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2年04月
2年04月 1
しおりを挟む「立成だ。今年からこの学校に赴任した。弓道部の顧問ははじめてだから、色々教えてくれ」
少し大きめの声での自己紹介だった。今は放課後、掃除を終えた社会科室を借りた弓道部のミーティングだった。年度初めのミーティングで、今年度の計画をおさらいするんだ。
昨年までいた弓道部の顧問は異動で他高に行き、変わりとして配属された。
弓道部なんて、経験者は少ないだろう。もっとも、生徒の方も、俺を含めて7人しかいないが。
立成先生、か。筒井は1人名前を繰り返した。
先月、弓道場近くの空き地に車で乗りこんできた男。
その人は、この春新しく高校に赴任してきた教師で、弓道部の顧問になった。
ぱっと見の印象は、体が大きめで、髪も短かめ。肌も少しだけ黒めの男だった。
外見だけなら、体育会系教師ともいえるかもしれない。
かといって、いかにも体育会系、という印象を感じなかった。話し方に体育会系を感じさせる、強引さが入っていなかったからかもしれない。いや、最初だから、少しやさしめに話しているだけかも・・・。
ゆるい弓道部が、ハードになるのだけはやめてほしかった。そうなったら、何のために弓道部に入ったのかわからない。
立成の自己紹介を受けて、3年生たちも自己紹介をしていく。
6人目の挨拶が終わった後、部長の柳が言った。
「3年生は以上です。2年生は1名。涼太、よろしく。」
部長からバトンが渡される。
「えっと、筒井涼太です。2年6組です。よろしくお願いします。」
「よろしく。・・・2年は1人だけなのか?」
「そうです。はじめは他に3人いたんですが、みんなやめちゃったので。」
「そうか。」
「部活の時間は大体放課後から18時半までですね。練習があるのは、日曜日以外は大体練習があります。でも、結構緩い雰囲気があるんで、部活にでるのが必須って感じじゃないですね」
廊下を歩きながら、立成に説明する。筒井の高校は、地方の進学校によくある、文武両道を掲げている。進学実績もそれなり、部活の実績もそれなり。だから、部活も結構厳しいところはあるみたいだから、弓道部は校内でも、ゆるい部類になるだろう。
2人で職員室に入る。弓道場の鍵の場所を教えるためだ。
「道場の鍵は、ここにかけています。でも、これはスペアです。もう1本は、部長が持っていて、大体その鍵を使っています。このスペアの鍵は、部長がいないときとかに使うから、たまに先生も、鍵がなくなってないか見ておいてください」
そういって職員室のある2階から階段をおり、玄関に出る。向かう場所は弓道場だ。玄関脇から駐輪場を横切り、例の空き地を超え、校舎敷地の奥の方へと進んでいく。
「先生は弓道場って入ったことある?」
「そう考えるとないな。俺の高校には弓道部もなかったと思うし」
「まぁ、普通はそうだよね」
2分ほど歩き、弓道場に到着。3年生は先に来て、部活を開始している。
「こっちが玄関です。・・・どしたの先生?」
「・・・いや、かっこいいな、と思ってな」
何が?と筒井は言いたくなったが、あえて黙っていた。立成は何かを考えているみたいだった。風情でも感じているのだろうか?
「あぁ、悪い。じゃあ入ろうかな」
道場に入る。下駄箱に靴を入れながら、今日はもう遅いから玄関掃除はいいか、と筒井は独り言をいい、道場上座の畳の部分に案内して座る。立成はかしこまって正座になる。3年生たちは、今日は無言で練習している。
「練習は普段からこんな感じですよ。ただ、今日はすごい静かです。先生が来るから、今日は先輩方、すごいおとなしくまじめに練習してる」
「うん、まぁそうなんだな」
「ほかの部活と比べても地味ですよね。ただひたすら矢を射ってばかりだし」
「そんなことないだろ。それが大変なんだからな」
「えっわかるんですか?」
「まぁな」
先生に問いただしたら、先生は学生時代は、アーチェリー部だったらしい。洋弓と和弓の違いはあるが、似ている部分もあるのかもしれない。
筒井は少しだけ、新しい顧問への親しみを感じ始めていた。
3年生たちがだまって練習しているから、少しだけ張り詰めた雰囲気になる。袴の擦れる音、弦が返る音、的中音とそれに対する「よし!!」の掛け声。
「ね、先生、今日だけ矢を取りに行きません?普段は下っ端の仕事なんだけど、今日だけ体験ってことで。」
「わかった。ちょっと待って、これだけ脱いでおく」立成は背広を脱ぎ、ワイシャツ姿になる。
先生と連れ立って玄関をでて、背の低い庭木に挟まれた矢道のわき道を歩く。
「的までの距離、結構近く感じるな、何メートルだ?」
「えっと・・・確か30メートルくらいだったかな?」
「へぇ、もっと遠いと思ってた」
看的所に入り、2回手をたたく。道場から「どうぞ」の声。俺は「入ります」と声をだし、矢道にはいる。ほほう、という立成。
「矢をとるときは、的の左側行ってから、矢の先を右手でもって引っこ抜いてください。抜いた矢は、1本1本、左手に渡してください。あ、あと、的に刺さった矢を抜くときは、的を左手で抑えながら抜きます。抜くときの力で矢が折れないようにするんです」
話しながらレクチャーする。的が6つあるのに、矢取りが2人だから、自然と時間がかかる。筒井が一番奥の的を片付け、次の的へと移動しようとしたときだった。立成が矢を抜いている。
でかい尻だった。
ズボンのサイズが小さいのでは?と筒井は思ってしまった。それだけ、立成のかがんだ尻は、筒井に捧げるかのように突き出されている。
ラバー素材のズボンなのではと疑うほどに、立成の下半身のシルエットが映し出されている。
発達した内側の筋肉の上に、たっぷりとした脂肪がついているのだろう。
そこから下に伸びる太股も、大腿筋と脂肪により張り出している。
春スーツの薄いグレーのスラックスの下に、そんな臀部が、下半身が、隠されている。
筒井は、唾を飲み込む。
本来、的場から矢を抜く際には、しゃがんで抜くのが作法なのだが、それを言い忘れていた。そのおかげで、この光景を見ることができたのだ。どうしよう、このまま言わないでおこうか、とも迷ったが、それはよくない。
「先生、矢を抜くときにはしゃがんでとるんだよ。ケツを突き出さないで」
立成は「ん?そうなのか?」といいながら姿勢を直し、残り矢を取り終える。
もう少し、もう少しだけ、見ていてもよかったかもしれない。
筒井は、矢を取りながら、自分の鼓動がいつもより早くなるのを感じた。
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