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「……なに」
振り返ると、私よりも切ない顔をした山内くんがいた。
「そんな辛いこと、ずっとひとりで抱え込んでたの?」
「……え、なに……信じるの? 今の話」
「だって、この状況で冗談言うようなひとじゃないだろ、御島さん」
「……だ、だからって、こんな話信じるなんて……」
バカじゃないの。そう言おうとしたら、山内くんは微笑んだ。
「信じるよ。……当たり前だろ。御島さん、話してくれてありがとう。今までひとりでそんなこと抱えて、辛かったね」
――辛かったね。
そのひとことは、強ばっていた私の涙腺をあっさりと解いた。両目から涙がぽろぽろと溢れ出してきて、私は慌てて眼鏡を外し、手のひらで涙を拭う。
「……べ、べつに、慣れたらひとりも楽だし。これは、じぶんの心を守るためでもあったから」
ぼろぼろ泣き出した私を、山内くんは優しい眼差しで見つめた。
「でも、辛かったでしょ」
「…………」
「大丈夫、分かるよ。ひとりぼっちって寂しいよね。俺もみんなにちょっとした隠しごとしてるからさ」
「そうなの……?」
「隠しごとしてるとさ、心から打ち解けられてる気がしないんだよね。嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、心から共有してる感じがしなくて、じぶんが存在している意味がだんだん分からなくなってくるっていうか」
「でも私は」
それでも仕方ない。そう言おうとする私を遮って、山内くんは続ける。
「あのさ、御島さん。ずっとひとりで生きていくなんて無理じゃないかな。友達も家族も作らず、ずっとひとを避け続けるなんてさ」
「……でもこうしなきゃ、私はだれかを不幸にしちゃうから」
「……御島さんの気持ちは分かった。でもそれ」
山内くんはそう前置きをして、私を見た。
「俺には、関係のないことなんだよね」
「え……?」
はっきり『関係ない』と言われ、私は戸惑いを隠せない。だって、山内くんがこんな強い口調をするのは珍しい。
「俺、三ヶ月後には死ぬ予定なんだよね」
さっきの口調とは裏腹に、抑揚のない、なんというか、さらりとした声だった。
「だからさ、たぶん、俺に関する夢は見ないよ。死ぬより不幸なことなんて、そうそうないでしょ?」
山内くんはそう言って、くるりと前を向いた。その横顔は、あまりにもいつも通りで。一瞬、脳が誤作動を起こしたのかと錯覚してしまいそうになる。
「ちょっと待って」
私は咄嗟に、山内くんの腕を掴んだ。
「ちょっと待ってよ、死ぬって……なに、それ。どういうこと?」
腕を掴む手に力を込めると、山内くんはふっと息を吐くように笑った。
「俺ね、病気なの。生まれたときから心臓に持病抱えてて、薬がなきゃ生きてられない。子どもの頃から何回も手術して、薬もたくさん飲んできた。それなのに先月、とうとう先生に余命宣告されちゃってさ。俺の心臓、もう薬飲んでもダメなんだって」
「なに、それ……」
頭の中が真っ白になった。言葉が見つからない。
山内くんが、もうすぐ死ぬ……?
死って、なんだっけ?
モコが死んでしまったときから、私はずっと死を避け続けてきた。
ひととのかかわりを断てば、死と離れられる。だれかがどこかで死んでいたとしても、私の知り合いではない。夢を見ていないのなら、その死は私のせいではない。
私には関係のない死だと思えたから、悲しみはなかった。
だけど……今回は違う。
「…………」
言葉を失っていると、山内くんは困ったように頬をかいた。
「そんな顔しないでよ。俺思うんだけどさ、死ってべつに、特別なことじゃないと思うんだよね。人間みんな、いつ死ぬかなんて分かんないんだから」
「それはそう……だけど」
「これでもね、俺は病気に感謝してるんだよ」
「感謝……?」
「そうだよ。だって、だいたいあとこれくらいで死ぬよって言われてたほうが、毎日を無駄に生きないで済むじゃん?」
頭を殴られたような衝撃が、全身を駆け巡った。
どうしたら、そんな前向きに生きられるんだろう。
死を突きつけられているのに。
「だから俺は、精一杯残りの人生も生きてやるぜ! 俺の明日に、乾杯!」
元気よく叫ぶと、山内くんはスプライトを天へ向けた。
山内くんはだれよりもまっすぐ、みずみずしく、鮮やかに今を生きていた。
「御島さん、秘密を教えてくれてありがとね! 言いづらいこと、聞いちゃってごめんね。ぜったいだれにも秘密にするから」
「うん」
「それと、クラスのみんなには、俺の病気のことも内緒にしてくれる? 俺、あんまり可哀想キャラ似合わないからさ」
「分かった」
「……それと、もうひとつ。この期に及んで図々しいかもだけど、御島さんにお願いがあるんだ」
「お願い? なに?」
「俺、御島さんともっと仲良くなりたい。御島さんと、青春したいんだ」
「……青春?」
「うん。俺にとっての青春は、御島さんともっと仲良くなること……なんだけど」
伺うような山内くんの視線と交差する。少し恥ずかしくなって、目を逸らして私は訊く。
「でも……青春って、具体的になにするの?」
「えっ、付き合ってくれるの!?」
「まぁ……」
小さく頷く。
「私で青春できるかは分からないけど……」
すると、山内くんはこれ以上ないってくらい深いため息をついた。
「え、な、なんでため息?」
「だって! 俺めっちゃ重い話したし、ぜったい迷惑がられると思ったんだもん!」
顔を上げた山内くんは、太陽そのもののような柔らかな笑みを浮かべている。
「じぶんを話すのって怖いけど、やっぱり受け入れてもらえると嬉しいんだよなぁ」
にぱーっと笑う山内くんを見て、私は頬が熱くなるのを実感した。
「……べ、べつに。重い話なら、私もしたから。お互いさまだよ」
山内くんは、なにかを噛み締めるように唇を引き結んでいる。
「……うん。やっぱり俺、御島さんのこと大好きだわ」
振り返ると、私よりも切ない顔をした山内くんがいた。
「そんな辛いこと、ずっとひとりで抱え込んでたの?」
「……え、なに……信じるの? 今の話」
「だって、この状況で冗談言うようなひとじゃないだろ、御島さん」
「……だ、だからって、こんな話信じるなんて……」
バカじゃないの。そう言おうとしたら、山内くんは微笑んだ。
「信じるよ。……当たり前だろ。御島さん、話してくれてありがとう。今までひとりでそんなこと抱えて、辛かったね」
――辛かったね。
そのひとことは、強ばっていた私の涙腺をあっさりと解いた。両目から涙がぽろぽろと溢れ出してきて、私は慌てて眼鏡を外し、手のひらで涙を拭う。
「……べ、べつに、慣れたらひとりも楽だし。これは、じぶんの心を守るためでもあったから」
ぼろぼろ泣き出した私を、山内くんは優しい眼差しで見つめた。
「でも、辛かったでしょ」
「…………」
「大丈夫、分かるよ。ひとりぼっちって寂しいよね。俺もみんなにちょっとした隠しごとしてるからさ」
「そうなの……?」
「隠しごとしてるとさ、心から打ち解けられてる気がしないんだよね。嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、心から共有してる感じがしなくて、じぶんが存在している意味がだんだん分からなくなってくるっていうか」
「でも私は」
それでも仕方ない。そう言おうとする私を遮って、山内くんは続ける。
「あのさ、御島さん。ずっとひとりで生きていくなんて無理じゃないかな。友達も家族も作らず、ずっとひとを避け続けるなんてさ」
「……でもこうしなきゃ、私はだれかを不幸にしちゃうから」
「……御島さんの気持ちは分かった。でもそれ」
山内くんはそう前置きをして、私を見た。
「俺には、関係のないことなんだよね」
「え……?」
はっきり『関係ない』と言われ、私は戸惑いを隠せない。だって、山内くんがこんな強い口調をするのは珍しい。
「俺、三ヶ月後には死ぬ予定なんだよね」
さっきの口調とは裏腹に、抑揚のない、なんというか、さらりとした声だった。
「だからさ、たぶん、俺に関する夢は見ないよ。死ぬより不幸なことなんて、そうそうないでしょ?」
山内くんはそう言って、くるりと前を向いた。その横顔は、あまりにもいつも通りで。一瞬、脳が誤作動を起こしたのかと錯覚してしまいそうになる。
「ちょっと待って」
私は咄嗟に、山内くんの腕を掴んだ。
「ちょっと待ってよ、死ぬって……なに、それ。どういうこと?」
腕を掴む手に力を込めると、山内くんはふっと息を吐くように笑った。
「俺ね、病気なの。生まれたときから心臓に持病抱えてて、薬がなきゃ生きてられない。子どもの頃から何回も手術して、薬もたくさん飲んできた。それなのに先月、とうとう先生に余命宣告されちゃってさ。俺の心臓、もう薬飲んでもダメなんだって」
「なに、それ……」
頭の中が真っ白になった。言葉が見つからない。
山内くんが、もうすぐ死ぬ……?
死って、なんだっけ?
モコが死んでしまったときから、私はずっと死を避け続けてきた。
ひととのかかわりを断てば、死と離れられる。だれかがどこかで死んでいたとしても、私の知り合いではない。夢を見ていないのなら、その死は私のせいではない。
私には関係のない死だと思えたから、悲しみはなかった。
だけど……今回は違う。
「…………」
言葉を失っていると、山内くんは困ったように頬をかいた。
「そんな顔しないでよ。俺思うんだけどさ、死ってべつに、特別なことじゃないと思うんだよね。人間みんな、いつ死ぬかなんて分かんないんだから」
「それはそう……だけど」
「これでもね、俺は病気に感謝してるんだよ」
「感謝……?」
「そうだよ。だって、だいたいあとこれくらいで死ぬよって言われてたほうが、毎日を無駄に生きないで済むじゃん?」
頭を殴られたような衝撃が、全身を駆け巡った。
どうしたら、そんな前向きに生きられるんだろう。
死を突きつけられているのに。
「だから俺は、精一杯残りの人生も生きてやるぜ! 俺の明日に、乾杯!」
元気よく叫ぶと、山内くんはスプライトを天へ向けた。
山内くんはだれよりもまっすぐ、みずみずしく、鮮やかに今を生きていた。
「御島さん、秘密を教えてくれてありがとね! 言いづらいこと、聞いちゃってごめんね。ぜったいだれにも秘密にするから」
「うん」
「それと、クラスのみんなには、俺の病気のことも内緒にしてくれる? 俺、あんまり可哀想キャラ似合わないからさ」
「分かった」
「……それと、もうひとつ。この期に及んで図々しいかもだけど、御島さんにお願いがあるんだ」
「お願い? なに?」
「俺、御島さんともっと仲良くなりたい。御島さんと、青春したいんだ」
「……青春?」
「うん。俺にとっての青春は、御島さんともっと仲良くなること……なんだけど」
伺うような山内くんの視線と交差する。少し恥ずかしくなって、目を逸らして私は訊く。
「でも……青春って、具体的になにするの?」
「えっ、付き合ってくれるの!?」
「まぁ……」
小さく頷く。
「私で青春できるかは分からないけど……」
すると、山内くんはこれ以上ないってくらい深いため息をついた。
「え、な、なんでため息?」
「だって! 俺めっちゃ重い話したし、ぜったい迷惑がられると思ったんだもん!」
顔を上げた山内くんは、太陽そのもののような柔らかな笑みを浮かべている。
「じぶんを話すのって怖いけど、やっぱり受け入れてもらえると嬉しいんだよなぁ」
にぱーっと笑う山内くんを見て、私は頬が熱くなるのを実感した。
「……べ、べつに。重い話なら、私もしたから。お互いさまだよ」
山内くんは、なにかを噛み締めるように唇を引き結んでいる。
「……うん。やっぱり俺、御島さんのこと大好きだわ」
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