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 一生分の涙を使い切ったんじゃないかというほど泣いいたあと、立花くんがそっと私の手を握った。
「……なに?」
「繋いでもいい?」
「もう繋いでるけど?」
「…………」
 しゅんとした顔をして、立花くんは私の手を離した。
「え、なに。なんかいつもと違くない?」
「そ、そりゃ恋人同士なんだから、今までとちょっと意味合い違うじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ!」
 顔を真っ赤にする立花くんを見て、私は思わずくすりと笑う。
「……爽」
 ぴく、と立花くんが肩を揺らす。
「……って、名前で呼んでもいい?」
「へ……」
「だって私たち、付き合ってるんでしょ?」
「あっ、う、うん。そう。じゃあ俺も、宝生のこと名前で呼ぶ」
「うん」
「えっと……陽毬……ちゃん?」
「陽毬でいいよ」
「……陽毬」
 立花……くんじゃなかった、爽の顔がみるみる茹でダコのようになっていく。
「爽ってば、意識し過ぎ」
 からかうように言うと、爽は耳まで真っ赤にして反論してきた。
「だ、だって初めての彼女なんだから仕方ないだろ! なんだよ、俺ばっかり……」
 拗ねたように唇を歪ませる爽を見て、私はさらに笑う。
「ねぇ、爽」
「なんだよ!」
 まだからかわれると思ったのか、爽は食い気味に振り向いた。まだほんのりと赤い顔をした爽のほっぺに、私は一瞬触れるだけのキスをして、微笑みかける。
「……ありがとう。私を選んでくれて」
 こんな気持ちになれる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
 朱里を死なせてしまった私は、一生この十字架を背負って、朱里の代わりに生きていかなきゃならないんだと思ってた。
「爽がいなかったら私、死んだままだったよ」
「…………」
 爽はぽかんとしたまま、私の声に反応しない。
「……爽?」
 おーい、と顔の前で手を振ると、ハッとした顔をした爽と目が合う。
「ちょっ……今、なにした!?」
「なにって、お礼を言ったんだけど……?」
「その前!」
「その前……は、キス?」
 言葉にすると、爽はわなわなと唇を震わせた。
「な、なんでいきなりそんなことすんの……!?」
 なんで、と言われても。
「したくなった……から?」
 首を傾げつつ答えると、爽はその場に座り込んだ。
「えっ! ちょっと爽!?」
「陽毬のバカ……俺が先にしたかったのに」
「分かったよ。もうしないよ」
「それはやだ!」
 爽は、若干食い気味に言った。
「どうすりゃいいのよ……」
 爽は無言で立ち上がると、そっと私を腕を引いた。
「なに……」
 顔に影が落ちたその一瞬。
 唇に、柔らかいものが触れた。
「…………」
「唇は、俺が先!」 
 ふふん、と得意げな顔が目の前にある。一瞬放心した心が戻ってきてすぐ、私はバッと爽から離れた。
「いっ……いきなりなにするの!?」
「仕返しだバーカ」
 さっきまでの動揺はどこへやら、爽はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、私を見ていた。
「帰る!」
 プリッと怒ったふりをして、私は公園を出る。
「ちょっ……え? ま、マジで怒ったの? ごめん、もうしないから怒んないで。マジでごめんってば」
 慌てて私の機嫌をとろうとする爽がおかしくて、私はバレないように小さく肩を揺らした。

 翌日、私は朱里の墓地に向かった。墓石の前に立ち、昨日渡せなかった花を手向ける。
「朱里……昨日、来れなくてごめんね」
 返事はない。
「…………」
 じんわりと視界が滲み出す。
 奥歯を噛み、涙をこらえて私は朱里に話しかける。
「ずっと私のこと見ててくれたんだよね。お母さんとお父さんのぶんも、ずっと……」
 制服の袖で涙を拭う。
「これからは、私がお母さんとお父さんのこと守っていくから。もう、心配しないでね」
 もう、あの頃のようには戻れないかもしれないけれど。それでも、家族だから。
 その瞬間、強い風が吹いた。
 秋の少し冷たい風が髪をさらい、落ち葉が舞う。
 前に垂れた髪を耳にかけながら、私は茜色の空を見上げた。
 空に向かって、はっきりと告げる。
「私はもう、大丈夫だよ」
 爽がいるから。爽が私の存在を見つけてくれたから。
 運命なんて言葉、だいきらいだった。
 だけど今は、この出会いが運命であってほしいと願っている。
 幸せってこういうことなんだって信じたい。もっと、知りたい。
 今はもう家族はばらばら。あなたがいなくなってしまった事実も変わらないけれど……。
 ……だけど、もう怖くない。寂しくもない。私がいつまでも泣いてたら、あなたが安心して眠れないもんね。
 金木犀の香りがする空気を胸いっぱいに吸い込み、墓石を見る。
「また来るね、朱里」

 これは、過去に背を向けたわけではない。ただ、今と向き合い始めたのだ。
 ――だけど。
 神様は、そう簡単には私を許してはくれなかった。
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