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 庭園はとても美しかった。私は野趣あふれると言えば聞こえの良い、手の入らない草花や木々しか知らなかったので、見栄えを意識して人の手をかけるとこんなに見る者の心を打つものだとは知らなかった。スタニスラス様の紳士的なエスコートとお父様が見立ててくれたワンピースとで、まるでお姫様にでもなったような気持ちだ。ついこの間まで継ぎのあたったサイズの合わない粗末な服を着ていたのに。

 自分が幸せだと思う時、村の家族の事を思い出す。私一人が美味しい物をお腹いっぱい食べ、上等な衣服を着て快適に過ごしているこの時間も、家族はお腹を空かせているかもしれない。暑さに、寒さに辛い思いをしているかもしれない。体を壊しているかもしれない。

 ふとした時に顔を曇らせる私にお父様が言ったことがある。家族は、お前が売られた先でどんなに辛い思いをしているだろうと考えて嘆くより、幸せに暮らしていて良かったと思う方が慰めになるのだから、気を塞いではいけない。家族のためを思うなら笑顔で過ごして、彼らの「娘を売ってしまった」という罪悪感を減らしてやりなさい、と。

 お父様は本当に優しい人だ。みんなに怖がられていたけれど、近しくなればこんなに素晴らしい人だと分かるのに、村の人たちは勿体ない事をしたと思う。


「この温室では、バラが見ごろなのですよ」

 スタニスラス様が私を誘ってくれた温室は、薄いピンクから深紅までの赤系統のバラが咲き誇っていた。温室だからなのか、甘い香りが逃げずに空間を満たしている。

「素敵です。こんなに美しいバラは初めて見ました」

 私が見たことがあるのは森の中の野バラだから。


「カサンドラ嬢、二人きりになれましたね」

 テオさんは温室の入り口にいるけれど。チラリとそちらを見るとスタニスラス様が肩をすくめて笑う。

「アレは数のうちに入りませんから」

 テオさんの「ひでぇ」と言う声が小さく聞こえた。


「明日には出立されるのですから、回り道をしている時間が無い。率直に言わせてもらうが――君は前世の記憶があるね?」

「……っ!」

 心臓が止まるかと思うほどの衝撃に声も出ない。

「ああ、やはり。テオを苦手にしている理由を私が連ねたとき、君は”前世”という言葉に反応した。そして、今の表情で確信したよ。大丈夫、怖がらなくていい。私にも前世の記憶があるのだ。七つの時に記憶がよみがえってね。驚いたよ」

「スタニスラス様も……ですか」

「そう。君は何処から来たのかな?日本?もしかして、この世界が乙女ゲームの世界とか言わないよね?ヒロインとか攻略対象者とかが身近にいたら、すっごく迷惑なんだけど」

 スタニスラス様が何を言っているのか分からない。

「ん?違うの?あー、良かった」

 先ほどまでの貴族然としたスタニスラス様とは違って、今はずいぶん気さくだ。こちらが素のスタニスラス様なんだろうか。

「乙女ゲーはやった事ないけど、ネット小説なんかで読む限り、関わるのは面倒くさそうだと思ってたんだよ」

 にほん……一本二本の二本では無いようだ。おとめげーむもねっと小説も分からない。


「ごめんなさい。スタニスラス様の仰っていることが私には理解できません。私はスライムでしたから」

「……はい?」

「スタニスラス様に助けて頂いたスライムです。テオさんが私を剣で殺そうとした時に、スタニスラス様が止めて下さいました」

「…………」

「スタニスラス様は、こんな小さなスライムからは使える魔石は出ないと仰いました。テオさんは、魔獣を倒して英雄になるための練習に私を殺すのだと言いました」

 スタニスラス様は何も言わない。信じてもらえないのだろうか。

「私に”森の掃除屋”と言う言葉を下さいました。私たちがいるから森は美しいまま保たれるのだと。あ、そうです、爺と呼ばれた方がスタニスラス様に傷が付いたら奥さまと大奥さまに怒られると言っていました。その時に五歳だと言っていました」

 私はスタニスラス様にご恩を返したい。それには、私があの時のスライムだという事を信じてもらわなくてはならない。覚えていることを伝えて頭を下げる。

「ごめんなさい。スタニスラス様に助けていただいたのに、私はあの後すぐに人に殺されました。森の掃除屋として頑張ることが恩返しになると思ったのに、あのあと一度もお役目を全うすることなく死んでしまいました。ごめんなさい」

 頭を下げ続けた私に、スタニスラス様からの返事は無かった。怒っているのだろうか。せっかく助けたのに、役目も果たさず死んでしまった間抜けなスライムだと呆れられたのかもしれない。

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