月光はあの花の調べ

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
6 / 7

第5話

しおりを挟む

 ふと、まぶたの裏に光を感じて目を開ける。

 朝日が刺すように僕の視覚を刺激した。

 朝を告げる鳥の声と、押し寄せてくるような波の音に、軽いめまいを覚えた。

 身体を起こした瞬間、全身に痛みを感じて眉を寄せる。周囲を見て、じぶんが岩肌に直に寝転がっていたことに気付いた。

「うわ、身体バキバキ……」

 そういえば昨日の夜、ひとりでここへ来たのだった。

 ここへ来て……どうしたんだっけ、と一瞬考えて、ハッとする。

 そうだ、あの子。

 僕の目は、考えるより早く彼女の姿を探した。

 ……いない。

 頭が冴えていく。反して、心音は早まっていった。

 昨晩、宮野さんも、僕のように死のうとしていた。

 もしかしたら、僕が寝た隙に……?

 いやなことを想像し、背筋が粟立つ。
 急いで探さなくては、と僕は勢いよく振り返った。

「宮野さっ……」
「わっ!」

 彼女の名前を叫ぼうとしたとき、すぐ近くで驚いたような声がして、僕は飛び跳ねた。

 僕の真後ろには、男性が立っていた。僕に触れようとしていたのか、片手が僕のほうへ伸びている。

「わ、び、びっくりした……!」
「あ、す、すみません、いきなり」
「いえ……」

 慌てて謝るが、驚いたのは僕もだった。
 男性はひょろりとした体型で、飾り気のないシャツとパンツを履いていた。僕より少し歳上の、大学一、二年、といったところだろうか。手には仏花だろうか、花束を持っている。
 再び僕と目が合うと、男性は軽く一礼した。

「……あの、突然で申し訳ないんだけど、君、もしかして視た?」
「えっ……?」

 驚いた顔をした僕に、男性は優しげに笑った。

「いきなりごめんね。実は僕、ここでとても不思議な体験をしたことがあって」

 男性は僕のとなりに立つと、さっきまで彼女が佇んでいたあの場所を見つめた。

「実は僕、昔ここで死のうとしたことがあったんだ。僕、学校に馴染めなくて中退して……でも、そのあともいろいろ上手くいかなくてさ。真夜中、ふらふらしてたら、いつのまにかここに来ていて」

「……はぁ……?」

 困惑する僕にかまわず、男性は続ける。

「それでいざ死のうとしたとき、知らない女の子に話しかけられたんだ。その子もまた、ここで死のうとしていた。彼女は親から虐待を受けていたらしくてね、ガリガリだった。……その彼女が言ったんだ。朝まででいいから、少しだけ話し相手になって、って。……話してみたら、思いのほか話が弾んじゃって」

 その瞬間、彼が言っている人物がだれなのか分かった。

「彼女と話していたら、あんなに長いと思っていた夜があっという間に明けていて……あのときはすごく驚いたな。今まで薬がなきゃ眠ることすらできなかったのに、いつの間にかぐっすりで。気が付いたら朝になってて、彼女はいなかった。帰ったのかなとも思ったんだけど、すぐそばにたくさんの花が手向けられていることに気付いて……もしかしたら、って思ったんだ」

 そう言って、男性はちらりと視線を僕の後方にやった。つられて見ると、そこにはいくつかの花束が手向けられている。

 昨夜は暗過ぎて気付かなかった。

「ユーレイってさ、無理やりにでもひとを死に追いやるものだと思ってたんだけど、違ったんだね。彼女と話してたらいつの間にか、死ぬのが怖くなってた。まさかユーレイに命を救われるとは思ってなかったから、びっくりして……それ以来、勝手に花を手向けに来てるんだ」
「……そうだったんですか」
「……ごめんね。君もワケありっぽかったし、もしかしたらと思って声をかけちゃった」
 と、男性は申し訳なさそうに、もう一度頭を下げた。

「……たしかに、僕も昨夜、ここで宮野さんっていう女性に会いました。僕も、あなたと同じように死のうとしてたんですけど……でも、やめました。彼女と話して、気が変わって」

 男性は、静かに『そう』と言った。

「……あのあと知ったことなんだけど、彼女、やっぱり亡くなっていたんだ」
「……じゃあ、僕が昨日会ったのは……」

 ユーレイ。

 脳裏に浮かぶのは、月夜に揺れる白いスカートと、彼女の淡い輪郭。

「……嘘つき」

 ……死なない、って、言ってたのに。

 悲しさで胸がぎゅっとなる。

 ……だけど、今なら分かる。

 あれは、僕を生かすための嘘だ。僕が、危ういところにいたから。

「……でも、自殺じゃなかった。ずっと前にこの海で幼い少年が流された事故があって、その子を助けて、亡くなったそうなんだよ」

 ハッとした。

「少年が流された、事故……?」

 話を聞くうちに胸がざわつき、全身が震え出す。

「あの、それっていつの話ですか? もしかして、八年くらい前の話じゃなかったですか?」

 男性は、突然詰め寄った僕に驚きながらも、頷いた。

「そ、そうそう。知ってるの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すれ違いの君と夢見た明日の約束を。

朱宮あめ
青春
中学時代のいじめがトラウマで、高校では本当の自分を隠して生活を送る陰キャ、大場あみ。 ある日、いつものように保健室で休んでいると、クラスの人気者である茅野チトセに秘密を言い当てられてしまい……!?

この声を君に、この心をあなたに。

朱宮あめ
青春
これは、母親を失い、声を失くした少女と、 心の声を聞くことができる孤独な少年が、 なにかを失い、なにかを取り戻すお話。

きみの心音を聴かせて

朱宮あめ
青春
ずっと、じぶんじゃないだれかに憧れた。 お姉ちゃんのようになれたら。 あの子のように、素直になれたら。 あの子みたいに、芯の強い子になれたら。 特別な存在でありたかった。  *** あらすじ 高校二年の柚香は、いつも優秀な姉に比べられ、じぶんに自信を持てずにいた。 学校でも家でも『優等生』を演じ、本心を隠す日々。 ある朝、いつもより早く学校へ行くと、一年のときに告白された男子・音無優希と出くわし……。 家族、クラスメイト、将来の夢、そしてじぶん。 さまざまな壁にぶつかりながらも、 柚香はじぶんにはない価値観に触れ、 少しづつ、前に進んでいく。

文化祭

一花カナウ
青春
外から聞き覚えのあるセリフが響いてきた。 ※ノベルアップ+にて先行公開中

【完結】さよなら、私の愛した世界

東 里胡
青春
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。 気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。 というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ! だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。 それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。 最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。 娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。 そして親友と好きだった人。 一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。 絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。 笑って泣ける、あたたかい物語です。

私だけの王子様。

朱宮あめ
青春
高校三年生の珠生は、美しく心優しい女の子。学校でも一番の人気者の珠生だったが、それは、偽りの姿だった。 まるでなにかの呪いのように自分を偽り続け、必死に自分の居場所を守り続ける珠生。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは王子様ではなく…… きらわれ者のお姫様とその家臣? 呪いを解いたのは、だいきらいなあの子と幼なじみの男の子だった。 お姫様を救えるのは王子様とは限らない。 もしかしたら、ひとりとも限らない……かも? 「あらすじ」 人気者として完璧な姿で卒業したかった珠生と、卒業することにすら意味を感じていなかったひなた。 高校三年生ではじめて同じクラスになった珠生とひなたは、似ているようで似ていない者同士。 そんなふたりが、お互いに共鳴し合い、季節の移ろいのように、少しづつ成長していく物語。

【完結】これを愛と呼ぶのなら、君だけで埋らぬ切なさ抱きしめて、オレは生きることになる

天田れおぽん
青春
その恋は、重くて、つらくて、甘酸っぱい 君に全てを捧げられない切なさを抱きしめて、僕は生きていく。 高校に進学した|伊吹 冬吾《いぶき とうご》は百合ップルとして有名な|葵帆乃夏《あおい ほのか》と|秋月 美羽《あきづき みう》の二人に出会う。 そして|秋月 美羽《あきづき みう》から交際を申し込まれる。 「私ね、ガンなの」  そんな残酷な一言を添えて。  優秀で順風満帆だからこそ薄ぼんやり生きてた高校生|伊吹 冬吾《いぶき とうご》の青春は、急激に動き出す。  地獄と天国を佃煮にしてお茶漬けで掻っ込むような青春小説を、どうぞ。 ※ちょっと改稿中です 8/10  *:..。♡*゚¨゚゚·*:..。♡ ☆宣伝☆ ♡ ..。*゚¨゚·*♡:..。 「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m 

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

処理中です...