53 / 129
第三章
51 新学期
しおりを挟む問題をお父様に丸投げした私がすることと言えば、そりゃ当然夏休みを謳歌することだ。
犯罪者捕縛という褒められてもいい筈の行いは、何故かお父様とお母様に説教されたのだが、スピネルの強さを知らしめることが出来た為に、彼が付くのならばとお忍びで街に出ることを許されたのでラッキーだと思おう。
両親のスピネルに対する信頼度の高さと、私に対する信頼の無さが浮き彫りになった事は気にしない。外出できることになったのだから、そんな些末な問題は棚上げだ。
もちろんスピネルに否やはある筈もなく、夏休みの間は二人で彼方にふらり此方にふらりと歩き回り、だいぶ街を知ることが出来たと思う。
私が作ったレースや刺繍を買い取ってくれている店を見れたのも嬉しかった。
作者だと名乗ることはせず、お客様として店に入って自分が作った物が売られている様子を見ることが出来たのも、あの犯罪者たちのおかげだろうか。――いや、スピネル様のおかげだね。
ひとつ言わせてもらえるなら、私だってあの程度の男たちを倒せたよ?そりゃ、スピネル程手際は良くないだろうけど。
街での買い物や買い食いも楽しかった。
そして、フラグが折れなかったらお世話になるかもしれない冒険者ギルドを見る事も出来た。
一応、公爵令嬢なのでいますぐに登録と言う訳には行かなったが、それでも外ながらギルドを見ただけでテンションが上がった。出奔するとなったら、登録はここから離れた地ですることになるからこのギルド自体にご縁は無いが、それでも感慨深いものがあるのだ。
街を周るだけではない。
森でいっちゃんやそうちゃんとピクニックをしたり、狭間の話を聞かせてもらったり、彼女らの配下を紹介してもらったりもした。
実に有意義な夏休みだった。終業の日にトラブルはあったけど、あの日はまだ夏休みに入っていなかったのでアレはノーカンだ。
◇◇◇
「シシィ様、ごきげんよう。夏季休暇の間もお手紙で様子は伺っておりましたけれど、やはりお会いしてお姿を見れることがとても嬉しいですわ」
「レナータ様、ごきげんよう。私もレナータ様にお会いできてうれしいですわ」
うんうん、お手紙もいいけどやっぱりお友達とは直接会ってお話ししたいよね。
教室で久しぶりの対面をした私とレナータ様は、どちらからということもなく近づいて手を握り合い再会を喜んだ。
綿菓子のようにふわふわしているレナータ様は、いつも笑みを浮かべている方だけれど、今の笑顔はいつもの穏やかな笑みとは違って感情が表に出ている。その顔を見ただけで、本当に再会を喜んでくれていることが分かる。
あー、もう、ぎゅーってしたいなー、レナータ様。
小柄で栗色の髪が柔らかく波打つ彼女は、チンチラとかモルモットとか兎とか、そういう小動物的可愛らしさがあって抱きしめたくなる衝動を抑えるのが大変だ。
淑女としてね、はしたないとか言われちゃうし。
「スピネル様もごきげんよう。お健やかに夏季休暇を過ごされたご様子で幸いですわ」
「おはようございます、セレンハート様。何度も何度も何度も言っておりますが、私はご令嬢に様付けされるような身分ではございませんのでおやめください」
毎度毎度の苦言をサラッとレナータ様に流されているのに、スピネルはまだ諦めていないらしい。
「マリア様はまだいらしていないのかしら?」
夏季休暇の間は出来ることが無かったので棚上げしていたマリア様問題だが、新学期が始まったので棚から降ろさねばならない。出来れば休みの間にマリア様の”苛められ問題”の噂と彼女の心境がどうにかなっていてくれればいいんだけど、こちらに打つ手がなかったのと一緒であちらにも変化はないかもしれないとも思っている。
マリア様の机を見ると、私より先に教室に入ったようで鞄が机の脇にかけられ、机の上には筆記用具も出ていた。
「ご挨拶も早々に教室を出てしまわれましたの」
レナータ様がちょっと困ったように顎に拳を当てて俯いた。彼女も夏季休暇の間に変化があったらいいなぁという希望を持っていたのだと思う。が、マリア様に変わりは無いようだ。
教室内にるクラスメイト達が「気にするな」「分かっているから」と言うように頷いたり手を振ったりしてくれるのが嬉しい。
もしもマリア様が「私は虐められています」オーラを出していても、Aクラスは成績面は勿論、貴族としての家格が高い子息子女が多く、おまけに、公平で優しさを持つ性格の良い子ばかりなので、事が大きくなってお話し合いをするときにはフェアな態度で証言をしてくれるだろう。
現時点ではマリア様の行動が不可解な事もあって、クラスの男子はこちらに配慮してくれている。
マリア様、もしもオーディエンスの同情を買いたいんだったらAクラスの面々を敵に回すのは悪手だと思うぞ。
「終業の日と違ってご挨拶があっただけまだしもですかしらね?」
挨拶は人間関係の基本だというのは日本でも此方でも変わらないのだ。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる