おかえり、私

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
6 / 6

エピローグ

しおりを挟む
 空を見上げる。
 夏になる前の空は青いけど、少しだけ霞んでいた。空へ顔を向けたまま、私は大きく息を吐く。
「……あーもう。今まで悩んでたのがバカみたいじゃん。私」
「ははっ! そーだよ、バーカバーカ!」
「ふふっ……バカ言うな」
 思わず笑うと、七南がふと嬉しそうに目を細めた。
「へへっ。どーいたしまして~」
 直後、なんとも呑気な返事が返ってきて、私はさらに笑う。
「……それにしても、七南って悩みとかぜんぜんなさそうだよね。羨ましいわ、その肝の座りよう」
 すると、七南はすぐに言い返してきた。
「むっ! 失礼な。私にだって悩みくらいあるよ!」
「えーたとえば?」
 七南は少しの間黙り込み、そしてパッと顔を上げた。
「最近ずーっと考えてたことがあるよ」
「なに?」
 首を傾げると、七南はすっと私を指さした。
「私?」
「そう。楓ちゃん、あの頃に比べてぜんぜん笑わなくなったなぁって思ってた」
「え……」
 どきりとした。慌てて七南から目を逸らす。
「そ、そんなことないよ。笑ってるよ」
「まぁそうなんだけど。でも、最近の楓ちゃんの笑顔って、なんていうか愛想笑い? みたいでぜんぜん可愛くないんだもん」
「失礼な」
「えへ。でもね、さっきの笑顔はすっごく可愛かったよ」
「さっき?」
「私がバーカって言ったとき! 久しぶりに、楓ちゃんの笑顔見た気がした!」
 言いながら、七南は茶目っ気たっぷりに私に絡みつく。
「さっきね、やっと幼稚園の頃の楓ちゃんが戻ってきたって思ったんだ! 私、今みたいな楓ちゃんの笑顔が大好きだった! おかえり、楓ちゃん」
「……七南……」
 言われて初めて気が付く。
 こんなふうに、素直に笑ったのはいつぶりだろう。
 いつもだれかに合わせてばかりで、いつの間にか、うまく笑うことさえできなくなっていた。鏡の中の自分がきらいで仕方なかった。
「……うん。ただいま、七南」
 私は偽りのない笑顔を浮かべて、目の前の小さな大親友に抱きついた。
「ありがとう、七南」
 明日の朝起きて鏡を見たら、久しぶりに会う私に言いたい。
「おかえり、私」
 そう、笑って。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

この声を君に、この心をあなたに。

朱宮あめ
青春
これは、母親を失い、声を失くした少女と、 心の声を聞くことができる孤独な少年が、 なにかを失い、なにかを取り戻すお話。

きみの心音を聴かせて

朱宮あめ
青春
ずっと、じぶんじゃないだれかに憧れた。 お姉ちゃんのようになれたら。 あの子のように、素直になれたら。 あの子みたいに、芯の強い子になれたら。 特別な存在でありたかった。  *** あらすじ 高校二年の柚香は、いつも優秀な姉に比べられ、じぶんに自信を持てずにいた。 学校でも家でも『優等生』を演じ、本心を隠す日々。 ある朝、いつもより早く学校へ行くと、一年のときに告白された男子・音無優希と出くわし……。 家族、クラスメイト、将来の夢、そしてじぶん。 さまざまな壁にぶつかりながらも、 柚香はじぶんにはない価値観に触れ、 少しづつ、前に進んでいく。

すれ違いの君と夢見た明日の約束を。

朱宮あめ
青春
中学時代のいじめがトラウマで、高校では本当の自分を隠して生活を送る陰キャ、大場あみ。 ある日、いつものように保健室で休んでいると、クラスの人気者である茅野チトセに秘密を言い当てられてしまい……!?

足枷《あしかせ》無しでも、Stay with me

ゆりえる
青春
 あの時、寝坊しなければ、急いで、通学路ではなく近道の野原を通らなければ、今まで通りの学生生活が続いていたはずだった......  と後悔せずにいられない牧田 詩奈。  思いがけずに見舞われた大きな怪我によって、見せかけだけの友情やイジメなどの困難の時期を経て、真の友情や失いたくないものや将来の夢などに気付き、それらを通して強く成長し、大切だから、失いたくないからこそ、辛くても正しい選択をしなくてはならなかった。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

ふてくされた顔の君、空に浮かぶくせ毛

あおなゆみ
青春
 偶然同じ喫茶店に通っていた高校生の彼女と僕。 NO NAMEという関係性で馴染んでいった二人だったが、彼女がその喫茶店でアルバイトしている大学生の陽介と付き合い始めたことで、僕の彼女への想いは変化してゆく。 切ない想いを抱きながらも彼女のそばにいる喜びと、彼女を諦めなくてはいけないという焦りを抱く僕。 大学生になった僕には、僕を好きだと言ってくれる人も現れる。 そんな中、僕らのNO NAMEな関係は、彼女が悪気もなく名前をつけたことで変化した。 彼女と一度は距離を置くが、偶然は一度起きるとその確率を高めてしまいーー 片想いする相手への切なさと許容と執着、愛しい青春。

水着の下にTシャツって、そそる!

椎名 富比路
青春
pixivお題「Tシャツ」より

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

処理中です...