青春×アミュレット

朱宮あめ

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 顔を上げると、ひなたくんが言った。
「一緒に、天国に」
 もう声にならなかった。
 ほぼ嗚咽のような「うん」を返すと、ひなたくんは眉を下げて小さく笑った。
「……もう泣かないで」
 ひなたくんが私の頬に、そっと手のひらをつける。触れ合った皮膚から、あたたかさが染みてくるようだった。
「俺は、愛来の笑った顔が好きだよ」
「……無茶言わないでよ。私だって、泣きたくて泣いてるわけじゃないんだから」
「あれ、そうなの?」
 見ると、ひなたくんはにやっと笑った。その顔に、ん? となる。
「……ひなたくん、もしかして元気だね?」
「えへ。バレたか」
「もー!」
 ようやく笑えた。
「そだ。愛来に渡したいものがあったんだった」
「渡したいもの?」
「そこ、開けてくれない?」
「え、私が開けるの?」
「うん。お願い」
 ひなたくんに言われ、ベッド脇の棚の一番上を開ける。中には、小さな包みが入っていた。プレゼント用の袋で、赤いリボンまでつけてある。
「これ?」
「うん。それ、あげる」
「……開けていい?」
「うん」
 袋を開け、中身を取り出す。取り出して、首を傾げた。
「……? なに、これ」
 考えても分からず、ひなたくんを見る。すると、ひなたくんは「え」と少し不服そうな顔をして、言った。
「どこからどう見てもお守りじゃん!」
「……お守り……これが?」
 入っていたのは、ミサンガ用の糸で縫われた不格好な袋だった。
「……マジ?」
「大マジだよ!」
「ふっ……ははっ!」
「おい! 笑うなよ!」
「ごめん、だって……ふふっ」
 ひなたん曰く、これは一応お守りらしい。開け口辺りにあるぐちゃぐちゃっとしたやつは、おそらく水引きをイメージしたのだろう。とてもそうは見えないが。
「…………」
「むー。文句言うならあげないぞ」
 ひなたくんが手を伸ばしてくる。
「あっ、ダメ!!」
 私は慌ててお守りを握ったままくるりと回転し、ひなたくんに背中を向けた。
「まだなにも言ってないじゃん!」
「まだってことは、やっぱり言う気だったんか」
「あっ」
 しまった。いけない、つい本音が。
「言わない言わない! 大切にするって!」
「……まぁ、見た目は悪いかもだけど、効能はきっと抜群だから」
「効能?」
「……うん。それは、持ってるだけで予知夢を見なくなるっていう、愛来専用のお守りだから」
 ハッとして顔を上げた。
「ひなたくん……もしかして、私のためにわざわざ?」
「うん。それを持ってれば、愛来は予知夢を絶対見なくなる! だからもうなにも怖がらずに、たくさんのひとと笑い合えるよ」
 やっと止まったと思った涙が、また溢れ出しそうになる。私は慌てて口を引き結んで、込み上げてくるものをこらえた。
 お守りを両手で握り締める。
「……一生大切にする」
 私の言葉に、ひなたくんは、
「一生はいいよ」と、照れくさそうに笑った。
「私、いつもひなたくんにもらってばっかりだね……」
「そんなことないよ。愛来は俺にとびきりの青春をくれたじゃん。これはそのお礼だよ」
「そんなの、あげたうちに入らないよ。私のほうが楽しんでたもん」
「そんなことないって。……本当に、それは違うよ」
 ひなたくんはそう言って、窓の外を見つめた。
 ひなたくんの視線を追いかけていると、街の中に私たちが通う学校が見えた。四階にあるこの病室は、眺めが抜群に良い。
「……俺ね、愛来に病気のこと打ち明けたとき、実は結構強がってたんだ。心の中ではなんで俺だけって腹立ってた。みんな、適当に生きて、適当に学校に行ってるのに。神様はなんで俺にだけ、こんな理不尽を……って。でも、愛来のことを知って、思ったんだ。もしかしてみんな、平気なフリをしてるだけで、本当は大変な思いをしてたのかなって。家族とか友達とか、勉強とか部活とか……人間関係だけじゃなくても、ほかにもじぶんの中の問題とか、いろいろ」
「……うん」
 そうかもしれないね、と小さく相槌を打つ。
「だとしたら俺は、だれよりも幸せだったよ」
「え……」
「家族にも友達にも不満なんてなかったし、それに、愛来と過ごしたこの三ヶ月半、本当に夢のような時間だったもん」
 ひなたくんが私を見る。
「ありがとね」
 そのありがとねはまるで、物語の終わりに着く句読点のようで。
 私たちの物語が終わることを示しているかのようで、とても、胸が騒いだ。
「なに最後みたいなこと言ってるの……早く学校来てよ」
 私はそう、苛立った口調でひなたくんに言う。
 本当は、分かっていた。
 ひなたくんと出会って、もうすぐ四ヶ月になる。彼の心臓は、たぶんもう限界を迎えている。
 その証拠に、ひなたくんは困ったような顔をしている。
「学校かぁ……そうだな、もう一回くらい、行けるように頑張ってみようか」
「……ぜったいだよ」
「はいはい」
 無茶を言っていることは分かっている。ひなたくんに対して、残酷なことを言っていることも。……でも、言わずにはいられなかった。
「私、待ってるから……そのとき、ひなたくんに告白の返事するから。だから、ぜったい来てよ」
「なにそれ。ぜったい行かなきゃじゃん」
「そうだよ、だから来て」
「はは、分かった。頑張る」
 困ったような笑い方をするひなたくんを見ながら、私はなにをこんな子どもじみたことを言っているんだろう、とじぶんに呆れた。
「あのさ、ひなたくん」
「ん?」
 ――死なないで。
 そう言いそうになって、咄嗟に唇を噛み締めた。頭の上に、ふわり、あたたかな手が乗った。顔を上げると、ひなたくんが微笑んでいる。
「じゃあ、そのときはまた、卵焼きと唐揚げ交換してくれる?」
 そう、ひなたくんは私に優しい嘘をついた。
「うん、約束ね」
「約束」
 そうして、私たちは「またね」と言って別れた。
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