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第四章
112 絶賛引き籠り中
しおりを挟むマリア様の狂乱から一週間。絶賛引き籠り中なう。学園にも行けていない。
なぜなら、スピネルが竜化した時に学園の生徒たちに、私とスピネル=聖なる乙女と浄化された暗黒竜という図式が植えつけられ、その生徒たちが家族に話し、それを聞いた家族が周囲に触れ回った結果――ファルナーゼ家の門前市を成す勢いで人が集まってきているからだ。
我が家とご縁のある貴族や商人たちは何とかして家に入り込もうと手紙を送ってくるし、そうでない人たちは一目見ようとしているのか朝から晩までわらわらと門前に団子状態だ。
何を勘違いしたのか「この子の病を治してください、聖女様」とか「呪われし我が家門をお救い下さい」とか訳の分からない要望をもって嘆願してくる人もいる。
そもそも聖なる乙女じゃないけれど、聖女ってそれより上だよね?聖女という認識は何処から来たのだ。私には病を治す力も呪いを浄化する力も無い。
そのうち飽きてくれれば平穏が戻ってくるだろうか……。
「私のせいでごめんね、シシィ」
窓の外をそっとカーテンの隙間から伺って、あまりの人の多さにげんなりした私に、スピネルが満面の笑みで謝ってきた。スピネルはこの閉じ込められた状況を殊のほか気に入ったらしい。曰く、私を独り占めだそうだ。
私が望む交流を遮るのは本意ではない。けど、出来れば自分だけを見ていてほしい。そういう葛藤を持っていた彼が、この降ってわいた引き籠り生活を気に入らない訳がない。
引き籠りと言っても、さすがに集まった人々は敷地内に入ってこないので、森に行くくらいはできるから、私もそこまでストレスは抱えていない。元々外に出してもらえなくて家の中と森くらいしか知らなかったしね。
「シシィ、第一王子殿下の先触れがあったわ。お迎えの準備をなさい」
「はい、お母様」
マリア様はどうなったか、お父様もお母様も私から聞いた話で結構なお怒りだったのだが、現在のところ彼女の今は分からない。
そこに王子様の来訪。
さて、どんなお話だろうね。
◇◇◇
「なにそれ馬鹿なんですか」
「ああ、馬鹿なのだと思うよ」
マリア様の話の前にと聞かされた話は前菜としてはパンチがあり過ぎた。
我が家で一番豪華な応接室で王子さまと対面しているのは、私とスピネル。王子さまの傍らには厳つい騎士さまと綺麗目の騎士さまが立っている。
護衛だか近衛だかの人の前だというのに、思わず素が出ちゃったよ、てへぺろ。
だって、あまりにも馬鹿な事を言われたからさー。
王子さまから聞いた、昨日、王宮で交わされた会話と言うのがこれだ。
『神が認める聖なる乙女はファルナーゼ家のご令嬢だとか。幸運にも殿下にはまだ婚約者はいらっしゃらない。これぞ神の采配でございますな。粛々と婚約を整えましょう』
『何を言っている。彼女には婚約者がいるのだぞ?それも、神託にあった暗黒竜だ』
『もう浄化されたのでしょう?どこの馬の骨ともしれぬ――いや、竜でしたな、そんな素性も知れぬ余所者など聖なる乙女に相応しいとはとても思えません。殿下こそ神託の聖なる乙女を娶るにふさわしいと、ご自身でも思われませんか?』
『生憎、ちっとも思わぬな。彼女は婚約者を慕っている。そもそも、彼女に無理強いをしようものなら、せっかく回避された暗黒竜の厄災がこの国を襲うだろう』
『たかだか竜ではございませんか。ファルナーゼ嬢がお気に召しているというなら、愛玩動物として伴う事も一考してもよろしいかと』
『あり合えない。そのような愚かしい提案を再び口にしようものなら、今後目通りは敵わぬと思え』
『なんと!臣下の陳情を切り捨てた上で私を追い立てると申されますか。賢明なる殿下の仰りようとも思われませぬ』
王子さまの執務室に約定も無く押しかけて、持論を滔々と述べた自称第一王子殿下派閥で無二の忠臣の男はまだ諦めてい無いようだという。
「殿下も大変ですねぇ……」
話が通じない相手の善意とやらは迷惑でしかないだろう。
「他人事のように言うが、ファルナーゼ嬢も無関係ではないだろう」
ああ、相手が私だからね、でも。
「お父様がどうにかしてくださいます。ファルナーゼ公爵を突き破ることが出来るだけの力があるのなら、役に立つ方かもしれませんわ」
無理だろうけどな。
「殿下、その者のお名前をお伺いしても?」
「……。いや、こちらで必ず止めよう。元々その積りではあったのだが、念の為に情報の共有を……だな」
スピネルがにこやかに男の名前を聞きだそうとしたら、王子様が挙動不審になった。目には目を、歯には歯をって教えたから大丈夫。多分。……うん、そうだね、スピネルが何をするか分からないから、やっぱりそこで名を告げずにいる王子様が正解だ。
よく目が笑っていない圧をかける笑顔というものを見聞きしたことはあるが、スピネルの場合は目もしっかり笑っている。写真ならば和やかに見えるであろう笑顔なのだが、実際に対面しているとバックに暗雲立ち込めているように見えるのだ。凄いな、その笑顔。
「そ……そうだ、クスバート嬢の事なのだが」
本題が来たというよりも、逃げを打ったように聞こえるよ、王子様。
気になっていることだから突っ込まないけどね。
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