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第3話
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とぼとぼと家路を歩いていると、奏から着信が入った。
「……もしもし」
『あ、ことり? 今どこ?』
「もうすぐ家だけど」
『そっか……。小春さん、目を覚ましたんだってな。よかったよ。安心した。今度お見舞いに行くな』
「うん」
『食べ物はなんでも食べれる? お見舞いには果物かなって考えてたんだけど……』
「うん……」
『……どうした? なんか元気ないな』
「……お母さん、麻痺が残っちゃった」
『え……』
スマホの向こうで、奏が息を呑むのが分かった。
「私のせいで、お母さんずっと働き詰めだったから……」
声が震える。
「私……こんなことになるまでお母さんの体調にぜんぜん気が付かなかった。お母さん、倒れるまでに相当な頭痛を感じていたはずだって先生言ってた。探したら、家に頭痛薬がいっぱいあったんだ。体調悪そうにしてたこともあったかもしれない。それなのに、私……いつも自分のことばかりで」
『ことりだって受験で忙しかったんだし、仕方ないよ』
「……お母さん、私のことは気にしないでって言ったんだ」
帰り際、お母さんは私に言った。
でも、そんなわけにはいかない。だってお母さんは、これから働くどころか自分のことだって満足にできないかもしれないのだ。
「今日、京都のおばあちゃんが来たんだ」
『お見舞いに?』
「うん。それでね……お母さん、私が大学に入ったらおばあちゃんと一緒に京都に帰る話をしてたの」
『まぁ……ひとりじゃ大変だもんな』
「……私、大学行くのやめようかな」
ぽつりと呟くと、奏が戸惑いの声を上げる。
『は? いや、なんでそうなるんだよ?』
「だって、私のせいでこんなことになったのに、私だけ夢を追いかけるなんてできないよ! 今度は私がお母さんを支えてあげなきゃ……」
『なに言ってんだよ、ダメだよ! 小春さんは、そんなこと絶対望んでない! そもそも小春さんは、お前を大学に行かせるために仕事を頑張ってたのに……』
「分かってるよそんなこと!」
言われなくたって分かっている。でも……。
「ICUにいるお母さんを見て気付いたの。お母さん、すごく小さくて……歳とってた」
私の中のお母さんは、若くて可愛くて、大きかったはずなのに。いつの間に、あんなに……。
病室で見たお母さんは皺がたくさんあって、顔色も悪かった。
いつもはきれいに化粧をしてるから、気付かなかった?
いや、そんなことはない。私が現実を見ようとしていなかっただけだ。お母さんの優しさに甘えて、私は今を見ていなかった。
『まぁ、俺らももうすぐ大学生になるんだし……それは仕方ないだろ』
「……考えたんだ。私がお母さんと一緒にいられる時間って、あとどれくらいなのかな」
『それは……』
奏が言葉に詰まったように黙り込んだ。
入院しているお母さんを見て確信した。お母さんと一緒にいられる時間は、きっともうそんなにない。
それならば、私はもうお母さんをひとりになんてしたくない。無理させたくない。
すると、奏が寂しげに言った。
『……なんでそんなこと言うんだよ。一緒に夢を叶えようって約束したじゃん。あれはどうなるんだよ。諦めるのか? じゃあ、俺は? ことりが京都に行ったら、それこそ離ればなれじゃん。小春さんと離れるのはダメで、俺と離れるのはいいの? なんだよそれ……俺はいやだよ。ことりと一緒にいたいのに』
「……それは……」
返す言葉を探していると、奏が不意に言った。
『ことりにとって、俺ってそんなもんだったんだな』
寂しげな声にハッとする。
「違うよ、かな……」
慌てて弁明しようとしたものの、プツッと通話が切れてしまった。
無情な機械音を聴きながら、私は今度こそ立ち尽くした。
「……もしもし」
『あ、ことり? 今どこ?』
「もうすぐ家だけど」
『そっか……。小春さん、目を覚ましたんだってな。よかったよ。安心した。今度お見舞いに行くな』
「うん」
『食べ物はなんでも食べれる? お見舞いには果物かなって考えてたんだけど……』
「うん……」
『……どうした? なんか元気ないな』
「……お母さん、麻痺が残っちゃった」
『え……』
スマホの向こうで、奏が息を呑むのが分かった。
「私のせいで、お母さんずっと働き詰めだったから……」
声が震える。
「私……こんなことになるまでお母さんの体調にぜんぜん気が付かなかった。お母さん、倒れるまでに相当な頭痛を感じていたはずだって先生言ってた。探したら、家に頭痛薬がいっぱいあったんだ。体調悪そうにしてたこともあったかもしれない。それなのに、私……いつも自分のことばかりで」
『ことりだって受験で忙しかったんだし、仕方ないよ』
「……お母さん、私のことは気にしないでって言ったんだ」
帰り際、お母さんは私に言った。
でも、そんなわけにはいかない。だってお母さんは、これから働くどころか自分のことだって満足にできないかもしれないのだ。
「今日、京都のおばあちゃんが来たんだ」
『お見舞いに?』
「うん。それでね……お母さん、私が大学に入ったらおばあちゃんと一緒に京都に帰る話をしてたの」
『まぁ……ひとりじゃ大変だもんな』
「……私、大学行くのやめようかな」
ぽつりと呟くと、奏が戸惑いの声を上げる。
『は? いや、なんでそうなるんだよ?』
「だって、私のせいでこんなことになったのに、私だけ夢を追いかけるなんてできないよ! 今度は私がお母さんを支えてあげなきゃ……」
『なに言ってんだよ、ダメだよ! 小春さんは、そんなこと絶対望んでない! そもそも小春さんは、お前を大学に行かせるために仕事を頑張ってたのに……』
「分かってるよそんなこと!」
言われなくたって分かっている。でも……。
「ICUにいるお母さんを見て気付いたの。お母さん、すごく小さくて……歳とってた」
私の中のお母さんは、若くて可愛くて、大きかったはずなのに。いつの間に、あんなに……。
病室で見たお母さんは皺がたくさんあって、顔色も悪かった。
いつもはきれいに化粧をしてるから、気付かなかった?
いや、そんなことはない。私が現実を見ようとしていなかっただけだ。お母さんの優しさに甘えて、私は今を見ていなかった。
『まぁ、俺らももうすぐ大学生になるんだし……それは仕方ないだろ』
「……考えたんだ。私がお母さんと一緒にいられる時間って、あとどれくらいなのかな」
『それは……』
奏が言葉に詰まったように黙り込んだ。
入院しているお母さんを見て確信した。お母さんと一緒にいられる時間は、きっともうそんなにない。
それならば、私はもうお母さんをひとりになんてしたくない。無理させたくない。
すると、奏が寂しげに言った。
『……なんでそんなこと言うんだよ。一緒に夢を叶えようって約束したじゃん。あれはどうなるんだよ。諦めるのか? じゃあ、俺は? ことりが京都に行ったら、それこそ離ればなれじゃん。小春さんと離れるのはダメで、俺と離れるのはいいの? なんだよそれ……俺はいやだよ。ことりと一緒にいたいのに』
「……それは……」
返す言葉を探していると、奏が不意に言った。
『ことりにとって、俺ってそんなもんだったんだな』
寂しげな声にハッとする。
「違うよ、かな……」
慌てて弁明しようとしたものの、プツッと通話が切れてしまった。
無情な機械音を聴きながら、私は今度こそ立ち尽くした。
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