転生令嬢シシィ・ファルナーゼは死亡フラグをへし折りたい

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第一章

01 婚約破棄

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 あの時、彼女はどんな顔をしていただろうか。

「本日をもって、君との婚約を破棄する」

 私がそう言った時の彼女の顔を、どうしても思い出せなかった。
 悲しんでいただろうか、怒っていただろうか、いつものように諦めを滲ませていただろうか。

 その時の気持ちを彼女に訊ねることは不可能だ。

 彼女はもう、この世のどこにもいないのだから。


   ◇◇◇

「アルナルド王太子殿下、お疲れ様です」
 午前中に立太子の礼を済ませた私を、側近のフィデリオが労わってくれる。
「ああ、疲れた」
 何が疲れたかというと、教皇の有難くも長ったらしい説教のせいだった。国王陛下と王妃殿下の前で膝を折り、王太子冠を授かるときの教皇の寿ぎという名の説教だか訓戒だかの時間は、制限を設けるべきだと私は思う。

「予定はお変わりなく……?」
「断行する」

 声音でフィデリオの表情は察することが出来る。さぞ傷ましい顔つきだろう。
 彼は、何とか穏便に運ぶ事を願っていた。それは分かっている。だが、もうそれが許される程彼の義妹の罪は軽くはない。

 彼の義妹であり、私の婚約者であるシシィ・ファルナーゼ公爵令嬢を、今夜の王太子披露の為の夜会の前に断罪することは、決定事項だ。

「お前が穏便に済ませたい気持ちでいることは分かっている。義妹だからな。だが、事はもう我が国のことだけではない。なあなあに済ませては他国に示しが付かない。――悪いがここは引かない」
「いえ、王太子殿下の仰ることが正しい事は分かっております。今回のことでは義妹に愛想も尽きました。ファルナーゼの家の者がご迷惑をかけ致します事、大変申し訳なく思っております」

 フィデリオは、ファルナーゼの一人娘であるシシィが私の婚約者になった時に公爵家の後を継ぐために分家から養子に入った男だ。シシィの実の兄でもなく、生粋のファルナーゼ公爵家の者でもないのに苦労していると思う。
 なにもかもシシィ・ファルナーゼの咎ゆえで、フィデリオに責は無い。

 対外的にはシシィ・ファルナーゼは重篤な病を得て婚約者の座を降りたこととなるが、いかにもな形式的発表と映るだろう。その後、時を置いて儚くなったと公表されると思われる。

「ファルナーゼ家の者を連座させる気は無いが、かなり厳しい状況になると思う」
「義妹のしたことですから、王太子殿下が我が家を慮る必要はございません。お気持ち、有難く頂戴しました」

 フィデリオならそう言うだろうとは思っていた。
 宰相であるフォルナーゼ公爵も、その妻の公爵夫人も同様に言うだろう。あの二人も貴族の矜持を持つものだちだから。

 気は重いが、夜会で彼女が婚約者の座を降りたことを発表するために、早々に片を付けねば。
 

「お呼びと伺い参上いたしました、殿下」

 部屋にやってきたシシィは、本来なら夜会の準備をしている筈の時間に呼び出されたことを不審に思っているのか、少し落ち着かない様子だった。

 私の背後に彼女の義兄がいることでホッとしたのか、小さく笑みを漏らす。

 その小さな笑みさえ腹立たしい。彼女は自分の罪を全く反省していないのだろうか。彼女のせいで不幸になった人々のことを、これっぽっちも思い浮かべないのだろうか。……いや、そういう人間性だから犯罪を犯すのだろう。

「ここに君を呼んだのは最後の温情だ。シシィ・ファルナーゼ。こう言えば何のことだか分かるだろう」

 扉から入って礼をした彼女にソファを勧めることもせず私は言った。
 首を傾げて、心当たりがないとでも言いたげな彼女は、事実を知っている私から見ても類稀なる美しさと保護欲を感じさせる繊細さ、そして国の頂上となる私の隣に立つべく躾けられたことによる、淑女の鏡と言っても何の問題も無い気品があった。

 豊かな金の髪、澄んだ青い瞳、年よりも大人びて見えるのはいつも変わらぬ柔らかな微笑みのせいか、国一番妖艶だと言われていたとある伯爵夫人から”宮廷の華”の座を奪ったほどの容姿と体つきのせいか。

「温情をかけるのは君の為ではない。フィデリオとファルナーゼ家の為だ。清廉潔白なファルナーゼ家を、君という鬼子一人の為に潰すことはしたくないと陛下も仰せになった」

 こちらは全てわかっているのだと示しても、彼女の表情に変化はない。懺悔の念と言うものを少しでも期待した私が馬鹿だったようだ。
 出来れば、ファルナーゼをこれから背負っていくフィデリオの為に罪を自ら告白して反省の姿勢を見せてほしかったが、それは極めて困難のようだ。自省を促す時間もないし、婚約者でなくなる彼女の為にそこまでしてやる義理も無い。

「君の罪はこちらですべて把握している。民草は貴族の為にあるなどという間違った貴族主義で学園の庶民や使用人を虐げ暴力を振るっていることも、爵位をかさに着て低位貴族に横暴な態度をとっていることも、確かに公爵令嬢ならば罪に問われることはなかったかもしれない。だが、行き過ぎて殺した人間が数多いることは看過されるべきではないし、友好国とは言い難い隣国との繋がりもこちらで把握している。最悪の罪は市井の見目良い子供を誘拐して売り飛ばす組織を君が作ったという事だ。それも段々とエスカレートし、少しでも自分に反抗した男は殺し、女は娼館に落としたそうだな」

 なぜ四角四面と言ってもいいような生真面目なファルナーゼ公爵と、慈愛に満ちた公爵夫人との間に、こんな冷酷非道な娘が生まれたのか、全くもって理解しがたい。

「そして法的には一番小さな罪であるけれど、留学生のマリアに対する陰湿ないじめだ。私が彼女の世話をするのが気に入らなかったかい?私はただ、王族の一員としての義務を果たしていただけだったのに?」

 公にはされていないが、留学生マリアは隣国の王の血を引いている。内々にかの国王から父に連絡があり便宜を図って欲しいと言われていたので、学園では私が彼女の後見をするような形となった。最初は、ただ、それだけだった。

 青い顔をしたシシィを断罪するのは、王太子となった私の最初の仕事だ。司法に委ねず秘密裏に処理することは、最高位の令嬢の悪辣さで国が混乱することを避けるための非常措置だが、本来なら公にして彼女の為に苦しんだ人々の留飲を下げるべきだとも思っている。

「本日をもって、君との婚約を破棄する。今から君は北の塔に幽閉され、時期を見て毒杯を与えられることだろう。最期の時間まで、せめて君の為に亡くなった人々の為に祈り、君の為に苦しんだ人々の為に悔悛の気持ちを持ってほしい。出来るものならば、だが」

 そう言いきって、私は部屋の外に待たせていた衛兵に入室の指示を出し、予定通りに拘束させて彼女を北の塔送りにした。

 あのような非道な人間が私の婚約者であった事実を、彼女本人ごと消し去りたい思いでいっぱいだ。

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