の笑った顔が好きだよ」
「……無茶言わないでよ。私だって、泣きたくて泣いてるわけじゃないんだから」
「あれ、そうなの?」
見ると、ひなたくんはにやっと笑った。その顔に、ん? となる。
「……ひなたくん、もしかして元気だね?」
「えへ。バレたか」
「もー!」
ようやく笑えた。
「そだ。愛来に渡したいものがあったんだった」
「渡したいもの?」
「そこ、開けてくれない?」
「え、私が開けるの?」
「うん。お願い」
ひなたくんに言われ、ベッド脇の棚の一番上を開ける。中には、小さな包みが入っていた。プレゼント用の袋で、赤いリボンまでつけてある。
「これ?」
「うん。それ、あげる」
「……開けていい?」
「うん」
袋を開け、中身を取り出す。取り出して、首を傾げた。
「……? なに、これ」
考えても分からず、ひなたくんを見る。すると、ひなたくんは「え」と少し不服そうな顔をして、言った。
「どこからどう見てもお守りじゃん!」
「……お守り……これが?」
入っていたのは、ミサンガ用の糸で縫われた不格好な袋だった。
「……マジ?」
「大マジだよ!」
「ふっ……ははっ!」
「おい! 笑うなよ!」
「ごめん、だって……ふふっ」
ひなたん曰く、これは一応お守りらしい。開け口辺りにあるぐちゃぐちゃっとしたやつは、おそらく水引きをイメージしたのだろう。とてもそうは見えないが。
「…………」
「むー。文句言うならあげないぞ」
ひなたくんが手を伸ばしてくる。
「あっ、ダメ!!」
私は慌ててお守りを握ったままくるりと回転し、ひなたくんに背中を向けた。
「まだなにも言ってないじゃん!」
「まだってことは、やっぱり言う気だったんか」
「あっ」
しまった。いけない、つい本音が。
「言わない言わない! 大切にするって!」
「……まぁ、見た目は悪いかもだけど、効能はきっと抜群だから」
「効能?」
「……うん。それは、持ってるだけで予知夢を見なくなるっていう、愛来専用のお守りだから」
ハッとして顔を上げた。
「ひなたくん……もしかして、私のためにわざわざ?」
「うん。それを持ってれば、愛来は予知夢を絶対見なくなる! だからもうなにも怖がらずに、たくさんのひとと笑い合えるよ」
やっと止まったと思った涙が、また溢れ出しそうになる。私は慌てて口を引き結んで、込み上げてくるものをこらえた。
お守りを両手で握り締める。
「……一生大切にする」
私の言葉に、ひなたくんは、
「一生はいいよ」と、照れくさそうに笑った。
「私、いつもひなたくんにもらってばっかりだね……」
「そんなことないよ。愛来は俺にとびきりの青春をくれたじゃん。これはそのお礼だよ」
「そんなの、あげたうちに入らないよ。私のほうが楽しんでたもん」
「そんなことないって。……本当に、それは違うよ」
ひなたくんはそう言って、窓の外を見つめた。
ひなたくんの視線を追いかけていると、街の中に私たちが通う学校が見えた。四階にあるこの病室は、眺めが抜群に良い。
「……俺ね、愛来に病気のこと打ち明けたとき、実は結構強がってたんだ。心の中ではなんで俺だけって腹立ってた。みんな、適当に生きて、適当に学校に行ってるのに。神様はなんで俺にだけ、こんな理不尽を……って。でも、愛来のことを知って、思ったんだ。もしかしてみんな、平気なフリをしてるだけで、本当は大変な思いをしてたのかなって。家族とか友達とか、勉強とか部活とか……人間関係だけじゃなくても、ほかにもじぶんの中の問題とか、いろいろ」
「……うん」
そうかもしれないね、と小さく相槌を打つ。
「だとしたら俺は、だれよりも幸せだったよ」
「え……」
「家族にも友達にも不満なんてなかったし、それに、愛来と過ごしたこの三ヶ月半、本当に夢のような時間だったもん」
ひなたくんが私を見る。
「ありがとね」
そのありがとねはまるで、物語の終わりに着く句読点のようで。
私たちの物語が終わることを示しているかのようで、とても、胸が騒いだ。
「なに最後みたいなこと言ってるの……早く学校来てよ」
私はそう、苛立った口調でひなたくんに言う。
本当は、分かっていた。
ひなたくんと出会って、もうすぐ四ヶ月になる。彼の心臓は、たぶんもう限界を迎えている。
その証拠に、ひなたくんは困ったような顔をしている。
「学校かぁ……そうだな、もう一回くらい、行けるように頑張ってみようか」
「……ぜったいだよ」
「はいはい」
無茶を言っていることは分かっている。ひなたくんに対して、残酷なことを言っていることも。……でも、言わずにはいられなかった。
「私、待ってるから……そのとき、ひなたくんに告白の返事するから。だから、ぜったい来てよ」
「なにそれ。ぜったい行かなきゃじゃん」
「そうだよ、だから来て」
「はは、分かった。頑張る」
困ったような笑い方をするひなたくんを見ながら、私はなにをこんな子どもじみたことを言っているんだろう、とじぶんに呆れた。
「あのさ、ひなたくん」
「ん?」
――死なないで。
そう言いそうになって、咄嗟に唇を噛み締めた。頭の上に、ふわり、あたたかな手が乗った。顔を上げると、ひなたくんが微笑んでいる。
「じゃあ、そのときはまた、卵焼きと唐揚げ交換してくれる?」
そう、ひなたくんは私に優しい嘘をついた。
「うん、約束ね」
「約束」
そうして、私たちは「またね」と言って別れた。
「一緒に、天国に」
もう声にならなかった。
ほぼ嗚咽のような「うん」を返すと、ひなたくんは眉を下げて小さく笑った。
「……もう泣かないで」
ひなたくんが私の頬に、そっと手のひらをつける。触れ合った皮膚から、あたたかさが染みてくるようだった。
「俺は、愛来の笑った顔が好きだよ」
「……無茶言わないでよ。私だって、泣きたくて泣いてるわけじゃないんだから」
「あれ、そうなの?」
見ると、ひなたくんはにやっと笑った。その顔に、ん? となる。
「……ひなたくん、もしかして元気だね?」
「えへ。バレたか」
「もー!」
ようやく笑えた。
「そだ。愛来に渡したいものがあったんだった」
「渡したいもの?」
「そこ、開けてくれない?」
「え、私が開けるの?」
「うん。お願い」
ひなたくんに言われ、ベッド脇の棚の一番上を開ける。中には、小さな包みが入っていた。プレゼント用の袋で、赤いリボンまでつけてある。
「これ?」
「うん。それ、あげる」
「……開けていい?」
「うん」
袋を開け、中身を取り出す。取り出して、首を傾げた。
「……? なに、これ」
考えても分からず、ひなたくんを見る。すると、ひなたくんは「え」と少し不服そうな顔をして、言った。
「どこからどう見てもお守りじゃん!」
「……お守り……これが?」
入っていたのは、ミサンガ用の糸で縫われた不格好な袋だった。
「……マジ?」
「大マジだよ!」
「ふっ……ははっ!」
「おい! 笑うなよ!」
「ごめん、だって……ふふっ」
ひなたん曰く、これは一応お守りらしい。開け口辺りにあるぐちゃぐちゃっとしたやつは、おそらく水引きをイメージしたのだろう。とてもそうは見えないが。
「…………」
「むー。文句言うならあげないぞ」
ひなたくんが手を伸ばしてくる。
「あっ、ダメ!!」
私は慌ててお守りを握ったままくるりと回転し、ひなたくんに背中を向けた。
「まだなにも言ってないじゃん!」
「まだってことは、やっぱり言う気だったんか」
「あっ」
しまった。いけない、つい本音が。
「言わない言わない! 大切にするって!」
「……まぁ、見た目は悪いかもだけど、効能はきっと抜群だから」
「効能?」
「……うん。それは、持ってるだけで予知夢を見なくなるっていう、愛来専用のお守りだから」
ハッとして顔を上げた。
「ひなたくん……もしかして、私のためにわざわざ?」
「うん。それを持ってれば、愛来は予知夢を絶対見なくなる! だからもうなにも怖がらずに、たくさんのひとと笑い合えるよ」
やっと止まったと思った涙が、また溢れ出しそうになる。私は慌てて口を引き結んで、込み上げてくるものをこらえた。
お守りを両手で握り締める。
「……一生大切にする」
私の言葉に、ひなたくんは、
「一生はいいよ」と、照れくさそうに笑った。
「私、いつもひなたくんにもらってばっかりだね……」
「そんなことないよ。愛来は俺にとびきりの青春をくれたじゃん。これはそのお礼だよ」
「そんなの、あげたうちに入らないよ。私のほうが楽しんでたもん」
「そんなことないって。……本当に、それは違うよ」
ひなたくんはそう言って、窓の外を見つめた。
ひなたくんの視線を追いかけていると、街の中に私たちが通う学校が見えた。四階にあるこの病室は、眺めが抜群に良い。
「……俺ね、愛来に病気のこと打ち明けたとき、実は結構強がってたんだ。心の中ではなんで俺だけって腹立ってた。みんな、適当に生きて、適当に学校に行ってるのに。神様はなんで俺にだけ、こんな理不尽を……って。でも、愛来のことを知って、思ったんだ。もしかしてみんな、平気なフリをしてるだけで、本当は大変な思いをしてたのかなって。家族とか友達とか、勉強とか部活とか……人間関係だけじゃなくても、ほかにもじぶんの中の問題とか、いろいろ」
「……うん」
そうかもしれないね、と小さく相槌を打つ。
「だとしたら俺は、だれよりも幸せだったよ」
「え……」
「家族にも友達にも不満なんてなかったし、それに、愛来と過ごしたこの三ヶ月半、本当に夢のような時間だったもん」
ひなたくんが私を見る。
「ありがとね」
そのありがとねはまるで、物語の終わりに着く句読点のようで。
私たちの物語が終わることを示しているかのようで、とても、胸が騒いだ。
「なに最後みたいなこと言ってるの……早く学校来てよ」
私はそう、苛立った口調でひなたくんに言う。
本当は、分かっていた。
ひなたくんと出会って、もうすぐ四ヶ月になる。彼の心臓は、たぶんもう限界を迎えている。
その証拠に、ひなたくんは困ったような顔をしている。
「学校かぁ……そうだな、もう一回くらい、行けるように頑張ってみようか」
「……ぜったいだよ」
「はいはい」
無茶を言っていることは分かっている。ひなたくんに対して、残酷なことを言っていることも。……でも、言わずにはいられなかった。
「私、待ってるから……そのとき、ひなたくんに告白の返事するから。だから、ぜったい来てよ」
「なにそれ。ぜったい行かなきゃじゃん」
「そうだよ、だから来て」
「はは、分かった。頑張る」
困ったような笑い方をするひなたくんを見ながら、私はなにをこんな子どもじみたことを言っているんだろう、とじぶんに呆れた。
「あのさ、ひなたくん」
「ん?」
――死なないで。
そう言いそうになって、咄嗟に唇を噛み締めた。頭の上に、ふわり、あたたかな手が乗った。顔を上げると、ひなたくんが微笑んでいる。
「じゃあ、そのときはまた、卵焼きと唐揚げ交換してくれる?」
そう、ひなたくんは私に優しい嘘をついた。
「うん、約束ね」
「約束」
そうして、私たちは「またね」と言って別れた。
7
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
八月のツバメ
朱宮あめ
青春
主人公・律は五年前に亡くなった恋人を忘れられずに日々を過ごしていた。そんなとき、夏の河川敷で、つばめという家出少女に出会う。
行く宛てのないつばめを見捨てられず、律とつばめ、そして野良猫と奇妙な同居生活が始まるが……。
八月の河川敷。俺は、神様が産み落としたツバメと出会った。
back beat 完全版
テネシ
青春
短編の自主制作映画化を前提に戯曲形式で書いていた「back beat」シリーズを一本の長編映画戯曲化し、加筆修正を加えて一つに纏めました。
加筆修正エピソード
2章 ~Colors~
3章 ~プロポーズ~
4章~mental health+er~
作中に登場する「玲奈」のセリフに修正が御座います。
大幅な加筆が御座います。
この作品は自主制作映画化を前提として戯曲形式で書かれております。
宮城県仙台市に本社を構えるとある芸能プロダクション
そこには夢を目指す若者達が日々レッスンに励んでいる
地方と東京とのギャップ
現代の若者の常識と地方ゆえの古い考え方とのギャップ
それでも自分自身を表現し、世に飛び出したいと願う若者達が日々レッスンに通っている
そのプロダクションで映像演技の講師を担当する荏原
荏原はかつて東京で俳優を目指していたが「ある出来事以来」地元の仙台で演技講師をしていた
そのプロダクションで起こる出来事と出会った人々によって、本当は何がしたいのかを考えるようになる荏原
物語は宮城県仙台市のレッスン場を中心に繰り広げられていく…
この物語はフィクションであり、作中に登場する人物や会社は実在しておりません。
通常はト書には書かず絵コンテで表現する場面も、読んで頂くことを考えト書として記載し表現しております。
この作品は「アルファポリス」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「エブリスタ」「カクヨム」において投稿された短編「back beat」シリーズを加筆修正を加えて長編作品として新たに投稿しております。
この物語はフィクションであり、作中に登場する人物や会社は実在しておりません。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる