月光はあの花の調べ

朱宮あめ

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第5話

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 ふと、まぶたの裏に光を感じて目を開ける。

 朝日が刺すように僕の視覚を刺激した。

 朝を告げる鳥の声と、押し寄せてくるような波の音に、軽いめまいを覚えた。

 身体を起こした瞬間、全身に痛みを感じて眉を寄せる。周囲を見て、じぶんが岩肌に直に寝転がっていたことに気付いた。

「うわ、身体バキバキ……」

 そういえば昨日の夜、ひとりでここへ来たのだった。

 ここへ来て……どうしたんだっけ、と一瞬考えて、ハッとする。

 そうだ、あの子。

 僕の目は、考えるより早く彼女の姿を探した。

 ……いない。

 頭が冴えていく。反して、心音は早まっていった。

 昨晩、宮野さんも、僕のように死のうとしていた。

 もしかしたら、僕が寝た隙に……?

 いやなことを想像し、背筋が粟立つ。
 急いで探さなくては、と僕は勢いよく振り返った。

「宮野さっ……」
「わっ!」

 彼女の名前を叫ぼうとしたとき、すぐ近くで驚いたような声がして、僕は飛び跳ねた。

 僕の真後ろには、男性が立っていた。僕に触れようとしていたのか、片手が僕のほうへ伸びている。

「わ、び、びっくりした……!」
「あ、す、すみません、いきなり」
「いえ……」

 慌てて謝るが、驚いたのは僕もだった。
 男性はひょろりとした体型で、飾り気のないシャツとパンツを履いていた。僕より少し歳上の、大学一、二年、といったところだろうか。手には仏花だろうか、花束を持っている。
 再び僕と目が合うと、男性は軽く一礼した。

「……あの、突然で申し訳ないんだけど、君、もしかして視た?」
「えっ……?」

 驚いた顔をした僕に、男性は優しげに笑った。

「いきなりごめんね。実は僕、ここでとても不思議な体験をしたことがあって」

 男性は僕のとなりに立つと、さっきまで彼女が佇んでいたあの場所を見つめた。

「実は僕、昔ここで死のうとしたことがあったんだ。僕、学校に馴染めなくて中退して……でも、そのあともいろいろ上手くいかなくてさ。真夜中、ふらふらしてたら、いつのまにかここに来ていて」

「……はぁ……?」

 困惑する僕にかまわず、男性は続ける。

「それでいざ死のうとしたとき、知らない女の子に話しかけられたんだ。その子もまた、ここで死のうとしていた。彼女は親から虐待を受けていたらしくてね、ガリガリだった。……その彼女が言ったんだ。朝まででいいから、少しだけ話し相手になって、って。……話してみたら、思いのほか話が弾んじゃって」

 その瞬間、彼が言っている人物がだれなのか分かった。

「彼女と話していたら、あんなに長いと思っていた夜があっという間に明けていて……あのときはすごく驚いたな。今まで薬がなきゃ眠ることすらできなかったのに、いつの間にかぐっすりで。気が付いたら朝になってて、彼女はいなかった。帰ったのかなとも思ったんだけど、すぐそばにたくさんの花が手向けられていることに気付いて……もしかしたら、って思ったんだ」

 そう言って、男性はちらりと視線を僕の後方にやった。つられて見ると、そこにはいくつかの花束が手向けられている。

 昨夜は暗過ぎて気付かなかった。

「ユーレイってさ、無理やりにでもひとを死に追いやるものだと思ってたんだけど、違ったんだね。彼女と話してたらいつの間にか、死ぬのが怖くなってた。まさかユーレイに命を救われるとは思ってなかったから、びっくりして……それ以来、勝手に花を手向けに来てるんだ」
「……そうだったんですか」
「……ごめんね。君もワケありっぽかったし、もしかしたらと思って声をかけちゃった」
 と、男性は申し訳なさそうに、もう一度頭を下げた。

「……たしかに、僕も昨夜、ここで宮野さんっていう女性に会いました。僕も、あなたと同じように死のうとしてたんですけど……でも、やめました。彼女と話して、気が変わって」

 男性は、静かに『そう』と言った。

「……あのあと知ったことなんだけど、彼女、やっぱり亡くなっていたんだ」
「……じゃあ、僕が昨日会ったのは……」

 ユーレイ。

 脳裏に浮かぶのは、月夜に揺れる白いスカートと、彼女の淡い輪郭。

「……嘘つき」

 ……死なない、って、言ってたのに。

 悲しさで胸がぎゅっとなる。

 ……だけど、今なら分かる。

 あれは、僕を生かすための嘘だ。僕が、危ういところにいたから。

「……でも、自殺じゃなかった。ずっと前にこの海で幼い少年が流された事故があって、その子を助けて、亡くなったそうなんだよ」

 ハッとした。

「少年が流された、事故……?」

 話を聞くうちに胸がざわつき、全身が震え出す。

「あの、それっていつの話ですか? もしかして、八年くらい前の話じゃなかったですか?」

 男性は、突然詰め寄った僕に驚きながらも、頷いた。

「そ、そうそう。知ってるの?」
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