生徒との1年間

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顧問2年目05月

顧問2年目05月 7

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「先生、お疲れ様~」
「あぁ、ありがとな・・・」
 
 閉会式を終えたらすぐに車に飛び乗った。大会の余韻なんて全く味合わなかった。

 大会の結果は散々だった。
 弓道部の顧問の延長としてしか弓を握らないため、もともと的中には期待していなかった。それでも、1中すらできなかったとは・・・
 それもこれも、更衣室での出来事が尾を引いていたとしか思えなかった。どうしても、心が揺さぶられていたのだ。

 あんなことをされた後なのだ。筒井にされるならともかく・・・いや、筒井にされたとしても、なのであるが、あんな恥ずかしめを受けた後に、平静と弓を引くことができる男がいるのだろうか。
 開会式だけ出て帰ってしまおうかとも思えたものの、さすがにそれはやめた。筒井と来ていたからこそ、最後まで会場に残れたと言えるのかもしれなかった。せっかく大会への参加登録をしたのに、弓を引かずに帰るとなれば筒井に怪しまれるだろう。そうなると、自分がされたことを、生徒の筒井に赤裸々と・・・とてもできなかった。

 大会の後、弓道着から着替えることもしなかった。更衣室で、あんなところで袴を脱いだら、次はどうなるか・・・
 
 沼田の顔を思い浮かべる。どこからどう見ても温厚な佇まいの男だ。印象に残るような特徴もない。銀髪の流れるような髪を清潔にまとめて、皺の刻まれた顔を朗らかに笑う男。あんな男が、どうして自分にあんなことをしたのか。
 開会式の後も、自分の立ちの待ち時間も、閉会式の待ち時間も、何度か沼田が視界に入って来た。他の参加者と談笑したり、運営の手伝いをしたりしていた。どこからどう見ても普通のおっさんにしか見えなかった。

 弓道場を後にしてからも、そんなことを漠然と考えながら無言で車を走らせていた。いつものような軽口をたたく余裕が立成にはなかった。 立成は黙って前方を見つめてハンドルを握る。頭の中がモヤモヤしていた。
 
「もう、いつまで気にしてんの!!」

 普段と立成の雰囲気が違っているのがわかるのだろう。赤信号で車を止めた立成に対して筒井の言葉。明らかにこの空気感を感じ取っての言動なのだろう。
 助手席に座る筒井を見やる。筒井の顔は立成の事情を知らないとはいえ能天気なものだった。
 今日の大会の結果がふがいないものだったことだと疑っていない。

 立成は目を閉じて深呼吸した。窓ガラスから見える風景に目をやる。空の色が綺麗だった。とてもいい天気に見えた。

(こいつにこんな気を使わせちまうなんて、駄目だな、俺は・・・)

 信号が青になる。アクセルペダルを一気に踏みこんだ。普段ならしないような明らかな荒い運転だった。

「うわっ!何っ!どうしたの!」
「はっ、生意気言いやがって!教師に忠告するんじやねぇ!ガキの癖に!」
「えっ、だって先生なんかしょげてたし」
「うるせーっ!」

 かなりやけくそな切り替えだった。
 無理やりにでも大声を出して車のスピードを出したら、気が晴れたような気がする。モヤモヤとしたものは残っているがまやかしだとしても仮初の安穏に身をゆだねることにした。
 今だけは、全部なかったことにしよう。

「ねっ、ねっ」
「あん?」
「あっち行くといっぱい出店あるんだよ。お昼ごはん買ってかない?もう昼過ぎだしお腹すいちゃった」
「仕っ方ねぇなぁ~」

 少し離れた場所にある30分まで無料駐の駐車場に何とか車を滑り込ませた。普段はガラガラだというのに、祭りがあるからかほぼ満車だ。夕方からはもっと混むのだろう。
 車を出て立成と筒井は2人で歩いてみた。駐車場はいっぱいなのなに通りは閑散としていたのが不思議だった。どこか別の場所で、イベントでもやっているのだろうか。物見遊山で見物するには丁度良いタイミングだった。

 5月のため既に桜は散っており、通りに植樹された木々は緑一色となっている。春らしく強すぎず弱すぎずない太陽からの陽射しによる木漏れ日が美しかった。
 にぎやかな方向へと歩を進めると色々な出店が出ていた。まだ祭り本番のような派手さや賑やかさはない、少し控えめなものだった。きっと夜になれば一気にお祭りムードになるのだろう。
 石畳舗装のアスファルトの上をブラブラと2人で歩きながらそれらを眺める。歩いているだけであちこちから活気のある声が聞こえてくる。美味しそうな匂いも立ち込めている。そんな非日常な喧騒に身を置いたら、さっきまでの自分がまるで嘘のように消えて行ったような気がした。

 ふと、視線が気になった。立成はなんだろうかと思うと、自分の服装だった。胴着と袴の姿は目立ってしまっているようだ。少し恥ずかしかった。
 そのうえ、立成は筒井と歩いている。私服姿の生徒と、弓道着姿の顧問。おかしな組み合わせだった。同僚や他の生徒に見られたらどう思われるだろうか?そんなことが立成の頭をよぎる。だが、気にし過ぎだろう。

「美味しそうだよね、先生」
「あぁそうだな・・・なんだよその目は。はいはい、わかりましたよ」
「やったー!」

 大通りに立ち並ぶ出店には当然何種類もの食べ物が売っている。気前よく焼きそばとたこ焼きを買ってやった。

「あっやべ、駐車場の時間だ」
「えーっまだ五平餅が・・・」
「それ本気で買うのかよ・・・店あったか?」
「多分あるはず!!いや、絶対あるはず!!」
「はいはい。買ってきなさい。先生は車を出しておきますので」
「さすが!先生優しい~!じゃ、この通りの外れの、あそこのコンビニで!!」

 時間を気にした立成は財布を丸ごと筒井に渡して、駆け出す筒井を見送る。
 そんな筒井を見ていると、なんだか自分の身体も軽くなったような気がていた。

 もう大丈夫だ。

(あいつに助けられちまったなぁ・・・)

 立成はそう思いながら駐車場に戻りエンジンをかけ、待ち合わせ場所に向かった。



「おい、何だそれは!」
「えっ何が?」
「お前、その量・・・」
「えへ!」
「えへ!じゃねーよ!しかもそれ全部俺の財布かよ!」
「ちょっと我慢できなくって・・・」

 筒井は両手に余るほどのビニル袋をぶら下げていた。とんでもない量だった。それを全く気にしないかのようにケラケラと笑みを浮かべる筒井。
 どれだけの金を使ったのだろうか。駐車料金と比べそうになってしまった。
 立成は真顔のまま、ウィンドウをあげてアクセルを踏んだ。

「・・・それでは、また学校で・・・」
「あ、ちょっ先生!待ってって!」

 すーっと車を走らせて置いていくそぶりを見せながらも。筒井は大袈裟に戸惑ったふりをして笑いながら追いかけてくる。何だか友達同士のように感じた。

 学校の弓道場に戻る。

 天気が良いため射場のシャッターを開けた。午後の陽気が差し込んでくる。丁度良い風も入ってくる。
 上座の畳に座りながら筒井と出店で買って来た食べ物を広げた。

「・・・おい、お前」
「え?」
「肝心の五平餅が無えじゃねーか」
「あ、バレた。えへへ、結局店見つけられなかったんだよね」
「なーーー!お前!こんだけ買っといて!」

 2人で一緒に買った焼きそばやたこ焼きの他、イカ焼き、お好み焼き、フランクフルト、とうもろこし、唐揚げ、人形焼・・・なかなかヘビーなものばかりだった。
 
 とんだ騒動だ。やかましく騒ぎながら買ってきた出店の食べ物を食べる。
 ふと立成が気がついたときには、筒井は食べるのをやめて、バクバクと口に食べ物を運ぶ立成をニコニコしながら見つめていた。

「何だよ・・・まさかお前、もうごちそうさまか?」
「うん。先生、それ全部食べるの?」
「そうだよ。こんだけ買ってきやがって!明らかに食い過ぎだよ、くそ・・・」
「本当によく食べるよね」
「残すと勿体ないだろ」

 そんな風に立成が無理やりに腹に収めたころ、筒井はいつの間にか畳でゴロゴロとしていた。筒井の暢気な様子を見て少しだけ腸が煮えそうになるが、そこは大人として我慢し、立成も横になった。腹をさすりながら天井を見上げる。普段見慣れない弓道場の天井は新鮮に感じた。
 
「あー何だか気持ちいい・・・」
「うー、気持ち悪ぃ・・・」
「明日で連休も終わりかぁ」
「おい、言うな」
「えっ」
「連休が終われば仕事だ、はぁ」
「ごめんなさいです」
「いや、別に・・・」

 とりとめのない会話をしながらののんびりとした時間だった。
 静かだった。風の音が流れるくらいだった。弓道場は学校の外れにあるからか、他の部活動の音も聞こえてこなかった。世間では行楽にせわしない時期であるというのに、この場だけがまるで切り取られてしまったかのような、そんな風に感じられる居心地の空間だった。
 このまま何時間でもこうしていられそうだが、そうも言ってられない。
 
「おし、じゃそろそろ・・・」
「えっ帰るの?せっかくだから撃っていけば?」
「えぇ、今から?」
「せっかくまだ袴着てるんだし。じゃ、俺的出してくるから!」

 そう言って立成が応える間もなく駆け出していった。
 今からやるのか・・・正直面倒くさい。完全にoffモードに入っていた。しかし筒井は楽しそうに安土に的を候串で立てていた。

(やれやれ・・・)

 こういうときだけ行動が早いんだな、あいつは。そんなことを考えながら重たい腰と重たくなった身体をなんとか持ち上げて、立成は弓に弦を張る。たしかに、食後の腹ごなしと考えればよいのかもしれない。
 膨らんでしまった腹をさすりながら的前に立ち、本か矢を撃ってみた。

「・・・やっぱ中らねぇなぁ・・・」
「何か先生、いつものと感じが違うね」

 気にしないようにはしていたのだが、やはり午前の後遺症なのだろうか?それともただ単に下手くそだからだろうか?
 その後も何本も矢を放つ。飛ばした矢は的周りにはいくものの、的中にはならなかった。

「・・・今日は本当にひどいな・・・」
「ま、まぁ、先生ははじめたばっかりだから仕方ないよ。そんな日もあるし・・・あ、先生、これやってみたら?」
「ん・・・これかよ・・・つーかお前、この格好、ベテランそうな爺さんどもしかしてなかったぞ!また嘘つきやがって!」
「あっ・・・しまった」

 筒井がスマホで見せてきたのは、昨日もスマホで見せてくれた肌脱ぎだった。
 すっかり忘れていたが、昨日筒井に大会はこれで出ろ!とそそのかされていたのだ。更衣室での一件がなかったら危うくこの格好で試合に臨んでいたのかもしれない。

「ま、まぁ、気分転換にどうですか、先生?これで中るかもしれないし!中らないで帰るのも嫌でしょ?」
「ん・・・まぁな」

 スマホの画像の見よう見まねでとりあえず上体の左側だけを胴着から出してみた。正しいやり方は立成も筒井も知らない。とりあえず外した袖口を袴の隙間に潜り込ませた。

「おお~先生、なかなかカッコイイんじゃない?上手そうだよ」

 悪い気はしなかった。
 筒井の言うとおり、その様は男らしさを感じさせるものだった。
 もともと胴着を着ていてもわかる骨格の太さだが、そこに肌脱ぎをしたことで現れた左半身により一層分かりやすく誇示されている。
 逞しい腕、ふくらみがあるものの割れた胸部、そして胸元に茂る体毛。それらが成熟した大人の男であることを示していて、あたかもベテランの射手であるかのように感じさせる。

(何だか、普段よりもちょっと感じが違うような・・・)

 そのまま立成は打ち起こした弓を会の状態へと運んだ。

 ピロン

 スマホの撮影音がした。明らかに筒井が立成の射を撮影したものだった。
 視線は的を見ながらも被写体になったことを少し意識してしまった。

(あいつ、また俺のことを勝手に・・・)

 邪念が入ってしまったからだろうか。
 いつもよりも会が短かった。その影響が矢を放つ際の離れにも出てしまったのだろう。

 バチィンッ!!
「がっっ!」
「えっ」

 胸に激痛が走った。弦が胸に当たったようだった。
 意識が他にいってしまい、弓手の手の内がしっかりと入っていなかったのだ。張りつめていた弦は弓返りせずに立成の胸部を掠めて弓のもとに帰っていったのだった。

 瞬間的な激痛により腰を折ってしまい、立成はそのままへたりこんでしまった。思わず弓を持っていない方の右手で胸を押さえる。特に剥き出しになっている左胸の方にジーンとした痛みを覚えていた。さすろうとするが右手には弓懸をしているのがもどかしい。

「先生、大丈夫?」
「あ、ああ。すまない」

 筒井が胸部を押さえて項垂れている立成に近づく。さすがに心配そうにしていた。
 筒井の手が、弦の痕で赤くなっている立成の露出した左胸に触れた。優しい手つきだった。かつてののいたずらのように乳首を刺激するようなものではなく、労りの手つきだ。本当に立成のみを案じているようだった。

「うまく弓返りしなかったんだね。初心者のうちはよくあるよ。俺も腕を結構うってたし」
「くっ・・・」

 優しい言葉遣いで撫でられる。触れるか触れないかの瀬戸際で指が這っている
 立成はなすがままに筒井を受け入れた。

 少しのミスでこんなにも痛い目にあってしまうのか。アーチェリーの経験があるとはいえ、やはり違う競技なのだ。そんなことを考えながら、立成は弓道の危険性を今更ながら実感していた。

 暫くそのままだった。
 その間もずっと立成は筒井にさすられ続けていた。
 胸部の赤見はそのままだが、時間と共に徐々に痛みのピークが去っていった。

「大丈夫だ、ありがとな、筒井」
「・・・」
「おい、もう・・・」
「もうちょっとだけ」

 いつの間にか筒井が背後にいた。まるで後ろから抱きすくめられているかのようだ。
 撫でているだけだった筒井の手は、いつしか立成の胸を揉んでいた。
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