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第三章
71 前回と前世と乙女ゲーム 1
しおりを挟む「第一王子殿下、先ず、これからお話しすることは別の世界で作られたお話であることをお含みおき下さいませ」
やや強張った表情のセレンハート嬢が、そう前置きした。
「ファルナーゼ嬢からも聞いているので、その辺りは心配をしなくてもいい。人払いもしてあるから、気を楽にしてくれ」
ファルナーゼ嬢から、内密に話がしたいと言われたのが三日前の事だ。
多分を憚る話であるという事、セレンハート嬢も同席する――というよりセレンハート嬢からの話が主体であると言う。
前回、ファルナーゼ嬢の父である宰相に手配りしてもらって茶に招くという形を取った事があるが、今回は宰相にも内密にと言われ、生徒会活動がない日に生徒会室でということにして、今日がある。
ファルナーゼ嬢とセレンハート嬢だけかと思いきや、ファルナーゼ嬢の傍付きの少年も付いてきた。これは想定内であるが、セレンハート嬢が誰も連れてこなかった事に驚いた。
「殿下、レナには私の事情は話してありますが、殿下の状況は話しておりません。レナはその件に関してお話しできる事があるのですが、胸襟を開いてお話をされてみて頂きたいのです。――あのような悲劇を再び起こさないために」
あのような悲劇。
ファルナーゼ嬢が言うのは勿論、私の”前回”の事だろう。だが、セレンハート嬢は前回の出来事に関わりは無かったが……。
だが、君が「悲劇を起こさないために」と動いてくれたのだ。私に否やは無い。
そう言ったらきっと君はまた「盲目的に信じてはいけない」と言うだろう。そういう君だから信じているのだけれど。
ファルナーゼ嬢がチラリとセレンハート嬢を不安げに見やると、セレンハート嬢はファルナーゼ嬢の気持ちなど把握済みだと言わんばかりに宥めるような笑顔を見せた。
「シシィ、言ったでしょう?あなたの事を私は信じておりますもの。あなたが必要だと思っていることなら、私に否やはありえませんわ」
私が言いたいけれど言えない事を、セレンハート嬢に言われてしまった。そして、私が信じると言った時には苦言を呈したファルナーゼ嬢は、セレンハート嬢の言葉で万感胸に迫ると言った風情になっている。何故だ。言っていることは同じような事だと思うのだが。
腑に落ちない気持ちながらも、私はセレンハート嬢に”前回”の話をした。
前世のあるファルナーゼ嬢ならともかく、誰が聞いても妄想としか思えないような私の話に、だが、セレンハート嬢は真剣に耳を傾け、時折質問を挟みつつも最後まで混ぜっ返す事も疑うこともなく聞いてくれた。
「なるほど……。ええ、シシィ、貴女がなぜ私と第一王子殿下の対話を望んだのかは分かりました。そうね。きっと、私は役に立てると思うわ」
「そうよね?私では駄目だけれど、レナなら分かるでしょう?」
「ええ、大丈夫よ、シシィ。私に任せて」
セレンハート嬢が宥めるようにファルナーゼ嬢の背を撫でていると、その背後にいるファルナーゼ嬢の傍付きが憤懣やるかたないといった目で二人を見ている。この少年はファルナーゼ嬢とセレンハート嬢の交友が気に入らないのだろうか。
そう思ったのが顔に出たか、傍付きは表情をさっと消した。
後々知ったことだが、傍付きのスピネルはファルナーゼ嬢至上主義で、彼女に近づく者は老若男女すべからく気に入らない男だった。本人から聞いたのだから間違いない。側付きとしてそれはどうかと思うが、ファルナーゼ嬢がそれを受け入れて良しとしているようなので、嘴を突っ込むような真似はしないことにしている。
「殿下、今のお話に出てきた令嬢はマリア様ですわね?」
「え!?マリア様!?ヒロインちゃんって高等部で留学してくるんでしょ?マリア様は中等部に入学してるよ!?」
どちらから驚けばいいのか。
マリアの名前が出たことか、ファルナーゼ嬢の口調が乱れたことか。
「シシィ、その辺りはこれからお話しさせていただくわ。いい子だから黙って聞いてちょうだい?」
――それと、口調。崩れているわよ?
セレンハート嬢に言われ、ファルナーゼ嬢は慌てて口を押えてこちらを見たが、もう言葉は口から出ているので取り返しは付かない。流石にこの近距離で聞こえなかった振りも難しい。
「あー、公の場では問題があるが、他人の耳が無ければ口調は崩しても構わない。ファルナーゼ嬢はそちらが素なのだね?」
「しっ失礼いたしました。レナと話しているとつい……。レナが余りにも驚かすのですもの」
私に気安い口をきくのはやはり抵抗があるのか、言葉を正したファルナーゼ嬢に苦い笑いが零れる。
「第一王子殿下、先ず、これからお話しすることは別の世界で作られたお話であることをお含みおき下さいませ」
そう話し出したセレンハート嬢の紡いだ物語は、巻き戻りと言う誰が聞いてもあり得ないと言われるだろう経験を持つ私でも、にわかには信じがたい事だった。
だが、この話を飲み込まないと未来にはまた悲劇が待っているのであろうことは理解が出来る。
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