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 どこまでも澄み渡った青い空に、カラフルな風船が飛んでいく。
「結婚おめでとう!」
 純白の衣裳ドレスを身にまとった私たちを祝福する声が、あちこちから響く。
「ありがとう」
 目の前には、父と母、それから久しぶりに見る友人たちの顔。みんな、笑顔にあふれている。
 私は夫となるひとと微笑み合いながら、その祝福に礼を言う。
 嬉しいような寂しいような、うまく形容できない、甘酸っぱい感情が私の胸を満たしていた。

 滞りなく式が終わり、着替えのために控え室へ向かう。
 着替えを済ませ、夫を呼びに行こうと立ち上がったときだった。頭上から、なにかがほろりと落ちた。
 拾い上げてみると、それは春の名残り。
「桜の花びら……」
 開け放たれた窓の向こうには、盛りを過ぎた桜が風に揺れていた。
 とんとんと優しく扉を叩く音がして、はい、と返事をする。するとすぐに扉が開いて、ついさっき愛を誓い合った夫が顔を出した。
陽毬ひまり。式お疲れ様」
「うん。歩人あるとも」
「準備はできた? そろそろ帰ろうか」
「うん」
 歩み寄ってきた歩人は、椅子に置いていた私の荷物を持って扉へ向かう。
「ねぇ、歩人」
 歩人が振り返る。
「ん?」
「ちょっと、寄りたいところがあるの」
「寄りたいところ?」
「うん。まだ……結婚の報告をしてないひとがひとりいて」
「え、そうなの?」と、少しだけ驚いた顔をしながらも、歩人は優しく微笑み、頷いてくれた。

 歩人に乗せていってもらったのは、小高い丘にある霊園。かなり広大な敷地のその霊園には、通路にたくさんの桜が植えられていて、霊園でありながらも春になると観光客がやってくるほどだ。
 丘の中腹ほどで、歩人が路駐する。
「ここでいいの?」
「うん」と返事をしながら、シートベルトを外す。
「ひとりで行く?」
「……いやじゃなかったら、歩人にも来てほしいんだけど」
 まっすぐに目を見て言うと、歩人は「もちろん」と、当たり前のように頷いてくれた。

 桜吹雪の中、私はとある墓石の前で足を止めた。
「久しぶり、そう
 墓石へそっと声をかけてから、歩人へ視線を向ける。
「ここで眠ってるのはね、立花たちばな爽。私を、生き返らせてくれたひとなんだ」
「それってもしかして、初恋の?」
 ゆっくりと頷く。
「私の姉が亡くなってることは知ってるでしょ?」
「うん。陽毬が高一のとき、事故で亡くなったって」
「そう。私、あの事故のあとね、ずっと塞ぎ込んでたんだ。姉の死を受け入れられなくて……ううん、違う。姉が死んだのは私のせい。家族をばらばらにしたのは私。だから、私は姉として生きなきゃいけないんだって、勝手にじぶんに言い聞かせてた」
 今日、式に来てくれた父と母の姿を思い出しながら、小さく呟く。
「とにかく、生き方が分からなくなってたの。爽は、そんな私を今の私に導いてくれたひとなんだ」
 落胆か、動揺か。歩人は小さく息を漏らすだけで、なにも言わない。
「……歩人からしたら、あまり気分のいい話じゃないかもしれない。……ごめん」
 やっぱり、言うべきではなかっただろうか。ひとりで……来るべきだっただろうか。
 でも、私は今、だれよりも歩人を愛している。だから、私自身のことを話したかったのだ。受け入れてほしかったのだ。これからも共に人生を歩んでいくと決めたから。
「……聞かせて」
 沈黙を破ったのは、歩人だった。
 歩人は私の頭を優しく撫でながら、微笑む。
「俺、陽毬のことならなんでも知りたい。どんな陽毬でも、まるごと抱き締めるって、付き合った日から決めてるから」
 滲みそうになる視界をなんとかこらえて、私は歩人の手を握る。
「……ありがとう」
 私は歩人から墓石へ視線を戻し、すぅっと澄んだ空気を肺に取り込む。

 これは、私に生きる意味を教えてくれたひととの、儚い恋の物語。
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