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 あれから、私は学校へ行かなくなった。
 毎日制服を着て、校門の前までは行くけれど、どうしてもその先へ進めないのだ。
 ……爽に合わせる顔がないのだ。爽の運命を受け入れる勇気がないのだ。
 顔を合わせたらきっと、泣いてしまう。爽を思い切り傷付けた私に、そんな資格はないのに。
 まるで、二年前に戻ったような感覚だった。
「朱里……私は、どうしたらいいんだろう」
 旋風つむじかぜが落ち葉を巻き上げる乾いた音だけが、私の耳を鳴らしている。
 朱里が眠る墓地の前でうずくまっていると、ごろごろ、と遠くで雷の音がした。季節外れの夕立のようだ。
 ほどなくして、しとしとと雨が降り始める。制服が濡れるのも気にしないで、私は灰色の空の下にうずくまっていた。
『こんなことなら、会わなきゃよかった』
 なんてことを言ってしまったんだろう。
 だれより爽がつらいはずなのに。
 あんなの、完全に八つ当たりだ。
 私はどこまで自分勝手な人間なんだろう……。
 小さくため息をついた、そのときだった。
「あっ! 見つけた!」
 爽の声がして、驚いて振り向くと、そこにはやはり爽がいる。
「陽毬!」
 爽は肩で息をして、苦しそうに胸を押さえていた。私は弾かれたように立ち上がって、逃げようと背中を向ける。
「待てよ! 陽毬っ!」
 背後から爽が叫ぶ。けれど、私はかまわず逃げる。走り出した直後、背後でべしゃっとなにかが地面に擦れる音がした。恐る恐る振り向くと、爽が倒れていた。
「爽っ!」
 慌てて爽の元へ駆け寄る。抱き起こそうとしたとき、パッと腕を掴まれた。
「捕まえたっ!」
 見ると、爽はイタズラが成功した子供のような顔で私を見上げている。
「陽毬! もう逃がさないぞ」
「も、もしかして、転んだの演技っ!?」
 慌てて爽から手を離そうとすると、爽はにやっと笑って私を掴む手に力を込めた。してやられた。
「は、離して。帰る」
「ダメ! お願いだから話をさせてよ。俺、陽毬と喧嘩したまま死ぬのだけはいやなんだよ!」
「っ!」
 息が詰まった。
「なんで……」
 爽はいつだってまっすぐに、私に向き合おうとしてくれる。私が目を逸らしても、逃げようとしても許してくれない。
「私のことなんて忘れなよ……私なんて、爽を見捨てた最低な人間なんだから」
「なに言ってんの。陽毬はなにも悪くないよ。突然あんなこと言われて、受け入れられるわけないんだから」
 そんなことを言われてしまったら、私はもう動けない。
「……爽は、なんでそんなに優しいの? 怒ればいいじゃない! 勝手に避けたのは私なんだから」
 爽の手が、私を強く引き寄せる。気が付けば、私は爽の腕の中に収まっていた。
「怒るわけないだろ。陽毬は俺の好きなひとなんだから……。なにされたって怒らないし、陽毬が決めたことならなんだって受け入れる。だけどさ、一個だけいやなのは、陽毬にきらわれること」
「……意味分かんない」
「そっか。分かんないか……」
 ははっと、寂しそうに爽は笑う。
「でもさ、俺、陽毬のこと本当に大好きなんだよ。どうしてもきらわれたくないんだ」
「……だから、なんで? 爽はクラスでも人気者で、私じゃなくたっていくらでも彼女作れるじゃん! なのに、なんで私なの」
「好きって感情に、理由なんてないよ。たぶん俺は、何度人生を繰り返しても、陽毬を好きになるよ。それくらい好きな自信ある」
「……じゃあ、なんで病気のこと黙ってたの?」
「それは……」
「私に言う必要がないと思ったからでしょ! 私のことなんて、その程度にしか好きじゃなかったから……」
「違うよ!」
 爽が珍しく声を荒らげて私の声を遮る。爽の声に、私はびくりと肩を震わせて口を噤む。
「……違うよ、違う……。俺が陽毬に病気のことを言えなかったのは、怖かったからだ」
 爽は私から体を離して、静かに目を伏せた。
「陽毬を傷つけるのが怖かった。……いや、違う。陽毬が、俺から離れていくんじゃないかって思ったんだ。だって俺が死ぬのはもう決まってたから。ずっと一緒にいられないのに、俺といる理由、陽毬にはないから」
 ずきん、と脈が止まるんじゃないかと思うほど、心臓が痺れた。
「それはっ……」
「陽毬は俺を避けたでしょ。学校にも来なくなった」
 なにも言い返せないまま、唇を引き結ぶ。
「やっぱり、言わなきゃ良かったって後悔した。ちゃんと向き合いたいと思ったから話したけど……関係が壊れるくらいなら、話さないまま死ねばよかった……っ!」
 たまらず、爽を抱き締める。
「ごめん……っ! ごめん、爽! 私……、爽がいなくなるって思ったら悲しくて、怖くて……自分のことばかりで、爽のことぜんぜん考えてなかった。私が苦しいとき、爽はずっとそばにいてくれてたのに……」
 爽の体は、頼りなげに震えている。そのぬくもりに、私は決意する。
「……私、悲しむのはもうやめる。だから、爽……」
 もう一度、私と付き合ってください。
 そう言うと、爽はくしゃくしゃな泣き顔で、私をぎゅっと抱き締めてくれた。
 それからはふたりでいろんなことをした。たくさん会話をして、遊園地や映画館やショッピングデートをして、たくさんたくさん笑い合った。親の承諾の元、長野から少し離れたテーマパークへ旅行にも行った。

 そして、翌年の初春。
 桜が赤い蕾をつけ、私たちの卒業を祝福する春が来る少し前……爽はみんなに見守られて、安らかに眠りについた。
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