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第三章
61 王子と公爵令嬢のお茶会 4
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興味深い……。
王子様に興味深い女性だと言われた私はどういう反応を返すべきだろう。
え、喜ぶところ?
恐れ多いですわぁ おほほほほとか言った方がいい?
先ほどまでの会話を考えれば、婚約者候補とかそういうのじゃないだろう。婚約者になったら私は死んじゃうかもしれないんだよ――と伝えてあるのだから、その座に据えようなんて思うはずがない。だから、そんなにムカつきオーラ出さなくて大丈夫だよ、スピネル。私には背後にいるスピネルの苛立ちが分かるのに、真正面にいる王子様は気にならないんだろうか。あ、あれか、高貴な人は使用人なんて動く道具みたいなもので眼中に入らないとか、そういうのか。
埒も無い事を考えていて返す反応に困っていたら、王子様は唐突に話題を変えた。
「コウドレイのことだが」
「……コウドレイ侯爵、でございますか?」
何か関わりがあっただろうか。ファルナーゼ家とは政治的に噛み合わない家ではあるが、表立って険悪な関係では無い筈だ。
「前回で私が君に着せた罪の真犯人だ」
うぉう。いきなりそこに話が飛びますか。
「知らなかったかい?」
「ええ、前世の物語に書かれていたかもしれませんが、お話しした通り、私はその物語をほぼ知らないのです」
「そうか……。いや、てっきり知っていて捕えたのかと思っていたよ」
ん?捕えた?
「君が現行犯で捕え、宰相にその後を任せた略取犯の背後にいたのがコウドレイだという事は知らなかった?」
「父からはその後の話がございませんでしたので」
ファルナーゼ家の後ろ盾があり、ボスはシシィ・ファルナーゼだと断言したあの男たちが、実際にそれを信じていたのかどうかも知らない。まして、実際にその背後にいたのがコウドレイ侯爵だったという事も聞いていない。
お父様はご存じ――どころか、率先して誘拐犯たちを尋問していただろうから知らない訳がない。私の精神安定の為に、尋問で済んでますように。拷問まではいってませんように。
私に聞かせなかったのは、事件解決の発端が私だったとしても、一令嬢にそれ以上の情報は不要、踏み込むべき範疇を越えていると判断したからだと思う。いずれ公式に発表されるだろうが、それまでは蚊帳の外だ。
公私の区別ってのはこういう事だよ、王子様。うちのお父様、格好いいなーもう。
「既にコウドレイは捕えられており、事実関係を調査中だ。被害者救済と違法と知りつつ買う側に回った者どもの追及も進められている」
王子さまが淡々と言う。
「これで、君の言う死亡フラグ?における最大の冤罪部分は解消されただろう?あとは行き過ぎた貴族至上主義思想は無いし、婚約者……前回では私のことだが、婚約者の周囲に嫌がらせをすることも、そもそも婚約者がいないのだから有り得ない。あとは隣国との繋がりに気を付けて貰えば、問題ないのではないだろうか」
死亡フラグ、バッキバキに折れた!へし折るどころか粉微塵になった!
王子様自ら前回の冤罪に付いて話すのは、きっとしんどいだろうに、笑顔で説明してくれている。ちょっと情けない所もあるし、王子様としてどーよと思う所がないではないが、やっぱり結構いい奴だ。
「そもそもが冤罪だったのだが、シシィは孤高だった為にその人となりを知る者が少なかった。悪意のある噂が蔓延った時も、それを庇う人間もおらず、孤高が孤立となっていった。だが、ファルナーゼ嬢は学友たちと良い関係を築けているし、現在流れている噂を鵜呑みにするものは少ない。コウドレイの罪が詳らかになれば、その噂も霧消するだろう」
そう言ったあと、王子様は自嘲するように「彼女の為人を私は知っていた筈なのだがな」と呟いた。それは私に言われても困るので沈黙を答えとする。
これから王子として成長し、いずれ良い王様になっていい国を作って下さい。
出来れば、王子様のあまっちょろい部分をフォローしてくれるしっかりした奥さん貰って、助けてもらってほしいな。――やっぱり心配だからさ。
精一杯の気持ちを込めて、王子様に頭を下げる。ぶんっと風音がなるくらいの勢いで下げた頭が、危うくテーブルにぶつかるとこだったけど、ぶつかって痛みを感じた方が、夢じゃないと実感できてよかったかもしれないとすら思う。
王子が”前回”において冤罪を知ったという事は、高等部に入ってヒロインちゃんが留学して来ても誑かされることはないということで、我が家にフィデリオが養子に入っていないという事は義兄が狙われることもないという事で。
シシィが悪役令嬢をやるのは、ヒロインちゃんが王子か義兄を狙った時のみで、現在その二人と接点がない私。
私、もう、乙女ゲームと無関係じゃない?
ヒロインちゃんが誰を狙おうと、私からすればよそ事で……。
「……ヒャッホーっ!!」
私は自由だ―!
立ち上がって天に右拳を突き上げた私を、王子様がぽかんとして見ているが気にしない。
背後でスピネルが「淑女の仮面がまた木っ端みじんに……」と嘆いているけど気にしない。
だって、私、自由だし!
「第一王子殿下、お話を聞かせて下さって本当にありがとうございます。私、これからはもう死亡フラグに怯えることなく、ファルナーゼの誇りをもって王家に忠誠を誓い、国の為、民の為に尽力することを宣誓いたします」
乙女ゲームの悪役令嬢シシィ・ファルナーゼとしての運命が消滅した今、残っているのは公爵家令嬢シシィ・ファルナーゼだけだ。
ファルナーゼ家継嗣として、これから恩返しするから期待しててくださいな、王子さま。
王子様に興味深い女性だと言われた私はどういう反応を返すべきだろう。
え、喜ぶところ?
恐れ多いですわぁ おほほほほとか言った方がいい?
先ほどまでの会話を考えれば、婚約者候補とかそういうのじゃないだろう。婚約者になったら私は死んじゃうかもしれないんだよ――と伝えてあるのだから、その座に据えようなんて思うはずがない。だから、そんなにムカつきオーラ出さなくて大丈夫だよ、スピネル。私には背後にいるスピネルの苛立ちが分かるのに、真正面にいる王子様は気にならないんだろうか。あ、あれか、高貴な人は使用人なんて動く道具みたいなもので眼中に入らないとか、そういうのか。
埒も無い事を考えていて返す反応に困っていたら、王子様は唐突に話題を変えた。
「コウドレイのことだが」
「……コウドレイ侯爵、でございますか?」
何か関わりがあっただろうか。ファルナーゼ家とは政治的に噛み合わない家ではあるが、表立って険悪な関係では無い筈だ。
「前回で私が君に着せた罪の真犯人だ」
うぉう。いきなりそこに話が飛びますか。
「知らなかったかい?」
「ええ、前世の物語に書かれていたかもしれませんが、お話しした通り、私はその物語をほぼ知らないのです」
「そうか……。いや、てっきり知っていて捕えたのかと思っていたよ」
ん?捕えた?
「君が現行犯で捕え、宰相にその後を任せた略取犯の背後にいたのがコウドレイだという事は知らなかった?」
「父からはその後の話がございませんでしたので」
ファルナーゼ家の後ろ盾があり、ボスはシシィ・ファルナーゼだと断言したあの男たちが、実際にそれを信じていたのかどうかも知らない。まして、実際にその背後にいたのがコウドレイ侯爵だったという事も聞いていない。
お父様はご存じ――どころか、率先して誘拐犯たちを尋問していただろうから知らない訳がない。私の精神安定の為に、尋問で済んでますように。拷問まではいってませんように。
私に聞かせなかったのは、事件解決の発端が私だったとしても、一令嬢にそれ以上の情報は不要、踏み込むべき範疇を越えていると判断したからだと思う。いずれ公式に発表されるだろうが、それまでは蚊帳の外だ。
公私の区別ってのはこういう事だよ、王子様。うちのお父様、格好いいなーもう。
「既にコウドレイは捕えられており、事実関係を調査中だ。被害者救済と違法と知りつつ買う側に回った者どもの追及も進められている」
王子さまが淡々と言う。
「これで、君の言う死亡フラグ?における最大の冤罪部分は解消されただろう?あとは行き過ぎた貴族至上主義思想は無いし、婚約者……前回では私のことだが、婚約者の周囲に嫌がらせをすることも、そもそも婚約者がいないのだから有り得ない。あとは隣国との繋がりに気を付けて貰えば、問題ないのではないだろうか」
死亡フラグ、バッキバキに折れた!へし折るどころか粉微塵になった!
王子様自ら前回の冤罪に付いて話すのは、きっとしんどいだろうに、笑顔で説明してくれている。ちょっと情けない所もあるし、王子様としてどーよと思う所がないではないが、やっぱり結構いい奴だ。
「そもそもが冤罪だったのだが、シシィは孤高だった為にその人となりを知る者が少なかった。悪意のある噂が蔓延った時も、それを庇う人間もおらず、孤高が孤立となっていった。だが、ファルナーゼ嬢は学友たちと良い関係を築けているし、現在流れている噂を鵜呑みにするものは少ない。コウドレイの罪が詳らかになれば、その噂も霧消するだろう」
そう言ったあと、王子様は自嘲するように「彼女の為人を私は知っていた筈なのだがな」と呟いた。それは私に言われても困るので沈黙を答えとする。
これから王子として成長し、いずれ良い王様になっていい国を作って下さい。
出来れば、王子様のあまっちょろい部分をフォローしてくれるしっかりした奥さん貰って、助けてもらってほしいな。――やっぱり心配だからさ。
精一杯の気持ちを込めて、王子様に頭を下げる。ぶんっと風音がなるくらいの勢いで下げた頭が、危うくテーブルにぶつかるとこだったけど、ぶつかって痛みを感じた方が、夢じゃないと実感できてよかったかもしれないとすら思う。
王子が”前回”において冤罪を知ったという事は、高等部に入ってヒロインちゃんが留学して来ても誑かされることはないということで、我が家にフィデリオが養子に入っていないという事は義兄が狙われることもないという事で。
シシィが悪役令嬢をやるのは、ヒロインちゃんが王子か義兄を狙った時のみで、現在その二人と接点がない私。
私、もう、乙女ゲームと無関係じゃない?
ヒロインちゃんが誰を狙おうと、私からすればよそ事で……。
「……ヒャッホーっ!!」
私は自由だ―!
立ち上がって天に右拳を突き上げた私を、王子様がぽかんとして見ているが気にしない。
背後でスピネルが「淑女の仮面がまた木っ端みじんに……」と嘆いているけど気にしない。
だって、私、自由だし!
「第一王子殿下、お話を聞かせて下さって本当にありがとうございます。私、これからはもう死亡フラグに怯えることなく、ファルナーゼの誇りをもって王家に忠誠を誓い、国の為、民の為に尽力することを宣誓いたします」
乙女ゲームの悪役令嬢シシィ・ファルナーゼとしての運命が消滅した今、残っているのは公爵家令嬢シシィ・ファルナーゼだけだ。
ファルナーゼ家継嗣として、これから恩返しするから期待しててくださいな、王子さま。
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