82 / 129
第三章
80 仕切り直し 2
しおりを挟む「お嬢様のお気持ちの事は問題ありません」
スピネルも竜王国の第二王子であるからには、婚姻に恋愛感情を求めないという事だろうか?私は、貴族ならではの政略云々ではなく一方的に想う事は辛くないのかという意味で言っているんだけど。
スピネルも今はそれでいいと思っていても、想いを返されないと嫌になったりしない?
そんな事を言ったら、どんだけ上から目線だよ、惚れられて困っちゃういい女ぶってんのか?と思われそうな気がして言えない。
親愛の情、家族としての愛はすでに育まれているので、それで勘弁してもらえるならいいんだけど。
「他にはもう課題や障害はありませんか?」
おかしい。私としては困難があるので無理かも?とお話ししていた筈なのに、いつのまにか二人が結婚するために問題を排除して行こう的な流れになっていないか?
確かにスピネルの事を好きだと言った。
”今回”が17歳で終わるのなら受け入れるようなことも言った。
でも、私はまだ求婚にYesって言ってない――言ってないよね?
「あっ、あのね、お父様とお母様が何と言うか。後、スピネルのお父様も」
私はファルナーゼ家の継嗣だ。ファルナーゼ公爵家が他国の王子さまとの結婚をどう思うか分からない。更に、竜王が息子を他国に出すことを良しとするかどうかも不明だ。
「公爵様と奥方様には”娘が頷けば良し”と言われておりますし、竜王国に関しては私はもう縁が切れたものだと思っております」
それは、腹違いの兄関連の問題からだろうか。父親の話はレナからは聞いていないが、スピネルも口にしたことはない。話し難いのかもしれないので、私から問うたこともない。
お父様もお母様も、いったいいつからスピネルとの関係を良しとしていたんだろう。死亡フラグが折れたときに、婚約者を決めてはどうかという話をされた覚えがあるんだけど。まさか、そのお相手がスピネルだってことはないと思う。
「問題、あった!」
「……お嬢様、無理に探されなくてもいいんですよ?」
呆れたように言うスピネルは、まだ私の前に跪いたままだ。私の右手も握ったまま離さない。
「匂い問題だよっ。伴侶の匂いが怖いとかだめでしょ?スピネルは魔術でどうにか出来るから問題ないって言うかもしれないけど、それ、不健全だと思う。正常な夫婦生活が送れない相手と無理をして暮らしていたら関係が破たんする」
スピネルが私の匂いを遮断できるようになってからは、怖いと言っていた事すら忘れていたけど、そういう夫婦関係は不自然だと思う。
そもそも、怖い匂いを振りまいている私のことを、どうして、その……あの……好き、に、なってしまったんだろう。
命を救われた恩とか、記憶を無くしたところに助けてもらったせいでの刷り込みとか、そういう柵みたいなのを引き摺ってないだろうか。
「そんなこと」
私が不健全なのは良くないと言っているのに、スピネルは全く問題ないと言って笑った。いや、無理を通した生活なんて、真っ当じゃないからね?
「とうに魔術は使っておりません」
なんですと?一体いつからなんだ。成長して、私の匂いが怖くなくなったとか言うんだろうか。そもそも体臭じゃなくてフェロモン的ななにかだったようだけど、そういうものを感じていたのもスピネルが竜だからだったのかな。
「記憶を取り戻したときからです。記憶がなかったときは、ただ単に怖いと思っておりました。自分の心の中に得体の知れないものが蠢いているようで、頭の中に何かが侵入して来ているかのようで、自分が自分ではなくなっていく……浸食される兆しがありました」
「何それ、コワイ」
「ええ、怖かったです。記憶もありませんでしたから、自分という人間が――結局人間ではなく竜でしたが、まだはっきりと分かっていない状況なのに、僅かに残っている自我さえも塗り替えられていくかとおもうと、それはもう恐ろしかったです」
ホラーだ。
そりゃ、傍に寄るなとも言いたくなるのも当然の事だ。その割に徹底的に距離を取ろうとはしなかったんだけど、その辺りはどうなんだろう。どうしても私の傍に居ることが恐怖を煽るというならば、私はスピネルを諦めただろう。
けど、拾った責任があるから、屋敷の外に放り出すような事にはならなかった筈だ。お父様だって、絶対に。
「記憶を取り戻して分かりました。あの恐怖の正体が」
「……なんだったの?」
私には竜を恐怖させるフェロモンが出ているとか言わないでほしい。
「愛です」
……はい?
今は、恐怖の正体について話をしていた筈だ。なぜ、ここで愛。
「私は、お嬢様が”苛めは格好悪い”と言った時に、記憶がないながらも救われました。それは、まぁ、異母兄とか異母兄とか異母兄とかの話なんですが」
異母兄オンリーかっ。
「異母兄は次期国王です。私ごときが異を唱えることの出来る存在ではありません。その次期国王に疎まれていた私は、いわゆる苛め、を受けていました」
苛めなんていう言葉では済まされない事をされたんだろうと、甘やかされて悪意を受けることもほぼ無かった私でも分かる。
「なので、私は自分が悪いのだとずっと思っておりました。出自か、能力か、見た目か、性格か分かりませんが、異母兄が私を疎むのなら問題は私にあるのだと、ずっとそう思っておりました。記憶を失っていても、その気持ちは私の根幹にあったのだと思います」
それ駄目。苛められている側が”自分が悪い”と思ってしまっては、心が壊れる。壊れなくても、大きな傷になる。
「記憶がない間も、自分がすべて悪い、そう思っていた私にお嬢様は言ってくださいました。苛める方が格好悪いのだと。私を否定せず、相手の罪を指し示し、私を救ってくださった」
あの時にとっさに出た”虐め、格好ワルイ”がそこまで大きな問題になるとは思いもしなかったよ。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる