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第四章
96 事件Ⅱ 6
しおりを挟む「スピネル!来てくれると思ってた!」
やはり部屋の外の物音はスピネルだったようだ。
「シシィ、家の中にいた連中は無力化したけど、その男は何?」
スピネルが視線だけでアレキサンドエス先生を差した。ドエス先生はまだぶるぶると震えているが、私が怖いのか外の騒動の大きな音にビビったのか、それともスピネルの冷たい視線で凍えているのか分からない。
「高等部の先生」
「シシィがやったの?何があったか分からないけど、そんなことしちゃ駄目だよ」
スピネルが自分の味方だとでも思ったのか、ドエス先生が顔を上げた。
残念ながら、先生の思うような理由でスピネルは私を咎めた訳じゃない。自分が代わりにやってやるんだからとか、私を怒らせた相手への制裁は自分の権利だとか、そういう意味で言ってる。
「うん、私がやった。この先生ってば私の大事なヴィヴィアナ様を虐めたからね」
私はレナの店からここに来るまでの経緯をざっとスピネルに話す。
「誘拐されたんだから肌身を汚されたと思われるだろうとか言いだしてさー。誘拐された事実を無かったことにするって言ったら、自分は見ていたとか馬鹿な事を言うし。一緒に誘拐されたのも関わらず、被害者であるヴィヴィアナ様を脅すようなまねするような下衆は、野放しにしたらある事ない事触れ回りそうだったから、いっそ、何もお話しできない状態にしようかなーと」
淡々と言う私が怖いのか、ドエス先生はズリズリとスピネルの傍に寄ろうとして蹴られた。いや、本気の蹴りじゃないから大丈夫。かるーく蹴っただけだから。
「シシィは?シシィも脅された?」
実際には私とヴィヴィアナ様への脅しではあったんだろうけど、生憎私にダメージは無いので脅されたことにはならない、のかな?
「私の婚約者は、私が何もされてない事を分かってくれるし、万が一無体な真似をされたとしても、その怒りは私じゃなくて相手に行くだろうからねぇ。煩くてムカついたけど実害は無し?」
「シシィがムカついたんならそれは実害。でも、シシィが手を汚す必要はない。私がシシィの目につかないところで始末してくるから」
これ、本気である。
私が言っていたのは脅しだけど、スピネルはここで私が頷いたら本当にやっちまうと思う。
「出会ったころのように盲目的にシシィに従っている訳じゃない。これまでずっと君を見ていた。その君がこいつは不要だと言うのなら捨てて来よう」
「いやいやいや、私は殺そうとまでは思って無いって」
「口を塞ぐんだろう?」
「うん、ちょーっといっちゃんそうちゃんにお願いして狭間で人生を見つめ直してもらおうかと」
狭間にお邪魔したことはないけれど、いっちゃんそうちゃんから聞いた話では、人間が生きていけるようなところではないらしい。周りにいるのはユニコーンやバイコーン。その他諸々のこちらでは見ることもない動物たち。あ、でも、リンゴはあるらしいから飢えないよ!
「ああ、丁度あいつらも一緒に来てるんだった」
「おお!いっちゃんとそうちゃんも私を助けに来てくれたんだ?」
「シシィを助けるのは私。あいつらはただの足」
仮にも今の世界で幻獣と呼ばれるようないっちゃんそうちゃんを足代わりとは。あとで二人を労っておこう。
「ヴィヴィアナ様、もう大丈夫ですよ」
「え……ええ」
おっと、暴れん坊お嬢様は大して引かれなかったと思うんだけど、ドエス先生に対する説教はヴィヴィアナ様的にNGだったかな?そんな事を思ったけど、それは杞憂だった。
「シシィ様、私……弱くてごめんなさい。全部シシィ様に押し付けてしまって。アレキサンドエス先生に対しても、もっと毅然とした態度を取らなくてはいけなかったのに」
私に対して慄いたのではなく、自分の弱さを嘆くヴィヴィアナ様。
「いやいやいや、私の方が規格外なだけです。貴族令嬢に対してあんな事を言った先生が全部悪い。ヴィヴィアナ様は毅然とされていてご立派でした。大丈夫、私が先生をいい場所に案内して、ちゃーんと反省してもらいますから!」
「さっき仰っていらした”狭間”ですの?」
「ええ、迎えに来てくれているみたいなので後で紹介しましけど、友達のユニコーンとバイコーンが普段住まう場所で、人っ子一人いない、自省するにはピッタリの場所です」
「ひいっ……」
ヴィヴィアナ様に説明している私の台詞を聞いて、ドエス先生がブルブルどころかブルンブルン震えている。震えが大きくなったのに速度は変わらない。器用だな。ああ、でも、今にも卒倒しそうだ。
「マティー。全部拘束したよー」
そう言って部屋に入ってきたのは――ダレ?
大人ヴァージョンのスピネルによく似た知らない人。ここまで似ている人なんだから、竜王国の人なんだろう。
「あ、はじめましてー。ケラヴノス・バルトニーチェク・クエレブレですー。マティの兄です」
兄?スピネルを虐げて騙し討ちに放逐した兄?このフレンドリーさからいって別人?
いや、スピネルは第二王子だ。ということは、兄は一人しかいない。
――ということは、こいつは私の敵だ。
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