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しおりを挟む「あっ! おはよう! 御島さん!」
昇降口に入ったところで、山内くんに声をかけられた。私はじぶんの下駄箱を開けながら、小さく頭を下げる。
「……おはようございます」
視線を合わせないまま、私は挨拶だけを返して山内くんの横をすり抜けた。
素っ気ない態度の私に、山内くんはなにか言いたげにじっとこちらを見ていたけれど、私はそれを無視して教室へ向かう。教室に入り、自席についてからは、ずっと読書をするフリをした。山内くんが教室に入ってきたタイミングで、先生がちょうどやってきたため、私は話しかけられずに済んでホッとした。
それからしばらくのあいだ、山内くんからの視線を感じていたけれど、私は気付かないふりをした。
山内くんは、こんな私に話しかけてくれたひと。明るくて優しくて、私とは住む世界が違うひと。
彼を不幸にはしたくない。
だから、呪われている私は、もうかかわらないほうがいい。
「――あのさ」
放課後、素早く帰り支度をして教室を出たところで、山内くんに声をかけられた。私は反射的に足を止める。
「……なに?」
目を合わせないまま、訊く。
「……あの、御島さん、もしかしてなんか怒ってる?」
ひっそりとした、私を心底気を遣うような声に、胸がちくりとした。
「べつに、怒ってないけど」
「でも、今日なんか変だよ? なにかあった?」
「だから、なにもないって」
「じゃあ、なんで話してくれないの?」
「そ、そんなことないよ」
「あるよ! だって今日一日、一回も目、合ってないじゃん!」
山内くんはそう言って、私の肩を掴み、無理やり目線を合わせた。気まずくなって、私はパッと目を逸らす。
「ほら、やっぱり逸らす。……なんで? 俺、なにかした? やっぱり卵焼きのこと怒ってた?」
「ち、違う! それは違うよ」
「じゃあ、なんでよ。理由を教えてよ。言ってくれなきゃ分かんないでしょ」
廊下で痴話喧嘩のようなことを始めた私たちを、近くにいた生徒たちがなんだなんだと様子を見に来る。
私は注目されるのがいやで、この際早く話を終わしてしまおうと、
「かかわりたくないの」
と、はっきり言った。
その瞬間、パリンと音がした。山内くんの顔を見て、気付く。
「あ……」
私は今、彼の心にヒビを入れたのだ。彼の心に、傷を付けたのだ。
拳に力が入る。
……でも、これでいいのだ。これで。
私は心を凍らせた。
「……どうせ、陰キャの私をからかって遊んでるんでしょ。影でほかの男子たちと笑ってるんでしょ! ……私、私の知らないところで噂話されるとか、だいきらいだから。だから、もう私にはかかわらないで。山内くんうるさいし、騒がしいし、うんざりしてたの」
言いながら、言葉が刃に変わって、じぶんに向かってくるのが分かる。心臓に槍が突き刺さるような痛みを覚えた。
私は、振り切るようにして山内くんに背を向けた。歩きながら、手からはどんどん力が抜けていく。
……完全にきらわれちゃったな。
スポンジが水を吸収するように、心がずっしりと重くなっていく。
でも、そうなるよう仕向けたのは私なのだ。悲しむなんて都合が良過ぎる。
「……帰ろ」
呟き、頭を切り替える。
制服の袖で涙を拭った流れで、勢い任せに下駄箱を開けたとき、ぱしっと腕を掴まれた。驚いて振り向く。そこにいたのは、山内くんだった。
「なに……」
「話の途中でいなくなるのはずるいでしょ!」
強い口調で責められた。ムッとする。
「途中じゃない」
言い返すと、山内くんは被せるように言った。
「言っておくけど、俺、そんなことしてないから」
「え……」
「御島さんのこと、バカになんてしてない。したこともない。噂話だってしてないし、からかってるつもりだって、これっぽっちもなかった。……でも、なにか誤解させたなら、ごめん」
真剣な眼差しでそう言い、山内くんは頭を下げた。強ばっていた肩の力が抜けていくのが分かった。その弱々しい手に、私の心も萎んでいくようだった。
「…………違うよ。ごめんなさい。山内くんはなにも悪くない。噂話されてるとか、そんなこと思ってなかったから。私こそ、今のは完全に八つ当たり。ごめん……」
しおしおと謝ると、山内くんは顔を上げ、困ったように微笑んだ。
「なにかあったなら、話してくれない?」
優しい声だった。
「…………」
黙り込む私の顔を、山内くんが覗き込んでくる。
「……だれかになにか言われた? からかわれた?」
ふるふると首を振る。
「……そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なに?」
「…………」
黙り込んでいると、山内くんが優しく私の手を取って歩き出した。
「えっ、ちょっ……ど、どこ行くの?」
「いいから来て。ちょっと外出よう」
山内くんは戸惑う私の手を掴み、すたすたと歩いていく。
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