66 / 129
第三章
64 お嫁さんにして下さい
しおりを挟む帰りの馬車の中で私は行儀悪くも座面に横たわっている。
マリア様の行動で頭を悩ませ、加えて思いもよらぬ死亡フラグ関係者との対面で、ちょっとお疲れなのだ。
「お嬢様、アルカンタ様は……」
「うん、私の義兄になったかもしれない人」
「そうですよね」
スピネルからムカつきオーラが出ている。
”前回”とゲーム世界でこそシシィの敵に回った男だが、見たところ”前回”の記憶を引き摺っている訳でもないし、この生で何かされたわけでもない。
要は無関係な相手なのだ。
「アルカンタ様は……クスバート嬢が狙っている、かもしれない方ですよね。そんな方がお嬢様の死亡フラグに関わるかもしれなかった相手とは――何の因果なんでしょうね」
「だよぉ。私に関係ない所でやってくれる分にはどうでもいいけど、飛び火しそうで怖い」
マリア様の斜め上な嫉妬とか。ただ挨拶しただけで、妬かれる要素はこれっぽっちも無いと言うのに。
「子熊の件もありますし」
「それ!マリア様は日替わりのランチ相手と、ミーシャと、アルカンタ様と、誰を狙ってるんだろうね?」
「私たちが偶々見かけたのが、子熊とアルカンタ様への近接行為だっただけで、もしかしたらもっと他にもいるかもしれません」
「うげ……。マリア様、パワフルだ」
「遠くでやっている分にはどうぞご勝手に、という物なんですが」
「同感」
◇◇◇
週末、学園がお休みの私とスピネルはピクニックなう。
場所はいつもの森。
そういえばここ、常世の森っていうのだと最近知った。いつも屋敷の裏の森って言ってたけど、ちゃんと名前があってびっくり。常世って神域じゃないのか?屋敷の敷地内にあっていいもんなんだろうか。
「いっちゃーん、そうちゃーん、アップルパイ持ってきたよー」
森でのピクニックに、いっちゃんそうちゃん好物のアップルパイはつきものである。生の林檎も持参している。
『シシィ、最近、お見限りじゃない事?』
『妾たちを忘れ方と思うたぞえ?』
二頭が言うが、言葉ほど怒ってはいなそうだ。アップルパイをもぐもぐと食べながらだし。
「いやー、夏季休暇明けから何かと忙しくて」
王子様とのお茶会とか、スピネルのご機嫌斜め問題とか、マリア様に消耗させられるとか、義兄になるかもしれなかった人との邂逅とか。
主に人間関係だね。
「今日のアップルパイもスピネルが作ったんだよ。凄いよね。お料理上手はいいお嫁さんになるぞ、うん」
『そなたの嫁にするかえ?』
「お、いいね。そうしたらずっと一緒だ」
『あなたが嫁ではいけないの、シシィ?』
「私はアップルパイどころか料理した事ないからなー」
公爵令嬢だからというだけではない。前世込みでそうである。母が私に料理を仕込むのを諦め、調理実習ですら友人たちに「見ているだけでいい」と言われるほどの、ダークマター製造機だった。
なんでだろう?材料も手順も間違っていない筈なのに、出来上がったものは異様だった。
ま、人間には向き不向きってもんがあるのは仕方ないのだ。
もしかしたら、今の私には料理が出来るかもしれないしね?する機会がないから分からないけども。
そんな事を考えていたら、いっちゃんとそうちゃんが何やらこそこそと話をしている。
「どうしたの?」
『ぷっ……』
『うふふふふっ』
「ねー、スピネル、いっちゃんとそうちゃんが……って、どうしたの、スピネル!?」
スピネルの顔が真っ赤だ。
「熱が出た!?風邪!?ヤバイ、帰ろう。お医者さんをすぐ呼ぶから安静に――って、どうしたのスピネル!」
手を取って屋敷に戻ろうと言う私に、スピネルは首を横に振っていやいやしてる。子供か!医者が嫌いか!?
「大丈夫、怖くないよ。お医者さんに診てもらう時には傍に居るから」
「いえ、そうではなく。あの、風邪を引いたわけでも熱が出ている訳でもありませんから」
医者が嫌いな子はそう言うよ。うん、ありがちありがち。
「あの、それより、お話ししたい事があると言ったことを覚えてますか?」
「それよりって――話ならいつでも聞くから」
「これは……動揺しただけなので。軽口だと分かっていても、つい」
「動揺?」
『動揺もするわのぅ』
『ほほほほほ。愉快でしてよ』
いっちゃんとそうちゃんは楽しそうで何より。でも、スピネルの心配をしてほしい。
「お嬢様」
「うん?」
赤い顔をしてモジモジしているスピネルはレアだ。本当に病気じゃないんだろうな?
「私は、もっと料理を頑張りたいと思います」
「ん?うん?」
私もチャレンジしてみたいけど、多分やらせてもらえないだろうから、スピネルがちょっと羨ましい。
「なので」
「ん?」
大きく息を吸って吸って吸って吸って……いや、吐こうよ!息は吸ったら吐こうよ!
「私をお嬢様のお嫁さんにして下さい」
「うん……ん?……んんん?」
突然求婚されました。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」


【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる