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61 鉱山の街ガラウェイ 1

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 出立の朝は雨の気配のない曇天。これなら問題なく出発できるとハニー・ビーは空を見て思う。


「西の方で大雨が降ったらしい」

「橋が流れてなきゃいいが」


 宿の泊り客の会話がハニー・ビーらの耳に入る。


「お客さん達、西に向かうって言ってたが、大丈夫かね」


 宿の女将が心配して声を掛けてくれたのに向かって、大丈夫というように頷く。


「ん。行ってみて駄目だったら、その時に考える」


 ここから西に向かった方向にある街に、狂騒との揉め事で知り合ったフォセカが居るはずなのだ。

 ハニー・ビーは視認できる範囲、一度言ったことがある場所以外にも、知っている人の下へと跳ぶことが出来る。しかし、この旅は異世界探訪の旅なので転移を使う予定はない。


 いざとなれば翔馬と二頭の馬ごと跳べるが、転移を使うのは、はよほど切羽詰まった時だけだろう。


「気を付けてね、お客さん。良かったら、またお越しを」

「ありがと、ねーさん」


 五十半ばの女将は「いやだよ、ねーさんだなんて」と言いながらハニー・ビーたちを見送ってくれた。宿代は前払いだったので、会計はもう済んでいる。


「じゃ、いこっか、にーさん」

「おう」


 ライとクラウドに水と餌をやり、二人は馬上の人となる。


◇◇◇


「橋、ビミョー?」


 宿を出て二時間ほどで着いた川にかかっている橋を見てハニー・ビーが言う。


 宿の客が言った通りこちらでは大雨が降ったようで、川の水嵩が幅の広い石橋の橋げた近くまで上がっていた。

 すでに雨は止んでいるが、上流で降っているとしたらまだ水位は上がるかもしれない。


 川幅はさほど広くない。けどなぁ……。


 城でコピーした地図を見ながら、この橋が落ちたらフォセカが居るはずの街は孤立してしまうと案じた。街道のどん詰まりにある街でその先は険しい山々であるため、通行にはこの橋を渡るか、川の上流か下流にある橋まで数日かけて迂回しなくてはならない。


 実際、過去に水害があった時は食料などの流通が止まり、難儀したこともあるようだ。


 なぜ、そんな不便な所に街があるかというと、奥の山の中に鉱山があるためだ。金山・銀山のほかに鉄も採れると言う。そのため、不便な場所にありながら割合に栄えているらしい。


「ま、なんとかなるか、先を急ぐ旅じゃ無し」


 万が一の時は自分が何とかできるという自信があるハニー・ビーが翔馬を促す。


「おう。どんなとこだろうなー」

「フォセカに会ってー、あと、鉱山も行きたい。あたしがいた世界には無かった鉱物があるらしいし」

「へー、楽しみだな」

「ん、楽しみ」


 橋を渡り更に進むこと30分で、街を覆う高い壁が見えた。これは今まで浄化で回った街には無かったものだ。鉱山は国の重要な財産なので警備が厳しいのだろう。


 大雨の影響か、森を切り通した街道を行く人や馬車は多くない。


 門に辿り着いた二人は馬を降りてガーラントの裏書がある身分証明書を門番に見せる。

 これは、旅に出る二人の為に国王が用意させたものだが、流石に御璽付きの身分証ではかえって周囲の憶測がとんでもないことになるだろうと、甥であるガーラントに指図したのだ。


 ガーラントの魔導長官という肩書も、一般人が関わることなどあり得ないものだったが、ハニー・ビーも翔馬もガーラントの人となりと残念っぷりを知っているため、それほど恐れ多いとは思っていなかった。


 ここで初めて身分証を見せるまでは。



「ここ……」

「領主館だねぇ」

「部屋……」

「多分、最上のお部屋だねぇ」


 門番から警備隊に、警備隊から騎士隊に、そこから領主の元まで話が伝わるのは早かった。


 すぐさま領主自らが迎えに立ち、領主館へ連行……招待された。


 口をへの字にしていたハニー・ビーは、出てきたお茶が城で飲んだことがある物のファーストフラッシュであったことから、現金にも機嫌を直して味わいを楽しんでいる。


 翔馬は城での半年間で豪華な部屋にも慣れていたものの、やはり根が庶民なので賓客扱いは居心地悪く感じていた。



 ハニー・ビーと翔馬が据わるソファの対面には、この地の領主が座っている。


 年は60に手が届こうとするところか。白髪を後ろに撫でつけた柔和な顔をした男だが、重要地点の領主をしているだけあって、一癖も二癖もありそうな雰囲気である。


「ようこそ、鉱山の街ガラウェイへ。私は領主のサジナルド・スチム。伯爵位を頂いています。お二人はガーラント殿のお知り合いのようですが、ガラウェイへはどのようなご用件で?」


「はじめまして、あたしはハニー・ビー。魔女だよ」


「如月翔馬です。ガーラントさんは友人で、よくして貰っています。この街には彼女の知り合いがいるので訪ねてきました」


「……ガーラント殿のご友人。外国の方のようですが、この国でなんらかのお仕事をされている訳ではない?この町の視察にいらしたのかと思いましたが」


「いえ、視察なんてとんでもない。足の向くまま気の向くままに旅を始めたところです」


「ん。あと、鉱山をちょっと見たい」


 サジナルドは二人の立ち位置が分からないので、へりくだることなく高圧的に出ることもなく無難な口調で話しかけている。翔馬もそれが分かり、丁寧な対応を心掛けている。

 ハニー・ビーはいつも通りだ。


「お若いお嬢さんが鉱山を見たいというのは珍しい事ですな」


 ハニー・ビーも翔馬も目的は言葉通りで裏の意味など含んでいないのだが、サジナルドにしてみれば前触れもなくガーラントの裏書を持つ若輩の二人は警戒の対象のようだ。

 サジナルドに後ろ暗いところはない。真っ当に鉱山を運用しているし、国に叛意も無い。


 国にもそう評価されていると思っていたが、突然、国王の甥の回し者がこの地にきたと聞き、一体何をしにきたのだろうと不可解な思いをである。


 しかし、国の隠密調査なら魔導長官のお墨付き身分証などを門番に見せる訳もない事も分かっている。領主として、さて、どうしたものかと頭を悩ませているのでった。




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