生徒との1年間

スオン

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顧問2年目06月

顧問2年目06月 3

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「それじゃ、お疲れ様です!」

 2人の教師が手に持つジョッキがぶつかり、乾いた音が鳴る。
 周りには平日ということもあり、そこまでの客はいなかった。
 高校総体の個人戦が終わり、立成は清野にさそわれるがまま、ホテル近くの繁華街に足を運んでいたのだ。
 ぐびぐびと2人の喉に流し込まれる生ビール。黄金の液体と湧き上がる炭酸がおりなすコクと苦みが、2人の教師の1日の疲れに効いてくる。

「プハー!いやー、しかし、こんなこともあるんですねー!僕らの生徒たちがトップをとっちゃうなんて!」
「清野先生、さっきから何度も何度も!この店に来るときもずっと言ってるじゃないですか!」
 
 清野は怖い顔を嬉しそうに緩めている。それほどまでに大会の結果に満足しているのだろう。
 それをたしなめる立成の顔も気が抜けきった顔だ。

 個人戦の結果は、清野の生徒であり、冬の全国大会まで行った森田が1位となり、筒井が2位となった。
 予想外の好成績だった。たしかに、昨年の新人戦から地方大会へと出場した2人であるため、順当といえばそうである。しかし、弓道は非常にメンタルにも左右される競技だ。それがまだ高校生ならばなおさらだ。

 個人戦の表彰式を終えた後、立成は校長にも速報をいれた。あれだけ激励の言葉を送っていた校長なのだ。この結果は喜ぶだろうと考えたのだ。予想したとおり、電話越しの校長の声色もご満悦のようだった。

 ホテルに戻り部員たちと軽いミーティングをする。それが終わると2年たちも筒井のお祝いモードだ。筒井の表情も明るい。こうしてみると、年相応な顔つきになる。17最の高校生。まだ大人にならなくて良い、でも大人が近づいている、そんな少年の顔を何も隠すことのないような屈託のない笑顔を浮かべている。そんな筒井を目にして、立成は自分のことのように嬉しく思った。
 そんな風に生徒たちがはしゃいでいる中、「明日も団体戦があるんだからな」と言い残してホテルを出て、清野と落ち合いこの居酒屋に足を運んだ。清野からの提案により、2人の教師でささやかな慰労会を開くことにしたのだった。本当は筒井との喜びを分かち合いたかったが、後輩たちに祝われている様子から、今は歳が近いもの同士で楽しくやるべきだと思ったのだった。

「しっかし、立成先生のとこの筒井くん、強くなりましたねー!ま、去年の頃からかなりやる選手でしたけどね!」
「そうですか?まぁ、あいつは去年から1人で頑張ってましたからね」
「うんうん。すごいですよ!うちの森田は、なんでか知らないけど最初から~弓道が向いていたっていうのかな。でも、筒井君はそれとは違うんですよねー。立成先生はどんな指導をしたんですかね!?」
「ははは!指導っていっても、俺は弓道は素人だし、やったことっていったら・・・」

 酒を酌み交わしながら立成は思い返す。
 この1年間、筒井は本当にストイックに弓道と向き合っていた。
 立成はそれを見守り、時たま声をかけ、そして・・・

(そうだ、俺があいつにしてやれたことといったら・・・)

 立成の脳裏に思い浮かぶ、今年の冬の、筒井からのカミングアウトと、告白。
 そこから、あの手この手で、筒井に恥ずかしい目にあってきた。男女ともに未経験だった自分の身体を開発されてしまった。自分の恥部を見られ貶されることで悦ぶ性を目覚めさせられてしまった。そんな立成でさえも、筒井は愛しいと思ってくれているのか、今でも慕ってくれて、時々・・・
 
「あれっ。なんか赤くなってませんか?」
「あ、あれ、なんでだろう。飲みすぎちゃったかな?ははは!」
「まだまだでしょ!ほら、次のオーダー頼んじゃいますよ!すみませーん!」
「ちょっ!清野先生!明日も試合があるんですよ!」
「いいからいいから!あ、すみません、この日本酒2つお願い!」
「げっ、日本酒!まじっすか!」

 一瞬、ヒヤリとしたものの、久しぶりの清野との邂逅だ。
 職業と顧問が同じだけで年も離れているが、気の合う男同士。いわば大人の友人なのだ。
 素面でも盛り上がる会話が、酒により加速する。居心地の良い空間が、さらに酒に手を伸ばせる。
 身体が大きめで厚みのある、厳つい男2人組のにぎやかな飲み会だった。

 楽しい時間もあっという間であった。2人とも後ろ髪惹かれる思いはあるが、大会期間中の教師の身だ。受け持つ部活の生徒たちはそれぞれのホテルで明日の団体戦に備えているのだ。慰労会は2時間も経たずとにお開きとなった。

「あれっ」
「あちゃー」

 会計を終えて店を出たら、ぽつりぽつりと雨が降っていた。かなり大きい雨粒だった。
 清野がそのごつごつとした掌を空に向けながら、天を見上げる。

「予報でも雨が降るって言ってましたっけ?参ったなー」
「こりゃ、かなり本降りになりそうっすね」
「これはやばいですね。それじゃ、走りますか!」
「えっ!?」

 そう言うや否や、雨の中を清野は駆け出していた。ラグビー部選手が相手選手にタックルをかますかのような走り方だった。
 何で走る?そう戸惑う立成も一拍遅れて仕方なくその後を追いかける。まるで競争のようだった。

「は、早いっすね、清野先生!」
「へへへっ」

 道を歩く酔っ払いも、無闇に話しかけてくるキャッチも、街に浮かぶネオンも過ぎ去っていく。
 
 そんな風に酔っ払った2人が全速力で駆け抜ける間も雨足は強まり、雨粒も大きくなっていった。

「ぐわっ、これは・・・」
「もう無理っすよ!ちょっと止まりましょ!」

 2人揃って閉店している喫茶店の軒下で足を止める。
 さっきまでの疾走が嘘のようにぜーはーと息を切らしていた。膝に手をつき、肩を上下させる。額は汗だくで、2人の背中にも汗染みが浮き出てしまっていた。

 全力で走ったから、先程よりも酔いが回ってしまっていた。
 大した距離は走っていないのだが、運動不足の中年の身体には厳しかったようだ。清野は完全に息が上がっていて、聞いているだけで気持ちが悪くなりそうな嗚咽をもらしている。立成も少し気持ちが悪くなってきていた。

「た、たちなりせんせえ・・・うーっ!」
「はぁっ、はぁっ、ひーっ、ひーっ・・・て、ちょっ!清野先生!」
「あ~・・・ごめんごめん、大丈夫、吐いてない・・・吐いてない」
「全然、大丈夫じゃ、なさそう、ですけど」
「うん、ごめん・・・ちょっと、休憩したい・・・あの店、ちょっと入らん?」

 清野の目線の先には、光る看板。明らかに水商売を思わせる雰囲気だ。
 だが、どこか古めかしい感じがあるため、高級クラブではなく、明らかに市民が集うスナックのような店構えだ。

「そうですね・・・とりあえず俺も休みたいです・・・腹もちょっと痛くなってきた・・・」
「じゃ、とりあえず、入ろっか、はーっ、はーっ」

 口から酒臭い息を出しながら清野がヨロヨロとその店の扉の方に動き出した。
 立成は少しその場で怖気づく。曲がりなりにも部活動の引率できている身分なのに、こんな店に入っても良いのだろうか。これがバレた場合、何かペナルティはあるのだろうか?酔っ払った頭に、不安が押し寄せてきてしまっていた。
 だが、今更清野を説得できる自信もないし、雨足は強くなる一方だ。服や身体も濡れ、今や髪も顔もビショビショになってしまいそうな勢いだった。おまけに酒を飲んだ後に全力疾走したせいか、腹も頭も痛みだしていた。仕方なく立成は清野の後を追った。

「いらっしゃーい」

 扉を開けると薄暗い店内のカウンターに立っている、厚化粧の女性が2人に声をかけてきた。いかにもスナックのママといった風貌だ。

「ふっ、2人、だけど、いい?」
「はーい、今日は全然お客さんが来てくれないから貸しきりだよー!あっちのソファー席へどうぞー」
「そうか、はぁっ、はあっ・・・良かったぁ」

 ぜーぜーと崩れ落ちるようにソファーに座る2人。
 おしぼりを持ちながら2人の嬢が寄ってきた。

「あやかで~す!」
「ちえみです」

 愛想良く笑いながら、2人が座るソファーに腰を落とす。どちらの嬢も若く、見た目は中々の女性だった。

 あやかを名乗る方は、白のワンピースで肩を出している。茶髪のセミロングの巻き毛に派手目のメイクで目がぱっちり、話し方もキャピキャピとした媚媚で、いかにも今時の若い女の雰囲気を出している。一方、ちえみの方はというと、地味目のキャバスーツに身を包んでいる上、黒髪ストレートのロングの髪型と、見た目なら会社員のようである。ナチュラルメイクなのかあまり化粧気がないその顔は、つり上がった眉と目がいかにも気の強さを示していた。

「ちょ、ちょっとたんまね。たんま。2人も待ってて」
「俺、ちょっとトイレ行ってきます・・・」
「えっ、立成先生、吐くの?」
「いや、そっちじゃないです・・・」

 ひーひー言っている清野を尻目に、立成は入店早々にトイレを探した。
 立成がトイレに行く間に店内を見渡すと、そこまでケバケバしくはなく、シンプルなデザインで統一されている。
 明らかに場違いな客に見えているだろう。とはいえ、通り雨に巻き込まれたこともわかるため

「ね~元気になった~?」
「あーっ・・・はい、はいっ!よしっ!復活!」
「あははっ!おじさん面白ーい!」

(なんだか、清野先生たち盛り上がってるなぁ・・・)
 
 そう思いながらも、脇腹をさすりながら立成はトイレに向かって行った。

・・・

「あっ来た来た!水割り頼んじゃった!いいよね?」
「いただいちゃってま~す!」

 立成がトイレから戻るとすでに場は出来上がっていた。
 清野は嬉しそうに手招きしている。苦笑いしながら立成はソファーに戻った。

「それじゃ、あらためましてカンパーイ!」 
「ね~、どうして息上がってたんですか~?」
「はっはっ、さっきね、雨降ってきたから2人で走ってきたんだよー!」
「えー、大変!」
「そんなことないよー!まだ若いから余裕余裕!」
「嘘だ~!めっちゃ息上がってたし!」
「ていうか若くないし!」
「おいおいひどいなー!」
 
 談笑の声は立成が参加しても止まることなく続いていた。

「さっき、先生って言ってましたけど、お2人は先生をしてるんですか~?」

 立成は内心ドキリとする。
 あまりこういう店では、教師であることはバレたくないと思っていた。ましてや大会期間中なのだ。
 だが、立成の思いに反して、清野はそのあたりは何も気にしていないようだった。

「あちゃーばれたか~。俺たち教師やってんだよー」
「え~、見えな~い!」
「はははっ、よく言われるよ!でもさ、俺ってほら、よく見たら知的な感じあるだろ?」
「あははははは!」
「何の先生なの~?」
「何だと思う~?」
「えーそうだなー。あえての音楽!」
「はははっ、あったりー!」
「嘘だぁ!!」

 こういう場でも、清野はうまく立ち回っていた。会話の中心が清野になっていた。
 2人の嬢も楽しそうにしている。それは客商売だからというよりも、心底、清野の相手をすることを楽しんでいるように見えた。
 一方、立成はというと、出された水割りでチビチビ舌を潤しながら、楽しそうに話す3人の会話を聞きながら、なんとなく笑顔を作っていた。楽しい会話の邪魔にならないことだけを心掛けていた。

 立成も30代なのだ。こういう店に来る機会もなんどだってある。こういうスナック等の飲み屋の空気が苦手だとか、そういうことではない。ただ、どうしても今の清野のように、うまく盛り上がる会話ができないのだった。

 そんな調子で4人で酒を談笑をしていたところに、カウンターで煙草を吸っていたママが近づいてきた。その手には傘が握られている。

「あやかちゃん、ちえみちゃん。あたし用ができちゃった。しばらく外に出てくるから、お店よろしくね。4人で楽しくやっといてね」
「はーい」
「あれっママさん行っちゃうの?残念だなーこんな綺麗なママさんとおしゃべりしたかったのになー!」
「もうっ!またテキトーなことばっかり言って!あたしはあなたよりも大分年上なんだからね!」
「嘘だー!見えないなー!」

 清野は絶好調だ。そんな酔っぱらい親父の絡みも軽くいなして、ママは店を出ていった。
 4人でソファーに座りながら見送る。
 扉が閉まり、再度4人で顔を見合わせたその時、唐突にちえみが立成をマジマジと見ながら話しかけた。

「あの、結構身体がっちりしてますよね?」
「へっ?」
「腕とか足とか、すごい逞しいじゃないですか。私、マッチョな人が好きなんですよ」
「そ、そうすか・・・?」
「たしかに~!腕太ーい!」
「やったじゃん立成先生!!」
「い、いやぁ・・・」

 急に自分の身体を話に出されて、おまけに褒められ、清野からも冷やかされ、思わずその短く切りそろえた頭をかいてしまう。
 自分に焦点を当てられた気恥ずかしさに、顔が火照ってしまっていた。
 明らかに、そういう会話に慣れていない、奥手の男の反応だった。

 立成自身も気づいたのだろう。よくある客へのリップサービスなのだから、もっとうまく、盛り上がるようなリアクションをすればよかった、と。そう思うことで、なおさら1人恥ずかしく感じてしまっていた。
 そんな思いを隠そうと、立成は水割りをごくごくと飲む。濃いめの焼酎がさらに頭痛を加速させる予感がした。

(うっ・・・ちょっとやべぇかも・・・)

 グラスを置き一息をついた立成に、さらにちえみは言った。

「触ってみてもいいですか?」
「え、ええっ?」
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