転生令嬢シシィ・ファルナーゼは死亡フラグをへし折りたい

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第三章

69 転生者

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「シシィ様、ロズマリ知ってるよね?歪めないでほしいんだけど」


 放課後、図書館へと向かう小路でマリア様は唐突に言った。

 ここに来るまで何も話さず、何の前置きも無い。


 ろずまりってなんだろ?と思うと同時に、ここって、子熊に迫っていたマリア様を見た場所だよなーなんて、今は関係ない事が頭に浮かぶ。マリア様、ここが好きなの?図書館へ向かう道だと言うだけで何もないけど。


「ろずまりって何でしょう?」


 本当に分からんからそう言ったのに、マリア様は般若のような顔で舌打ちした。いやいや、暴れん坊令嬢と呼ばれた私が他人の事は言えないけど、お嬢様が舌打ちしちゃいかんだろ。その表情も美少女台無しだよ。


「ローズガーデンのマリア!知ってるでしょ!?とぼけてもダメなんだからっ!」


「……薔薇園のマリア様?マリア様の薔薇園?――マリア様は祖国に薔薇園をお持ちでしたの?」


「ああっ!もう、そういうのいいから!しらばっくれられるとムカついて、あたし、アンタに何をするか分かんないけど!?」


 そんなこと言われても、知らんものは知らんがな。暴れん坊令嬢に何かできる程の力をお持ちかいな、マリア様。


「今回は狙ってる訳じゃ無いけど、アルナルドを落としたでしょ、アンタ。レオナルドもフィデリオも」


「マリア様、殿下をお名前で、しかも敬称も付けずにお呼びするのは不敬に当たります。例え殿下ご本人がいらっしゃらなくてもです」


 これを咎めずにいたら、私も不敬の連座だ。

 子熊も義兄になる筈だった人も落とした覚えはない。百歩譲って子熊に関してはマリア様が邪推するくらいには仲がいいが、義兄になる筈だった人なんて一度挨拶をしたきりだ。

 ――ってか、あの時、やっぱマリア様はどこかで見てたんだね。期待を裏切らない人だ。


「早くマティアーシュ様にお会いしたいから、死に戻りの回数を減らしたいからレオナルドとフィデリオを一気に攻略しようと思ったのに、アンタが邪魔するしっ」


「あの……何をおっしゃっているのか」


 本気で分からない。マリア様はどうしちゃったんだろう。心か頭かに病でも……?あ、いや、まてよ?マリア様は今”死に戻り”と言った。それって、王子様が言っていた逆行と同じなんじゃないんだろうか?

 マリア様も”前回”の記憶が残っている人なのかもしれない。


「他のはどうでもいいけど!私は見たのっ!アンタとマティアーシュ様が一緒に居るところ!今回はアンタが関わるルートじゃないのに私の邪魔するばかりか、あの方を狙うなんてとんでもない尻軽女じゃん、サイッテー」


「マリア様、落ち着いてくださいませ。そのマティアーシュ様を言う方を私は存じ上げておりませんし、レオナルド様とは彼のおじいさまとのご縁から始まった幼馴染のようなものです。それと、フィデリオ様とは一度ご挨拶をさせて頂いただけで――」


 全部本当にことなのに、マリア様は尚も顔をゆがめて私を睨む。般若の上ってなんだろ。分からないけど、歪み顔のグレード上がってる。

 マティアーシュ様とやらは知らないけど、他はどうでもいいってのも酷いと思う。


 ああ、地団駄踏み始めた。貴族令嬢としてっていうより子供時代を過ぎようとしている女性としてアウトだ。そんな事をしても許されるのは5歳位までだと思う。


 日替わりメニューで男の子たちと一緒に居るマリア様に尻軽女と言われたのも、事実無根なのに地味にショックだ。彼女にブーメランは刺さらないんだろうか。


「ともかくっ!私の邪魔をしないで!今回はアンタと関係ないルートなんだからっ!少なくとも二人は落として死に戻りの回数減らすんだから、ほんっと邪魔したらただじゃ済まさないからね?あ、あと、マティアーシュ様とは関わるんじゃないよっ」


 だから、私はそもそもその人を知らないってばー。

 私の反論を聞きもせずに、ぷんすかしているマリア様は去っていった。美少女らしからぬ、しこを踏んでいるかのようにドスドス足音を立てながら。


 彼女が何を言いたいのか何をしたいのか、わっぱり分からん。ただ、彼女が言った”死に戻り”発言は王子様に報告しておいた方がいいかもしれない。


 彼女の意図が分かれば、もうちょっと実のある報告が出来るんだけど、いかんせん彼女にも前回があったかもしれない位しか情報がないのは、私の理解力に不足があるせいじゃないと思いたい。


「お嬢様!」


「おー、スピネル。やっぱり隠れてみてたねー……って、レナータ様まで、なぜここに!?」


 茂みから現れたスピネルにいつもの調子で話しかけたら、その後ろからレナータ様のお姿が見えて声がひっくり返ってしまった。


「シシィ様、普段はそのような口調なのですね?宜しかったら私にも気安くお話してくださいませ」


 いや、そう言われましても、私にも令嬢としてのメンツがあるんですよ。


「ゆっくりで構いませんわ」


 私が即答しなかった理由を察してくれたレナータ様がにっこりと笑ってくれてホッとする。レナータ様が大好きだから、気安くお話しできるようになれば嬉しいし、淑女の仮面無しの私を受け入れてくれるならそりゃもう有難い。――けど、暴れん坊お嬢様は小出しにしていこう。引かれないように。


「あの方……思い込みが激しい方なんですのね」


「そ、そうですね、レナータ様」


「お嬢様、もう、クスバート嬢に近づかないで下さい。なんなら私に誅殺の許可を下さい」


「物騒!……いえ、物騒ですわよ、スピネル」


 言い直した私に温かい視線をくれるレナータ様は、少し悩んだ様子を見せてから口を開いた。


「荒唐無稽なお話だと思われるかもしれませんけれど……、私がずっと以前に読んだことのある、遠い遠い国の本にマリア様を主人公にした物語がございました」


「主人公……?」


「ええ、本のマリア様と今のマリア様とはまるで別人なのですけれど。まるで預言書でもあるかのように、登場人物の名前が一致しているんですの。第一殿下と同じアルナルドという名の王太子、騎士を目指すレオナルド・シュタイン、王子の側近であるフィデリオ・ファル……いえ、フィデリオ」


 信じてもらえない事を確信しているように、レナータ様は諦めの表情を見せているが、私には分かる。スピネルだって私の話を聞いているから察しているだろう。


 レナータ様は転生者だ。


 そして、物語と言っているけれど、レナータ様が言っているのは乙女ゲームの事だ。




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