先生との1年間

スオン

文字の大きさ
上 下
3 / 71
2年04月

2年04月 1

しおりを挟む

 「立成だ。今年からこの学校に赴任した。弓道部の顧問ははじめてだから、色々教えてくれ」
 少し大きめの声での自己紹介だった。今は放課後、掃除を終えた社会科室を借りた弓道部のミーティングだった。年度初めのミーティングで、今年度の計画をおさらいするんだ。
 昨年までいた弓道部の顧問は異動で他高に行き、変わりとして配属された。
 弓道部なんて、経験者は少ないだろう。もっとも、生徒の方も、俺を含めて7人しかいないが。

 立成先生、か。筒井は1人名前を繰り返した。
 先月、弓道場近くの空き地に車で乗りこんできた男。
 その人は、この春新しく高校に赴任してきた教師で、弓道部の顧問になった。 

 ぱっと見の印象は、体が大きめで、髪も短かめ。肌も少しだけ黒めの男だった。
 外見だけなら、体育会系教師ともいえるかもしれない。
 かといって、いかにも体育会系、という印象を感じなかった。話し方に体育会系を感じさせる、強引さが入っていなかったからかもしれない。いや、最初だから、少しやさしめに話しているだけかも・・・。
 ゆるい弓道部が、ハードになるのだけはやめてほしかった。そうなったら、何のために弓道部に入ったのかわからない。
 立成の自己紹介を受けて、3年生たちも自己紹介をしていく。
 6人目の挨拶が終わった後、部長の柳が言った。
「3年生は以上です。2年生は1名。涼太、よろしく。」
 部長からバトンが渡される。
「えっと、筒井涼太です。2年6組です。よろしくお願いします。」
「よろしく。・・・2年は1人だけなのか?」
「そうです。はじめは他に3人いたんですが、みんなやめちゃったので。」
「そうか。」


 「部活の時間は大体放課後から18時半までですね。練習があるのは、日曜日以外は大体練習があります。でも、結構緩い雰囲気があるんで、部活にでるのが必須って感じじゃないですね」
 廊下を歩きながら、立成に説明する。筒井の高校は、地方の進学校によくある、文武両道を掲げている。進学実績もそれなり、部活の実績もそれなり。だから、部活も結構厳しいところはあるみたいだから、弓道部は校内でも、ゆるい部類になるだろう。
 2人で職員室に入る。弓道場の鍵の場所を教えるためだ。
 「道場の鍵は、ここにかけています。でも、これはスペアです。もう1本は、部長が持っていて、大体その鍵を使っています。このスペアの鍵は、部長がいないときとかに使うから、たまに先生も、鍵がなくなってないか見ておいてください」
 そういって職員室のある2階から階段をおり、玄関に出る。向かう場所は弓道場だ。玄関脇から駐輪場を横切り、例の空き地を超え、校舎敷地の奥の方へと進んでいく。
「先生は弓道場って入ったことある?」
「そう考えるとないな。俺の高校には弓道部もなかったと思うし」
「まぁ、普通はそうだよね」
 2分ほど歩き、弓道場に到着。3年生は先に来て、部活を開始している。
「こっちが玄関です。・・・どしたの先生?」
「・・・いや、かっこいいな、と思ってな」
 何が?と筒井は言いたくなったが、あえて黙っていた。立成は何かを考えているみたいだった。風情でも感じているのだろうか?
「あぁ、悪い。じゃあ入ろうかな」
 道場に入る。下駄箱に靴を入れながら、今日はもう遅いから玄関掃除はいいか、と筒井は独り言をいい、道場上座の畳の部分に案内して座る。立成はかしこまって正座になる。3年生たちは、今日は無言で練習している。
「練習は普段からこんな感じですよ。ただ、今日はすごい静かです。先生が来るから、今日は先輩方、すごいおとなしくまじめに練習してる」
「うん、まぁそうなんだな」
「ほかの部活と比べても地味ですよね。ただひたすら矢を射ってばかりだし」
「そんなことないだろ。それが大変なんだからな」
「えっわかるんですか?」
「まぁな」
 先生に問いただしたら、先生は学生時代は、アーチェリー部だったらしい。洋弓と和弓の違いはあるが、似ている部分もあるのかもしれない。
 筒井は少しだけ、新しい顧問への親しみを感じ始めていた。

 3年生たちがだまって練習しているから、少しだけ張り詰めた雰囲気になる。袴の擦れる音、弦が返る音、的中音とそれに対する「よし!!」の掛け声。 
「ね、先生、今日だけ矢を取りに行きません?普段は下っ端の仕事なんだけど、今日だけ体験ってことで。」
「わかった。ちょっと待って、これだけ脱いでおく」立成は背広を脱ぎ、ワイシャツ姿になる。
 先生と連れ立って玄関をでて、背の低い庭木に挟まれた矢道のわき道を歩く。
「的までの距離、結構近く感じるな、何メートルだ?」
「えっと・・・確か30メートルくらいだったかな?」
「へぇ、もっと遠いと思ってた」
 看的所に入り、2回手をたたく。道場から「どうぞ」の声。俺は「入ります」と声をだし、矢道にはいる。ほほう、という立成。
「矢をとるときは、的の左側行ってから、矢の先を右手でもって引っこ抜いてください。抜いた矢は、1本1本、左手に渡してください。あ、あと、的に刺さった矢を抜くときは、的を左手で抑えながら抜きます。抜くときの力で矢が折れないようにするんです」
 話しながらレクチャーする。的が6つあるのに、矢取りが2人だから、自然と時間がかかる。筒井が一番奥の的を片付け、次の的へと移動しようとしたときだった。立成が矢を抜いている。

 でかい尻だった。

 ズボンのサイズが小さいのでは?と筒井は思ってしまった。それだけ、立成のかがんだ尻は、筒井に捧げるかのように突き出されている。

 ラバー素材のズボンなのではと疑うほどに、立成の下半身のシルエットが映し出されている。
 発達した内側の筋肉の上に、たっぷりとした脂肪がついているのだろう。
 そこから下に伸びる太股も、大腿筋と脂肪により張り出している。
 春スーツの薄いグレーのスラックスの下に、そんな臀部が、下半身が、隠されている。

 筒井は、唾を飲み込む。
 本来、的場から矢を抜く際には、しゃがんで抜くのが作法なのだが、それを言い忘れていた。そのおかげで、この光景を見ることができたのだ。どうしよう、このまま言わないでおこうか、とも迷ったが、それはよくない。
「先生、矢を抜くときにはしゃがんでとるんだよ。ケツを突き出さないで」
 立成は「ん?そうなのか?」といいながら姿勢を直し、残り矢を取り終える。

 もう少し、もう少しだけ、見ていてもよかったかもしれない。
 筒井は、矢を取りながら、自分の鼓動がいつもより早くなるのを感じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情

ayame
ファンタジー
気がつけば乙女ゲームとやらに転生していた前世アラサーの私。しかもポジションはピンクの髪のおバカなヒロイン。……あの、乙女ゲームが好きだったのは私じゃなく、妹なんですけど。ゴリ押ししてくる妹から話半分に聞いていただけで私は門外漢なんだってば! え?王子?攻略対象?? 困ります、だって私、貧乏男爵家を継がなきゃならない立場ですから。嫁になんか行ってられません、欲しいのは従順な婿様です! それにしてもこの領地、特産品が何もないな。ここはひとつ、NGO職員として途上国支援をしてきた前世の知識を生かして、王国一の繁栄を築いてやろうじゃないの! 男爵家に引き取られたヒロインポジの元アラサー女が、恋より領地経営に情熱を注ぐお話。(…恋もたぶんある、かな?) ※現在10歳※攻略対象は中盤まで出番なし※領地経営メイン※コメ返は気まぐれになりますがそれでもよろしければぜひ。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

高貴な血筋の正妻の私より、どうしてもあの子が欲しいなら、私と離婚しましょうよ!

ヘロディア
恋愛
主人公・リュエル・エルンは身分の高い貴族のエルン家の二女。そして年ごろになり、嫁いだ家の夫・ラズ・ファルセットは彼女よりも他の女性に夢中になり続けるという日々を過ごしていた。 しかし彼女にも、本当に愛する人・ジャックが現れ、夫と過ごす夜に、とうとう離婚を切り出す。

転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!

ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生! せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい! 魔法アリなら色んなことが出来るよね。 無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。 第一巻 2022年9月発売 第二巻 2023年4月下旬発売 第三巻 2023年9月下旬発売 ※※※スピンオフ作品始めました※※※ おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...