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第三章
64 お嫁さんにして下さい
しおりを挟む帰りの馬車の中で私は行儀悪くも座面に横たわっている。
マリア様の行動で頭を悩ませ、加えて思いもよらぬ死亡フラグ関係者との対面で、ちょっとお疲れなのだ。
「お嬢様、アルカンタ様は……」
「うん、私の義兄になったかもしれない人」
「そうですよね」
スピネルからムカつきオーラが出ている。
”前回”とゲーム世界でこそシシィの敵に回った男だが、見たところ”前回”の記憶を引き摺っている訳でもないし、この生で何かされたわけでもない。
要は無関係な相手なのだ。
「アルカンタ様は……クスバート嬢が狙っている、かもしれない方ですよね。そんな方がお嬢様の死亡フラグに関わるかもしれなかった相手とは――何の因果なんでしょうね」
「だよぉ。私に関係ない所でやってくれる分にはどうでもいいけど、飛び火しそうで怖い」
マリア様の斜め上な嫉妬とか。ただ挨拶しただけで、妬かれる要素はこれっぽっちも無いと言うのに。
「子熊の件もありますし」
「それ!マリア様は日替わりのランチ相手と、ミーシャと、アルカンタ様と、誰を狙ってるんだろうね?」
「私たちが偶々見かけたのが、子熊とアルカンタ様への近接行為だっただけで、もしかしたらもっと他にもいるかもしれません」
「うげ……。マリア様、パワフルだ」
「遠くでやっている分にはどうぞご勝手に、という物なんですが」
「同感」
◇◇◇
週末、学園がお休みの私とスピネルはピクニックなう。
場所はいつもの森。
そういえばここ、常世の森っていうのだと最近知った。いつも屋敷の裏の森って言ってたけど、ちゃんと名前があってびっくり。常世って神域じゃないのか?屋敷の敷地内にあっていいもんなんだろうか。
「いっちゃーん、そうちゃーん、アップルパイ持ってきたよー」
森でのピクニックに、いっちゃんそうちゃん好物のアップルパイはつきものである。生の林檎も持参している。
『シシィ、最近、お見限りじゃない事?』
『妾たちを忘れ方と思うたぞえ?』
二頭が言うが、言葉ほど怒ってはいなそうだ。アップルパイをもぐもぐと食べながらだし。
「いやー、夏季休暇明けから何かと忙しくて」
王子様とのお茶会とか、スピネルのご機嫌斜め問題とか、マリア様に消耗させられるとか、義兄になるかもしれなかった人との邂逅とか。
主に人間関係だね。
「今日のアップルパイもスピネルが作ったんだよ。凄いよね。お料理上手はいいお嫁さんになるぞ、うん」
『そなたの嫁にするかえ?』
「お、いいね。そうしたらずっと一緒だ」
『あなたが嫁ではいけないの、シシィ?』
「私はアップルパイどころか料理した事ないからなー」
公爵令嬢だからというだけではない。前世込みでそうである。母が私に料理を仕込むのを諦め、調理実習ですら友人たちに「見ているだけでいい」と言われるほどの、ダークマター製造機だった。
なんでだろう?材料も手順も間違っていない筈なのに、出来上がったものは異様だった。
ま、人間には向き不向きってもんがあるのは仕方ないのだ。
もしかしたら、今の私には料理が出来るかもしれないしね?する機会がないから分からないけども。
そんな事を考えていたら、いっちゃんとそうちゃんが何やらこそこそと話をしている。
「どうしたの?」
『ぷっ……』
『うふふふふっ』
「ねー、スピネル、いっちゃんとそうちゃんが……って、どうしたの、スピネル!?」
スピネルの顔が真っ赤だ。
「熱が出た!?風邪!?ヤバイ、帰ろう。お医者さんをすぐ呼ぶから安静に――って、どうしたのスピネル!」
手を取って屋敷に戻ろうと言う私に、スピネルは首を横に振っていやいやしてる。子供か!医者が嫌いか!?
「大丈夫、怖くないよ。お医者さんに診てもらう時には傍に居るから」
「いえ、そうではなく。あの、風邪を引いたわけでも熱が出ている訳でもありませんから」
医者が嫌いな子はそう言うよ。うん、ありがちありがち。
「あの、それより、お話ししたい事があると言ったことを覚えてますか?」
「それよりって――話ならいつでも聞くから」
「これは……動揺しただけなので。軽口だと分かっていても、つい」
「動揺?」
『動揺もするわのぅ』
『ほほほほほ。愉快でしてよ』
いっちゃんとそうちゃんは楽しそうで何より。でも、スピネルの心配をしてほしい。
「お嬢様」
「うん?」
赤い顔をしてモジモジしているスピネルはレアだ。本当に病気じゃないんだろうな?
「私は、もっと料理を頑張りたいと思います」
「ん?うん?」
私もチャレンジしてみたいけど、多分やらせてもらえないだろうから、スピネルがちょっと羨ましい。
「なので」
「ん?」
大きく息を吸って吸って吸って吸って……いや、吐こうよ!息は吸ったら吐こうよ!
「私をお嬢様のお嫁さんにして下さい」
「うん……ん?……んんん?」
突然求婚されました。
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