45 / 129
第三章
43 婚約事情 2
しおりを挟む
マリア様が私にチラリと視線を投げてきた。
これはあれか、私もこの話題に加われという事か。そうだね、聞いてばっかりじゃダメだね。
「私は兄弟がおらず家を継ぐ身ですので、やはり殿下の婚約者にはなれません(なりたくないし)が、テレーザ様の仰る通り、我が家も様子見の段階ですわ。でも、それも有難い事だと思っておりますのよ?両親が家に相応しい方を選んでくださるとは思いますけれど、これから成長して見る目を養えれば、互いを尊重しあえる方か自分の目でも見定められますもの」
10歳やそこらじゃね、相手を査定する目は勿論ない。自分の好みも相性が合うかどうかも分かっちゃいないだろう。ある程度の年齢と経験を重ねれば、親が選んだ相手に対しても「この人のここは自分と合わない」とか「この部分で夫婦生活が危ぶまれる」とか物申せると思うんだ。
まあ、貴族の結婚なんて最終的には親が決めるもんだけどさ。何もわかっていない子どもよりも、成長した淑女の方が話は聞いてもらえるだろう。聞いてもらえても叶うとは限らないけど。
「ですが、シシィ様。跡継ぎでしたら分家から養子に迎えることもあるでしょう?」
食い下がるマリア様。
確かにね、子どもがいなかった場合や女子しかいなかった場合に、養子を迎えて継嗣にすることも貴族あるあるだ。
けど、私は死亡フラグを回避し、そののちに婿取りしてファルナーゼの家に居たいと思ってる。
お父様もお母様もそうであれば嬉しいと言ってくれているし、養子を取ってまで他家に嫁ぐ意味を見いだせない。
オブラートに包みつつそう言ったら、なんだか不服そうな顔をされた。
何故だ。マリア様――というかクスバート伯家とうちは特筆するほどの関係はないのに、レナータ様達の時には何も言わなかったのに、なぜ私にだけツッコミを入れる。
「シシィ様でしたら、王子妃に相応しいと思ったので」
私が不審に思ったことを察したか、言い訳がましくマリア様が言う。
「まぁ、買い被りですわ。私はそれ程の器ではございません」
一応、候補に入るであろうレナータ様やヴィヴィアナ様の前で、ファルナーゼ家の私を推す意味が分からない。
それに、出会ってまだ一月のマリア様が私を持ち上げてくる意図がつかめない。
意図不明の発言にちょっとムッとするけど、それなりの教育を受けてきたから表情には出さない。――出していないつもりだったけど、漏れてた?レナータ様がフォローするように話題を変えてくれる。
「大変なのは第二王子殿下ですわよね」
「ええ、第二王子殿下は私たちの一つ年下ですけれど、第一王子殿下が婚約者を定めない限り自分が先に婚約者を選ぶわけにはいきませんし」
ヴィヴィアナ様もレナータ様の発言に乗ってくれた。
うう、気を使わせて申し訳ないと思う。ポーカーフェイスは令嬢に必須の武器であり鎧なのだから、もっと精進しよう。
◇◇◇
「その女を消しますか、お嬢様」
「物騒!なんでスピネルはそう短絡的かなぁ。確かにちょっとムッとしたけど、それより何でそんなことを言いだしたのかが分からなくてさー」
帰りの馬車の中でマリア様の発言を伝えたら、スピネルの目が座った。
スピネルは私のことを好きすぎる。好かれるのはとっても嬉しいけど、私はいわゆる箱入りお嬢様ではないから問題ない。
今まで子供の社交をこなしておらず、深窓の令嬢扱いを世間にされていたとしてもだ。
いっちゃんやそうちゃんに跨り森を駆け、ミーシャ相手に負け知らずの剣を振るい、膨大な魔力でもって繊細さの欠片もない魔法を打つ事も出来る。
言われる通り暴れん坊令嬢なのだ。
「お嬢様が強いとかそういう問題ではございません。お嬢様に敵意や悪意を持つものは排除して然るべきかと」
「スピネルは過保護。それに、敵意とか悪意とかじゃないと思うよ」
一応、王子妃に相応しいって持ち上げてくれたんだろうし。
「お嬢様が望まない未来を押し付けることは罪です」
「いや、押し付けるとかそういう感じでもなくてさぁ」
なんだろう。私がファルナーゼ家にいることが彼女、或いはクスバート家にとって都合が悪い?とかそんな印象を受けた。帰ったら、お母様にクスバート家との関係を聞いてみよう。
「学園でも暴れん坊お嬢様になれば、そんな妄言を撒き散らす輩は排除できます。おまけに殿下の婚約者候補から外されるでしょうから一石二鳥」
「その代わりに婿の来手もなくなる」
「私がいます。婿入りしても嫁入りしてもらっても問題ありません。お嬢様を一生養う覚悟はございますし、手段の確保も問題ありません。――詳細は言えませんが」
おおぉぉぉ。スピネル君や。君の気持ちは有難いけど、そこまで友情に殉じなくてもいいんだよ。
「嫁入りかぁ……。実際、私が王子様の婚約者になるならないに関わらず、お父様とお母様はファルナーゼを任せられる人間の選定はしているだろうしね」
「は?」
「だってさ、私は死亡フラグ持ちでなかったとしても、ファルナーゼの一粒種だよ?私が万が一……万が一の話だから落ち着いて聞いてね?」
無の表情になったスピネルが眉を寄せて頷く。例え話でも万が一の話は聞きたくない、考えたくないオーラが出ている。
「お父様もお母様も私のことを愛してくれていることに間違いはない。疑ったこともない。けど、ファルナーゼ公爵と公爵夫人だもん。私に事があった時に家の存続が危ぶまれるような事態は決して起こさない。二の手・三の手は絶対に打ってる。家族だけの問題じゃない。使用人や領民を守らなくちゃならないし、宰相という立場を考えれば私より国を取る」
そうじゃなきゃ困る。権力を持ち権利が大きいということは、義務はそれよりさらに大きいのだ。私が命運尽きずとも、ファルナーゼを継ぐに値しないと判断したら後継から外すだろう。
両親は義務と権利をはき違えたりしない。私への愛情で立場を危うくすることはしない。
そう断言できるくらい、私は二人を信頼している。
「……そう、ですか。ならば」
「ならば?」
「もしもの時は私がお嬢様を攫ってもファルナーゼ家の存続に問題はないという事ですね」
「なんでそうなる!?」
いや、私も冤罪掛けられたら逃げる気満々だけどさ。出来ればお父様とお母様の傍に居たいよ。
「万が一、ですよ」
良かった。やはり大恩がありますから、没落されたりしたら困りますし――
そう言うスピネルの笑顔が全く曇りの無いものだったので、却って心配になってしまった。
これはあれか、私もこの話題に加われという事か。そうだね、聞いてばっかりじゃダメだね。
「私は兄弟がおらず家を継ぐ身ですので、やはり殿下の婚約者にはなれません(なりたくないし)が、テレーザ様の仰る通り、我が家も様子見の段階ですわ。でも、それも有難い事だと思っておりますのよ?両親が家に相応しい方を選んでくださるとは思いますけれど、これから成長して見る目を養えれば、互いを尊重しあえる方か自分の目でも見定められますもの」
10歳やそこらじゃね、相手を査定する目は勿論ない。自分の好みも相性が合うかどうかも分かっちゃいないだろう。ある程度の年齢と経験を重ねれば、親が選んだ相手に対しても「この人のここは自分と合わない」とか「この部分で夫婦生活が危ぶまれる」とか物申せると思うんだ。
まあ、貴族の結婚なんて最終的には親が決めるもんだけどさ。何もわかっていない子どもよりも、成長した淑女の方が話は聞いてもらえるだろう。聞いてもらえても叶うとは限らないけど。
「ですが、シシィ様。跡継ぎでしたら分家から養子に迎えることもあるでしょう?」
食い下がるマリア様。
確かにね、子どもがいなかった場合や女子しかいなかった場合に、養子を迎えて継嗣にすることも貴族あるあるだ。
けど、私は死亡フラグを回避し、そののちに婿取りしてファルナーゼの家に居たいと思ってる。
お父様もお母様もそうであれば嬉しいと言ってくれているし、養子を取ってまで他家に嫁ぐ意味を見いだせない。
オブラートに包みつつそう言ったら、なんだか不服そうな顔をされた。
何故だ。マリア様――というかクスバート伯家とうちは特筆するほどの関係はないのに、レナータ様達の時には何も言わなかったのに、なぜ私にだけツッコミを入れる。
「シシィ様でしたら、王子妃に相応しいと思ったので」
私が不審に思ったことを察したか、言い訳がましくマリア様が言う。
「まぁ、買い被りですわ。私はそれ程の器ではございません」
一応、候補に入るであろうレナータ様やヴィヴィアナ様の前で、ファルナーゼ家の私を推す意味が分からない。
それに、出会ってまだ一月のマリア様が私を持ち上げてくる意図がつかめない。
意図不明の発言にちょっとムッとするけど、それなりの教育を受けてきたから表情には出さない。――出していないつもりだったけど、漏れてた?レナータ様がフォローするように話題を変えてくれる。
「大変なのは第二王子殿下ですわよね」
「ええ、第二王子殿下は私たちの一つ年下ですけれど、第一王子殿下が婚約者を定めない限り自分が先に婚約者を選ぶわけにはいきませんし」
ヴィヴィアナ様もレナータ様の発言に乗ってくれた。
うう、気を使わせて申し訳ないと思う。ポーカーフェイスは令嬢に必須の武器であり鎧なのだから、もっと精進しよう。
◇◇◇
「その女を消しますか、お嬢様」
「物騒!なんでスピネルはそう短絡的かなぁ。確かにちょっとムッとしたけど、それより何でそんなことを言いだしたのかが分からなくてさー」
帰りの馬車の中でマリア様の発言を伝えたら、スピネルの目が座った。
スピネルは私のことを好きすぎる。好かれるのはとっても嬉しいけど、私はいわゆる箱入りお嬢様ではないから問題ない。
今まで子供の社交をこなしておらず、深窓の令嬢扱いを世間にされていたとしてもだ。
いっちゃんやそうちゃんに跨り森を駆け、ミーシャ相手に負け知らずの剣を振るい、膨大な魔力でもって繊細さの欠片もない魔法を打つ事も出来る。
言われる通り暴れん坊令嬢なのだ。
「お嬢様が強いとかそういう問題ではございません。お嬢様に敵意や悪意を持つものは排除して然るべきかと」
「スピネルは過保護。それに、敵意とか悪意とかじゃないと思うよ」
一応、王子妃に相応しいって持ち上げてくれたんだろうし。
「お嬢様が望まない未来を押し付けることは罪です」
「いや、押し付けるとかそういう感じでもなくてさぁ」
なんだろう。私がファルナーゼ家にいることが彼女、或いはクスバート家にとって都合が悪い?とかそんな印象を受けた。帰ったら、お母様にクスバート家との関係を聞いてみよう。
「学園でも暴れん坊お嬢様になれば、そんな妄言を撒き散らす輩は排除できます。おまけに殿下の婚約者候補から外されるでしょうから一石二鳥」
「その代わりに婿の来手もなくなる」
「私がいます。婿入りしても嫁入りしてもらっても問題ありません。お嬢様を一生養う覚悟はございますし、手段の確保も問題ありません。――詳細は言えませんが」
おおぉぉぉ。スピネル君や。君の気持ちは有難いけど、そこまで友情に殉じなくてもいいんだよ。
「嫁入りかぁ……。実際、私が王子様の婚約者になるならないに関わらず、お父様とお母様はファルナーゼを任せられる人間の選定はしているだろうしね」
「は?」
「だってさ、私は死亡フラグ持ちでなかったとしても、ファルナーゼの一粒種だよ?私が万が一……万が一の話だから落ち着いて聞いてね?」
無の表情になったスピネルが眉を寄せて頷く。例え話でも万が一の話は聞きたくない、考えたくないオーラが出ている。
「お父様もお母様も私のことを愛してくれていることに間違いはない。疑ったこともない。けど、ファルナーゼ公爵と公爵夫人だもん。私に事があった時に家の存続が危ぶまれるような事態は決して起こさない。二の手・三の手は絶対に打ってる。家族だけの問題じゃない。使用人や領民を守らなくちゃならないし、宰相という立場を考えれば私より国を取る」
そうじゃなきゃ困る。権力を持ち権利が大きいということは、義務はそれよりさらに大きいのだ。私が命運尽きずとも、ファルナーゼを継ぐに値しないと判断したら後継から外すだろう。
両親は義務と権利をはき違えたりしない。私への愛情で立場を危うくすることはしない。
そう断言できるくらい、私は二人を信頼している。
「……そう、ですか。ならば」
「ならば?」
「もしもの時は私がお嬢様を攫ってもファルナーゼ家の存続に問題はないという事ですね」
「なんでそうなる!?」
いや、私も冤罪掛けられたら逃げる気満々だけどさ。出来ればお父様とお母様の傍に居たいよ。
「万が一、ですよ」
良かった。やはり大恩がありますから、没落されたりしたら困りますし――
そう言うスピネルの笑顔が全く曇りの無いものだったので、却って心配になってしまった。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

元婚約者は戻らない
基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。
人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。
カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。
そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。
見目は良いが気の強いナユリーナ。
彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。
二話完結+余談
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる