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「入学式のときに、たまたまね」
ひなたくんは、私のお守りを大事そうに両手で包む。
「……これを拾ったとき、ぜんぶ見えたよ。愛来がこれまでに経験してきた辛いこと、ぜんぶ。俺、それまでずっと、じぶんのことを結構不幸な人間だなって思ってたんだけど、愛来のことを知ったら、感じたことないくらいの悲しみがぶわって胸に溢れてきたんだ」
「ぜんぶ、知ってたの? 私が、本当のことを打ち明けたときも……」
ひなたくんは頷く。
「黙っててごめん。これも、早く返さなきゃと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて」
ごめんね、と、ひなたくんはやっぱり困ったように笑った。
そっか。ひなたくんは同情してくれていたんだ。
「なんだ、そっか……ま、まぁ、そりゃそうだよね」
ひなたくんは優しいから、ひとりぼっちの私を放っておけなかった。ただ、それだけ。
私はひなたくんにとって、特別でもなんでもない……。
すると、ひなたくんは「違うよ」と言った。
「残像の中の愛来は、毎日能面のような顔で学校生活を送ってた。だから、この子の笑顔が見たいなって、そう思ったんだよ」
「笑顔……?」
「うん。二年になって、同じクラスでとなりの席になったときはもう、運命だと思ったよ。神様は、俺とこの子を巡り合わせるために三ヶ月の猶予をくれたんだってね」
「……っ……」
心がどうしようもないくらいに震え出す。
生まれて初めての感覚に、言葉が出なかった。
「愛来のお守りを拾ったとき、俺、愛来に救われたんだよ」
「救われた……?」
「そうだよ。残像の中の愛来は、まるで俺を見てるみたいだった。大人ぶって、人生も青春も、ぜんぶを諦めて。……俺さ、愛来と仲良くなってから、毎日がすごく楽しくなったんだよ。人生で初めて、生きてるって思えて……同時に、生きたいって強く思えた。最期まで、生きることに執着して足掻いてやろうって」
「ひなたくん……」
「最後の最後に、こんな青春ができるなんて思ってなかったよ」
最後、という言葉にこめられたひなたくんの強い思いが眼差しからまっすぐ私に伝わってくる。
「……あの日、勇気を出して声をかけてよかった。あのね、俺が死ぬ前にやりたかったことは、本当はたったひとつだけだったんだよ」
「なに……?」
訊くと、ひなたくんはにこっと笑う。
「愛来の笑顔を見ること」
その瞬間、じぶんでも驚くほど、顔が熱くなった。
「そ、そんなの、いくらだって……」
「無理だよ。だって愛来、あの頃ぜんぜん笑わなかったもん! マジで能面だったからな」
「そんなこと……!」
「あるってば」
「……う」
言葉に詰まると、ひなたくんはくすりと笑った。
「でも、話してたら、笑顔だけじゃダメだった。ぜんぜん足りなくなって、もっと愛来のこと知りたくて、もっと仲良くなりたくて……気付いたらめちゃくちゃ欲張りになってた。俺って案外肉食系だったんだなーって。今さらながら、じぶんにびっくりだよ」
「肉食系って」
ぷっと思わず笑うと、ひなたくんも嬉しそうに笑った。今までとは違う少し弱い笑い方に、病魔が彼を蝕んでいることを実感する。
「……ねぇ、愛来」
「……なに?」
震えそうになる声をなんとか抑えて、私はひなたくんを見た。
「俺、愛来のことが好きだよ」
息が詰まった。
ひなたくんは、青白い顔で、少し、弱い口調で、でもしっかりと眼差しはこちらを向けて、言った。
「最初は、笑ってくれたらいいなって、本当にそれだけだったんだけど。でも、いつの間にか大好きになってた。愛来がほかのやつと仲良くなってくの見て、嬉しいけどちょっと寂しかった」
心が決壊した。涙が次々にあふれて、私の頬を流れていく。
「……もう死ぬっていうのに、こんなこと言ってごめん。告白もそうだけどさ、俺、ずっと、愛来にありがとうって言いたかったんだ。絶望してた俺に、最後に青春をくれて、生きたいと思わせてくれて、ありがとう」
「大袈裟だよ……っ」
涙で言葉が途切れ途切れになる私を、ひなたくんは、木漏れ日のような優しい眼差しで見つめる。
「大袈裟なんかじゃないよ。俺にとって、愛来はそれくらい大きな存在だったの」
「私だって……ひなたくんのおかげで毎日がまるきり変わった。私もふつうを楽しんでいいんだって、毎日を楽しいんでいいんだって、初めて思えた」
きっと、ひなたくんと出会ってなかったら、私の毎日はあの頃のまま、すべてを遠ざけて、すべてを諦めたままだったと思う。
足元を見る。
私の足首には、ひなたくんが編んでくれたひだまり色のミサンガがある。
見ただけで、心がぽかぽかしてくるのはなんでだろう。
見ただけで、涙が出そうになるのはなんでだろう。
「……このミサンガ、連れてってもいいかな」
「え……?」
ひなたくんは、私のお守りを大事そうに両手で包む。
「……これを拾ったとき、ぜんぶ見えたよ。愛来がこれまでに経験してきた辛いこと、ぜんぶ。俺、それまでずっと、じぶんのことを結構不幸な人間だなって思ってたんだけど、愛来のことを知ったら、感じたことないくらいの悲しみがぶわって胸に溢れてきたんだ」
「ぜんぶ、知ってたの? 私が、本当のことを打ち明けたときも……」
ひなたくんは頷く。
「黙っててごめん。これも、早く返さなきゃと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて」
ごめんね、と、ひなたくんはやっぱり困ったように笑った。
そっか。ひなたくんは同情してくれていたんだ。
「なんだ、そっか……ま、まぁ、そりゃそうだよね」
ひなたくんは優しいから、ひとりぼっちの私を放っておけなかった。ただ、それだけ。
私はひなたくんにとって、特別でもなんでもない……。
すると、ひなたくんは「違うよ」と言った。
「残像の中の愛来は、毎日能面のような顔で学校生活を送ってた。だから、この子の笑顔が見たいなって、そう思ったんだよ」
「笑顔……?」
「うん。二年になって、同じクラスでとなりの席になったときはもう、運命だと思ったよ。神様は、俺とこの子を巡り合わせるために三ヶ月の猶予をくれたんだってね」
「……っ……」
心がどうしようもないくらいに震え出す。
生まれて初めての感覚に、言葉が出なかった。
「愛来のお守りを拾ったとき、俺、愛来に救われたんだよ」
「救われた……?」
「そうだよ。残像の中の愛来は、まるで俺を見てるみたいだった。大人ぶって、人生も青春も、ぜんぶを諦めて。……俺さ、愛来と仲良くなってから、毎日がすごく楽しくなったんだよ。人生で初めて、生きてるって思えて……同時に、生きたいって強く思えた。最期まで、生きることに執着して足掻いてやろうって」
「ひなたくん……」
「最後の最後に、こんな青春ができるなんて思ってなかったよ」
最後、という言葉にこめられたひなたくんの強い思いが眼差しからまっすぐ私に伝わってくる。
「……あの日、勇気を出して声をかけてよかった。あのね、俺が死ぬ前にやりたかったことは、本当はたったひとつだけだったんだよ」
「なに……?」
訊くと、ひなたくんはにこっと笑う。
「愛来の笑顔を見ること」
その瞬間、じぶんでも驚くほど、顔が熱くなった。
「そ、そんなの、いくらだって……」
「無理だよ。だって愛来、あの頃ぜんぜん笑わなかったもん! マジで能面だったからな」
「そんなこと……!」
「あるってば」
「……う」
言葉に詰まると、ひなたくんはくすりと笑った。
「でも、話してたら、笑顔だけじゃダメだった。ぜんぜん足りなくなって、もっと愛来のこと知りたくて、もっと仲良くなりたくて……気付いたらめちゃくちゃ欲張りになってた。俺って案外肉食系だったんだなーって。今さらながら、じぶんにびっくりだよ」
「肉食系って」
ぷっと思わず笑うと、ひなたくんも嬉しそうに笑った。今までとは違う少し弱い笑い方に、病魔が彼を蝕んでいることを実感する。
「……ねぇ、愛来」
「……なに?」
震えそうになる声をなんとか抑えて、私はひなたくんを見た。
「俺、愛来のことが好きだよ」
息が詰まった。
ひなたくんは、青白い顔で、少し、弱い口調で、でもしっかりと眼差しはこちらを向けて、言った。
「最初は、笑ってくれたらいいなって、本当にそれだけだったんだけど。でも、いつの間にか大好きになってた。愛来がほかのやつと仲良くなってくの見て、嬉しいけどちょっと寂しかった」
心が決壊した。涙が次々にあふれて、私の頬を流れていく。
「……もう死ぬっていうのに、こんなこと言ってごめん。告白もそうだけどさ、俺、ずっと、愛来にありがとうって言いたかったんだ。絶望してた俺に、最後に青春をくれて、生きたいと思わせてくれて、ありがとう」
「大袈裟だよ……っ」
涙で言葉が途切れ途切れになる私を、ひなたくんは、木漏れ日のような優しい眼差しで見つめる。
「大袈裟なんかじゃないよ。俺にとって、愛来はそれくらい大きな存在だったの」
「私だって……ひなたくんのおかげで毎日がまるきり変わった。私もふつうを楽しんでいいんだって、毎日を楽しいんでいいんだって、初めて思えた」
きっと、ひなたくんと出会ってなかったら、私の毎日はあの頃のまま、すべてを遠ざけて、すべてを諦めたままだったと思う。
足元を見る。
私の足首には、ひなたくんが編んでくれたひだまり色のミサンガがある。
見ただけで、心がぽかぽかしてくるのはなんでだろう。
見ただけで、涙が出そうになるのはなんでだろう。
「……このミサンガ、連れてってもいいかな」
「え……?」
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