青春×アミュレット

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
12 / 14

12

しおりを挟む
「入学式のときに、たまたまね」
 ひなたくんは、私のお守りを大事そうに両手で包む。
「……これを拾ったとき、ぜんぶ見えたよ。愛来がこれまでに経験してきた辛いこと、ぜんぶ。俺、それまでずっと、じぶんのことを結構不幸な人間だなって思ってたんだけど、愛来のことを知ったら、感じたことないくらいの悲しみがぶわって胸に溢れてきたんだ」
「ぜんぶ、知ってたの? 私が、本当のことを打ち明けたときも……」
 ひなたくんは頷く。
「黙っててごめん。これも、早く返さなきゃと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて」
 ごめんね、と、ひなたくんはやっぱり困ったように笑った。
 そっか。ひなたくんは同情してくれていたんだ。
「なんだ、そっか……ま、まぁ、そりゃそうだよね」
 ひなたくんは優しいから、ひとりぼっちの私を放っておけなかった。ただ、それだけ。
 私はひなたくんにとって、特別でもなんでもない……。
 すると、ひなたくんは「違うよ」と言った。
「残像の中の愛来は、毎日能面のような顔で学校生活を送ってた。だから、この子の笑顔が見たいなって、そう思ったんだよ」
「笑顔……?」
「うん。二年になって、同じクラスでとなりの席になったときはもう、運命だと思ったよ。神様は、俺とこの子を巡り合わせるために三ヶ月の猶予をくれたんだってね」
「……っ……」
 心がどうしようもないくらいに震え出す。
 生まれて初めての感覚に、言葉が出なかった。
「愛来のお守りを拾ったとき、俺、愛来に救われたんだよ」
「救われた……?」
「そうだよ。残像の中の愛来は、まるで俺を見てるみたいだった。大人ぶって、人生も青春も、ぜんぶを諦めて。……俺さ、愛来と仲良くなってから、毎日がすごく楽しくなったんだよ。人生で初めて、生きてるって思えて……同時に、生きたいって強く思えた。最期まで、生きることに執着して足掻いてやろうって」
「ひなたくん……」
「最後の最後に、こんな青春ができるなんて思ってなかったよ」
 最後、という言葉にこめられたひなたくんの強い思いが眼差しからまっすぐ私に伝わってくる。
「……あの日、勇気を出して声をかけてよかった。あのね、俺が死ぬ前にやりたかったことは、本当はたったひとつだけだったんだよ」
「なに……?」
 訊くと、ひなたくんはにこっと笑う。
「愛来の笑顔を見ること」
 その瞬間、じぶんでも驚くほど、顔が熱くなった。
「そ、そんなの、いくらだって……」
「無理だよ。だって愛来、あの頃ぜんぜん笑わなかったもん! マジで能面だったからな」
「そんなこと……!」
「あるってば」
「……う」
 言葉に詰まると、ひなたくんはくすりと笑った。
「でも、話してたら、笑顔だけじゃダメだった。ぜんぜん足りなくなって、もっと愛来のこと知りたくて、もっと仲良くなりたくて……気付いたらめちゃくちゃ欲張りになってた。俺って案外肉食系だったんだなーって。今さらながら、じぶんにびっくりだよ」
「肉食系って」
 ぷっと思わず笑うと、ひなたくんも嬉しそうに笑った。今までとは違う少し弱い笑い方に、病魔が彼を蝕んでいることを実感する。
「……ねぇ、愛来」
「……なに?」
 震えそうになる声をなんとか抑えて、私はひなたくんを見た。
「俺、愛来のことが好きだよ」
 息が詰まった。
 ひなたくんは、青白い顔で、少し、弱い口調で、でもしっかりと眼差しはこちらを向けて、言った。
「最初は、笑ってくれたらいいなって、本当にそれだけだったんだけど。でも、いつの間にか大好きになってた。愛来がほかのやつと仲良くなってくの見て、嬉しいけどちょっと寂しかった」
 心が決壊した。涙が次々にあふれて、私の頬を流れていく。
「……もう死ぬっていうのに、こんなこと言ってごめん。告白もそうだけどさ、俺、ずっと、愛来にありがとうって言いたかったんだ。絶望してた俺に、最後に青春をくれて、生きたいと思わせてくれて、ありがとう」
「大袈裟だよ……っ」
 涙で言葉が途切れ途切れになる私を、ひなたくんは、木漏れ日のような優しい眼差しで見つめる。
「大袈裟なんかじゃないよ。俺にとって、愛来はそれくらい大きな存在だったの」
「私だって……ひなたくんのおかげで毎日がまるきり変わった。私もふつうを楽しんでいいんだって、毎日を楽しいんでいいんだって、初めて思えた」
 きっと、ひなたくんと出会ってなかったら、私の毎日はあの頃のまま、すべてを遠ざけて、すべてを諦めたままだったと思う。
 足元を見る。
 私の足首には、ひなたくんが編んでくれたひだまり色のミサンガがある。
 見ただけで、心がぽかぽかしてくるのはなんでだろう。
 見ただけで、涙が出そうになるのはなんでだろう。
「……このミサンガ、連れてってもいいかな」
「え……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...