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「おや爽ちゃん、おかえり」
三矢生花店というファンシーな看板の下からひょっと顔を出したのは、恰幅のいいおばちゃん。
「あのひとは、うちのお母さんの同級生で三矢生花店の店長さん! 昔は可愛かったらしいんだけど最近ちょっと甘い物食べすぎて太っちゃったんだって!」
「ふぅん……」
まるで愛おしい家族の話をするときのような優しい顔をして、立花くんは商店街を歩いていく。そしてそれは、彼を迎え入れる商店街のひとたちも同様だった。
店のあちこちから、立花くんを呼ぶ声がする。
古着屋さんに靴屋さん。それから本屋さんにアイスクリーム屋さん。
まるで、商店街全体が彼の帰りを待つ大きな家のようだ。
歩いていると、途中開けた場所に出た。中央には、屋根付きの広いステージが見える。
立ち止まって見ていると、いつの間にかとなりに立花くんがいた。
「あーここね、俺が産まれる前はすごいおっきいビルがあって、結構賑わってたらしいんだ。けど、不況で潰れちゃったんだって。今は更地にして、イベントとかで使う用の広場になってるんだ」
「ふぅん……」
立花くんは、じっと広場を見つめている。
「ここ見てると、ちょっと寂しくなる。あのときの活気が、恋しくなるときがあるっていうか」
「あのときの活気が……って、あなたその頃まだ生まれてないでしょ」
「ははっ! そうでした! さっ、次行こ次!」
立花くんはからからと笑って、再び歩き出した。
「まだ行くの?」
「この先に美味しいクレープ屋があるんだよ!」
「私べつにクレープなんて……」
「いいからいいから! 本当にもうすぐそこなんだ」
広場を抜けて細い裏路地を歩いていると、突然ボンバーヘッドの背の高い男性が、ピンク色の建物からにょっと出てきた。
「わっ」
ぎょっとして、私は思わず立花くんの影に隠れるように数歩後退る。
すると、男性と目が合った。そのまま、男性の視線が私の前にいた立花くんに流れる。男性は立花くんを見るなり、パッと笑顔になった。
「おっ! 爽じゃねーか! 今帰りか?」
「あ、みっちーただいま~! 今日はみっちーのクレープ食べにきたんだよ!」
「おぉ! そうか!」
ガタイのいいこのひとこそが、どうやら立花くんが言っていたクレープ屋の店長さんらしい。
「なににする? いつもの?」
「うーん……そうだなぁ」
立花くんはメニューとにらめっこをしている。
べつにいつでも食べられるんだから、そんなに悩まなくてもいいだろうに、と思っていると、
「新作の試作クレープでもいいぞ!」
と、店長さんはさらに立花くんを惑わせるワードを放った。
「新作!? なにそれ!?」
案の定、立花くんの瞳がきらんと輝いた。
「聞いて驚け。次の新作は……イチゴアスパラクレープだっ!」
店長さんはドヤ顔で言った。
「…………」
正直、まずそう。
「うん、新作はやめとく!」
立花くんは笑顔で拒否すると、私を見る。
「宝生はなににする? オススメは、アイスキャラメルバナナだよ!」
「私はなんでも……」
ぼんやりとメニューを眺めていると、店長さんが私を見て声を上げた。
「おっ!」
店長さんはにやにやしながら、立花くんの方肩に手を回す。
「なんだいなんだい、爽! この子、ずいぶんと美少女じゃねーか! もしかして彼女か? 爽ったら高校生のくせに色気付きやがってこの~」
店長さんは立花くんの肩を抱きながら、くりくりとほっぺをつついている。
「いや、違うし……っていうか高校生なんだから、彼女くらいいてもいいだろ!」
「ん~そうかそうか」
「な、なんだよその顔~!」
抵抗する立花くんは、顔を真っ赤にしていた。
「そんでお嬢さん。名前は?」
店長さんはくるっと振り向くと、私に訊く。
「あ、えっと……宝生陽毬といいます。立花くんとはクラスメイトで……」
「クラスメイト!? くぁーっ、青春かコノヤロウ!」
立花くんは店長さんを無理やり引き剥がすと、私の腕を掴み、私を店長さんの前に突き出した。
「実は宝生はね、最近うちの高校に転校してきたんだ」
「ほぉ」
「友達も作らないで、いつもひとりで勉強ばっかしてるから、となりの席の俺が代表して学校から連れ出してきたってわけ! だって毎日机にかじりついてるんだよ、めちゃくちゃ健康に悪いでしょ!」
「学生としては立派だが、まぁ……そうだなぁ?」
……余計なお世話なんだが。
「がりんちょだし、なにか食べさせてやんねーと死んじゃうって思ってさ!」
……と、立花くんはなぜか得意げに言う。すると、店長さんはからからと笑った。
「そういうことならちょっと待ってな! すぐクレープ作ってやるから! ふたりとも、アイスキャラメルバナナでいいか?」
「おう!」
立花くんが元気よく頷く。
「いいよな、宝生?」
「う、うん」
クレープができるまでのあいだ、店の前で佇んでいると、生地が焼ける匂いがしてきた。
……いい匂い。
クレープなんて、いつぶりだろう……。
考えるまでもなく、あの頃以来だ。
クレープは朱里が好きだったから、東京ではふたりでよく食べに行った。けれど……朱里がいなくなってからは、一度も行っていない。
あれから、もう二年も経つのか……。
ついこの間、この匂いを朱里と嗅いだ気がするのに。
月日が過ぎるのはあまりにも早く、あと半月もすれば私は朱里が死んだ歳に並ぶ。
ふと視線を感じてパッと顔を向けると、すぐ真横で立花くんが私を見ていた。
「わっ……え、な、なに?」
「……ね、宝生ってクレープ好き?」
「え? ……うん。好きだけど」
「そっか、よかった! 甘いもの苦手なひとも結構いるからさ」
ホッとしたような立花くんの表情を見て、ようやく気付く。彼なりに、気を遣ってくれていたのかもしれないと。
立花くんといると、こちらまで優しい気持ちになれる気がする。
「……クレープ、好きだよ、大丈夫」
「うん」
立花くんはほんの少し、照れたように笑った。
少し気まずさを感じたとき、タイミング良くクレープができあがった。
「へいお待ち!」
「へいお待ちって……寿司屋かここは」
「細かいことは気にすんなって! はい、陽毬ちゃんも!」
できたてのクレープを受け取りながら、私は店長さんを見上げる。
「あ、ありがとうございます。えと、お金は……」
「いいんだよ、これはサービスなんだからさ!」
「でも……」
「早くしないとアイス溶けるぞ?」
タダでもらうなんて本当にいいのだろうかと思いながらとなりを見ると、立花くんは当たり前のようにクレープにかじりついていた。
「あっ、それならいいこと思いついたよ」
「なんですか?」
「お代は、これからも爽と仲良くすること! どうだ、できるか?」
静かに頷く。
「じゃあ、いただきます……」
どきどきしながら、久しぶりのクレープを頬張る。
「……美味しい」
「だろっ!?」
自分が作ったわけでもないのに、なぜだか嬉しそうな立花くん。
「……なんで立花くんが得意げなの」
「この店はうちの家族みたいなもんだからさ! 家族が褒められたら嬉しいだろ!」
「……家族」
「ははっ! 家族かぁ。爽、イケてること言うじゃねーか」
「だろ~?」
……家族……。
アイスが臓器を冷やしたのか、体温が下がったような気がした。
三矢生花店というファンシーな看板の下からひょっと顔を出したのは、恰幅のいいおばちゃん。
「あのひとは、うちのお母さんの同級生で三矢生花店の店長さん! 昔は可愛かったらしいんだけど最近ちょっと甘い物食べすぎて太っちゃったんだって!」
「ふぅん……」
まるで愛おしい家族の話をするときのような優しい顔をして、立花くんは商店街を歩いていく。そしてそれは、彼を迎え入れる商店街のひとたちも同様だった。
店のあちこちから、立花くんを呼ぶ声がする。
古着屋さんに靴屋さん。それから本屋さんにアイスクリーム屋さん。
まるで、商店街全体が彼の帰りを待つ大きな家のようだ。
歩いていると、途中開けた場所に出た。中央には、屋根付きの広いステージが見える。
立ち止まって見ていると、いつの間にかとなりに立花くんがいた。
「あーここね、俺が産まれる前はすごいおっきいビルがあって、結構賑わってたらしいんだ。けど、不況で潰れちゃったんだって。今は更地にして、イベントとかで使う用の広場になってるんだ」
「ふぅん……」
立花くんは、じっと広場を見つめている。
「ここ見てると、ちょっと寂しくなる。あのときの活気が、恋しくなるときがあるっていうか」
「あのときの活気が……って、あなたその頃まだ生まれてないでしょ」
「ははっ! そうでした! さっ、次行こ次!」
立花くんはからからと笑って、再び歩き出した。
「まだ行くの?」
「この先に美味しいクレープ屋があるんだよ!」
「私べつにクレープなんて……」
「いいからいいから! 本当にもうすぐそこなんだ」
広場を抜けて細い裏路地を歩いていると、突然ボンバーヘッドの背の高い男性が、ピンク色の建物からにょっと出てきた。
「わっ」
ぎょっとして、私は思わず立花くんの影に隠れるように数歩後退る。
すると、男性と目が合った。そのまま、男性の視線が私の前にいた立花くんに流れる。男性は立花くんを見るなり、パッと笑顔になった。
「おっ! 爽じゃねーか! 今帰りか?」
「あ、みっちーただいま~! 今日はみっちーのクレープ食べにきたんだよ!」
「おぉ! そうか!」
ガタイのいいこのひとこそが、どうやら立花くんが言っていたクレープ屋の店長さんらしい。
「なににする? いつもの?」
「うーん……そうだなぁ」
立花くんはメニューとにらめっこをしている。
べつにいつでも食べられるんだから、そんなに悩まなくてもいいだろうに、と思っていると、
「新作の試作クレープでもいいぞ!」
と、店長さんはさらに立花くんを惑わせるワードを放った。
「新作!? なにそれ!?」
案の定、立花くんの瞳がきらんと輝いた。
「聞いて驚け。次の新作は……イチゴアスパラクレープだっ!」
店長さんはドヤ顔で言った。
「…………」
正直、まずそう。
「うん、新作はやめとく!」
立花くんは笑顔で拒否すると、私を見る。
「宝生はなににする? オススメは、アイスキャラメルバナナだよ!」
「私はなんでも……」
ぼんやりとメニューを眺めていると、店長さんが私を見て声を上げた。
「おっ!」
店長さんはにやにやしながら、立花くんの方肩に手を回す。
「なんだいなんだい、爽! この子、ずいぶんと美少女じゃねーか! もしかして彼女か? 爽ったら高校生のくせに色気付きやがってこの~」
店長さんは立花くんの肩を抱きながら、くりくりとほっぺをつついている。
「いや、違うし……っていうか高校生なんだから、彼女くらいいてもいいだろ!」
「ん~そうかそうか」
「な、なんだよその顔~!」
抵抗する立花くんは、顔を真っ赤にしていた。
「そんでお嬢さん。名前は?」
店長さんはくるっと振り向くと、私に訊く。
「あ、えっと……宝生陽毬といいます。立花くんとはクラスメイトで……」
「クラスメイト!? くぁーっ、青春かコノヤロウ!」
立花くんは店長さんを無理やり引き剥がすと、私の腕を掴み、私を店長さんの前に突き出した。
「実は宝生はね、最近うちの高校に転校してきたんだ」
「ほぉ」
「友達も作らないで、いつもひとりで勉強ばっかしてるから、となりの席の俺が代表して学校から連れ出してきたってわけ! だって毎日机にかじりついてるんだよ、めちゃくちゃ健康に悪いでしょ!」
「学生としては立派だが、まぁ……そうだなぁ?」
……余計なお世話なんだが。
「がりんちょだし、なにか食べさせてやんねーと死んじゃうって思ってさ!」
……と、立花くんはなぜか得意げに言う。すると、店長さんはからからと笑った。
「そういうことならちょっと待ってな! すぐクレープ作ってやるから! ふたりとも、アイスキャラメルバナナでいいか?」
「おう!」
立花くんが元気よく頷く。
「いいよな、宝生?」
「う、うん」
クレープができるまでのあいだ、店の前で佇んでいると、生地が焼ける匂いがしてきた。
……いい匂い。
クレープなんて、いつぶりだろう……。
考えるまでもなく、あの頃以来だ。
クレープは朱里が好きだったから、東京ではふたりでよく食べに行った。けれど……朱里がいなくなってからは、一度も行っていない。
あれから、もう二年も経つのか……。
ついこの間、この匂いを朱里と嗅いだ気がするのに。
月日が過ぎるのはあまりにも早く、あと半月もすれば私は朱里が死んだ歳に並ぶ。
ふと視線を感じてパッと顔を向けると、すぐ真横で立花くんが私を見ていた。
「わっ……え、な、なに?」
「……ね、宝生ってクレープ好き?」
「え? ……うん。好きだけど」
「そっか、よかった! 甘いもの苦手なひとも結構いるからさ」
ホッとしたような立花くんの表情を見て、ようやく気付く。彼なりに、気を遣ってくれていたのかもしれないと。
立花くんといると、こちらまで優しい気持ちになれる気がする。
「……クレープ、好きだよ、大丈夫」
「うん」
立花くんはほんの少し、照れたように笑った。
少し気まずさを感じたとき、タイミング良くクレープができあがった。
「へいお待ち!」
「へいお待ちって……寿司屋かここは」
「細かいことは気にすんなって! はい、陽毬ちゃんも!」
できたてのクレープを受け取りながら、私は店長さんを見上げる。
「あ、ありがとうございます。えと、お金は……」
「いいんだよ、これはサービスなんだからさ!」
「でも……」
「早くしないとアイス溶けるぞ?」
タダでもらうなんて本当にいいのだろうかと思いながらとなりを見ると、立花くんは当たり前のようにクレープにかじりついていた。
「あっ、それならいいこと思いついたよ」
「なんですか?」
「お代は、これからも爽と仲良くすること! どうだ、できるか?」
静かに頷く。
「じゃあ、いただきます……」
どきどきしながら、久しぶりのクレープを頬張る。
「……美味しい」
「だろっ!?」
自分が作ったわけでもないのに、なぜだか嬉しそうな立花くん。
「……なんで立花くんが得意げなの」
「この店はうちの家族みたいなもんだからさ! 家族が褒められたら嬉しいだろ!」
「……家族」
「ははっ! 家族かぁ。爽、イケてること言うじゃねーか」
「だろ~?」
……家族……。
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