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149 そして魔女は異世界に召喚される
しおりを挟む「ショーマ、今日は冒険者のお仕事?」
「あ、サンダーバードお姉さま、お久しぶりです。いや、子連れで冒険者の仕事は無いですよ」
翔馬は右手で9歳の娘アリア、左手で7歳の息子ケアダと手をつなぎ、1歳の息子ユイグを背中に括りつけた格好で、とても冒険者家業に精を出すようには見えない。
アリアとケアダは母であるアガタと同じ狐獣人種で、末子のユイグは人間種である。
「それもそうね。アガタはギルド?」
「ええ、ギルドには申し訳ないんですけど、また、産休を取らなきゃならなくなりまして」
結婚式から十年。既に三人の子宝に恵まれている翔馬とアガタの元に、またコウノトリがやってきたようである。
「仲が良くていいわね」
「お陰様で。サンダーバードお姉さまはその後……」
良い出会いはあったのかと聞こうとした翔馬だったが、サンダーバードの表情を見て途中でやめた。
アラフォーの翔馬が十代半ばに見えるサンダーバードをお姉さま呼ばわりすることは、見るものに違和感しか与えない。しかし、彼らは十年来ずっとこの呼びかけをしているので、今更変える気も無い。例え翔馬が止めたいと言ってもサンダーバードは許さないだろう。
翔馬は冒険者をやめた訳ではないが、現在のメインの仕事は商家勤めだ。
彼の整理整頓や帳簿付けの腕を買った商家の主が、三年がかりで口説いてようやく頷かせたという経緯がある。
「俺、冒険者って憧れてたし、能力的には勇者チートがあるから何とかなってるけど、性格的にやっぱり向いて無さそうなんだよね……」
忸怩たる思いを隠し切れずにそう嘆いたのは、第二子のケアダが生まれた頃だった。
勇者チートと惜しみない努力とで翔馬の冒険者ランクは順調に上がっていたし、稼ぎも悪くは無かった。
しかし、性格的に向いていない事、妻子を得たことで安定志向になった事などから商家のスカウトに諾と返事をしたのだ。翔馬曰く、社畜時代よりずっとやりがいがあるし向いている、との事なので、選択は間違っていなかっただろう。
冒険者カードを返納したわけではないから、今でもたまに運動不足解消と謳って冒険者家業もこなしている。これがいい臨時収入になるからと、妻のアガタも奨励していた。
「メガララ・ガルーダはどうしてる?」
メガララ・ガルーダとはハニー・ビーの今の名である。
クイーン・ビーの名を経てメガララ・ガルーダとなったが、女王蜂の後に蜂の王様ってどういう事だろう……と首を傾げていたことを、翔馬は思い出すたびに笑ってしまう。
「ビーちゃんとは最近会ってないですねー。アイツがまだ付いて回ってるのは聞いてますけど」
クイーンビーと名を変えてもメガララ・ガルーダと名を変えても、翔馬は相変わらず彼女をビーちゃんと呼んでいた。
「アイツって、あの、10年前のトーナメントでハニー・ビーだったメガララ・ガルーダに二回戦で負けた子よね?」
「ええ、共感性羞恥を煽りまくる金髪君です。ビーちゃんにボコられて逃げ帰ったかと思ったら、挑戦状を突きつけてきてまたボコられて、いつか倒してやる!って言いながら後をくっついて回ってるアイツです」
中二病という同じ病を患っていた同士ではあるが、翔馬は金髪君を見ると恥ずかしくて仕方がないので、なるべく会いたくないと思っている。なのに、メガララ・ガルーダに会いに行くと高確率でその男はいるのだ。
「メガララ・ガルーダを狙うなんて――」
「ま、マンティコアお姉さまを狙うよりはまだ……」
メガララ・ガルーダもハニー・ビーと呼ばれたころから見れば格段に力を付けているが、それでもマンティコアには遠く及ばない。
「そうじゃないわよっ!」
「はい?」
「メガララ・ガルーダをロックオンしてるって言ってるの!」
「ええ、だから……」
メガララ・ガルーダを倒そうとしてる――というより、すでに弟子が従者のような扱いになっている金髪君が身の程知らずなことには同意だが、何が違うのか翔馬は分からず首を傾げた。
「……メガララ・ガルーダも私を差し置いて結婚しちゃうんじゃないかと思うと、気が気じゃないわ」
「狙ってるってソッチですか!?」
まさか、サンダーバードの心配がメガララ・ガルーダの色恋沙汰だとは、翔馬は思いもしなかった。示唆されてみても、メガララ・ガルーダと金髪君のロマンスなどは想像しにくいと翔馬は思う。
ランティスに召喚された時には15才でまだ少女だった魔女だが、現在は27才。まどうことなき美女となった。年齢を考えれば浮いた話の一つや二つあってもおかしくは無いのだが、翔馬にとっては可愛い妹のように思っているメガララ・ガルーダに、あの金髪君は無い、無いと思う……無いと言ってくれ……という心境だ。
サンダーバードとそんな話をしているうちに、当のメガララ・ガルーダから通信が入った。
「にーさん?今、ダイジョブ?」
「大丈夫だよ。どうしたの、ビーちゃん」
音声だけで通信してきたメガララ・ガルーダが翔馬の返事を聞いて、映像通信に切り替えた。
「メガララ・ガルーダ……それ、何?」
映し出された映像では、メガララ・ガルーダと金髪君が森の中にいる姿が映っている。
そして、メガララ・ガルーダ達の前には何故か光る扉がポツンと自立していた。
「あ、サンダーバードねーさんも一緒だったんだ。久しぶり。えーと、この扉、召喚の扉みたいなんだよね。ほら、ここ、魔法陣がある」
メガララ・ガルーダが指した部分に、確かに魔法陣らしきものが見える。彼女はそれを解析して召喚の扉だと判断したようだ。
「ビーちゃん……もしかして……?」
ランティスに召喚されたときと同じように、見知らぬ魔法陣に関心を抱いたのだったら、メガララ・ガルーダのこれからとる行動は知れている。
「ん、ちょっと行ってくる」
「ビーちゃん!?」
翔馬が危惧した通り、メガララ・ガルーダはその召喚の扉に興味を持ったようだった。
「ダイジョブ。ちゃんと帰ってくる」
「メガララ・ガルーダ、もしかして隣の男も一緒に……?」
「ん。付いてくるっていうから好きにしろって言った」
金髪君が同行するとこともなげに言うと、サンダーバードが打ちひしがれて目が虚ろとなった。
「じゃ」
さらりと別れを告げたメガララ・ガルーダは、迷いも見せずに扉に手をかけ、吸い込まれるかのように消えていった。
彼女がこことは別の世界に行ったせいだろう、通信の映像もそれと同時に切れた。
「まったく、メガララ・ガルーダは……」
「ビーちゃんですからねぇ……」
ランティスの時と同じように一年で帰ってくるのか、もっと早いのか、それとももっと長いのかは分からない。
でも、いつか必ず帰ってくる魔女を、今回の召喚劇を聞くことを楽しみに待とうと、翔馬とサンダーバードは笑い合った。
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