青春×アミュレット

朱宮あめ

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 その日の放課後、私は家に帰る前に薬局に寄った。生理痛の薬がそろそろ切れるから、買い足しておこうと思ったのだ。
 ふと、目薬のコーナーに差し掛かって足を止める。
 最近乾燥しているし、目薬も買っておいてもいいかもしれない。
 それにしても、どれにしよう。
 あまりにも種類がたくさんあって、棚の前で悩んでいると、ふと、すぐとなりのコンタクトコーナーのポップが目に入った。
『気になるあのひとの視線を独占!』
 その言葉に、今日学校で山内くんとした会話を思い出した。五時間目と六時間目の間の休み時間のことだ。
『ねぇ、御島さんって放課後はいつもなにしてんの? 買い物とかどこ行くの?』
 何気なく聞かれ、ぼんやりと私生活を思い出す。
『普段は勉強とか読書かな……』
『御島さんって、本当に本好きだよね。そういえばこの前借りたのめっちゃ面白かったよ』
『そ、そう? よかった』
 気恥ずかしさから眼鏡をくいっと押し上げる仕草をする私を、山内くんがじいっと見る。
『……な、なに?』
『眼鏡だなぁって』
『あ、これ?』
『もしかして、本の読みすぎで目悪くなったとか?』
『あぁ、それはあるかも……』
『でもさぁ、眼鏡ってたまに煩わしくならない? 耳の裏とか鼻の頭痛くなったりするし、痕もつくし。コンタクトにすればいいのに。楽だし、御島さん裸眼もきっと可愛いと思うんだけどなぁ』
 可愛い、という言葉に一瞬どきりとしながらも、ふと疑問が浮かんだ。
『もしかして、山内くんも眼鏡だったの? 今、コンタクト?』
『まぁね! といっても高校入ってからコンタクトにしたから、実は俺もまだ裸眼デビューは間もないんだけど』
 そう言って、山内くんは私に向かってウインクをした。不意打ちを食らった私の心臓は、その瞬間どきんと大きく跳ねたのだった――。

「……コンタクトかぁ」
 箱を手に取って、考える。
 これまでも、挑戦してみようかなと思ったことはあった。でも、なんとなく踏ん切りがつかなかったのだ。
 眼鏡からコンタクトに変えたところで、元の顔がいいわけでもない私では大して印象なんて変わらないだろうし。コスパだって悪いし。
「…………」
 明日、これを付けていったら、山内くんはどんな反応をするだろう……。
 そんなことを思いながら、私は、悩みに悩んだ末、一箱取ってカゴに入れた。


 ***


 翌朝目を覚ました私は、起きて早々深いため息を吐いた。
 昨晩、夢を見たのだ。
 予知夢ではない。
 昔飼ってた犬が事故に遭って死ぬ夢。
 これは、実際にあったできごとだ。
「…………はぁ」
 再び、深いふかいため息が出る。
 昨晩の夢は、私が初めて見た予知夢でもあった。

 幼稚園のとき、私の家は犬を飼っていた。
 名前はモコ。サモエドという品種の大きな白い犬だ。当時私は百センチもない身長で、おまけに痩せっぽちだったから、モコに思い切り飛びついてもびくともしなかった。
 モコはいつだってふわふわ抱き心地が良くて、お利口で。
 大好きだった。
 ……でも、ある晩モコが事故に遭う夢を見た。
 それまで死という概念など知らなかった私は、その夢が恐ろしくて、目が覚めた瞬間、風船がパンッと弾けたように大泣きした。
 起きて早々、突然私が泣き出したものだから、両親もびっくりして困惑していたのを覚えている。
 涙が乾き、落ち着きを取り戻すと、私は両親に夢のことを話した。そうしたら、両親はなんだ、夢か、と笑っていた。
 そして、それは現実の話じゃないから大丈夫だよ、モコは生きてるよ、事故には遭わないよ、となだめられた。
 私はそれを信じた。
 ……でも。
 信じていたのに、私が見た夢は、まるごと現実になった。
 夢を見た七日後、モコは散歩中にリードが外れて、いなくなった。家族みんなで探し回ったけれどどこにも見当たらなくて、夜になって近所の家のひとがモコを見たと連絡をくれた。
 動物病院に行くと、モコは死んでいた。車に轢かれたのだと説明された。

 額から顎にかけて、冷や汗が流れ落ちた。
 急に現実に引き戻されたような気がした。
「……なにやってんだろ」
 無音の部屋に零れたため息は、だれにも拾われないまま静かに溶けて消えていく。
 無音の部屋を見渡す。
 私が今ここでひとり暮らしをしているのは、大切なひとを守るためだ。もうだれのことも不幸にしたくないから。
 知り合いのいない高校を選んだのも私。友達を作らないと決めたのも私の意思。
 すべて、予知夢を見ないために私が選んだ道。
 それなのに、ほんの少し優しくされただけで、こんなにも心が揺らぐだなんて……。
 冷水で乱雑に顔を洗った。そのまま、鏡を見る。
 透明な水が、顎先からぽとりと落ちた。鏡の中には、青ざめた顔をしたじぶんが映っている。
 洗面所の棚には、昨日買ったコンタクトがある。
 タオルで拭いて、いつもと同じ眼鏡をかけた。
 忘れかけていた覚悟を再確認して、私は学校へ向かった。
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