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顧問2年目05月
顧問2年目05月 2
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世間ではゴールデンウィークの真っただ中だ。新生活が始まって1か月が経ち、緊張や興奮が収まっている時期でもある。
例年でも猛暑だった4月を終え、5月に入るとその本来の春らしい穏やかな気候を取り戻しつつある。木々も冬の厳しさを忘れて緑が増しており、花々も芽吹いている。快晴で心地よい天気だ。
「全部持ってこいよ、何で2個だけなんだよ」
「こんなに的あったっけ?的紙足りるかなぁ」
「うわっ汚ぇーっ!!」
「ボロボロじゃん」
そんな時期の弓道場では、練習を終えた生徒たちが騒いでいる。まだ連休は2日残っているが、その2日は部活動は休みにしてある。このため、今日はゴールデンウィーク最後の部活だ。キリが良いということもあり、この日は弓道に使っている的の的紙の貼り直し作業をすることにしたのだった。
「じゃ、的の掃除用の水持ってくるね」
「あれ、的場の蛇口ってまだ使えたっけ?」
「なにそれ?なんかあったっけ?」
「そうだよ。なんか水道の工事がうんたらかんたらって言ってたし」
「あぁ。それって明日からだから大丈夫じゃね?あ、ちゃんと水出てきた」
「一応水も溜めとくか」
「うわっ水かけんなって!!」
「ギャハハハ!」
男子高校生が25人もいるのだから騒がしい。同世代の同性がそれだけの数で集まっているのだから当然でもある。彼らは弓道場の矢道に大きなブルーシートを広げ、その上で穴だらけの的を修繕していた。
枠をきれいに拭いたり。
ビニール製の的紙の周囲を切ったり。
的紙を枠に張り付けたり。
本来なら明日まで部活動とし、連休明け直前だけを休みにするところだ。
しかし、弓道の昇段試験が隣の市で行われることになっており、2年生の大半がそれに出る予定だ。それだけでも部活動参加者は半分ほどになってしまう。
さらに、明日は市内で祭りがある。祭りといっても夏や秋の祭りのように御輿や踊り子が出るようなものではない。昔々、何もなかったこの土地を人が住むことができるよほどに開拓した先祖たちへの敬いと感謝の心でお祈りする祭りだ。とはいえ、出店も出るし市内の各地で催し事もあるのだ。加えて、現代ではゴールデンウィークとも重なることもあってか、市民を対象とした体育会の大会も開催され、柔道や剣道、弓道の大会も開催されているのだ。大会といっても市民が個人で出るだけのかなり小規模なものではあるが。本来ならばこの祭りと昇段試験は日程が重ならないようにするはずなのだが、今年はカレンダーの都合により同じ日になってしまったらしい。
まだこの市に引っ越して1年とはいえ、立成も市民であるため大会に出場する権利がある。それに立成は自身が弓道の大会に出場したことが無いため、興味本位と実体験を目的で出ることにしていたのだった。昇段試験は今年の1月に1級に受かったが、次の初段を受けるにはまだ自分には早いような気がしたということもある。
「この壊れた的たちはさすがに処分だよな?」
「そうじゃない?これなんてビローンてなってるし。誰も使わんやろ」
的を張り直す作業であるが、部活で使っている的は購入したときからかなり長い期間、その紙の張り直しにより使い続けている。矢が的に中ることによる穴については的紙の貼り直しで修繕は済むのだが、的枠まで破損している場合はもはや使うことはできないのだ。そんな的もこれまでは騙し騙しで使ってきたのだが、これを機に破損が大きい的については処分することとしたのだ。
立成が何の気無にその様子を眺めていると、破損した的の山の中に1つ、何とか的枠として機能していそうなものがあった。他の破損した的は枠がガパッと開いたりしているのだが、立成が見つけたその1つの的は円筒状を保っており、まだ的としての形態を保っていた。
「あっすまん、その的1個だけとっておいてくれないか?」
「え、これですか?何に使うんです?まぁいいですけど。」
唐突な立成の指示に困惑した生徒だったが、とりあえず指示どおりにその的を除けていた。
その後も生徒たちは楽しそうに騒ぎながらも、大量にある的の修理を続けていった。的紙の貼りなおし作業を始めてから数十分後。生徒たちの努力により穴だらけだった的たちが、全て新しく甦った。
的張りを終えて昼過ぎには解散となった。心なしか皆晴れ晴れとした表情をしている。天気の良い日の午後に自由を謳歌できることで気持ちが乗っているのかもしれない。明日の昇段試験があるものは、各々弓や矢といった道具をてに持ち帰宅する準備をしている。
立成が筒井の方を見ると、既に胴着から制服に着替えていた。珍しいなと思った。普段はこんな日でも残って練習していたのに。今日は帰るようだった。
(やっぱり筒井の奴、ちょっと疲れてるのかなぁ・・・)
そんなことを考えていたら、最後に道場に残っていた2年の二人組も帰っていった。
誰もいない道場に立成が1人。あっさりと生徒たちが帰宅したようなので、自分も帰ってしまおうかという誘惑もあるが、大会のある明日に向けて少しだけ練習しようとしたのだ。
(たまには運動もしないと・・・それに明日、余りにひどい結果にはしたくないしな)
腕や肩をブンブンと回す。普段はあまり使わない筋肉や関節を稼働させながら、普段生徒たちが使っている更衣室に入った。今の恰好でも弓を引けるが、どうせなら明日の大会と同じように、きちんと袴や胴着を身に着けようと思ったのだ。
(なんだこりゃ・・・グチャグチャじゃねーか!)
棚があり1人1スペースが割り振られているのだか、整理整頓がまったくなっておらず、胴着や袴がぐちゃぐちゃに入れられている他に、飲みかけのペットボトルや古い漫画本、よくわからないガジェットなんかがごちゃごちゃと散乱していた。おまけに狭い室内の床の上も埃や細かなごみのようなものが舞っている。
滅多に立成は入らないのだが、こんなことになっていたとは・・・
まぁ、高校生が使う場所だからこんなものだろうか?
立成は思い返す。昨年異動してすぐに、この部屋に入ったときは、ここまでカオスな雰囲気ではなかったような。
やはり、なるべく部活動には顔を出すようにしているとはいえ、ここ最近は部員たちを放任しすぎたからだろうか・・・?やはりもう少し生徒を指導すべきだろうか・・・?
そんなことを考えながらも、立成は着替えのために着ていた服を脱ぎ出す。ゴールデンウィークで授業もないため、今日はスーツ姿ではなく、運動部の顧問らしくジャージ姿だった。このため、脱衣も簡単にでできてしまう。男らしくパパっと上着やズボンをシャツや靴下までも身体から取り去り、更衣室の中で立成はボクサーブリーフ一丁になる。
(そういえば・・・あいつにはあのときから俺は裸を見られたんだっけ・・・)
筒井と出会った昨年の4月。たしか、弓道部の顧問になって間もないころだったと思う。
弓道なんて全く知らなかった立成。それをいいことに筒井は立成をだまし、この更衣室ですべての衣服を脱がせた。当然立成は、筒井の目の前でその裸をさらした。
そんなことを思い出す。そんなこともあったなぁ。苦笑いを浮かべる立成。
(ん?・・・ということは、筒井はそのときから俺にちょっかいをだしていたのか)
少し気になる考えが立成の脳裏に浮かんだものの特に気にしないまま、立成は自身が割り振られたスペースから胴着や袴、その他の弓道道具を取り出した。昨年からの顧問だというのに、それらを身に付ける様子は様になっており素人には見えなかった。
更衣室から出た立成は鏡に自分の姿を映して確認する。うん、大丈夫そうだ。それになかなかの腕前に見えそうだ。真っ白の胴着の半袖から伸びる太い腕をギュッとてし力瘤を出しててみたりする。我ながらこの格好も似合っているように感じてしまう。
そんな自己満足というか、若干のナルシズムの気分に浸っていたが、本来の目的を思い出して立成は弓矢を手に持ち、的前に立つ。
ビシャン シャッ ビシャン ザスッ
全然ダメだった。とりあえず6本の矢を撃ってみたが、1中すらしない。何とか安土には刺さっているものの、全く的にかすりもしない。的の周りに矢は進んでいっているものの、外れているのには変わりはなかった。
やはりだめだろうか。そりゃ、高校生のように毎日弓を引いている訳でもないし、過去に経験があるわけではない。
「頑張ってるねぇ!!」
「!!」
急に自分以外の声が玄関口から聞こえた。驚いてそちらの方を向く。筒井だった。
部活の時や校内でみるときよりも柔らかい表情で立成を見つめている。思わぬ形で筒井と再開したことで声が詰まってしまった。
「あ・・・なんでお前・・・今日は帰ったんじゃないのか?」
「ちょっと自習室。俺、一応受験生なので」
「へー、感心だなあ!」
「でもなんかやる気でなくて。もう帰ろって思ったらまだ先生の車があったからさ!もしかして、明日の大会に向けての練習?」
「そうだが・・・」
「あ、構わずに練習していいよ。いいから、いいから」
ニコニコしながら審査席に上がる筒井。まるでいつもの部活動で、立成がしているかのように見渡して来る。
少しドキドキする。普段は自分が生徒たちの弓を射る様を見ている。顧問としてはそれは当たり前だ。それが今は生徒が上座に座しており、自分はその目の前で弓を射る・・・
その後も立成は何本か矢を射るが1本も当たることは無かった。
「だーーーっ!駄目だダメだ!」
ため息をつきながら立成も上座に上がる。駄々っ子のように大の字に寝そべる様子は大きな駄々っ子のようだ。そんなオーバーなリアクションをする立成を筒井は優しい目で見つめている。
「まぁそういうときもあるよ。先生、弓道始めてから1年も経ってないんだし」
「それでもー!さすがに1本も中らんというのはやばいーっ!」
口では愚痴っているが立成はニヤニヤしながらその両手両足をバタつかせて畳に叩きつける。思わず筒井も笑ってしまう。
「ね、先生。明日は俺も行って良い?」
ふいに筒井がつぶやいた。
「えぇ!お前、明日はせっかくの休みなんだぞ!」
「気晴らしに見るだけでもいいかなぁって」
「・・・」
「何で黙るの!?」
「いや、俺が大会出てるのなんて見ても面白いことなんか・・・」
「えー!?だってさ、いっーーつも大会だと俺ばっかり先生に見られているのにー!?不公平じゃない!?」
筒井はすねる様子を見ながらも立成にせがむ。
正直、今日の出来も最悪だし、あまり知り合いには見られたくないというのが立成の本音だった。それでも、立成とこんな話をする楽しそうな筒井を見ると、その思いも揺らぐ。
「わかったわかった。じゃ、明日は俺の素晴らしい射を堪能させてあげよう」
「やった!へへっ、明日の予定できちゃった」
嬉しそうに話す筒井の様子を見ていると立成も嬉しく思う。
本当にかわいい生徒だなと思ってしまう。そのときは筒井とのアレコレの関係も忘れてしまう。
「ねぇ、先生、明日の試合は肌脱ぎで出て見たら?」
「ハダヌギ?」
「えっとね、こんな感じ」
「これは!お前なぁ・・・」
筒井が差し出したスマホの画面。単語検索した画像が表示されている。
老齢の男性が弓を構えている写真。左肩から腕までを胴着から出しているものだ。普通の弓道の胴着と比べて明らかに肌色要素があるのだが、その様は貫禄があり、武道に秀でているオーラも感じさせる。
「これって実力がある人しかやっちゃダメなやつじゃねーか!」
「そんなことないって!先生はガタイはいいから大丈夫だって」
「そういう問題かー!?」
「そうなんだって!!」
本当だろうか。うーむ。しかし、やはりこれはさすがに難易度が高くないか・・・?
スマホの画面を見ながらうーんと悩む立成を眺めながらニヤニヤしながら話す筒井は、見る限りだと本当に楽しそうだ。それを見ると立成の厳つい目も思わず緩んでしまう。
久しぶりに筒井との、教師と生徒としての楽しい時間だった。
例年でも猛暑だった4月を終え、5月に入るとその本来の春らしい穏やかな気候を取り戻しつつある。木々も冬の厳しさを忘れて緑が増しており、花々も芽吹いている。快晴で心地よい天気だ。
「全部持ってこいよ、何で2個だけなんだよ」
「こんなに的あったっけ?的紙足りるかなぁ」
「うわっ汚ぇーっ!!」
「ボロボロじゃん」
そんな時期の弓道場では、練習を終えた生徒たちが騒いでいる。まだ連休は2日残っているが、その2日は部活動は休みにしてある。このため、今日はゴールデンウィーク最後の部活だ。キリが良いということもあり、この日は弓道に使っている的の的紙の貼り直し作業をすることにしたのだった。
「じゃ、的の掃除用の水持ってくるね」
「あれ、的場の蛇口ってまだ使えたっけ?」
「なにそれ?なんかあったっけ?」
「そうだよ。なんか水道の工事がうんたらかんたらって言ってたし」
「あぁ。それって明日からだから大丈夫じゃね?あ、ちゃんと水出てきた」
「一応水も溜めとくか」
「うわっ水かけんなって!!」
「ギャハハハ!」
男子高校生が25人もいるのだから騒がしい。同世代の同性がそれだけの数で集まっているのだから当然でもある。彼らは弓道場の矢道に大きなブルーシートを広げ、その上で穴だらけの的を修繕していた。
枠をきれいに拭いたり。
ビニール製の的紙の周囲を切ったり。
的紙を枠に張り付けたり。
本来なら明日まで部活動とし、連休明け直前だけを休みにするところだ。
しかし、弓道の昇段試験が隣の市で行われることになっており、2年生の大半がそれに出る予定だ。それだけでも部活動参加者は半分ほどになってしまう。
さらに、明日は市内で祭りがある。祭りといっても夏や秋の祭りのように御輿や踊り子が出るようなものではない。昔々、何もなかったこの土地を人が住むことができるよほどに開拓した先祖たちへの敬いと感謝の心でお祈りする祭りだ。とはいえ、出店も出るし市内の各地で催し事もあるのだ。加えて、現代ではゴールデンウィークとも重なることもあってか、市民を対象とした体育会の大会も開催され、柔道や剣道、弓道の大会も開催されているのだ。大会といっても市民が個人で出るだけのかなり小規模なものではあるが。本来ならばこの祭りと昇段試験は日程が重ならないようにするはずなのだが、今年はカレンダーの都合により同じ日になってしまったらしい。
まだこの市に引っ越して1年とはいえ、立成も市民であるため大会に出場する権利がある。それに立成は自身が弓道の大会に出場したことが無いため、興味本位と実体験を目的で出ることにしていたのだった。昇段試験は今年の1月に1級に受かったが、次の初段を受けるにはまだ自分には早いような気がしたということもある。
「この壊れた的たちはさすがに処分だよな?」
「そうじゃない?これなんてビローンてなってるし。誰も使わんやろ」
的を張り直す作業であるが、部活で使っている的は購入したときからかなり長い期間、その紙の張り直しにより使い続けている。矢が的に中ることによる穴については的紙の貼り直しで修繕は済むのだが、的枠まで破損している場合はもはや使うことはできないのだ。そんな的もこれまでは騙し騙しで使ってきたのだが、これを機に破損が大きい的については処分することとしたのだ。
立成が何の気無にその様子を眺めていると、破損した的の山の中に1つ、何とか的枠として機能していそうなものがあった。他の破損した的は枠がガパッと開いたりしているのだが、立成が見つけたその1つの的は円筒状を保っており、まだ的としての形態を保っていた。
「あっすまん、その的1個だけとっておいてくれないか?」
「え、これですか?何に使うんです?まぁいいですけど。」
唐突な立成の指示に困惑した生徒だったが、とりあえず指示どおりにその的を除けていた。
その後も生徒たちは楽しそうに騒ぎながらも、大量にある的の修理を続けていった。的紙の貼りなおし作業を始めてから数十分後。生徒たちの努力により穴だらけだった的たちが、全て新しく甦った。
的張りを終えて昼過ぎには解散となった。心なしか皆晴れ晴れとした表情をしている。天気の良い日の午後に自由を謳歌できることで気持ちが乗っているのかもしれない。明日の昇段試験があるものは、各々弓や矢といった道具をてに持ち帰宅する準備をしている。
立成が筒井の方を見ると、既に胴着から制服に着替えていた。珍しいなと思った。普段はこんな日でも残って練習していたのに。今日は帰るようだった。
(やっぱり筒井の奴、ちょっと疲れてるのかなぁ・・・)
そんなことを考えていたら、最後に道場に残っていた2年の二人組も帰っていった。
誰もいない道場に立成が1人。あっさりと生徒たちが帰宅したようなので、自分も帰ってしまおうかという誘惑もあるが、大会のある明日に向けて少しだけ練習しようとしたのだ。
(たまには運動もしないと・・・それに明日、余りにひどい結果にはしたくないしな)
腕や肩をブンブンと回す。普段はあまり使わない筋肉や関節を稼働させながら、普段生徒たちが使っている更衣室に入った。今の恰好でも弓を引けるが、どうせなら明日の大会と同じように、きちんと袴や胴着を身に着けようと思ったのだ。
(なんだこりゃ・・・グチャグチャじゃねーか!)
棚があり1人1スペースが割り振られているのだか、整理整頓がまったくなっておらず、胴着や袴がぐちゃぐちゃに入れられている他に、飲みかけのペットボトルや古い漫画本、よくわからないガジェットなんかがごちゃごちゃと散乱していた。おまけに狭い室内の床の上も埃や細かなごみのようなものが舞っている。
滅多に立成は入らないのだが、こんなことになっていたとは・・・
まぁ、高校生が使う場所だからこんなものだろうか?
立成は思い返す。昨年異動してすぐに、この部屋に入ったときは、ここまでカオスな雰囲気ではなかったような。
やはり、なるべく部活動には顔を出すようにしているとはいえ、ここ最近は部員たちを放任しすぎたからだろうか・・・?やはりもう少し生徒を指導すべきだろうか・・・?
そんなことを考えながらも、立成は着替えのために着ていた服を脱ぎ出す。ゴールデンウィークで授業もないため、今日はスーツ姿ではなく、運動部の顧問らしくジャージ姿だった。このため、脱衣も簡単にでできてしまう。男らしくパパっと上着やズボンをシャツや靴下までも身体から取り去り、更衣室の中で立成はボクサーブリーフ一丁になる。
(そういえば・・・あいつにはあのときから俺は裸を見られたんだっけ・・・)
筒井と出会った昨年の4月。たしか、弓道部の顧問になって間もないころだったと思う。
弓道なんて全く知らなかった立成。それをいいことに筒井は立成をだまし、この更衣室ですべての衣服を脱がせた。当然立成は、筒井の目の前でその裸をさらした。
そんなことを思い出す。そんなこともあったなぁ。苦笑いを浮かべる立成。
(ん?・・・ということは、筒井はそのときから俺にちょっかいをだしていたのか)
少し気になる考えが立成の脳裏に浮かんだものの特に気にしないまま、立成は自身が割り振られたスペースから胴着や袴、その他の弓道道具を取り出した。昨年からの顧問だというのに、それらを身に付ける様子は様になっており素人には見えなかった。
更衣室から出た立成は鏡に自分の姿を映して確認する。うん、大丈夫そうだ。それになかなかの腕前に見えそうだ。真っ白の胴着の半袖から伸びる太い腕をギュッとてし力瘤を出しててみたりする。我ながらこの格好も似合っているように感じてしまう。
そんな自己満足というか、若干のナルシズムの気分に浸っていたが、本来の目的を思い出して立成は弓矢を手に持ち、的前に立つ。
ビシャン シャッ ビシャン ザスッ
全然ダメだった。とりあえず6本の矢を撃ってみたが、1中すらしない。何とか安土には刺さっているものの、全く的にかすりもしない。的の周りに矢は進んでいっているものの、外れているのには変わりはなかった。
やはりだめだろうか。そりゃ、高校生のように毎日弓を引いている訳でもないし、過去に経験があるわけではない。
「頑張ってるねぇ!!」
「!!」
急に自分以外の声が玄関口から聞こえた。驚いてそちらの方を向く。筒井だった。
部活の時や校内でみるときよりも柔らかい表情で立成を見つめている。思わぬ形で筒井と再開したことで声が詰まってしまった。
「あ・・・なんでお前・・・今日は帰ったんじゃないのか?」
「ちょっと自習室。俺、一応受験生なので」
「へー、感心だなあ!」
「でもなんかやる気でなくて。もう帰ろって思ったらまだ先生の車があったからさ!もしかして、明日の大会に向けての練習?」
「そうだが・・・」
「あ、構わずに練習していいよ。いいから、いいから」
ニコニコしながら審査席に上がる筒井。まるでいつもの部活動で、立成がしているかのように見渡して来る。
少しドキドキする。普段は自分が生徒たちの弓を射る様を見ている。顧問としてはそれは当たり前だ。それが今は生徒が上座に座しており、自分はその目の前で弓を射る・・・
その後も立成は何本か矢を射るが1本も当たることは無かった。
「だーーーっ!駄目だダメだ!」
ため息をつきながら立成も上座に上がる。駄々っ子のように大の字に寝そべる様子は大きな駄々っ子のようだ。そんなオーバーなリアクションをする立成を筒井は優しい目で見つめている。
「まぁそういうときもあるよ。先生、弓道始めてから1年も経ってないんだし」
「それでもー!さすがに1本も中らんというのはやばいーっ!」
口では愚痴っているが立成はニヤニヤしながらその両手両足をバタつかせて畳に叩きつける。思わず筒井も笑ってしまう。
「ね、先生。明日は俺も行って良い?」
ふいに筒井がつぶやいた。
「えぇ!お前、明日はせっかくの休みなんだぞ!」
「気晴らしに見るだけでもいいかなぁって」
「・・・」
「何で黙るの!?」
「いや、俺が大会出てるのなんて見ても面白いことなんか・・・」
「えー!?だってさ、いっーーつも大会だと俺ばっかり先生に見られているのにー!?不公平じゃない!?」
筒井はすねる様子を見ながらも立成にせがむ。
正直、今日の出来も最悪だし、あまり知り合いには見られたくないというのが立成の本音だった。それでも、立成とこんな話をする楽しそうな筒井を見ると、その思いも揺らぐ。
「わかったわかった。じゃ、明日は俺の素晴らしい射を堪能させてあげよう」
「やった!へへっ、明日の予定できちゃった」
嬉しそうに話す筒井の様子を見ていると立成も嬉しく思う。
本当にかわいい生徒だなと思ってしまう。そのときは筒井とのアレコレの関係も忘れてしまう。
「ねぇ、先生、明日の試合は肌脱ぎで出て見たら?」
「ハダヌギ?」
「えっとね、こんな感じ」
「これは!お前なぁ・・・」
筒井が差し出したスマホの画面。単語検索した画像が表示されている。
老齢の男性が弓を構えている写真。左肩から腕までを胴着から出しているものだ。普通の弓道の胴着と比べて明らかに肌色要素があるのだが、その様は貫禄があり、武道に秀でているオーラも感じさせる。
「これって実力がある人しかやっちゃダメなやつじゃねーか!」
「そんなことないって!先生はガタイはいいから大丈夫だって」
「そういう問題かー!?」
「そうなんだって!!」
本当だろうか。うーむ。しかし、やはりこれはさすがに難易度が高くないか・・・?
スマホの画面を見ながらうーんと悩む立成を眺めながらニヤニヤしながら話す筒井は、見る限りだと本当に楽しそうだ。それを見ると立成の厳つい目も思わず緩んでしまう。
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