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第四章
111 狂乱 5
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王子さまとマリア様が頭上にいる竜を”暗黒竜””マティアーシュ”と呼んだが……ごめん。あれはただの黒龍で私のスピネルです。
闇落ちしてないよー。暗黒ではありません。ただ黒いだけ。
あ、見た目だよ!?中身じゃないよ!?
二人が呆然としているうちに――と、スピネルが停止したことで止んだ風を幸いにマリア様に近寄り頸動脈を圧迫して落とす。これで魔力漏れも無くなるし、狙っている攻略対象者を見て騒ぐ事も出来ない。静かにしていてくれないと面倒くさくてかなわない。
「殿下、あれは暗黒竜ではありません。スピネルです」
「いや、だが、そのスピネルだろう、暗黒竜になると目されていたのは」
「大丈夫です。闇落ちしていません。ただの黒龍です」
安心させるようににっこりと笑ったら、何故か引きつった王子さまが「た……ただの……黒龍につく修飾では……」とブツブツ言っているが放置。
宙に浮かんでいるスピネルに大きく手を振り、降りておいでと手招きする。すると下降してきたスピネル――黒龍の輪郭がぼやけ始めて、地面に立った時には人間姿の馴染みのあるスピネルになった。
服は着ている。あ、いや、裸で出てこられても困るけど、竜になった時に服が破れたりしていないの?異世界って不思議だ。
「シシィ、怪我をしたな」
スピネルが私の右手を掬って傷に口付けた。
治してくれてありがとう。でも、キスする必要ないよね?ああっ、舐める必要はもっとないぞっ。
「お……おう。ありがと。でも、大したことないから大丈夫。ってか、どうして竜になってたの、スピネル」
「おかしな魔力の気配がして、シシィが怪我したからチンタラ歩いている余裕がなくて飛んできた」
「……はい?」
うん、文字通りだね、飛んできた。
おかしな魔力の気配ってのが分かるのも凄いけど、なんで私が怪我したって分かるの?何?離れていても私の状態が分かるとか、服とか装飾品とかに何か仕込まれてる!?まさか体内に……。
「え、と、コワイから追及しないけど、あ、そうだ、学園長……」
そういえばスピネルは学園長に呼ばれてたんだ。それはどうなったのかを聞こうとしたら――。
「聖なる乙女だ!」
「シシィ・ファルナーゼさまよね?あの方が聖なる乙女だったなんて!」
「……暗黒竜」
「恐れることはない。聖なる乙女であるファルナーゼ嬢が宥められた」
「忠誠の口づけを……」
「あの方、ファルナーゼ様の婚約者ですわよね?神託にあった通り”互いに慈しみ”あっているのねぇ……素敵」
「聖なる乙女と同じ学園に通っているなんて、俺たち凄くね!?」
気が付けば周囲にわらわらと人が集まっていた。
そりゃそうか。
突然竜が現れたら野次馬も集まる――いや、取りあえず逃げるべきなんじゃないだろうか?学園の生徒たちは物見高いのか。
と言うか、聖なる乙女はやめて――っ。あと、スピネルは暗黒竜じゃないから、ただの黒龍だから。忠誠の口づけじゃなくて、傷と火傷の治療だから。私は聖なる乙女じゃないし、同じ学園にいることが誉れになったりしないから。
穴……幸いにも(?)スピネルがヤンチャしたのであちこちに穴ぼこがある。居たたまれないので入ってもいいですか?埋まってもいいですか?
人は増える一方だしマリア様は失神してるしでどうしたらいいやら。まあ、マリア様を失神させたのは私なんですが。
「殿下……、私たちがここにいると収拾がつかないかと思われますので、というか居たたまれないので殿下にお任せして帰ってもいいですか」
野次馬もマリア様も丸投げで。
「マリア様に関しては、鎮痛剤か何か与えるか、とりあえず目覚めないように処置するかした方がいいと思うます。目が覚めたときに私がいたらまた激昂するでしょうし」
「あ……ああ、そうだな。ここは私に任せておくがいい。クスバート嬢の事に関しては後で話を聞かせてほしいが」
「はい、それは勿論。では、失礼します。――スピネル、帰ろう」
今すぐに、さっさと、至急速やかに帰ろう。ハイ、撤収――――!
周囲に愛想笑いを振りまいて、私はスピネルと一緒にその場を後にした。
流石に竜と聖なる乙女とされている私たちを無理に引き留めようとする輩はいなかったが、拍手やら熱い視線やら敬礼やら最も格式の高い辞儀やらで見送られるに至っては、愛想笑いが引きつってしまっても致し方ない仕儀だったと思う。
それでも何とか笑みを絶やさずにいた私はエライ。公爵令嬢の仮面バンザイ。私は女優。千の仮面は無いけれど。
「さっき聞きそびれちゃったけど、学園長の話は何だったの?」
まさか、更なるトラブルとか?それはご遠慮したい。
「嘘だったよ、シシィ」
「うそ?」
「うん、そう。私を呼びに来た男は私とシシィと引き離すために大方あの女に使われたんだろうと思う。顔はしっかり覚えているから、後でゆっくり話をさせてもらおうか。あの男のせいでシシィがしなくてもいい怪我をしたんだから」
「あー、うん、しっかり反省してもらおうか。でもさ、前世の言葉で”目には目を 歯には歯を”ってのがあって、されたことと同等の報復はいいけどやり過ぎちゃダメって意味なんだよ。その辺りは宜しく」
「善処する」
はっきり言うと、私の怪我は王子さまのせいなんだが、それはスピネルには言わない方がいいなぁ……。
この時はそう思ったけど、後日スピネルの知るところとなり私まで説教を食らったのだった。
闇落ちしてないよー。暗黒ではありません。ただ黒いだけ。
あ、見た目だよ!?中身じゃないよ!?
二人が呆然としているうちに――と、スピネルが停止したことで止んだ風を幸いにマリア様に近寄り頸動脈を圧迫して落とす。これで魔力漏れも無くなるし、狙っている攻略対象者を見て騒ぐ事も出来ない。静かにしていてくれないと面倒くさくてかなわない。
「殿下、あれは暗黒竜ではありません。スピネルです」
「いや、だが、そのスピネルだろう、暗黒竜になると目されていたのは」
「大丈夫です。闇落ちしていません。ただの黒龍です」
安心させるようににっこりと笑ったら、何故か引きつった王子さまが「た……ただの……黒龍につく修飾では……」とブツブツ言っているが放置。
宙に浮かんでいるスピネルに大きく手を振り、降りておいでと手招きする。すると下降してきたスピネル――黒龍の輪郭がぼやけ始めて、地面に立った時には人間姿の馴染みのあるスピネルになった。
服は着ている。あ、いや、裸で出てこられても困るけど、竜になった時に服が破れたりしていないの?異世界って不思議だ。
「シシィ、怪我をしたな」
スピネルが私の右手を掬って傷に口付けた。
治してくれてありがとう。でも、キスする必要ないよね?ああっ、舐める必要はもっとないぞっ。
「お……おう。ありがと。でも、大したことないから大丈夫。ってか、どうして竜になってたの、スピネル」
「おかしな魔力の気配がして、シシィが怪我したからチンタラ歩いている余裕がなくて飛んできた」
「……はい?」
うん、文字通りだね、飛んできた。
おかしな魔力の気配ってのが分かるのも凄いけど、なんで私が怪我したって分かるの?何?離れていても私の状態が分かるとか、服とか装飾品とかに何か仕込まれてる!?まさか体内に……。
「え、と、コワイから追及しないけど、あ、そうだ、学園長……」
そういえばスピネルは学園長に呼ばれてたんだ。それはどうなったのかを聞こうとしたら――。
「聖なる乙女だ!」
「シシィ・ファルナーゼさまよね?あの方が聖なる乙女だったなんて!」
「……暗黒竜」
「恐れることはない。聖なる乙女であるファルナーゼ嬢が宥められた」
「忠誠の口づけを……」
「あの方、ファルナーゼ様の婚約者ですわよね?神託にあった通り”互いに慈しみ”あっているのねぇ……素敵」
「聖なる乙女と同じ学園に通っているなんて、俺たち凄くね!?」
気が付けば周囲にわらわらと人が集まっていた。
そりゃそうか。
突然竜が現れたら野次馬も集まる――いや、取りあえず逃げるべきなんじゃないだろうか?学園の生徒たちは物見高いのか。
と言うか、聖なる乙女はやめて――っ。あと、スピネルは暗黒竜じゃないから、ただの黒龍だから。忠誠の口づけじゃなくて、傷と火傷の治療だから。私は聖なる乙女じゃないし、同じ学園にいることが誉れになったりしないから。
穴……幸いにも(?)スピネルがヤンチャしたのであちこちに穴ぼこがある。居たたまれないので入ってもいいですか?埋まってもいいですか?
人は増える一方だしマリア様は失神してるしでどうしたらいいやら。まあ、マリア様を失神させたのは私なんですが。
「殿下……、私たちがここにいると収拾がつかないかと思われますので、というか居たたまれないので殿下にお任せして帰ってもいいですか」
野次馬もマリア様も丸投げで。
「マリア様に関しては、鎮痛剤か何か与えるか、とりあえず目覚めないように処置するかした方がいいと思うます。目が覚めたときに私がいたらまた激昂するでしょうし」
「あ……ああ、そうだな。ここは私に任せておくがいい。クスバート嬢の事に関しては後で話を聞かせてほしいが」
「はい、それは勿論。では、失礼します。――スピネル、帰ろう」
今すぐに、さっさと、至急速やかに帰ろう。ハイ、撤収――――!
周囲に愛想笑いを振りまいて、私はスピネルと一緒にその場を後にした。
流石に竜と聖なる乙女とされている私たちを無理に引き留めようとする輩はいなかったが、拍手やら熱い視線やら敬礼やら最も格式の高い辞儀やらで見送られるに至っては、愛想笑いが引きつってしまっても致し方ない仕儀だったと思う。
それでも何とか笑みを絶やさずにいた私はエライ。公爵令嬢の仮面バンザイ。私は女優。千の仮面は無いけれど。
「さっき聞きそびれちゃったけど、学園長の話は何だったの?」
まさか、更なるトラブルとか?それはご遠慮したい。
「嘘だったよ、シシィ」
「うそ?」
「うん、そう。私を呼びに来た男は私とシシィと引き離すために大方あの女に使われたんだろうと思う。顔はしっかり覚えているから、後でゆっくり話をさせてもらおうか。あの男のせいでシシィがしなくてもいい怪我をしたんだから」
「あー、うん、しっかり反省してもらおうか。でもさ、前世の言葉で”目には目を 歯には歯を”ってのがあって、されたことと同等の報復はいいけどやり過ぎちゃダメって意味なんだよ。その辺りは宜しく」
「善処する」
はっきり言うと、私の怪我は王子さまのせいなんだが、それはスピネルには言わない方がいいなぁ……。
この時はそう思ったけど、後日スピネルの知るところとなり私まで説教を食らったのだった。
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