18 / 129
第二章
17 初めてのお友達
しおりを挟む『アップルパイと言うものは初めて食したが、美味なるかな』
黒い馬さんがアップルパイを食べて満足そうに言ったので、リンゴの果実水も分けてあげようと思ったんだけど、この大きな口で私用の小さなコップは使えそうもない。そもそもピクニック用の水筒では二頭分に足りなさそうだ。
『ええ、とても美味しかったわ、小さな子』
白い馬さんも満足そうだ。
私はスピネルのアップルパイを奪うつもりは無かったんだけど、彼は無言で自分の分を私に差し出してきた。自分で食べるように言うと黙って首を横に振ったので、黒い馬さんと白い馬さんに一つずつアップルパイを上げることが出来た。
二頭で私の分を半分このつもりだったんだけどね。
スピネルの、諦めたような、苦痛を受け入れたかのような悲痛な表情を見て、明日のおやつもアップルパイをリクエストしようと決めた。
お馬さんは勿論ナイフもフォークも使えないし、掴むための手も無い。彼女らの口の大きさからカットしなくても平気そうだったので、私の掌大の大きさのアップルパイはベロンと出されたお馬さんの舌の上に私が載せました。
私が給餌しようとするのをスピネルが止めてくれと懇願してきたけど、お馬さんにおやつをあげる権利は彼に譲らなかったよ。なんか楽しかった!
『人の子よ、そなたはよくこの森に来るのかえ?』
「そうだねー。私のことを知っている人がいない場所でゆっくりしたい時がたまーにあるからね」
『人は見知った者同士で群れるのではないの?』
「うーん。私、記憶喪失なんだよ。だから、周りのみんなは私のことを知っているのに、私はみんなの事は分からない。みんな良くしてくれるし大事にされているのも分かるんだけど、なんか、記憶を失う前と今では性格が全然違うらしくてね?人が変わったようなんだって。みんな悪い気持ちじゃないんだろうけど、私が何かしたり言ったりした時に、ギョッとした顔をすることがあったりするんだ」
悪意でも非難でもないのは分かっているし、屋敷の人たちにしてみたら人が変わったかのような言動を目の当たりにすればビックリもするだろう。それは分かる。
「そういう目がねぇ……たまに、ほんとうにたまーにね、辛くなる時があって。だから、その目から逃げたくて森に来る――のかもしれない」
言葉にしてみた初めて自分の気持ちが分かった。大事にされているのに正直スマンという気持ちはあるけど、時々”うわ――――っ!!”と叫びたくなるのは、彼らの目に”以前とは違うお嬢様”という比べる感情が見えるからだ。
『そこのモノは良いの?』
白い馬さんがスピネルを見やって言うが、彼はいいんだよ。
「スピネルはいいの。スピネルは今の私しか知らないし、記憶喪失仲間だし」
「お嬢様……、以前、僕がまだベッドの住人だったときに屋敷の者総出でお嬢様を捜索した事がありましたが、その時もこちらの森に……お1人で?」
「あー、あったあった。しこたま怒られた」
思い出して笑ってしまう。あ、いや、心配かけたのは申し訳なかったけど。
「そう、この森に来て木登りしてね。そうしたらリスの巣があってねー。どんぐりがいっぱいあって子リスもいて、眺めていたら気が付かないうちに時間が経ってたんだろうね。捜索された」
私は自分が捜索されているなんて思いもせずに、今日は屋敷のみんなで森の散策しているんだなーとボーっと見ていた。見つかった時は「なんで我々が探しているのに出てきてくれなかったんですか」と言われたけど、探されている自覚が無かったから仕方ない。
『そう、寂しかったのね、小さな子』
「寂しいなんて言ったら罰が当たるような環境だよ」
『人の子よ、周りのものの気持ちは関係ないぞえ。そなたが寂しいと思うのなら、そうなのだ』
「そうかなー」
私は恵まれている。これで寂しいだの辛いだの言ったら、屋敷のみんなに申し訳ない。スピネルにも。スピネルの方がずっとずっと大変なんだから。
「僕は周りの誰もかれもが僕の事を知らないし、僕もみんなを知らないのが心細かったですけど、お嬢様のように周りが自分の事を知っているのに自分は分からないという状況もキツイですね」
「いやいやいや、そんな事ないよ!記憶はなくしちゃったけど、人生はこれからの方が長いんだから、一からみんなの事を知って、私のことも分かってもらっていけばいいんだし!」
そう決めたけど、たまに叫び出したくなるのは許してもらいたい。まだ、お子様なんだから。
『人の子よ、妾は以前のそなたを知らぬ。ゆえに比較することも違いに驚くこともない』
「ん?うん」
『だから、妾がそなたの友になってやるぞえ。感謝するが良い』
『まぁ、メスカマキリにしては良い思い付きですこと、そうね、小さな子。あたくしが貴方のお友達になってあげるわ。そうすれば寂しくないでしょう?』
お・友・達!
スピネルにあっさりと断られたけど、ここにきて初めてのお友達が出来るとは!
「嬉しい!いいの?私はもう喜んじゃったから、今更ダメとか言わないでね?嬉しい、嬉しい、嬉しい!初めてのお友達っ!」
『そんなに喜ぶとは思わなんだが、そなたが嬉しそうな顔をしていると妾も心が浮き立つのぅ』
『ええ、ほんに。可愛らしい友が出来てあたくしも嬉しくてよ』
「ダメですっ!」
二頭と一緒に喜んでいると、何故か水を差したスピネル。
「お嬢様、前言を撤回することを許してください。僕と友達になりましょう。お嬢様の初めてのお友達は僕ですっ!一番のお友達も僕がいいです!」
……スピネルがデレた?
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。


【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています
氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。
それは、絵に描いたような契約結婚だった。
しかし、契約書に記された内容は……。
ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。
小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。
短編読了済みの方もぜひお楽しみください!
もちろんハッピーエンドはお約束です♪
小説家になろうでも投稿中です。
完結しました!! 応援ありがとうございます✨️
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる