転生令嬢シシィ・ファルナーゼは死亡フラグをへし折りたい

柴 (柴犬から変更しました)

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第三章

81 仕切り直し 3

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 スピネルを助けたときの一言がきっかけだと言うのは分かった。


 異母兄にされたことの記憶がないのに”虐め格好ワルイ”がなぜ彼の心に刺さったのかは理解できないけど、それはとりあえず棚上げしておこう。考えても分からないだろうから、上げっぱなしになる事は分かりつつ、棚に荷物を増やすのだ。


 それがなぜ”愛”になって”匂いが怖い”になるのかも良く分からない。


 単純に自分が塗り変えられていくなんてホラーでしかないし、私がスピネルの立場だったら傍付きになるどころか保護してくれた家を出て、ばったり会ってしまうかもしれないから街も出て、なんなら絶対に会わないように国も出るかもしれない。


「私はその時にあなたを番……唯一の相手だと本能で決定づけました。もっとも、その時は自分が竜であることも番がどんな意味を持つのかも分かっていませんでしたから、ただただ自分の変化が怖かっただけでしたが」


 番ねぇ。前世でまっつんからそんな話を聞いた事がある気がする。形状記憶脳味噌を持っているせいで、うろ覚えだけど。


「記憶が戻って分かりました。お嬢様は私の唯一、最愛のひと、運命で命、失ってはいけないものだと。自分を変えていく匂いが怖いのに、それでもお傍を離れることは身を切られるよりもつらかった。竜族ならではの本能なので人間であるお嬢様に説明するのは難しいのですが、貴女を想うようになってから、世界は色を変えました」


「なんだか、壮大な話なんだ……。あ、唯一って、スピネルのお父様は――」


 異母兄がいるって事は、奥さんが二人(あるいはそれ以上)いるって事だ。


「父は王ですから、番を求めることよりも国を優先させました。そもそも王妃殿下と結婚したときには私の母とは巡り合っていませんでしたし。――ああ、私の母を番としたことも義兄が私を嫌う理由の一つだったかもしれません」


 ま、お義兄さんには面白くはないだろう。自分の母がいるのに運命の女性に出会ったとか、何言ってんだこの馬鹿親父くらいに思ってもおかしくない。ただ、その鬱憤を義弟であるスピネルに向けるのは間違ってる。

 今はスピネルもそれを分かっているのだろう。悩む様子は見せない。


 しかし、いつまで私のまえで膝を付いているんだろうか。私の右手を捧げ持っていることも相まって、まるで女王様と下僕のようではないか。

 私にそんな趣味はない。


 スピネルの手を引っ張っぱると、存外素直に立ち上がる。

 右手はまだ拘束されたままなので、私は少しかがんで左手で彼の膝当たりについた土を叩いた。いや、なぜそこで嬉しそうな顔をする。


「これでもう問題はありませんね?ああ、私が人間になるにしてもお嬢様が竜になるにしても、竜王国に行かなくてはならないので、それは承服して頂きたい。正直言って、あの国に行くことは余り気が進みませんが、貴女と共にある為ですから」


 おかしい。

 もう、スピネルと結婚することは決定なのか?私の気持ちを尊重してくれているようで、実はスピネルの思うがままになっている気がするんだが。


 ――まぁ、いいか。お父様やお母様も了承している。寿命や老化速度の問題も何とかなるらしいし、唯一とか運命のひととかいう重さの愛情を貰っても同等の想いは返せないかも?というのもオッケーみたいだ。


 見ず知らずの相手との政略結婚より、なんぼかマシじゃないか。だって、スピネルのこと好きだしさ。


 スピネルには浮気の心配は一切いらなさそうなのも大きい。


 貴族の中には妻妾同居なんて家もあれば、離れに女性を囲ったり、別に家を持たせたりすることも珍しくはないし、非難されることもない。しかし、一夫一婦制の日本で育ち、不倫はアウトという価値観を持っている私には、ちと厳しいと思っていたのだ。政略で愛情が無ければ気にならないかもしれないけど、倫理観の違いというものは如何ともし難い。


 お父様は政略で結婚した後にお母様との愛を育んで、愛人やら妾やらは一切持たなかった。お母様によれば一夜の浮気すらしていないらしい。

 これはひょっとしたらお父様が隠すのが上手かったと言う可能性もないではないと思っているけど。


 諸々を考えると、スピネルってかなりの優良物件なのではないだろうか?


 問題は、マリア様に狙われていることと、17歳を越えられるかどうか。マリア様にロックオンされているのは、マティアーシュ様とやらであってスピネルではないので、誤魔化しようがある気はする。だが、17歳の壁はなぁ……、出たとこ勝負な面もある。


 マリア様の意思で巻き戻しを起こせるのか、彼女の死をもって巻き戻りが起こるのかも不明の状態で彼女を拘束したり、もっと過激な事をしたりする訳にはいかない。そもそも今のところ罪に問われるほどの問題は起こしていない。


 そんなことをつらつらと考えていると、スピネルが両手で私の右手を包み込んでいた筈が、気が付いたら恋人繋ぎになっていた。


「えっ!?」


 右手を持ち上げてぶんぶんと振ってみたけど離れない。むしろ更に力を入れられてしまう。

 スピネルを見て、どういう事か尋ねようとしたら唇を指で押さえられてしまった。


 なんだ、どうした、どういうことだ。


 恋人繋ぎなんて、前世を遡ってもしたことがなくてそわそわするのに、あろうことかスピネルは手をつないだまま指で私の手の甲を擦るではないか。え、ちょっと待って、そわそわがゾワゾワになるけど、どうしていいのか分からない。


「お嬢様の今のお気持ちが私に無くても問題ありません」


 私の唇を抑えたスピネルの指が滑って、頬を撫でた後に首筋へと動く。

 ちょ、ちょ、ちょ……ちょっとーっ、何をしてやがりますが、スピネル君。


「これからお嬢様を全力で口説かせていただきますので」


 聞いてない。そんなことは聞いてなかったよ、スピネル。


 あー、新種の百合は綺麗だなー……。


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