13 / 78
第二章『どうして私と』
第三話「冷たくて、温かい」
しおりを挟む
車内はただ静かな音楽が流れるばかりで、大した会話もなく、時間はすぎていった。
窓から映る景色は段々と暗くなって、それに従うように、緑が深くなる。
「一体どこへ連れていく気ですか、山奥に埋める気ですか」
「そんなまさか」
意地悪っぽく笑う新を、横目で見る。
凛としていて、頭が良さそうで、ミステリアス。
対して自分はどうだろう。
美人でもない、頭もよくない、なんの取り柄もない、根暗な女だ。
――釣り合わない。
ただ遊ばれているのでは?
気分が沈み始めてきた頃に、車はゆっくりと止まった。
「ほら、ついたよ」
はっとしたら、すでに新は助手席の扉を開けていて、結衣は慌てて車を降りた。
思わず言葉を失う。
しんしんと雪が降っていた。
広々とした駐車場を、雪化粧をした木々が囲んで、その木々の隙間に、どこへ誘うのだろう、長い長い、階段があった。
看板のようなものはあったが、雪でよくみえない。
「なんの店です……? 一体こんなところで何を食べるんです?」
「まぁまぁ、行ったらわかるよ」
そう言われるがまま、結衣は先々進む新から離れないよう、必死で歩いた。
こんなところで迷子になったら、死ぬ。
緩やかな長い階段を下りていくと、突然視界が広がった。
「わ……」
小さく感嘆の声が漏れる。
木の中に開かれた広い客席、池には大きな鯉がたくさん泳いでいて、そこはまるで異世界のような不思議な店だった。
客席は百席以上ありそうだが、肝心の客は、ぽつりぽつりと数名いるだけだった。
それもそのはず。
四人座れる丸いテーブルの真ん中には、ドーナツ型の丸い容器に、クルクル水が流れていた。
「そうめん流し……?」
そう、ここはそうめん流しのお店だったのだ。
夏はこれだけあっても足りない席も、この時期はこの有様だ。
「ふ、冬にそうめん流しってやってるんですね」
「面白いでしょ? 癒されるでしょ?」
「ま、まぁ、面白いです」
急にドヤ顔されたので若干動揺したが、結衣は素直に頷いた。
「温かいのもいいけど、せっかくだから冷たいそうめんと、鯉こく二つずつ」
店員にそう告げると、すぐに料理は運ばれてきた。
ざるにのったそうめんと、おにぎり、鯉こくがでてきた。
「鯉こくってなんですか、鯉ですか、鯉ってそこに泳いでるやつですか」
目の前に出された料理と、池の鯉を交互に見ながら、結衣は混乱している。
その池の鯉に、食べ残しをあげている客を見つけて、さらに混乱する。
「共食いしてるじゃないですか! え、それ食べるんですか」
「美味しいよ、あったかいし」
くすくすと笑いながら、新は鯉こくをすすった。
結衣も恐る恐るそれを口にする。
「あ、美味しい……」
冷え切った体に、染み渡る温かさ。それがなにかなんて忘れて、思わず笑みが浮かんだ。その後ろで鯉が跳ねていたが、もう気にならなかった。
「そうめん、これに流すんですか。へぇ、くるくる回るんですね。普通、竹で流しますよね、高いとこから。やったことないですけど」
目の前をくるくると回るそうめんを、興味深く眺める。
「それは流しそうめんだね、こっちはそうめん流し。地方によって呼び方違うらしいけど。こっちの方が、そうめん逃してもまた流れてくるから、いいでしょ」
そう言いながら、箸を水の中に入れたが、言葉通りそうめんは逃れていった。
新の箸を逃れたそうめんは、結衣の前を流れて、
「そうですね、次の人に取られなければ、ですけど」
――全て結衣の箸に奪われた。
「あーー、結衣くん、全部取っちゃだめでしょー、くるくる回るからそうめん流しなのに」
怒りながらも笑顔の新を見て、結衣も笑った。
クールな見た目に反して、こんなに子供なのだから。反則だ。
冬のそうめんは、とても冷たくて、温かかった。
窓から映る景色は段々と暗くなって、それに従うように、緑が深くなる。
「一体どこへ連れていく気ですか、山奥に埋める気ですか」
「そんなまさか」
意地悪っぽく笑う新を、横目で見る。
凛としていて、頭が良さそうで、ミステリアス。
対して自分はどうだろう。
美人でもない、頭もよくない、なんの取り柄もない、根暗な女だ。
――釣り合わない。
ただ遊ばれているのでは?
気分が沈み始めてきた頃に、車はゆっくりと止まった。
「ほら、ついたよ」
はっとしたら、すでに新は助手席の扉を開けていて、結衣は慌てて車を降りた。
思わず言葉を失う。
しんしんと雪が降っていた。
広々とした駐車場を、雪化粧をした木々が囲んで、その木々の隙間に、どこへ誘うのだろう、長い長い、階段があった。
看板のようなものはあったが、雪でよくみえない。
「なんの店です……? 一体こんなところで何を食べるんです?」
「まぁまぁ、行ったらわかるよ」
そう言われるがまま、結衣は先々進む新から離れないよう、必死で歩いた。
こんなところで迷子になったら、死ぬ。
緩やかな長い階段を下りていくと、突然視界が広がった。
「わ……」
小さく感嘆の声が漏れる。
木の中に開かれた広い客席、池には大きな鯉がたくさん泳いでいて、そこはまるで異世界のような不思議な店だった。
客席は百席以上ありそうだが、肝心の客は、ぽつりぽつりと数名いるだけだった。
それもそのはず。
四人座れる丸いテーブルの真ん中には、ドーナツ型の丸い容器に、クルクル水が流れていた。
「そうめん流し……?」
そう、ここはそうめん流しのお店だったのだ。
夏はこれだけあっても足りない席も、この時期はこの有様だ。
「ふ、冬にそうめん流しってやってるんですね」
「面白いでしょ? 癒されるでしょ?」
「ま、まぁ、面白いです」
急にドヤ顔されたので若干動揺したが、結衣は素直に頷いた。
「温かいのもいいけど、せっかくだから冷たいそうめんと、鯉こく二つずつ」
店員にそう告げると、すぐに料理は運ばれてきた。
ざるにのったそうめんと、おにぎり、鯉こくがでてきた。
「鯉こくってなんですか、鯉ですか、鯉ってそこに泳いでるやつですか」
目の前に出された料理と、池の鯉を交互に見ながら、結衣は混乱している。
その池の鯉に、食べ残しをあげている客を見つけて、さらに混乱する。
「共食いしてるじゃないですか! え、それ食べるんですか」
「美味しいよ、あったかいし」
くすくすと笑いながら、新は鯉こくをすすった。
結衣も恐る恐るそれを口にする。
「あ、美味しい……」
冷え切った体に、染み渡る温かさ。それがなにかなんて忘れて、思わず笑みが浮かんだ。その後ろで鯉が跳ねていたが、もう気にならなかった。
「そうめん、これに流すんですか。へぇ、くるくる回るんですね。普通、竹で流しますよね、高いとこから。やったことないですけど」
目の前をくるくると回るそうめんを、興味深く眺める。
「それは流しそうめんだね、こっちはそうめん流し。地方によって呼び方違うらしいけど。こっちの方が、そうめん逃してもまた流れてくるから、いいでしょ」
そう言いながら、箸を水の中に入れたが、言葉通りそうめんは逃れていった。
新の箸を逃れたそうめんは、結衣の前を流れて、
「そうですね、次の人に取られなければ、ですけど」
――全て結衣の箸に奪われた。
「あーー、結衣くん、全部取っちゃだめでしょー、くるくる回るからそうめん流しなのに」
怒りながらも笑顔の新を見て、結衣も笑った。
クールな見た目に反して、こんなに子供なのだから。反則だ。
冬のそうめんは、とても冷たくて、温かかった。
0
お気に入りに追加
357
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる