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第二章
17 初めてのお友達
しおりを挟む『アップルパイと言うものは初めて食したが、美味なるかな』
黒い馬さんがアップルパイを食べて満足そうに言ったので、リンゴの果実水も分けてあげようと思ったんだけど、この大きな口で私用の小さなコップは使えそうもない。そもそもピクニック用の水筒では二頭分に足りなさそうだ。
『ええ、とても美味しかったわ、小さな子』
白い馬さんも満足そうだ。
私はスピネルのアップルパイを奪うつもりは無かったんだけど、彼は無言で自分の分を私に差し出してきた。自分で食べるように言うと黙って首を横に振ったので、黒い馬さんと白い馬さんに一つずつアップルパイを上げることが出来た。
二頭で私の分を半分このつもりだったんだけどね。
スピネルの、諦めたような、苦痛を受け入れたかのような悲痛な表情を見て、明日のおやつもアップルパイをリクエストしようと決めた。
お馬さんは勿論ナイフもフォークも使えないし、掴むための手も無い。彼女らの口の大きさからカットしなくても平気そうだったので、私の掌大の大きさのアップルパイはベロンと出されたお馬さんの舌の上に私が載せました。
私が給餌しようとするのをスピネルが止めてくれと懇願してきたけど、お馬さんにおやつをあげる権利は彼に譲らなかったよ。なんか楽しかった!
『人の子よ、そなたはよくこの森に来るのかえ?』
「そうだねー。私のことを知っている人がいない場所でゆっくりしたい時がたまーにあるからね」
『人は見知った者同士で群れるのではないの?』
「うーん。私、記憶喪失なんだよ。だから、周りのみんなは私のことを知っているのに、私はみんなの事は分からない。みんな良くしてくれるし大事にされているのも分かるんだけど、なんか、記憶を失う前と今では性格が全然違うらしくてね?人が変わったようなんだって。みんな悪い気持ちじゃないんだろうけど、私が何かしたり言ったりした時に、ギョッとした顔をすることがあったりするんだ」
悪意でも非難でもないのは分かっているし、屋敷の人たちにしてみたら人が変わったかのような言動を目の当たりにすればビックリもするだろう。それは分かる。
「そういう目がねぇ……たまに、ほんとうにたまーにね、辛くなる時があって。だから、その目から逃げたくて森に来る――のかもしれない」
言葉にしてみた初めて自分の気持ちが分かった。大事にされているのに正直スマンという気持ちはあるけど、時々”うわ――――っ!!”と叫びたくなるのは、彼らの目に”以前とは違うお嬢様”という比べる感情が見えるからだ。
『そこのモノは良いの?』
白い馬さんがスピネルを見やって言うが、彼はいいんだよ。
「スピネルはいいの。スピネルは今の私しか知らないし、記憶喪失仲間だし」
「お嬢様……、以前、僕がまだベッドの住人だったときに屋敷の者総出でお嬢様を捜索した事がありましたが、その時もこちらの森に……お1人で?」
「あー、あったあった。しこたま怒られた」
思い出して笑ってしまう。あ、いや、心配かけたのは申し訳なかったけど。
「そう、この森に来て木登りしてね。そうしたらリスの巣があってねー。どんぐりがいっぱいあって子リスもいて、眺めていたら気が付かないうちに時間が経ってたんだろうね。捜索された」
私は自分が捜索されているなんて思いもせずに、今日は屋敷のみんなで森の散策しているんだなーとボーっと見ていた。見つかった時は「なんで我々が探しているのに出てきてくれなかったんですか」と言われたけど、探されている自覚が無かったから仕方ない。
『そう、寂しかったのね、小さな子』
「寂しいなんて言ったら罰が当たるような環境だよ」
『人の子よ、周りのものの気持ちは関係ないぞえ。そなたが寂しいと思うのなら、そうなのだ』
「そうかなー」
私は恵まれている。これで寂しいだの辛いだの言ったら、屋敷のみんなに申し訳ない。スピネルにも。スピネルの方がずっとずっと大変なんだから。
「僕は周りの誰もかれもが僕の事を知らないし、僕もみんなを知らないのが心細かったですけど、お嬢様のように周りが自分の事を知っているのに自分は分からないという状況もキツイですね」
「いやいやいや、そんな事ないよ!記憶はなくしちゃったけど、人生はこれからの方が長いんだから、一からみんなの事を知って、私のことも分かってもらっていけばいいんだし!」
そう決めたけど、たまに叫び出したくなるのは許してもらいたい。まだ、お子様なんだから。
『人の子よ、妾は以前のそなたを知らぬ。ゆえに比較することも違いに驚くこともない』
「ん?うん」
『だから、妾がそなたの友になってやるぞえ。感謝するが良い』
『まぁ、メスカマキリにしては良い思い付きですこと、そうね、小さな子。あたくしが貴方のお友達になってあげるわ。そうすれば寂しくないでしょう?』
お・友・達!
スピネルにあっさりと断られたけど、ここにきて初めてのお友達が出来るとは!
「嬉しい!いいの?私はもう喜んじゃったから、今更ダメとか言わないでね?嬉しい、嬉しい、嬉しい!初めてのお友達っ!」
『そんなに喜ぶとは思わなんだが、そなたが嬉しそうな顔をしていると妾も心が浮き立つのぅ』
『ええ、ほんに。可愛らしい友が出来てあたくしも嬉しくてよ』
「ダメですっ!」
二頭と一緒に喜んでいると、何故か水を差したスピネル。
「お嬢様、前言を撤回することを許してください。僕と友達になりましょう。お嬢様の初めてのお友達は僕ですっ!一番のお友達も僕がいいです!」
……スピネルがデレた?
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