転生令嬢シシィ・ファルナーゼは死亡フラグをへし折りたい

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第三章

80 仕切り直し 2

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「お嬢様のお気持ちの事は問題ありません」


 スピネルも竜王国の第二王子であるからには、婚姻に恋愛感情を求めないという事だろうか?私は、貴族ならではの政略云々ではなく一方的に想う事は辛くないのかという意味で言っているんだけど。

 スピネルも今はそれでいいと思っていても、想いを返されないと嫌になったりしない?


 そんな事を言ったら、どんだけ上から目線だよ、惚れられて困っちゃういい女ぶってんのか?と思われそうな気がして言えない。

 親愛の情、家族としての愛はすでに育まれているので、それで勘弁してもらえるならいいんだけど。


「他にはもう課題や障害はありませんか?」


 おかしい。私としては困難があるので無理かも?とお話ししていた筈なのに、いつのまにか二人が結婚するために問題を排除して行こう的な流れになっていないか?

 確かにスピネルの事を好きだと言った。

 ”今回”が17歳で終わるのなら受け入れるようなことも言った。


 でも、私はまだ求婚にYesって言ってない――言ってないよね?


「あっ、あのね、お父様とお母様が何と言うか。後、スピネルのお父様も」


 私はファルナーゼ家の継嗣だ。ファルナーゼ公爵家が他国の王子さまとの結婚をどう思うか分からない。更に、竜王が息子を他国に出すことを良しとするかどうかも不明だ。


「公爵様と奥方様には”娘が頷けば良し”と言われておりますし、竜王国に関しては私はもう縁が切れたものだと思っております」


 それは、腹違いの兄関連の問題からだろうか。父親の話はレナからは聞いていないが、スピネルも口にしたことはない。話し難いのかもしれないので、私から問うたこともない。


 お父様もお母様も、いったいいつからスピネルとの関係を良しとしていたんだろう。死亡フラグが折れたときに、婚約者を決めてはどうかという話をされた覚えがあるんだけど。まさか、そのお相手がスピネルだってことはないと思う。


「問題、あった!」

「……お嬢様、無理に探されなくてもいいんですよ?」


 呆れたように言うスピネルは、まだ私の前に跪いたままだ。私の右手も握ったまま離さない。


「匂い問題だよっ。伴侶の匂いが怖いとかだめでしょ?スピネルは魔術でどうにか出来るから問題ないって言うかもしれないけど、それ、不健全だと思う。正常な夫婦生活が送れない相手と無理をして暮らしていたら関係が破たんする」


 スピネルが私の匂いを遮断できるようになってからは、怖いと言っていた事すら忘れていたけど、そういう夫婦関係は不自然だと思う。

 そもそも、怖い匂いを振りまいている私のことを、どうして、その……あの……好き、に、なってしまったんだろう。


 命を救われた恩とか、記憶を無くしたところに助けてもらったせいでの刷り込みとか、そういう柵みたいなのを引き摺ってないだろうか。


「そんなこと」


 私が不健全なのは良くないと言っているのに、スピネルは全く問題ないと言って笑った。いや、無理を通した生活なんて、真っ当じゃないからね?


「とうに魔術は使っておりません」


 なんですと?一体いつからなんだ。成長して、私の匂いが怖くなくなったとか言うんだろうか。そもそも体臭じゃなくてフェロモン的ななにかだったようだけど、そういうものを感じていたのもスピネルが竜だからだったのかな。


「記憶を取り戻したときからです。記憶がなかったときは、ただ単に怖いと思っておりました。自分の心の中に得体の知れないものが蠢いているようで、頭の中に何かが侵入して来ているかのようで、自分が自分ではなくなっていく……浸食される兆しがありました」


「何それ、コワイ」


「ええ、怖かったです。記憶もありませんでしたから、自分という人間が――結局人間ではなく竜でしたが、まだはっきりと分かっていない状況なのに、僅かに残っている自我さえも塗り替えられていくかとおもうと、それはもう恐ろしかったです」


 ホラーだ。


 そりゃ、傍に寄るなとも言いたくなるのも当然の事だ。その割に徹底的に距離を取ろうとはしなかったんだけど、その辺りはどうなんだろう。どうしても私の傍に居ることが恐怖を煽るというならば、私はスピネルを諦めただろう。

 けど、拾った責任があるから、屋敷の外に放り出すような事にはならなかった筈だ。お父様だって、絶対に。


「記憶を取り戻して分かりました。あの恐怖の正体が」


「……なんだったの?」


 私には竜を恐怖させるフェロモンが出ているとか言わないでほしい。


「愛です」


 ……はい?

 今は、恐怖の正体について話をしていた筈だ。なぜ、ここで愛。


「私は、お嬢様が”苛めは格好悪い”と言った時に、記憶がないながらも救われました。それは、まぁ、異母兄とか異母兄とか異母兄とかの話なんですが」


 異母兄オンリーかっ。


「異母兄は次期国王です。私ごときが異を唱えることの出来る存在ではありません。その次期国王に疎まれていた私は、いわゆる苛め、を受けていました」


 苛めなんていう言葉では済まされない事をされたんだろうと、甘やかされて悪意を受けることもほぼ無かった私でも分かる。


「なので、私は自分が悪いのだとずっと思っておりました。出自か、能力か、見た目か、性格か分かりませんが、異母兄が私を疎むのなら問題は私にあるのだと、ずっとそう思っておりました。記憶を失っていても、その気持ちは私の根幹にあったのだと思います」


 それ駄目。苛められている側が”自分が悪い”と思ってしまっては、心が壊れる。壊れなくても、大きな傷になる。


「記憶がない間も、自分がすべて悪い、そう思っていた私にお嬢様は言ってくださいました。苛める方が格好悪いのだと。私を否定せず、相手の罪を指し示し、私を救ってくださった」


 あの時にとっさに出た”虐め、格好ワルイ”がそこまで大きな問題になるとは思いもしなかったよ。



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