おかえり、私

朱宮あめ

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第2話

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 始業開始のチャイムが鳴る。と同時に、担任である山並やまなみ先生が教室に入ってきた。
「はーい、みんな。今日は転校生を紹介しますよ」
「えっ!? 転校生!?」
「マジで!?」
 二年のこんな時期に転校生だなんて、珍しい。付き合いづらい子じゃないといいな。
 窓の外をぼんやりと眺めたまま、私は先生の話を聞いていた。
「どうぞ、入って」
 先生の声を合図に、がらりと扉が開く。
 その子は。
 まるで季節が冬から春へ移り変わるように。
 雨粒が空から落ちてくるように。
 ごくごく当たり前に、私の前に現れた。
「――春宮はるみや七南です! よろしくお願いします」
 その名前を聞いた瞬間。
 頬杖をついていた手を離し、私は窓から教壇へと視線を流す。
 教壇に立った少女と、かちりと目が合った。
「久しぶり! 楓ちゃん!」
「え……七南?」
 たとえるならば、桜前線。
 ふと、私は彼女の声を、春を呼ぶ小鳥のさえずりのようだと思ったあの日のことを思い出した。
「楓、知り合い?」
「あ……うん。幼稚園の頃の幼なじみ」
 ……たしか、そう。同姓同名でなければ。
「はいはいっ、先生! 私、楓ちゃんのとなりがいい!」
「うーん、まぁ慣れるまではそのほうがいいか。水瀬みなせ、いい?」
「え? あ……はい」
 七南は、驚くほどあの頃から変わっていなかった。
 無邪気で思ったことをなんでも口にするところも、状況なんてかまわず、大きな声で笑うところも。
 再会できたことは、素直に嬉しかった。
 けれど同時に、私の脳は指令を出した。
 ――この子は、危ないと。


 ***


 春宮七南は、私が幼稚園の頃仲が良かった女の子だ。あの頃の七南は、素直で無邪気でいつも笑っていて。
 まるで凍てついた季節を優しく溶かす、優しい陽だまり。生命を生み出す桜前線のようだった。
 あれから十年以上が経っているというのに、七南はあの頃からなにも変わっていなかった。
 明るくて、素直で。
 状況をうかがってばかりの私とは大違い……。

 お昼休みになると、七南はさっそく私に話しかけてきた。
「ねぇねぇ楓ちゃん! 今日のお昼、一緒に食べようよ」
「あ、うん……でも、みんなにも聞いてみないと」
「みんな?」
 七南が首を傾げる。
「うん。私、いつも奈緒と千聖ちさとと一緒に食べてるから」
「そうなんだ!」
 私は、ひやひやしながら奈緒と千聖を見た。ふたりは笑顔で手を振っている。どうやら七南を受け入れてもらえるらしい。
 ホッとして、七南を見た。
「いいって。じゃあ七南、行こ」
「うん!」
 笑顔で頷く七南は、手ぶらだ。
「あれ? お弁当は?」
「今日忙しくて買えなかったから、購買で買おうと思ってるんだ!」
「え……購買?」
 ひやりとする。
「楓ちゃんも一緒に行こうよ!」
「ま、待って。購買は三年生しかダメだよ……」
「え? なんで?」
 七南がきょとんとした顔で首を傾げる。
 購買とは、高校の内部にある売店のことだ。主にパンやお弁当、ジュースなどお昼ご飯を売っている。
 学生は、一年から三年まで利用することは許されてはいるけれど、実際に私は使ったことがない。
 何度か購買部の前を通ったことがあるけれど、お昼休みはいつも三年生がうじゃうじゃいて、私たちは入る隙もなかった。
 購買は、基本的に三年生が使うものだ。そういうものだって、入学したときから決まっている。だからそもそも購買に行こうだなんて思わないのに。
「そういうものなんだよ。だから、下級生はあんまり行かない」
「え、なにそれ。お弁当買うのに先輩の許可が必要なの?」
「そうじゃないけど……」
「下級生とかそういうの、ただお昼買うだけなのに、そんなの関係なくない?」
「でも、そういうものなんだよ」
「えーなにそれ、謎」
 ――本当にね。
 そう返したかったけれど、臆病な私は小さく笑みを返すことしかできなかった。
「とにかく、私の分けてあげるから行こ」
「えっ、ほんと? やったー!」
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