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第4話
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あれから奏とは気まずいまま時は過ぎ、あっという間に新学期が始まった。重い気持ちのまま、私は家を出た。いつもなら家の前で奏が待っている時間。しかし、今朝はいなかった。
少し待ってみたけれど、奏がやって来る気配はない。うちのアパートのとなりにある立派なレンガ造りの家を見上げる。インターホンを鳴らしてみようかとも考えたが、やめた。
早朝の色褪せた通学路を歩きながら、もやもやと考える。
あの日、あの電話の後から、私は一度も奏と顔を合わせていない。それどころか、連絡すら取り合っていない。
こんなことは始めてだった。
まさか、奏がそんなに怒るとは思わなかったのだ。私たちは今恋人同士。だから、離れても繋がっている気がして、奏とは大丈夫だと思っていた。
でも……奏の方は違った。彼氏なのにそばを離れる選択をしてしまったから怒ったのか、それともまたべつの要因なのかは分からない。とにかく、彼を失望させたのは私だ。
「はあ……さむ」
ひとりで河川敷を歩きながら、マフラーに顔を埋める。
奏はもう先に行ってしまったのだろうか。教室で顔を合わせたらなんと言おう。気まずい。
真冬の空を見上げながら、ぼんやりと考える。
今まで、喧嘩したときってどうやって仲直りしていたっけ……。冷たい風に、思わず身をすくめて立ち止まる。
目を閉じると、
『ごめん』
と、奏の頼りない声が聞こえた気がした。
目を開くが、そこに奏の姿はない。ベルを鳴らして、自転車が追い抜いていく。その背中を見つめ、ふと思い出す。
……そうだ。いつもは奏が謝りに来たのだ。泣きながら、さっきはごめんって謝ってきた。いつもいつも。奏が先に折れてくれたから、私たちはすぐにいつも通りに戻れた。
……それなのに。
スマホを見るが、奏からの連絡はなかった。
「……ごめんって言ってよ。奏のバカ」
そんなに怒らせたのだろうか。
私が悪いの? 私はただ家族を心配しただけなのに。
私にはお母さんしかいない。お父さんも、兄妹もいない。大切に思うことのなにがいけないのだろう。
きっと、奏には分からないのだ。奏にはしっかりとしたお父さんとお母さんがいる。裕福な家庭だし、ふたりとも元気だから。家族を失う怖さが、ひとりぼっちの寂しさが分からないのだ、きっと。
学校へ着き、昇降口に入ったところでクラスメイトの美奈子に声をかけられた。
「あけましておめでとーっ! ことり!」
「あ、みなちゃん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「こちらこそ! ……ってあれ? 今日は一条くん一緒じゃないの?」
美奈子がきょろきょろと辺りを見回す。
「あー……」
いつもは奏と登校しているから、私ひとりというのが物珍しく映ったらしい。
「……うん。今日は別々」
沈んだ声を出す私に、美奈子が首を傾げる。
「おや? どうした? 喧嘩でもした?」
「……いや……喧嘩というかなんというか」
曖昧に返すと、美奈子はくすりと笑った。
「珍しいねぇ。おしどり夫婦なのに。ま、どうせすぐ仲直りするんだから、そんな気にしなくてもいいんじゃない?」
「……うん」
頷いたものの、やはり教室に入っても奏の姿はなかった。始業時間になっても登校してこない。
さすがに心配していると、先生が入ってきた。先生の顔を見るや、うろついていた生徒たちは慌てて席に着く。
「えー、おはよう、みんな。まずは新年、あけましておめでとう。今年はそれぞれ勝負の年になりますが、頑張っていきましょう」
先生が教室内をぐるりと見渡す。奏の席をちらりと見て、少し表情を曇らせた。
なんだろう、と違和感を覚えていると、先生は言った。
「それからな……一条なんだが、残念ながら一条はしばらく休むことになった」
「えっ……」
休み? どうして?
しかし、先生はそれ以上理由は言わない。
困惑していると、後ろの席の美奈子が私の背中をノックした。振り向くと、こそっと声をかけられる。
「ことり、聞いてた?」
「いや……」
首を振る。
聞いていない。
しかも、今日だけでなくしばらく休むって、一体どういうこと?
私はこっそりスマホを出して通知を確認する。やはり、奏からの連絡はない。
「どうしてなにも言ってくれないの……?」
休み時間に奏にメッセージを送ったものの、返事どころか既読マークすらつかなかった。
さすがに焦り、電話をかける。
ぷつりとコール音が途切れた瞬間、私は早口でまくし立てた。
「あっ……奏!? ちょっと、どうしてメッセージ返してくれないのよ! そんなにあのときのこと怒って……」
『――もしもし?』
強い口調で責め立てていると、予想外の声が聞こえてきた。私はぎょっとして口を噤む。
「あ……あ、あれ? えと……?」
『ことりちゃん。私よ、奏ママ。ごめんねぇ、私が出たからびっくりしたでしょ』
出たのは奏ではなく、奏のお母さんだった。奏のお母さんはのんびりとした声で笑った。
「あ、あの……奏は? 今日、学校に行ったら奏はしばらく休むって先生が言っていて……私、そんなことぜんぜん聞いてなかったからびっくりしちゃって」
『あぁ。そうよね。いろいろと立て込んでいたから、ちょっと連絡ができなくて……ごめんなさいね。実は奏ね……』
奏のお母さんの話を聞いている間、私の胸はざわざわと騒いでいた。
少し待ってみたけれど、奏がやって来る気配はない。うちのアパートのとなりにある立派なレンガ造りの家を見上げる。インターホンを鳴らしてみようかとも考えたが、やめた。
早朝の色褪せた通学路を歩きながら、もやもやと考える。
あの日、あの電話の後から、私は一度も奏と顔を合わせていない。それどころか、連絡すら取り合っていない。
こんなことは始めてだった。
まさか、奏がそんなに怒るとは思わなかったのだ。私たちは今恋人同士。だから、離れても繋がっている気がして、奏とは大丈夫だと思っていた。
でも……奏の方は違った。彼氏なのにそばを離れる選択をしてしまったから怒ったのか、それともまたべつの要因なのかは分からない。とにかく、彼を失望させたのは私だ。
「はあ……さむ」
ひとりで河川敷を歩きながら、マフラーに顔を埋める。
奏はもう先に行ってしまったのだろうか。教室で顔を合わせたらなんと言おう。気まずい。
真冬の空を見上げながら、ぼんやりと考える。
今まで、喧嘩したときってどうやって仲直りしていたっけ……。冷たい風に、思わず身をすくめて立ち止まる。
目を閉じると、
『ごめん』
と、奏の頼りない声が聞こえた気がした。
目を開くが、そこに奏の姿はない。ベルを鳴らして、自転車が追い抜いていく。その背中を見つめ、ふと思い出す。
……そうだ。いつもは奏が謝りに来たのだ。泣きながら、さっきはごめんって謝ってきた。いつもいつも。奏が先に折れてくれたから、私たちはすぐにいつも通りに戻れた。
……それなのに。
スマホを見るが、奏からの連絡はなかった。
「……ごめんって言ってよ。奏のバカ」
そんなに怒らせたのだろうか。
私が悪いの? 私はただ家族を心配しただけなのに。
私にはお母さんしかいない。お父さんも、兄妹もいない。大切に思うことのなにがいけないのだろう。
きっと、奏には分からないのだ。奏にはしっかりとしたお父さんとお母さんがいる。裕福な家庭だし、ふたりとも元気だから。家族を失う怖さが、ひとりぼっちの寂しさが分からないのだ、きっと。
学校へ着き、昇降口に入ったところでクラスメイトの美奈子に声をかけられた。
「あけましておめでとーっ! ことり!」
「あ、みなちゃん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「こちらこそ! ……ってあれ? 今日は一条くん一緒じゃないの?」
美奈子がきょろきょろと辺りを見回す。
「あー……」
いつもは奏と登校しているから、私ひとりというのが物珍しく映ったらしい。
「……うん。今日は別々」
沈んだ声を出す私に、美奈子が首を傾げる。
「おや? どうした? 喧嘩でもした?」
「……いや……喧嘩というかなんというか」
曖昧に返すと、美奈子はくすりと笑った。
「珍しいねぇ。おしどり夫婦なのに。ま、どうせすぐ仲直りするんだから、そんな気にしなくてもいいんじゃない?」
「……うん」
頷いたものの、やはり教室に入っても奏の姿はなかった。始業時間になっても登校してこない。
さすがに心配していると、先生が入ってきた。先生の顔を見るや、うろついていた生徒たちは慌てて席に着く。
「えー、おはよう、みんな。まずは新年、あけましておめでとう。今年はそれぞれ勝負の年になりますが、頑張っていきましょう」
先生が教室内をぐるりと見渡す。奏の席をちらりと見て、少し表情を曇らせた。
なんだろう、と違和感を覚えていると、先生は言った。
「それからな……一条なんだが、残念ながら一条はしばらく休むことになった」
「えっ……」
休み? どうして?
しかし、先生はそれ以上理由は言わない。
困惑していると、後ろの席の美奈子が私の背中をノックした。振り向くと、こそっと声をかけられる。
「ことり、聞いてた?」
「いや……」
首を振る。
聞いていない。
しかも、今日だけでなくしばらく休むって、一体どういうこと?
私はこっそりスマホを出して通知を確認する。やはり、奏からの連絡はない。
「どうしてなにも言ってくれないの……?」
休み時間に奏にメッセージを送ったものの、返事どころか既読マークすらつかなかった。
さすがに焦り、電話をかける。
ぷつりとコール音が途切れた瞬間、私は早口でまくし立てた。
「あっ……奏!? ちょっと、どうしてメッセージ返してくれないのよ! そんなにあのときのこと怒って……」
『――もしもし?』
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「あ……あ、あれ? えと……?」
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「あ、あの……奏は? 今日、学校に行ったら奏はしばらく休むって先生が言っていて……私、そんなことぜんぜん聞いてなかったからびっくりしちゃって」
『あぁ。そうよね。いろいろと立て込んでいたから、ちょっと連絡ができなくて……ごめんなさいね。実は奏ね……』
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