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第2話『アイドルと、学園の王子様』後編
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おずおずと顔を上げると、茅野くんは私を見て眉を八の字にしている。
そして、
「なんで?」
意味が分からない、とでも言いたげな顔で私に訊ねた。あまりにも軽い響きの言葉に、胸の奥がわっと熱くなる。
「なんでって……そんなの、バレたくないからに決まってるでしょ」
「うん。だから、なんでバレたくないの? AMってネットでめちゃくちゃ人気者じゃん。みんな、大場がAMだって知ったら驚くんじゃない?」
けろりとした口調で茅野くんはそう言った。
なんにも分かっていないのだな、と怒りを通り越してもはや呆れてため息が出た。
このひとには、私の気持ちなんて分からないのだ。陰キャの私の気持ちなんて、絶対に。
「……茅野くんには関係ない。とにかくバレたくないの! だから、お願い」
一層強く言うと、茅野くんは少しだけ不満そうな顔をした。
「そうなんだ。ふぅん……でも、どうしよっかな」
「どうしよっかなって……」
茅野くんは、お気に入りのおもちゃを見つけた子供のように楽しげな声で言う。
「このこと知ってるの、もしかして俺だけ?」
「そう……だけど」
「へぇ、そっか」
笑顔が黒い。にこにこした茅野くんとは対照的に、私は絶望的な気持ちでその整った顔を見つめた。
「……お願いします」
私はどうしても、みんなに正体を知られるわけにはいかない。だって、バレたらあの日々が戻ってくる。
あの地獄のような日々が……。
想像しただけでも怖くてたまらなくなる。私は祈る思いで再度頭を下げた。
すると、茅野くんは小さくため息をついたあと、吐息混じりに言った。
「いいよ。その代わり、連絡先教えてくれない? そしたら黙っててあげるからさ」
「……え? れ、連絡先?」
顔を上げて茅野くんを見つめながら、私は意味が分からずに瞬きをした。
「そ。連絡先。大場もRINEくらいやってるでしょ?」
RINEとは、Re:STARTとはまたべつのメッセージ交換アプリだ。
「まぁ……」
もちろん、私もやってはいるけれど。でも、私と茅野くんは友だちでもなんでもない。それなのに、どうして私のIDなんかほしがるのだろう……。
「ね、教えて?」
だからなんで、と思いながらも、茅野くんの恐ろしく美しい笑顔に気圧され、私は小さく頷くことしかできない。
これがもし、普通のシチュエーションで囁かれたのなら、また気分が違ったかもしれないが。今の私にとって、彼の王子様スマイルはただの脅しに他ならない。
「分かった……」
渋々了承し、ポケットからスマホを取り出す。
「やった! 大場のIDゲット!」
茅野くんは、なぜか私のIDをゲットして喜んでいる。
私はといえば、アプリに登録された名前と整った横顔を交互に見やり、ため息を漏らす。
「……あの、本当に黙っててくれるんだよね?」
「おう」
恐々と訊ねると、茅野くんは弾ける笑顔のまま頷く。
「…………」
本当だろうか。
彼と私の明らかな温度差に不安になる。
彼の笑顔は軽くて、どこか怖い。変なことを企んでいないといいのだが。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「あ、じゃあ放課後連絡するからな! ……無視はダメだからな」と、茅野くんはお得意のスマイルを残して先に保健室を出ていった。入れ違うように、養護教諭の先生が職員室から戻ってくる。
「あぁ、大場さーん! そろそろ午後の授業始まるけど、どうする?」
「あ、はい……。もう行きます」
慌ててベッドから這い出し、制服の乱れを直した。気は進まないが、こんなことで休むのはダメだ。
「そう。無理はしないで、頑張ってね」
「ハイ……」
養護教諭の先生は私の事情を知っている。だからいつも、とても優しくしてくれる。
先生の優しい微笑みに、ほんの少しだけ心が和らいだ私は、一抹の不安を抱きつつも茅野くんがいる教室に戻るのだった。
そして、
「なんで?」
意味が分からない、とでも言いたげな顔で私に訊ねた。あまりにも軽い響きの言葉に、胸の奥がわっと熱くなる。
「なんでって……そんなの、バレたくないからに決まってるでしょ」
「うん。だから、なんでバレたくないの? AMってネットでめちゃくちゃ人気者じゃん。みんな、大場がAMだって知ったら驚くんじゃない?」
けろりとした口調で茅野くんはそう言った。
なんにも分かっていないのだな、と怒りを通り越してもはや呆れてため息が出た。
このひとには、私の気持ちなんて分からないのだ。陰キャの私の気持ちなんて、絶対に。
「……茅野くんには関係ない。とにかくバレたくないの! だから、お願い」
一層強く言うと、茅野くんは少しだけ不満そうな顔をした。
「そうなんだ。ふぅん……でも、どうしよっかな」
「どうしよっかなって……」
茅野くんは、お気に入りのおもちゃを見つけた子供のように楽しげな声で言う。
「このこと知ってるの、もしかして俺だけ?」
「そう……だけど」
「へぇ、そっか」
笑顔が黒い。にこにこした茅野くんとは対照的に、私は絶望的な気持ちでその整った顔を見つめた。
「……お願いします」
私はどうしても、みんなに正体を知られるわけにはいかない。だって、バレたらあの日々が戻ってくる。
あの地獄のような日々が……。
想像しただけでも怖くてたまらなくなる。私は祈る思いで再度頭を下げた。
すると、茅野くんは小さくため息をついたあと、吐息混じりに言った。
「いいよ。その代わり、連絡先教えてくれない? そしたら黙っててあげるからさ」
「……え? れ、連絡先?」
顔を上げて茅野くんを見つめながら、私は意味が分からずに瞬きをした。
「そ。連絡先。大場もRINEくらいやってるでしょ?」
RINEとは、Re:STARTとはまたべつのメッセージ交換アプリだ。
「まぁ……」
もちろん、私もやってはいるけれど。でも、私と茅野くんは友だちでもなんでもない。それなのに、どうして私のIDなんかほしがるのだろう……。
「ね、教えて?」
だからなんで、と思いながらも、茅野くんの恐ろしく美しい笑顔に気圧され、私は小さく頷くことしかできない。
これがもし、普通のシチュエーションで囁かれたのなら、また気分が違ったかもしれないが。今の私にとって、彼の王子様スマイルはただの脅しに他ならない。
「分かった……」
渋々了承し、ポケットからスマホを取り出す。
「やった! 大場のIDゲット!」
茅野くんは、なぜか私のIDをゲットして喜んでいる。
私はといえば、アプリに登録された名前と整った横顔を交互に見やり、ため息を漏らす。
「……あの、本当に黙っててくれるんだよね?」
「おう」
恐々と訊ねると、茅野くんは弾ける笑顔のまま頷く。
「…………」
本当だろうか。
彼と私の明らかな温度差に不安になる。
彼の笑顔は軽くて、どこか怖い。変なことを企んでいないといいのだが。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「あ、じゃあ放課後連絡するからな! ……無視はダメだからな」と、茅野くんはお得意のスマイルを残して先に保健室を出ていった。入れ違うように、養護教諭の先生が職員室から戻ってくる。
「あぁ、大場さーん! そろそろ午後の授業始まるけど、どうする?」
「あ、はい……。もう行きます」
慌ててベッドから這い出し、制服の乱れを直した。気は進まないが、こんなことで休むのはダメだ。
「そう。無理はしないで、頑張ってね」
「ハイ……」
養護教諭の先生は私の事情を知っている。だからいつも、とても優しくしてくれる。
先生の優しい微笑みに、ほんの少しだけ心が和らいだ私は、一抹の不安を抱きつつも茅野くんがいる教室に戻るのだった。
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