83 / 129
第三章
81 仕切り直し 3
しおりを挟むスピネルを助けたときの一言がきっかけだと言うのは分かった。
異母兄にされたことの記憶がないのに”虐め格好ワルイ”がなぜ彼の心に刺さったのかは理解できないけど、それはとりあえず棚上げしておこう。考えても分からないだろうから、上げっぱなしになる事は分かりつつ、棚に荷物を増やすのだ。
それがなぜ”愛”になって”匂いが怖い”になるのかも良く分からない。
単純に自分が塗り変えられていくなんてホラーでしかないし、私がスピネルの立場だったら傍付きになるどころか保護してくれた家を出て、ばったり会ってしまうかもしれないから街も出て、なんなら絶対に会わないように国も出るかもしれない。
「私はその時にあなたを番……唯一の相手だと本能で決定づけました。もっとも、その時は自分が竜であることも番がどんな意味を持つのかも分かっていませんでしたから、ただただ自分の変化が怖かっただけでしたが」
番ねぇ。前世でまっつんからそんな話を聞いた事がある気がする。形状記憶脳味噌を持っているせいで、うろ覚えだけど。
「記憶が戻って分かりました。お嬢様は私の唯一、最愛のひと、運命で命、失ってはいけないものだと。自分を変えていく匂いが怖いのに、それでもお傍を離れることは身を切られるよりもつらかった。竜族ならではの本能なので人間であるお嬢様に説明するのは難しいのですが、貴女を想うようになってから、世界は色を変えました」
「なんだか、壮大な話なんだ……。あ、唯一って、スピネルのお父様は――」
異母兄がいるって事は、奥さんが二人(あるいはそれ以上)いるって事だ。
「父は王ですから、番を求めることよりも国を優先させました。そもそも王妃殿下と結婚したときには私の母とは巡り合っていませんでしたし。――ああ、私の母を番としたことも義兄が私を嫌う理由の一つだったかもしれません」
ま、お義兄さんには面白くはないだろう。自分の母がいるのに運命の女性に出会ったとか、何言ってんだこの馬鹿親父くらいに思ってもおかしくない。ただ、その鬱憤を義弟であるスピネルに向けるのは間違ってる。
今はスピネルもそれを分かっているのだろう。悩む様子は見せない。
しかし、いつまで私のまえで膝を付いているんだろうか。私の右手を捧げ持っていることも相まって、まるで女王様と下僕のようではないか。
私にそんな趣味はない。
スピネルの手を引っ張っぱると、存外素直に立ち上がる。
右手はまだ拘束されたままなので、私は少しかがんで左手で彼の膝当たりについた土を叩いた。いや、なぜそこで嬉しそうな顔をする。
「これでもう問題はありませんね?ああ、私が人間になるにしてもお嬢様が竜になるにしても、竜王国に行かなくてはならないので、それは承服して頂きたい。正直言って、あの国に行くことは余り気が進みませんが、貴女と共にある為ですから」
おかしい。
もう、スピネルと結婚することは決定なのか?私の気持ちを尊重してくれているようで、実はスピネルの思うがままになっている気がするんだが。
――まぁ、いいか。お父様やお母様も了承している。寿命や老化速度の問題も何とかなるらしいし、唯一とか運命のひととかいう重さの愛情を貰っても同等の想いは返せないかも?というのもオッケーみたいだ。
見ず知らずの相手との政略結婚より、なんぼかマシじゃないか。だって、スピネルのこと好きだしさ。
スピネルには浮気の心配は一切いらなさそうなのも大きい。
貴族の中には妻妾同居なんて家もあれば、離れに女性を囲ったり、別に家を持たせたりすることも珍しくはないし、非難されることもない。しかし、一夫一婦制の日本で育ち、不倫はアウトという価値観を持っている私には、ちと厳しいと思っていたのだ。政略で愛情が無ければ気にならないかもしれないけど、倫理観の違いというものは如何ともし難い。
お父様は政略で結婚した後にお母様との愛を育んで、愛人やら妾やらは一切持たなかった。お母様によれば一夜の浮気すらしていないらしい。
これはひょっとしたらお父様が隠すのが上手かったと言う可能性もないではないと思っているけど。
諸々を考えると、スピネルってかなりの優良物件なのではないだろうか?
問題は、マリア様に狙われていることと、17歳を越えられるかどうか。マリア様にロックオンされているのは、マティアーシュ様とやらであってスピネルではないので、誤魔化しようがある気はする。だが、17歳の壁はなぁ……、出たとこ勝負な面もある。
マリア様の意思で巻き戻しを起こせるのか、彼女の死をもって巻き戻りが起こるのかも不明の状態で彼女を拘束したり、もっと過激な事をしたりする訳にはいかない。そもそも今のところ罪に問われるほどの問題は起こしていない。
そんなことをつらつらと考えていると、スピネルが両手で私の右手を包み込んでいた筈が、気が付いたら恋人繋ぎになっていた。
「えっ!?」
右手を持ち上げてぶんぶんと振ってみたけど離れない。むしろ更に力を入れられてしまう。
スピネルを見て、どういう事か尋ねようとしたら唇を指で押さえられてしまった。
なんだ、どうした、どういうことだ。
恋人繋ぎなんて、前世を遡ってもしたことがなくてそわそわするのに、あろうことかスピネルは手をつないだまま指で私の手の甲を擦るではないか。え、ちょっと待って、そわそわがゾワゾワになるけど、どうしていいのか分からない。
「お嬢様の今のお気持ちが私に無くても問題ありません」
私の唇を抑えたスピネルの指が滑って、頬を撫でた後に首筋へと動く。
ちょ、ちょ、ちょ……ちょっとーっ、何をしてやがりますが、スピネル君。
「これからお嬢様を全力で口説かせていただきますので」
聞いてない。そんなことは聞いてなかったよ、スピネル。
あー、新種の百合は綺麗だなー……。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。


【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる