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第三章
59 王子と公爵令嬢のお茶会 2
しおりを挟むスピネルの「説明してください」オーラを無視して王子様に尚も言う。
「臣下として誠に不敬とは存じますが、ここで”前回”のシシィ・ファルナーゼではない私が第一王子殿下の謝罪を受け入れたとして、殿下はそれでよしとされますか?納得できますか?謂れのない謝罪をされましても……正直、困惑するばかりにございます」
そもそも私は許しを与える立場にないぞ。何もされていないんだから。
「だが……君は本当に”前回”の記憶はないのか?――冤罪の事を言っていただろう?」
うん、温室で言ってたね。クソッたれ発言を持ち出さない王子様に感謝。
「荒唐無稽なお話だと思われるかもしれませんが……」
「お嬢様っ!」
「大丈夫よ、スピネル。お話ししないと納得して頂けないでしょう?」
両親とセバスチャン……もといアーノルドとスピネル、それといっちゃんそうちゃんしか知らない前世の事。――”しか”っていう割にいっぱいいるな。ま、それはそれとして。
前世では「毒餌にかからない程度に頭の良い野生動物」「本能が現代人とは思えないほどに優秀で、いざと言う時の勘は外さない」と言われた獅子井桜の魂が、王子様には話しておいた方がいいって言ってるのだ。
「私には”前回”の記憶はございませんが、前世の記憶を持っております」
用意されていた美味しいお茶で喉を湿して、私は王子様に前世の話をした。前世にあった物話の中で、シシィは17歳の時に冤罪をかけられて断罪後に死亡するという事。その話では、私が王子様の婚約者になっていたこと。ヒロインが王子様、或いは義兄となったフィデリオと恋仲になると、死への道筋が出来ること。
ただし、物語のさわりしか知らないし、この死への道筋は物語を好んで読んでいた友人から聞いた話なので、詳細は知らないという事。
「なるほど、それで君は前回と性格が違いすぎるのか」
あれま、あっさりと前世の話を受け入れちゃったよ。もうちょっと、こう、不審に思わないかな?言い逃れをしているとか、妄想癖があるんじゃないかとか。
「性格……違いすぎますか?」
そういえば「17歳の自我を持つ私が8歳の体にいるせいで大人びて不自然に思わないか」と家族に聞いたとき「むしろ子供らしくなった」とアーノルドに言われたっけ。あの時、17歳として8歳に完敗した記憶は苦く残っている。
ならば、そのまま育った前回のシシィは、そりゃもう模範となるような令嬢だったんだろう。
うん、性格違い過ぎると言われても仕方い。
「気を悪くしないでくれるといいのだが……、私は逆行した後、君の事を調べていた」
ま、それくらいするでしょう。悪い理由ではなく、おそらく私を守る為に。
「前回のシシィ・ファルナーゼは、幼い頃から立派な淑女の聞こえも高き令嬢だった。あー、その、本当に気を悪くしないで貰いたいのだが」
言いよどんでいる王子様に、大丈夫だよーと言う意味を込めてにっこり笑顔を贈る。自分がやってきたことは大体わかってるし、前回のシシィーー記憶が戻った8歳以前のシシィとは中身が違うってことも、誰よりも自分が知っていることだ。
「その、お茶会で同世代の令息たちを棒で叩きのめしたとか」
「ブッ。けふっ……げふんげふん……」
余裕ぶってお茶を飲んでいたのが悪かった。吹き出しそうになったのを堪えたまでは良かったが、気管にお茶が入り込んでしまって咽てしまう。うう、喉が痛い。
スピネルが背中を叩いてくれているけど、もうちょっと優しくして。力強いよ。
「し、失礼いたしました」
「いや、大丈夫だろうか?」
「はい、お見苦しい様をお見せいたしまして、誠に申し訳なく存じます」
カッコワルイ。恥ずかしい。
顔が赤らんでいるのは頬の熱さで分かっているが、何事も無かったかのように話を戻そう。
「そのお話は、やや語弊があるようにございます。それはおそらく私が8歳の頃の事だと存じますが、森でこのスピネルに暴力を振るっていた子供らに、すこし……ほんのすこーし教育的指導をしただけにございます」
「教育的指導……」
「ええ、そうですとも。苛めは格好悪い事だと諭しただけです」
嘘は言っていない。棒を使って、体に直接指導したけど。
「そ、そうか。ああ、あと、台所に盗み食いに入るとか」
ぎゃふんっ
「森の奥で一人木に昇って屋敷から捜索されたとか」
ぐはっ
「剣を学ぶのを許されず、変装して騎士団に紛れ込んだとか」
ぐえっ
「魔法の鍛錬も熱心だとか、ユニコーンやバイコーンと誼を結んだとか、そういう前回のシシィとは全く違う行動をとっている。こうして話をしていても、同じ人物とは思えない」
そう言うと、王子様はやっと私をまっすぐに見てくれた。
「謝罪を撤回しよう。私の後悔は君に背負わせるものではない。ただ、約束しよう。君を罪に落とすことはないと。過去の愚かな私は、真実が見えずシシィ・ファルナーゼ嬢に罪を問うたが、二度と同じ間違いは侵さない」
や、それはちょっとどうなんですか、王子様。
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