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第三章
87 勇者と 4
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「あ、ホントだ。殿下に”巻き戻りの弊害:記憶残存”ってある」
「……見えるのか、勇者殿」
勇者に”前回”があると知った私とスピネルは、勝手ながら王子様の了承も得ずに彼が”前回”の記憶持ちだという事を話した。
王子さまも混ぜて話しがしたいと勇者にお願いすると、快く了承してくれた。
勇者、いい人。
王子さまも混ぜて、勇者の前回の話を聞かせてもらう。
もちろん、お茶のおかわり付きだ。
勇者の話を聞いて、先ず思ったのは「それ、なんて無理ゲー」だ。
「そ……それはないですわ」
それまで一般市民だった荒事にすら慣れていない人間に、身を守る力も相手を倒す能力も与えずに「三日後に闇落ち竜を倒して来い」なんて、無茶ぶりが過ぎる。
「でしょ!?そりゃないと思うよね!?巻き戻すからもう一回チャレンジって言われて、それを断ったら、自分が竜を倒すと世界も消えちゃうけどいいの?って脅してきたんだよ!本当に性悪なジジイだった!」
彼の事情を聞いて同情すれば、我が意を得たりとばかりに神様の悪口を言い始めた勇者。うん、気持ちはわかる。私だって、彼の立場になれば神様を罵倒するだろうと思う。
「では……、巻き戻ったのは神の力であったということなのか」
王子さまが沈痛な面持ちで、しかし希望を見出して呟く。
「うん、そう。――って、スミマセン。色々ととっちらかっちゃって、王子殿下にこんな口調で俺ってば……」
「ああ、気にしなくてもいい。慣れている」
そう言って私を見る王子様。その王子様の視線を追って私を見る勇者。
いや、私は王子さま相手にもうちょっと丁寧に話していると思う。え?そうでもない?
勇者は安心したように「この部屋を出たらちゃんとします」と言った。
「そして神は”やり直しは一度だけ”と言ったと」
「はい。で、9年間遡って、自分を鍛えて仲間を探してってやってたんだけど、神様が神託を降ろすって言ってたんで安心して国のお偉いさんのとことか教会に出向いたら、頭のおかしいヤツ呼ばわりされて。あとで神様からの連絡で、神託降ろすの三年後って言うのを忘れてたって言われたときにゃ、もう、勇者なんかやってられるかー!って投げ出したくなりました」
「神とは割と杜撰なのだな」
呆れたように王子様が言うけど、私も同感だ。
「だが、勇者殿に話を聞けたことは僥倖だ。これで私たちは再度の巻き戻しに怯える必要が無くなった」
「あー、一回巻き戻ったらそう思うのも無理はないですよねー」
延々とループする人生なんて嫌だもんね。
でも、私たちが怯えていたのはそれじゃない。マリア様の力で意図して巻き戻しを――死に戻りだとしても行えるのではないかと思っていた私たちの不安。それを打破する術も浮かばずに、ただ現状をどうにかしたいと思っていた焦燥。それが消えたのだ。
巻き戻しは神の御業。ただし一回こっきり。
マリア様の動向を気にしなくて良くなったこと。これから先の私たちにとって、どれだけ得難い情報か。
「私のほかにももう一人”前回”の記憶を持つものがいる。そして、そのものは自分の死によって世界の時間を撒き戻すことが出来るのだと信じている。遺憾ながら我々はその情報に踊らされていた」
「……イっちゃってるタイプです?」
割と的確な表現なので、王子さまも否定しない。目を逸らし、んっんっと喉の不調を訴えるような咳払いをして誤魔化していた。王子さまの様子を見て察した勇者は憐れむような視線を私たちに向けてきたけど、もう、怯えなくて済むんだから問題ナシだ。
「今回、彼女にその気はないと思うのですが、勇者様に関わる可能性が無きにしも非ずで」
私もイっちゃってるかどうかには言及せずに、勇者に話しかける。
「彼女?女性なんですね?でも、何故、俺に?」
乙女ゲームのセオリーである「表のメンバー全て攻略してから隠しキャラ登場」におそらく固執しているであろうマリア様が、今この段階で勇者のにーさんに接触する可能性は低いと思う。死に戻りの能力を持っていると思っているのならなおさらだ。
でも、攻略キャラだからなぁ。万が一のための心構えは持っていてほしい所だ。
なので、私は勇者に前世のことマリア様のした事、しようとしているであろう事を話した。
「ま……真っ当」
刺さったのはそこか、と視線を落とした勇者を見てちょっと呆れる。真っ当は褒め言葉だと思うんだけどな?
攻略対象者の属性の話はしなくても良かったかも?王子さまも「へ……へたれ」と肩を落としているし。
スピネルだけは「溺愛……」と、ちょっと頬を染めて嬉しそうにしているがそこはスルーしておこう。
「次回があると思っているマリア様は、おそらく勇者様に接触することはないかと思いますが、念の為に覚えておいてくださいませ」
にっこりと笑って告げ、この話はおしまい。
「だが、彼女にはもう巻き戻らない事を告げないのか?」
確かに、どんな無茶をしても17歳まででリセット出来ると思っているマリア様だって、真実を知れば自粛するようになるとは思うんだ。けど、問題は
「告げたとして信じるかどうか……」
「……そうだな」
ただでさえヒロインと悪役令嬢という関係で、友好的な雰囲気は欠片も無いこの間柄。私が「もう巻き戻ることはありませんので、よく考えて行動なさったほうが宜しくてよ?」なんて言っても信じる訳がない。悪役令嬢が何を言ってるんだと鼻で笑うくらいだろう。
「んー。スピネルさんの闇落ち回避と、巻き戻りがあった事、それにより記憶が残っている人がいること、もう巻き戻りは起こらない事を神様の方から話してくれればいいんだけど」
特に闇落ち回避の件は勇者にとって一刻も早く周知したいところだろう。暗黒竜が発現しない事を知った上で討伐パーティのメンバー探しするなんて馬鹿々々しい。
「あちらから声をかけてくれないと話は出来ないんだよなぁ……」
そうか。
神様からの連絡待ちか……。
「……見えるのか、勇者殿」
勇者に”前回”があると知った私とスピネルは、勝手ながら王子様の了承も得ずに彼が”前回”の記憶持ちだという事を話した。
王子さまも混ぜて話しがしたいと勇者にお願いすると、快く了承してくれた。
勇者、いい人。
王子さまも混ぜて、勇者の前回の話を聞かせてもらう。
もちろん、お茶のおかわり付きだ。
勇者の話を聞いて、先ず思ったのは「それ、なんて無理ゲー」だ。
「そ……それはないですわ」
それまで一般市民だった荒事にすら慣れていない人間に、身を守る力も相手を倒す能力も与えずに「三日後に闇落ち竜を倒して来い」なんて、無茶ぶりが過ぎる。
「でしょ!?そりゃないと思うよね!?巻き戻すからもう一回チャレンジって言われて、それを断ったら、自分が竜を倒すと世界も消えちゃうけどいいの?って脅してきたんだよ!本当に性悪なジジイだった!」
彼の事情を聞いて同情すれば、我が意を得たりとばかりに神様の悪口を言い始めた勇者。うん、気持ちはわかる。私だって、彼の立場になれば神様を罵倒するだろうと思う。
「では……、巻き戻ったのは神の力であったということなのか」
王子さまが沈痛な面持ちで、しかし希望を見出して呟く。
「うん、そう。――って、スミマセン。色々ととっちらかっちゃって、王子殿下にこんな口調で俺ってば……」
「ああ、気にしなくてもいい。慣れている」
そう言って私を見る王子様。その王子様の視線を追って私を見る勇者。
いや、私は王子さま相手にもうちょっと丁寧に話していると思う。え?そうでもない?
勇者は安心したように「この部屋を出たらちゃんとします」と言った。
「そして神は”やり直しは一度だけ”と言ったと」
「はい。で、9年間遡って、自分を鍛えて仲間を探してってやってたんだけど、神様が神託を降ろすって言ってたんで安心して国のお偉いさんのとことか教会に出向いたら、頭のおかしいヤツ呼ばわりされて。あとで神様からの連絡で、神託降ろすの三年後って言うのを忘れてたって言われたときにゃ、もう、勇者なんかやってられるかー!って投げ出したくなりました」
「神とは割と杜撰なのだな」
呆れたように王子様が言うけど、私も同感だ。
「だが、勇者殿に話を聞けたことは僥倖だ。これで私たちは再度の巻き戻しに怯える必要が無くなった」
「あー、一回巻き戻ったらそう思うのも無理はないですよねー」
延々とループする人生なんて嫌だもんね。
でも、私たちが怯えていたのはそれじゃない。マリア様の力で意図して巻き戻しを――死に戻りだとしても行えるのではないかと思っていた私たちの不安。それを打破する術も浮かばずに、ただ現状をどうにかしたいと思っていた焦燥。それが消えたのだ。
巻き戻しは神の御業。ただし一回こっきり。
マリア様の動向を気にしなくて良くなったこと。これから先の私たちにとって、どれだけ得難い情報か。
「私のほかにももう一人”前回”の記憶を持つものがいる。そして、そのものは自分の死によって世界の時間を撒き戻すことが出来るのだと信じている。遺憾ながら我々はその情報に踊らされていた」
「……イっちゃってるタイプです?」
割と的確な表現なので、王子さまも否定しない。目を逸らし、んっんっと喉の不調を訴えるような咳払いをして誤魔化していた。王子さまの様子を見て察した勇者は憐れむような視線を私たちに向けてきたけど、もう、怯えなくて済むんだから問題ナシだ。
「今回、彼女にその気はないと思うのですが、勇者様に関わる可能性が無きにしも非ずで」
私もイっちゃってるかどうかには言及せずに、勇者に話しかける。
「彼女?女性なんですね?でも、何故、俺に?」
乙女ゲームのセオリーである「表のメンバー全て攻略してから隠しキャラ登場」におそらく固執しているであろうマリア様が、今この段階で勇者のにーさんに接触する可能性は低いと思う。死に戻りの能力を持っていると思っているのならなおさらだ。
でも、攻略キャラだからなぁ。万が一のための心構えは持っていてほしい所だ。
なので、私は勇者に前世のことマリア様のした事、しようとしているであろう事を話した。
「ま……真っ当」
刺さったのはそこか、と視線を落とした勇者を見てちょっと呆れる。真っ当は褒め言葉だと思うんだけどな?
攻略対象者の属性の話はしなくても良かったかも?王子さまも「へ……へたれ」と肩を落としているし。
スピネルだけは「溺愛……」と、ちょっと頬を染めて嬉しそうにしているがそこはスルーしておこう。
「次回があると思っているマリア様は、おそらく勇者様に接触することはないかと思いますが、念の為に覚えておいてくださいませ」
にっこりと笑って告げ、この話はおしまい。
「だが、彼女にはもう巻き戻らない事を告げないのか?」
確かに、どんな無茶をしても17歳まででリセット出来ると思っているマリア様だって、真実を知れば自粛するようになるとは思うんだ。けど、問題は
「告げたとして信じるかどうか……」
「……そうだな」
ただでさえヒロインと悪役令嬢という関係で、友好的な雰囲気は欠片も無いこの間柄。私が「もう巻き戻ることはありませんので、よく考えて行動なさったほうが宜しくてよ?」なんて言っても信じる訳がない。悪役令嬢が何を言ってるんだと鼻で笑うくらいだろう。
「んー。スピネルさんの闇落ち回避と、巻き戻りがあった事、それにより記憶が残っている人がいること、もう巻き戻りは起こらない事を神様の方から話してくれればいいんだけど」
特に闇落ち回避の件は勇者にとって一刻も早く周知したいところだろう。暗黒竜が発現しない事を知った上で討伐パーティのメンバー探しするなんて馬鹿々々しい。
「あちらから声をかけてくれないと話は出来ないんだよなぁ……」
そうか。
神様からの連絡待ちか……。
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