青春の在り処

朱宮あめ

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私の価値

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「私は、母親からずっと、あんたさえ産まなければって言われ続けてきた。だからあの母親の目を見たとき、黙ってらんなかった。言ってやりたかったんだ」
 美月ちゃんは、憎々しげに眉を寄せて吐き捨てる。
「産んだのはあんたでしょ。産むって決断したのはあんたでしょ。だからこの子はここにいるんだよ、って」
「…………」
 私たちはなにも言葉を返せないまま、呆然と美月ちゃんを見つめた。
「あの親子を助けたのは、ムカついたから。それだけ。ぜんぜん、善意なんかじゃない。なんか期待を裏切ったようで、ごめんね」
 美月ちゃんはひどく乾いた声で、姫華に言った。けれど、姫華は静かに首を横に振った。
「……ううん、違うよ」
 テーマパークの華やかな音楽の中でも、姫華の声はやけに正確に私たちの耳に響いたような気がした。
「美月ちゃんは、なにも裏切ってないよ。
私……あの場で、お母さんが心配っていうより、バスのなかの張り詰めた空気が怖くて……。あの親子に声をかけようなんて思えなかった。でも、美月ちゃんは違った。ちゃんとふたりの助けてって声に気付いた。動機がムカついたからだったとしても、それで結果的にあの親子の心を救ったんだよ。それって、やっぱり善意だよ。あれが、美月ちゃんなりの善意なんだと思う」
 そう言って、姫華は美月ちゃんに優しく微笑んだ。美月ちゃんは戸惑いがちに視線を泳がせ、そしてぽそりと言った。
「……姫華ちゃんって、本当にお人好しだね」
「えへ、そうかな?」
「うん。でも……ありがとう」
 美月ちゃんの頬は、ほんのり赤らんでいた。
「聖奈」
 姫華が不意に私を呼ぶ。私は顔を上げ、姫華を見た。目が合うと、姫華はなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「姫華?」
 私は首を傾げ、姫華を見る。
「……あのさ、私……なんとなく気付いてた。聖奈が私といるのは、私といたいからじゃないんだろうなぁって。いろいろ、私に気遣ってくれてたもんね。私、そのことが分かってて甘えてた。このくらいいいやって思っちゃってた。ごめんなさい」
 頭を下げる姫華に、私はぶんぶんと首を横に振る。
「なに言ってんの。姫華はなにも悪くないじゃん。悪いのは私。私こそ、美月ちゃんの言うとおり、姫華のこと利用してた。本当にごめんなさい」
「それだって、べつに聖奈が謝ることじゃないでしょ。聖奈はただ、不安だっただけだよね? 私、ずっとそばにいたのに気付いてあげられなくて、ごめんね」
 姫華がそっと私を抱き締める。優しいぬくもりに、ずっと我慢していた涙があふれ出す。
「……私、聖奈の気持ちちゃんと分かる。私も昨年、同じようなことがあったから」
「え……?」
 姫華は私を抱き締めたまま、静かに話し出す。
「クラスで仲良い子がいたんだ。その子は、アニメとか漫画が大好きな子でね。一緒にいて、すごく楽しかった。私は、大好きだった。でも、クラスが打ち解け始めてきたら、私のまわりには派手な感じの子たちが集まり出しちゃって。そうしたらその子、私を避け始めたの。それでも私は疎遠になりたくなくて、思い切って話しかけたんだ。でも……そうしたら、話しかけないでって言われちゃって」
 姫華は悲しげに目を伏せる。
「……それでね、私、なんでよって思っちゃったんだ。それで……つい、その子の悪口をみんなと一緒に言っちゃったりして。……最悪だよね」
「姫華……」
 姫華の声には、やり切れない後悔が色濃く滲んでいた。
 ……知らなかった。完璧な容姿を持っている姫華にも、悩みはあったんだ。それから、美月ちゃんにも。
 ふたりだからこその悩みが。
「だけど私、本当はただ悲しかっただけだった。私は果歩ちゃんのこと、本当の友だちだと思ってたのに……果歩ちゃんだけじゃない。みんな……私のことは見てくれない。みんなが好きなのは、私のステータスだけ」
 否定できなかった。
「……青春って、なんなんだろうね」
「青春って、地獄だよ。生き地獄。だって、どれだけ辛くても逃げ出せないんだもん。逃げたら負けって言われる。笑われる」
「……うん。そうだね」
 私には、ふたりの苦しみは分からない。
 ……でも。
「……私……その友だちの気持ちなら分かるかも」
「え?」
「姫華は可愛いから、いっしょにいるといやでも目立つでしょ。目立ちたくない陰キャにとっては、姫華といることで陰口を叩かれるんじゃないかって怖かったんだと思う。だからその子は、姫華がきらいでそういうことを言ったんじゃないと思うよ」
「そう……なのかな」
「一緒にいたくても、まわりの目が怖くて、たぶん、じぶんを守ることで精一杯だったんだよ。陰キャにとって学校は、常に崖の縁に立たされているようなものだから」
 姫華の目がじわりと潤んだ。
「……そっか。じゃあ、心のなかでは果歩ちゃん、一緒にいたいって思ってくれてたかなぁ……」
「私は打算で姫華に声をかけたけど……きっとその子は違う。その子はただ、姫華と仲良くなりたくて声をかけたんだよ」
「……うんっ……」
 姫華は涙を流したまま、頷いた。
「ありがとう、聖奈」
 お礼を言う姫華に、私は首を振る。
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