生徒との1年間

スオン

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顧問2年目05月

顧問2年目05月 5

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 町にある武道館。
 とても小さな弓道場だ。的場には的を6つほどしか置けない。つまり6人立が限界の規模感だ。

 弓道場だけではなく、渡り廊下を挟んで剣道場や柔道場も併設されている施設だ。
 どの道場も古くからあるのだろう。床板や壁はきれいに保たれているものの、その歴史を感じさせている。

 弓道場も同様だ。しかし矢道にはしっかりと刈り揃えられた芝生が生い茂っており、矢取道には低木が植えられている。古いとはいえしっかりと整備されているようだ。
 町の祭りの一環として開催されているからだろうか。的場には色鮮やかな安土幕を垂らされていて厳粛な空気を醸し出している。
 
 弓道場を見渡した立成は思わず息が弾んだ。なんとも荘厳な、それでいて身が引き締まるような気分だ。自分が住んでいる町にこんな場所があるなんて。

「へー、お祭りになるとこんな感じになるんだね」

 隣にいた筒井の声も明るい。
  結局、朝の優雅なオナニータイムを無理やり中断した立成は、自宅の扉の向こうに筒井が待つ中急いで準備をした。さすがに、そのときに身に着けていたシャツとトランクスは脱ぎ捨て、新たな下着を身に着けていたのだが。
本当ならシャワーも浴びて汗や我慢汁を流し去りたかったが、筒井を待たせている都合上できなかった。
 筒井が部屋に早い時間に迎えに来たときは本当に焦っていたため、胴着や袴は着ずにジャージで家を出た。もともと時間に余裕があったため、全く問題はなかった。

「結構、ここに来る途中も、出店があったもんなぁ」
「へへっ、ねぇ先生、帰りにちょっと寄っていかない?」
「もちろんだ!こういうときの食いもん、美味いもんなぁ~」
「俺、五平餅でごちっす!」
「結構しぶいのな・・・って俺持ちかい!」

 生徒との休日の談笑。筒井が無邪気に笑っている。この顔を見る分には、いたって普通の高校生だ。
 普段見慣れない場所を筒井と見て歩く。小さい施設だし、これといって目新しいものなんてない。それでもなんだか楽しい気分になる。こうして2日人で見物していると、1人で歩いていては気づかなかったようなものも、筒井は面白がる。
 筒井が大会に付いて行くと言った時には休んだ方がいいと思ったものだが、これはこれでよかったのかもしれないと立成は思った。

 めぼしい散策場所もなくなったため、筒井と別れて立成は柔道場に向かった。この弓道大会では柔道場が男子の更衣室だからだ。
 引き戸を開けると、筒井の弓道大会のときほどの人数ではなかったが、立成が事前に想像していたよりは人数がいた。少なくともここにいる者は大会参加者なのだろうか。それなら、なかなかの人数の大会になりそうだ。
 弓道というマイナーなスポーツだからだろうか。柔道場の男達はどうやらほとんどが顔を見知った関係のようだ。参加者らしい男たちはわいわいと楽しそうに話しながら、着替えたり準備をしていた。
 弓道を始めたての立成には当然知り合いなどいない。少し居心地が悪かった。会話の輪がいくつも出来ているが、当然どれにも入ることなどできない。立成は男たちのを避けて空いている柔道場の隅へと行った。その間も絶え間なく聞こえる談笑の声が聞こえてくる。
 
 そこは柔道場の1区画ではあるが、壁際でロッカーが数台立ち並んでいる。風通しが悪いのだろうか湿気が多く感じられる。人気が少ない方が今は好ましいと思い、立成は持っていた弓道具を壁に立てかけ、弓道着を入れた鞄を畳みの上に置いた。
 着替えようとしてジャージの上着のファスナーに手をかけたときに、何かを感じた。

(何だ?なんだか・・・何かの視線を感じるような・・・)

 立成は周囲を見渡したが、柔道場にいる男たちを見ても見知った顔はない。
 気のせいだろうか。あまりじろじろと周りを見るのも変だ。立成は何もないかのように上着を脱ぎ去り、柔道場の畳に無造作に置く。

「おや、あんたは・・・」

 男の声が聞こえてきたような気がした。しかし、立成はその声が自分に向けられたものだと気づかなかった。そのままTシャツに手をかけ、首元までたくし上げる。

「あんた、今日の大会に参加するのかね?」
(えっ、俺?)

 きょとんとしながらも脱ぎかけのTシャツを頭上に引っ張って身体から抜き取り、またも周囲を見渡す。そこには先ほど見渡したときにはいなかった、胴着に袴を身に着けた初老の男が立っていた。
 誰だ、この人は。今日の大会の関係者だろうか。
 立成にとって知らない男だった。いや、どこか見覚えのあるような・・・
 
「はっはっは、私ですよ。2月の昇段試験のときにお会いしましたよね」
「えっ・・・あーーっ!!」
「まさかこの町にお住みの方だったとはね」
「えっ、あ、はい。そうです、偶然ですね」

 今年の2月。隣の市で開かれた昇段試験。
 立成が初めて、部活以外で弓を引いた日だ。そのときに係員を務めていた男だったのだ。あのときはきちんと顔を見ることができなかったものの、かろうじて思い出すことができた。
 
「私は、沼田と申します。この町で会社を興しているんですよ。まぁ、小さい会社なんですがね」
「そうなんですね。あ、俺は立成っていいます。高校で教師をしています」

 男・・・沼田は丁寧にも会釈をしてくる。それに慌てて立成もお辞儀をしながら自己紹介をする。

「あれ、でも昇段試験のときは係員をやってましたが、その関係のお仕事では?」
「えぇ。昔の腐れ縁でね、そっちの方でたまに手伝いを求められるんですよ。ははっ、うちの会社は荒っぽい連中ばかりなのでいい気分転換になるのですよねこれが」

 田沼は見渡すような眼をしていた。
 わかる気がした。弓を引くということは自分を見つめなおすということだ。矢が中らないのは誰のせいでもない。自分の射が悪いということ。
 弓道を始めてから1年とたっていない立成でも、沼田が思っていることは伝わっていた。

 人の好さそうな顔の沼田は会社を経営しているだけあり会話が上手だった。
 立成は沼田に乗せられるように、自分がこの町に越してきて1年であること、未経験であるが弓道部の顧問であること、部員が大会で好成績を残したこと等を話していた。
 そんな話をする度にに沼田は、へぇ~、すごいですね~と若干オーバー気味ではあるがリアクションをとり会話を盛り上げてくる。話をする立成としても悪い気持ちではなかった。

「ところで立成先生は体育教師なのですか?」
「いえ、俺は世界史です。日本史も一応できますが」
「ははぁそうでしたか。すみません、私はてっきり、先生がそのような身体だもんで」
「えっ、あっ・・・」

 立成は自分の今の状態を思い出す。そうだ、今は着替えようとしていて、服を着ていないのだった。
 沼田の会話のペースにはまってしまい、かなり長い時間、上半身裸の状態で会話を続けていたのだ。
 男同士、着替えの場面で人前に一瞬くらい裸体を晒す程度であれば、野球やアーチェリーと体育会系に身を置いてきた立成にも全く気にするものではない。しかしそれは周囲の人間も自分と同じように、半裸や裸の状態である場合てあり、自分一人だけが裸となると話は別になる。おまけにコンプレックスとまではいかないまでも、少し毛深い胸毛やだらしない食生活により蓄えた腹肉までもさらけ出すのは
 立成は軽く赤面してしまった。思わず両手でそのふくよかな腹や胸毛を隠そうとする。体躯のいい男であるというのにまるで乙女のようにその身を隠す仕草をしてしまっていた。

「いやあ、すみませんお見苦しいものを・・・」
「いえいえ、世界史の先生にしては、なかなかいい身体をしていらっしゃいますね」
「そんな、ははは、最近はもっと太ってきちゃって・・・じゃ、俺は着替えないといけないので」
 
 会話もそこそこに切り上げた。恥ずかしいのもあるが、会話で時間を使い過ぎたのだ。そろそろ開会式が始まる頃合いだろう。

「そういえば立成先生。今日もあのパンツを履いていらっしゃるのかな?」
「!」

 想像もしていない沼田の発言に立成は振り向き、沼田を見つめる。先ほどまでと同様にニコニコ笑った笑顔だ。
 しかし、なぜだろうか。同じ顔のはずなのに、その顔にはどこか、エロ親父を彷彿させるような歪みを感じられた。

「そ、そんな、何言ってるんですか、ハハハ・・・」
「いえね、私、あのときの先生のあの姿がすごく印象的でしてね」

 そうなのだ。今年の昇段試験。そのときの更衣室で、立成はこの男に醜態をさらしていたのだ。
 自分に気合を入れるためと息巻いて履いていたケツ割れ。そのケツ割れを履いた状態の自分の姿を、沼田にしっかりと見られてしまったのだ。
 おまけにそのときは立成は慌てていたのもありその場で転倒してしまい、ケツ割れを履いているという事実だけではなく、そのケツ割れを履いた自分の尻までも、かなりの至近距離でまじまじと見られてしまっていたのだ。立成はそのときの悪しき記憶を思い出してしまった。
 とはいえ、言ってしまえば自分の下着と裸の尻を見られただけなのだ。体育会系の男であれば、その程度のことはよくあるだろう。だが・・・

「な、何を言ってるんですか。男のパンツや身体なんて、そんな・・・」
「そうなんですがね、立成先生。私、あんないやらしい下着があることを存じておりませんでしてね」
「あ、あれは普通のパンツでして」
「あれが、ですか?あんな紐しかないようなものが?」
「そ、そうですよ。変なものじゃないです」

 すっかり赤面しながらも何とか応じる立成。冷や汗が出てきてしまい、立成の黒い短髪や額が光っている。首から流れ落ちる雫が胸元に落ち、その豊かに生えた長い胸毛を光らせている。腋毛も湿っていくことを感じて不快だ。
 なぜそんなことを言ってくる?どんな意図が?立成は焦っていた。
 そんな立成を笑いながらみつめる沼田。その顔は相変わらず破顔している。初老のため目尻や額にも皺が目立つものの、それ以外は年老いた雰囲気はなくまだまだまだ現役といった雰囲気だ。そんな男が軽妙な話術で立成のかつて履いていた下着について突っついてくる。こんな紳士のような風体で、嫌なことを言ってくるのか?
 そんな沼田に対して立成はなんとか応じていた。自分が変態ではないことを説明しようとする。まともな男であることを理解してもらうとする。しかし沼田に問い詰められることで、まるで自分が本物の変態になってしまったかのように思えてしまい、余計嫌な汗が流れ落ちて行く。

「で。どうです?今日もその下着をお召なのですかね?」
「い、いえ、そんな!まさか!違いますよ」

 さらに滝のように汗が垂れる。もともと立成は前髪はツンツンと立っているのだが、その根元にはジンワリと汗の池ができてしまっている。

 何を焦っているんだ!弱気を見せるな!吃ったらそうだと言ってるようなものじゃないか!

 沼田は表情を変えていない。しかし、見る者が見ればわかるがその眼光が光っている。だてに年を重ねていない。おまけに小さいとはいえ会社の経営者だ。これまでに修羅場を幾度と乗り越えてきたことがわかってしまうような瞳だった。

「あの時は、その・・・まぁ、あれです。初めての昇段試験だったので、気合を入れるためっていうか」
「ほう。じゃあ、今日も初めての試合だから、“アレ”を履いていそうなものですがね」
「今日は履いてないですよ・・・」
「本当に?」
「ほ、本当ですって!・・・弱ったなぁハハハ」

 あくまで2人とも笑顔でやりあっている。
 不明のやり取りに困惑した立成は、その巨体に見合わず、時折吃りのように言葉が出にくくなっていた。
 沼田があくまで紳士面で問いかけてくること、内容があまりにも下らないことであるため、立成も口を荒げることもできなかった。

「ところで立成先生。着替えないのですか?」
「・・・そ、そうですね、そ、それじゃあ、し、失礼して・・・」

 沼田が会話の方向を変えた。それは立成にズボンを脱がせようとする意図があることは明白だった。沼田は立ち去ろうともせず、
 立成は話の流れ上仕方なく、おずおずと手をズボンに伸ばす。なぜそんなことにわざわざこの男が突っかかって来るのか。そんなに自分がケツ割れを履いているかを気にしているのか?冗談で言っているのだろうか?しかし、沼田の様子ではそこまでからかっているようにも見えない。では何故?立成は理解できないと同時に恐怖心が湧き上がった。

(まずいぞ・・・くそっ)

 立成は焦っていた。こんな男だとは思わなかった。なぜ、こんな男と再開してしまったのか。そして、なぜ自分はまたも・・・
 チラリと沼田の方を見やると、相変わらずのニコニコした笑顔で立成がズボンを脱ごうとしている様を見守っている。笑っている顔なのにその顔はまるで仮面であるように立成の眼には映っているのだが、その目は立成に対して“早くズボンを脱げ”と言っているように見えた。明らかに立成が身に付けている下着を確認しようとしていた。
 ぞくっとした。それは完全に恐怖だった。自分の理解の範疇にいないこんな男の目の前でズボンを下ろすことを躊躇せざるを得なかった。
 それでも、このままでは埒が明かないことから、立成は心を奮い立たせて勢いよく己の身に着けているジャージのズボンをずり下げた。
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