8 / 129
第一章
閑話 おお勇者よ 死んでしまうとは情けない
しおりを挟む
「おお勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「いや、死ぬよ!死ぬでしょ!?死ぬに決まってんじゃん!!」
真っ白い空間。宙に浮かぶ老人が青年に向かって首を振った。
青年――苦悶の表情で横たわるのと同時に、そっくり同じ容姿で半透明な姿で横たわる肉体の真上で浮かんでいるという異様な光景である。
「無理だよね!?古竜が闇堕ちするから退治して来いって言われて三日で何が出来るって―の!?」
大体、俺、肉体労働すらしたことない、根っからの文系だから!暗黒竜をボコれとか無理だから!
横たわる青年は微動だにせず、浮かんでいる青年が老人に向かって抗議する。
「そうかの?男子三日会わざれば括目して見よと言うじゃろ?」
「聞いた事ねーよ!」
抗議する青年にやれやれとでも言いたげに老人は肩をすくめる。
「大体、何で俺を選んだんだよ……」
「仕方なかろ。聖剣がお主を選んだんじゃ。儂が選んだ訳じゃ無いもーん」
この青年、実は神に選ばれた勇者である。神だと名乗る老人に剣を渡され、暗黒竜を退治して来いと言われ、愚直に言われるがままの行動をとって返り討ちに会い死亡。
「やり直すかの?」
「……やり直せる、のか?」
「時を巻き戻せばの」
青年は考えて首を振った。
「俺じゃ無理だから他の人あたって」
暗黒竜と対峙したときの恐怖がまだその身に残っている勇者は、とても自分に退治など出来ないと項垂れた。
「……ラウラちゃん」
「おいっ、ちょっ、まてっ!何でアンタがラウラのこと!?」
「だって、儂、神様だしー。勇者くんが心配で見守ってたし―」
神様、ここで声を低めて情感たっぷりに言う。
「”ラウラ……、待っていてくれ。俺は勇者として神に選ばれたが、きっと暗黒竜を倒して戻ってくる。そして、帰ってきたら――いや、そのときに言うよ。ラウラ、俺の気持ちを”」
「いや―――――っ!やめて―――――っ!」
宙に浮かんだ青年が、消え去りたい、いっそ消してくれと涙顔で懇願する。
「そういうのをフラグっちゅーんだよ、そう、死亡フラグじゃ、勇者くん」
「旗なんて立ててないし……」
まだ、めそめそとしながら口を尖らせる勇者である。
「大体、勇者に選ばれたんだから、人としてあり得ないような能力とかとんでもない魔法とか加護とかスキルとか貰っても良かったと思う」
「そんなもん、ちゃんと与えているに決まって……ん?あれ?」
「……神様?」
神様は勇者と視線を合わせるのを避け、高らかに宣言した。
「勇者よ、そなたに聖剣と力を授けよう。必ずや暗黒竜を倒し、世界を平和に導くのだ」
「いや、それ、最初にやってくれても良かったよね!?ってか、神様が倒せばいいじゃん!出来ないの!?」
「出来るに決まっとるじゃろ。じゃがなー、儂、強いからなー。竜と一緒に世界も消えちゃうだろうなー。まぁ、最終手段としてそれも有りかのぅ」
「やります!暗黒竜を倒してきます!聖剣と力を下さい!!」
こうして青年は再度、暗黒竜と戦う羽目になったのである。
「とりあえず、勇者くんが成人する9年前に戻すから、修行を頑張る事じゃ。今度は、時間もある事じゃし、ちゃーんと教会と王家に神託をおろして置くからの。フォローして貰ったらええ」
「そんな事をやれるんなら、最初っから!」
「よし、行け、勇者よ!」
神様が手をかざすと、地に伏している青年と宙に浮かんでいる青年が一体化し、最後まで悪態をつきながら消えていった。
「巻き戻せるのは一回こっきりじゃからのー。もう、死ぬなよー」
その声が勇者に届いたかどうかは定かではない。
◇◇◇
「神様ー。巻き戻しを拒否している魂があるんですケドー」
時間を巻き戻す処理を請け負っている部下が神様に訴えた。
「んなもの、記憶を消して戻せばいいじゃろ」
「なんだかー、魂が傷だらけなんですよねー。まだ若い筈の魂なのにぃ、あれ、多分、前の生の魂が浄化されないまんま輪廻に入っちゃった感じなんですケドー。神様、あの子の転生で何かミスってないですかぁ?」
責められて目を逸らす神様に、部下は更に畳み込む。
「あれ、浄化しないまんま巻き戻しに組み込んだら、多分、壊れちゃいますよー、いいんですかぁ?」
「じょ……浄化してやってちょ」
「かーなーりー時間かかりそうですケドぉ?」
「い……一旦、休ませてやればいいじゃろ。代替に、狭間でふらふらしている魂の中から活きが良くて図太そうなのを選んで組み込んでおいてちょ」
「図太いはともかく活きがいいのはどうでしょー。魂なんで、皆さんお亡くなりになってますー」
「活け造りだって、死んだ魚じゃんかー!ニュアンスで分かれ!」
「はーい。承りましたー。神様ぁ、あんまりミスが続いたら上に報告しますからねぇ」
「え?あ、それ駄目。もうしないからー。気を付けるからぁぁぁぁ」
「はいはーい。今後、気を付けてくださいねぇ。ああ、あと、勇者くんが死んだときに命を失った魂のうち幾つかは、多分、巻き戻し前の記憶が残っちゃいますけどぉ」
「そりゃ、構わんじゃろ。夢と思うか神の奇跡と思うかは分からんが、どのみちたいした変わりはなかろ」
そうですねー、と言い残して神様の部下は仕事に戻る。
巻き戻りは神と勇者の都合でこうして起きた。
神の恩寵でも、ゲームのリスタートでもない。
巻き戻り前の記憶がある面々も、傷ついた魂の代替にされた獅子井桜も、もちろん地上に暮らす全ての人々も今はそれを知らない。
「いや、死ぬよ!死ぬでしょ!?死ぬに決まってんじゃん!!」
真っ白い空間。宙に浮かぶ老人が青年に向かって首を振った。
青年――苦悶の表情で横たわるのと同時に、そっくり同じ容姿で半透明な姿で横たわる肉体の真上で浮かんでいるという異様な光景である。
「無理だよね!?古竜が闇堕ちするから退治して来いって言われて三日で何が出来るって―の!?」
大体、俺、肉体労働すらしたことない、根っからの文系だから!暗黒竜をボコれとか無理だから!
横たわる青年は微動だにせず、浮かんでいる青年が老人に向かって抗議する。
「そうかの?男子三日会わざれば括目して見よと言うじゃろ?」
「聞いた事ねーよ!」
抗議する青年にやれやれとでも言いたげに老人は肩をすくめる。
「大体、何で俺を選んだんだよ……」
「仕方なかろ。聖剣がお主を選んだんじゃ。儂が選んだ訳じゃ無いもーん」
この青年、実は神に選ばれた勇者である。神だと名乗る老人に剣を渡され、暗黒竜を退治して来いと言われ、愚直に言われるがままの行動をとって返り討ちに会い死亡。
「やり直すかの?」
「……やり直せる、のか?」
「時を巻き戻せばの」
青年は考えて首を振った。
「俺じゃ無理だから他の人あたって」
暗黒竜と対峙したときの恐怖がまだその身に残っている勇者は、とても自分に退治など出来ないと項垂れた。
「……ラウラちゃん」
「おいっ、ちょっ、まてっ!何でアンタがラウラのこと!?」
「だって、儂、神様だしー。勇者くんが心配で見守ってたし―」
神様、ここで声を低めて情感たっぷりに言う。
「”ラウラ……、待っていてくれ。俺は勇者として神に選ばれたが、きっと暗黒竜を倒して戻ってくる。そして、帰ってきたら――いや、そのときに言うよ。ラウラ、俺の気持ちを”」
「いや―――――っ!やめて―――――っ!」
宙に浮かんだ青年が、消え去りたい、いっそ消してくれと涙顔で懇願する。
「そういうのをフラグっちゅーんだよ、そう、死亡フラグじゃ、勇者くん」
「旗なんて立ててないし……」
まだ、めそめそとしながら口を尖らせる勇者である。
「大体、勇者に選ばれたんだから、人としてあり得ないような能力とかとんでもない魔法とか加護とかスキルとか貰っても良かったと思う」
「そんなもん、ちゃんと与えているに決まって……ん?あれ?」
「……神様?」
神様は勇者と視線を合わせるのを避け、高らかに宣言した。
「勇者よ、そなたに聖剣と力を授けよう。必ずや暗黒竜を倒し、世界を平和に導くのだ」
「いや、それ、最初にやってくれても良かったよね!?ってか、神様が倒せばいいじゃん!出来ないの!?」
「出来るに決まっとるじゃろ。じゃがなー、儂、強いからなー。竜と一緒に世界も消えちゃうだろうなー。まぁ、最終手段としてそれも有りかのぅ」
「やります!暗黒竜を倒してきます!聖剣と力を下さい!!」
こうして青年は再度、暗黒竜と戦う羽目になったのである。
「とりあえず、勇者くんが成人する9年前に戻すから、修行を頑張る事じゃ。今度は、時間もある事じゃし、ちゃーんと教会と王家に神託をおろして置くからの。フォローして貰ったらええ」
「そんな事をやれるんなら、最初っから!」
「よし、行け、勇者よ!」
神様が手をかざすと、地に伏している青年と宙に浮かんでいる青年が一体化し、最後まで悪態をつきながら消えていった。
「巻き戻せるのは一回こっきりじゃからのー。もう、死ぬなよー」
その声が勇者に届いたかどうかは定かではない。
◇◇◇
「神様ー。巻き戻しを拒否している魂があるんですケドー」
時間を巻き戻す処理を請け負っている部下が神様に訴えた。
「んなもの、記憶を消して戻せばいいじゃろ」
「なんだかー、魂が傷だらけなんですよねー。まだ若い筈の魂なのにぃ、あれ、多分、前の生の魂が浄化されないまんま輪廻に入っちゃった感じなんですケドー。神様、あの子の転生で何かミスってないですかぁ?」
責められて目を逸らす神様に、部下は更に畳み込む。
「あれ、浄化しないまんま巻き戻しに組み込んだら、多分、壊れちゃいますよー、いいんですかぁ?」
「じょ……浄化してやってちょ」
「かーなーりー時間かかりそうですケドぉ?」
「い……一旦、休ませてやればいいじゃろ。代替に、狭間でふらふらしている魂の中から活きが良くて図太そうなのを選んで組み込んでおいてちょ」
「図太いはともかく活きがいいのはどうでしょー。魂なんで、皆さんお亡くなりになってますー」
「活け造りだって、死んだ魚じゃんかー!ニュアンスで分かれ!」
「はーい。承りましたー。神様ぁ、あんまりミスが続いたら上に報告しますからねぇ」
「え?あ、それ駄目。もうしないからー。気を付けるからぁぁぁぁ」
「はいはーい。今後、気を付けてくださいねぇ。ああ、あと、勇者くんが死んだときに命を失った魂のうち幾つかは、多分、巻き戻し前の記憶が残っちゃいますけどぉ」
「そりゃ、構わんじゃろ。夢と思うか神の奇跡と思うかは分からんが、どのみちたいした変わりはなかろ」
そうですねー、と言い残して神様の部下は仕事に戻る。
巻き戻りは神と勇者の都合でこうして起きた。
神の恩寵でも、ゲームのリスタートでもない。
巻き戻り前の記憶がある面々も、傷ついた魂の代替にされた獅子井桜も、もちろん地上に暮らす全ての人々も今はそれを知らない。
0
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説

婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています
氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。
それは、絵に描いたような契約結婚だった。
しかし、契約書に記された内容は……。
ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。
小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。
短編読了済みの方もぜひお楽しみください!
もちろんハッピーエンドはお約束です♪
小説家になろうでも投稿中です。
完結しました!! 応援ありがとうございます✨️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる