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#13
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マーガレットの部屋を後にして、なんとか軍需棟に辿り着いた。
なんと、軍需棟は地下にあったのだ。
長い長い鉄製の螺旋階段を降りると、プールサイドのように鉄で囲われた海面に何機もの潜水艦が浮かんでいる。
所々そびえ立つ煙突からは絶えず蒸気のような白い煙が排出されている。
一番奥が、見えない。つまり、めちゃくちゃ広い。これはきっと、中央棟よりも広いぞ……。
それから見渡す限り、体格の良い軍人達が沢山いた。
「ここにおられましたか!ウィル様!!」
「ゼルダさん?」
軍需棟で迷っていた僕に駆け足で来てくれた。
「中央棟の職員一同で探してましたよ。ノアさんなんて、『軍需棟の説明をしていなかった私のミスだ』ってすごい泡食っていてね……。」
中央棟の職員一同……。まずい、早く戻らないと。
「あ、その茶封筒、軍需棟宛ですよね。俺が預かります。」
「あっありがとうございます!!すみません、失礼します!!!」
「ウィル様、お気をつけて!!」
久しぶりに爆走した。
やっとエレベーターに乗って、最上階について扉が開くと、そこには、我が子の帰りを待つような落ち着きのなさを感じさせるノアさんがいた。……そんな彼の様子は、死んだ母を思い出させた。
「ウィル様!!!どこにおられたのですか!」
エレベーターから引っ張りだされて強く抱き締められる。
「ご、ごめんなさい……。」
僕は素直に反省した。
・・・
それから、ルイスのいない日々は光の速さで過ぎていった。ゲルガーさんと、ノアさんと僕は毎日忙しさに追われた。
初日はあんなに緊張(?)していたゲルガーさんは、いつからか不思議と落ち着いたような雰囲気になっていった。
「本日の午後にルイス国王が到着する予定ですね。5日間、おつかれさまでございました。」
「お疲れ様でした。」
僕とノアさんは、ゲルガーさんに習うようにして一礼した。
その表情は……どこか悲しげで、自分の気持ちにがっちりと蓋をしたような無機質な感じだった。
ノアさんと、上手くいかなかったのかな、なんてちょっとお節介がましいことが頭の中を過った。
……彼が出ていって、王室はなんだかちょっと寂しくなった気がする。それと同時に、これからルイスが帰ってくると思うと、ドキドキが込み上げて来た。
「さあ、今度は宴の準備に参りますよ。」
出しっぱなしになっていた本やらを片付け始めながらノアさんはそう言った。
少し前までは、僕が宴を催す側だったのにそれが今はルイス達と並んで料理を振るわまれる側になっているなんて、思ってもみなかったなあ。
ノアさんが王室の片付けをしている間に、僕は宴でウィルが着るスーツとマントをマネキンに着せる。……あと、ルイスがあまり好きそうにしていなかった髪を結うリボンも。
頬が綻ぶのと同時に、曇り空みたいな不安もあった。
僕は、何。
……本当に僕は側妻なの?
いつの間にか止まっていた準備をする手をまたうごかしたじめた。
・・・
宴の前、ルイスが着替えをしに王室へ来るのを待つ。
エレベーターが動く独特な音が聞こえると、早足で大理石でできた床と硬い靴の踵がぶつかる音が聞こえてきた。
思い扉が動き、低くて重厚感のある声が僕の鼓膜を震わせた。
「ただいま帰還した。」
「ルイス!!おかえりなさい!」
ブラウンカラーの少し長い髪に、純黒と深紅のオッドアイ。そこにはルイスが居た。
僕がルイスに走って近づくと、彼は微笑み僕の頭を撫でた。
僕とルイスの声を聞いて、王室の片付けをしていてくれたノアさんも、「おかえりなさい、ルイス。」と顔を覗かせた。
「五日ぶりだな、2人とも。私がいない間何か変わったことはあったか?」
部屋に入るなりすぐに遠征中に身につけていたマントやジャケットを脱ぎ、慣れた手つきでノアさんにそれを渡した。
何もありませんでしたよ、と応えようとすると、食ってかかるようにノアさんが、「ありましたよ!!」と言う。こんなに気迫のあるノアさんは初めて見た。
え、なんかあったっけ……?
「の、ノアさん……?」
僕もルイスも不審そうに顔を顰める。
「ウィル様が……ウィル様が……!!」
「えっ僕ですか?!」
僕、なんかしたっけ。……あ、そうだ。僕が勝手にマーガレットの部屋に行ったから、中央棟の職員の皆が僕を探し回ってたんだ……!!
ウィル様が迷子になられたんですよ!!と叫んだ。
そのあとの沈黙がなんとも面白くて、僕はちょっと大袈裟じゃないですか、と言おうとしたけどルイスは不機嫌をむき出したような表情をしている。
「おい、ノア……。ウィルを頼むと言ったはずなのだが?」
「申し訳ございません……。私が軍需棟の場所をお伝えしていなかったばかりに……。」
悔しくて仕方ないといったように歯を食いしばるノアさんに、ルイスは「この馬鹿者が」とまあまあ強めに彼の頭を叩いた。
「い、いやそれは僕が勝手に」
「ウィルは黙っていろ。ウィルの世話はこいつに任せたんだ。」
ノアさんの方がルイスよりも年上なのになあ、なんて思うけど身分上、国王と執事だ。つくづく、複雑だなあ、なんて思う。
けど、なんかちょっとした茶番っぽくて、僕はこの雰囲気が好きだ。
こういうやり取りを見ていると、全て正直にさらけ出し合うことが出来るのは、幼い頃からずっと一緒にいたからなんだなあ、と実感する。
「まあしかし……今回の遠征はなかなかハードなものだったよ……。後で私の話を少し聞いてくれ。」
珍しく、自分の話をしたがるルイスがちょっと新鮮だ。ノアさんも、はいはいと少し嬉しそうに返事をする。こうして見ると、やっぱり2人は仲がいいなあと思った。
「……と、その前にまず宴だな。」
その言い草はだるそうだ。ルイスはこういった催し物を(あの時の舞踏会といい……)あまり好まないみたいだし……。
僕とノアさんはもう既に準備は済ませてあったから、ルイスが着替え終わったから3人でエレベーターに乗り会場へと向かった。
・・・
城の門が盛大に開き、ぜリムさんとルイスを先頭とした凱旋が、いつかの舞踏会のような拍手喝采が鳴り響く。
国一番のオーケストラが美しいファンファーレを奏でている。
黒を基調としたスーツとマントに、改めて身を包んだルイスはなんだかちよっと新鮮で、しかもまだ慣れない豪華な催しの中、ちょっとだけ緊張しながら拍手をする。
さっきはあんなに柔らかかったルイスの目付きが、ツンドラの氷の如く凍っている。国民の目に触れるルイスの表情は依然として冷たい。
……ノアさんや各軍の最高責任者の3人や僕の前に居るみたいに、あの柔らかい表情でいればいいのに、なんて思ってしまうのと同時に、自分は冷酷不動のルイス・アードラースヘルム国王の優しい眼差しを知っている数少ない人間の中のひとりだと思うと、とんでもない優越感に浸れる自分が、ちょっとずるいと思った。
「……!」
ふと、ルイスと目が合った。
ルイスは確かに少しだけ笑った。
きっと、微々たる表情のへんかだから、周りは気がついていないだろうけど僕には分かった。
無意識に、自分の口から「はわぁ……」なんていうだらしない声が漏れていたのを、ノアさんに聞かれてしまい、クスリと笑われてしまう。恥ずかしい。
それから、遠征に行っていた兵士たちとルイス、それと僕ら中央棟上級職員(僕も上級職員なのか……)達は、彼らと共に宴の食卓を囲むことになっているらしい。ちょっと懐かしい顔ぶれの厨房の先輩方が、料理を丁寧に運んできてくれるのを眺める。
アルヴァマーでは今は丁度、ぶどうが良く採れる季節だから、出てくる料理にはこぞってブドウソースやブドウエキスなどが掛けられていて、もちろんドリンクは白ぶどうのワインだ。
呑気にぶどうの香りを楽しんでいると、僕にも料理が運ばれてきた。
「…… ……あ。」
見慣れた、ゴツゴツとした腕、手首、掌。
その太い腕をつたうように彼の顔に目を向ける。
僕の料理を運んできてくれるのは、バラードだった。
まじか。相当気まづいぞ。
最後に会ったのは、あの日。ルイスが僕に無理矢理キスをした日だ。
脈拍はギュンと上がって血流がバクバクになる。
こわいけど、知らんぷりは出来ない。
ちらりと気づかれないように横目でバラードの顔を覗く。
「服装、きまってんな。」
彼は、いつもの口調でそう言った。
焦りや変な緊張は全く感じられない。
爽やかな顔立ちに、いつもよりキツめに縛ったネクタイ、腕まくりした黒いワイシャツ。彼はあれからなにも変わっていなかった。
僕とバラード以外の誰にも聞こえないような声の大きさでそう囁いた。
僕も、何かを言おうとしたけど、バラードは料理を出してすぐに戻って行ってしまった。
全員に料理がもてなされてから宴は始まった。
…… ……てか、見てたたの、気づかれてんじゃん。
色々あったとはいえ、友達相手にビクビクする僕自身が少し嫌になった。
・・・
(ルイス当人が催し物を好まないため)宴はさっさと終わらせられた。
部屋に戻るなり、僕とルイスとノアさんは堅苦しいスーツやマントを脱ぎ、順番にシャワーを浴びてゆったりとした部屋着に着替えた。体を巻き付ける鎖がふっとなくなったような気がして、良くリラックス出来る。
ルイスの部屋着姿は(同室で生活している為半ば強制的に)何度も見てきたけど、ノアさんの部屋着姿は初めて見た……というか、ノアさんが仕事着以外の服を身につけていることろを初めて見た。
「なんだか、ノアさんの部屋着姿、新鮮です。」
僕とノアさんは先にシャワーから上がって、キッチンで飲み物やら、嗜み程度のお菓子を用意していた。
「ふふ、そうでございますか?……おや、ウィル様、髪がまだ少し濡れていますよ?」
「あれ……本当だ。」
しっかり拭いたつもりだったけど髪はまだ若干湿っていた。
「貴方は側妻なのですから、身だしなみには気を配って下さいね。」
優しい口調でそう言いながら、手早く出したふわふわのタオルで僕の髪を拭いてくれた。
「お前ら、早く来い。」
ルイスはいつもよりもだいぶ早くシャワーを終わらせ、髪もしっかり拭きリビングルームにあるソファーにどっしりと座った。
まだ作りかけだった飲み物を急いで作り上げて、ノアさんとふたりでリビングにもって行った。
最近は暑くなってきたから、いつものような紅茶ではなくて、レモネードティーを注れた。
「やはりぜリムは支離滅裂な男だ。」
そう皮切りに、ルイスは遠征中にあったことを楽しそうに話し始めた。
道中、森の中で不審な物音がしたらしい。他国のスパイかと思い、ぜリムさんが馬から降りてその原因を追い詰めたところ、ただの野ウサギだったとか、人数分の水筒を忘れてしまって川の上流水を初めて飲んだけど、それがなんとも美味しかっただとか、小規模な遠征中の為、本格的なテントは用意できなかったから、久々に食べた魚の串焼きが思っていたよりも口に合っただとか、そんなことを沢山話してくれた。
「へえ、ぜリムさんと戦ったんですか!」
ルイスは思い出すように微笑みながら頷いた。
「ああ。と言っても、遊び程度だがな。」
「ぜリム・バリヤードさんは、当時新人でありながら、驚異の高成績を叩きだし前代未聞の速さで陸軍の最高責任者になられた優秀な方なのですよ。」
「えっそうなんですか!!?」
ま、まあ確かに、あのちょっと常識から外れた感じとか、かなりワイルドな外見がそれを裏付けている気がした。
「奴はやはり化け物だな。体力も気力も技術やセンス、どれもほかの軍人と比べても、ずば抜けてそれらが高い。」
疲れを吐き出すようなため息とともに、ルイスは背もたれによしかかった。
「また『天才』相手に無理をなされて……。今度は何を競ったのですか。」
呆れたようにノアさんがレモネードを飲んだ。
ぜリムさん、天才の名で通ってたんだ……。
「剣術だ。あいつとはそれでしか張り合えんよ。」
ルイスの手にしていたレモネードが注がれたグラスから結露の水滴が垂れた。
「ルイスは、剣術が得意なんですか?」
素朴な疑問を2人に投げかけると、プツリと糸が切れた様にノアさんが笑った。楽しそうなノアさんと裏腹に、ルイスはちょっと恥ずかしそうに頭をガシガシとかいた。
「っあはははは!!ウィル様と居ると退屈しませんね、ルイス。」
「…… ウィル。国王である私が何故いつも腰に剣をぶら下げていると思っているんだ……。」
指で涙を掬いながら、ノアさんがこういった。
「代々、アードラースヘルム王族の血を継ぐものは、剣術を極めなければならないのですよ。誰にも負けないように、とそう意味合いを込めて。」
続けてルイスがこう言った。
「国王である以上、守られてばかりであっては存続が不可能だ。いざと言う時には自分の身は自分で守らなければならないからな。」
それから僕達は深夜、夜が更けるまで談笑した。
空の真ん中に上った月光が、ベランダから差し込んできた頃(それと僕が眠くなってきたというのもあって)ちょっぴり特別なお茶会はお開きになった。
眠い目を擦っていた僕はソファーに横にされ、片付けはノアさんとルイスでやってくれた。悪い気がしたけど、どうにも体が言うことを聞いてくれず動かなかった。
片付けは早く終わったようで、みんなで洗面台に行って歯を磨いてまたリビングルームに戻った。
「それでは、おやすみなさい。」
部屋着の上にジャケットを一枚羽織ったノアさんが、扉を開けて出ていった。
ちゃんと回っているのかどうか曖昧な呂律で、おやすみなさいと返してルイスとベッドに向かった。
久しぶりに、ふたりっきりになった。
ふと、『あの不安』が頭を過る。
蘇る、マーガレットの顔。
こんな夜に、嫌だなあ、思った。
「ねえルイス……?」
モゾモゾとベッドに潜りながら彼はなんだ、とかえした。
「僕は、側妻なんですか……?」
なかなか睡魔に勝てず、瞼がだんだん重くなる。
ピタリ、とルイスの動きが止まった。
「お前は、側妻では無い。」
なんて言ったのか、よく分からなかった。
きっと、眠くて聞き間違えたんだろう。
側妻では無い、そう聞こえたはずだけど、そんなことは無い。
眠いから、そう聞こえたんだ。そうに違いない。
万が一、本当なら、それはまずい。
だってそれじゃあ、僕の存在が、成り立たないから。
なんと、軍需棟は地下にあったのだ。
長い長い鉄製の螺旋階段を降りると、プールサイドのように鉄で囲われた海面に何機もの潜水艦が浮かんでいる。
所々そびえ立つ煙突からは絶えず蒸気のような白い煙が排出されている。
一番奥が、見えない。つまり、めちゃくちゃ広い。これはきっと、中央棟よりも広いぞ……。
それから見渡す限り、体格の良い軍人達が沢山いた。
「ここにおられましたか!ウィル様!!」
「ゼルダさん?」
軍需棟で迷っていた僕に駆け足で来てくれた。
「中央棟の職員一同で探してましたよ。ノアさんなんて、『軍需棟の説明をしていなかった私のミスだ』ってすごい泡食っていてね……。」
中央棟の職員一同……。まずい、早く戻らないと。
「あ、その茶封筒、軍需棟宛ですよね。俺が預かります。」
「あっありがとうございます!!すみません、失礼します!!!」
「ウィル様、お気をつけて!!」
久しぶりに爆走した。
やっとエレベーターに乗って、最上階について扉が開くと、そこには、我が子の帰りを待つような落ち着きのなさを感じさせるノアさんがいた。……そんな彼の様子は、死んだ母を思い出させた。
「ウィル様!!!どこにおられたのですか!」
エレベーターから引っ張りだされて強く抱き締められる。
「ご、ごめんなさい……。」
僕は素直に反省した。
・・・
それから、ルイスのいない日々は光の速さで過ぎていった。ゲルガーさんと、ノアさんと僕は毎日忙しさに追われた。
初日はあんなに緊張(?)していたゲルガーさんは、いつからか不思議と落ち着いたような雰囲気になっていった。
「本日の午後にルイス国王が到着する予定ですね。5日間、おつかれさまでございました。」
「お疲れ様でした。」
僕とノアさんは、ゲルガーさんに習うようにして一礼した。
その表情は……どこか悲しげで、自分の気持ちにがっちりと蓋をしたような無機質な感じだった。
ノアさんと、上手くいかなかったのかな、なんてちょっとお節介がましいことが頭の中を過った。
……彼が出ていって、王室はなんだかちょっと寂しくなった気がする。それと同時に、これからルイスが帰ってくると思うと、ドキドキが込み上げて来た。
「さあ、今度は宴の準備に参りますよ。」
出しっぱなしになっていた本やらを片付け始めながらノアさんはそう言った。
少し前までは、僕が宴を催す側だったのにそれが今はルイス達と並んで料理を振るわまれる側になっているなんて、思ってもみなかったなあ。
ノアさんが王室の片付けをしている間に、僕は宴でウィルが着るスーツとマントをマネキンに着せる。……あと、ルイスがあまり好きそうにしていなかった髪を結うリボンも。
頬が綻ぶのと同時に、曇り空みたいな不安もあった。
僕は、何。
……本当に僕は側妻なの?
いつの間にか止まっていた準備をする手をまたうごかしたじめた。
・・・
宴の前、ルイスが着替えをしに王室へ来るのを待つ。
エレベーターが動く独特な音が聞こえると、早足で大理石でできた床と硬い靴の踵がぶつかる音が聞こえてきた。
思い扉が動き、低くて重厚感のある声が僕の鼓膜を震わせた。
「ただいま帰還した。」
「ルイス!!おかえりなさい!」
ブラウンカラーの少し長い髪に、純黒と深紅のオッドアイ。そこにはルイスが居た。
僕がルイスに走って近づくと、彼は微笑み僕の頭を撫でた。
僕とルイスの声を聞いて、王室の片付けをしていてくれたノアさんも、「おかえりなさい、ルイス。」と顔を覗かせた。
「五日ぶりだな、2人とも。私がいない間何か変わったことはあったか?」
部屋に入るなりすぐに遠征中に身につけていたマントやジャケットを脱ぎ、慣れた手つきでノアさんにそれを渡した。
何もありませんでしたよ、と応えようとすると、食ってかかるようにノアさんが、「ありましたよ!!」と言う。こんなに気迫のあるノアさんは初めて見た。
え、なんかあったっけ……?
「の、ノアさん……?」
僕もルイスも不審そうに顔を顰める。
「ウィル様が……ウィル様が……!!」
「えっ僕ですか?!」
僕、なんかしたっけ。……あ、そうだ。僕が勝手にマーガレットの部屋に行ったから、中央棟の職員の皆が僕を探し回ってたんだ……!!
ウィル様が迷子になられたんですよ!!と叫んだ。
そのあとの沈黙がなんとも面白くて、僕はちょっと大袈裟じゃないですか、と言おうとしたけどルイスは不機嫌をむき出したような表情をしている。
「おい、ノア……。ウィルを頼むと言ったはずなのだが?」
「申し訳ございません……。私が軍需棟の場所をお伝えしていなかったばかりに……。」
悔しくて仕方ないといったように歯を食いしばるノアさんに、ルイスは「この馬鹿者が」とまあまあ強めに彼の頭を叩いた。
「い、いやそれは僕が勝手に」
「ウィルは黙っていろ。ウィルの世話はこいつに任せたんだ。」
ノアさんの方がルイスよりも年上なのになあ、なんて思うけど身分上、国王と執事だ。つくづく、複雑だなあ、なんて思う。
けど、なんかちょっとした茶番っぽくて、僕はこの雰囲気が好きだ。
こういうやり取りを見ていると、全て正直にさらけ出し合うことが出来るのは、幼い頃からずっと一緒にいたからなんだなあ、と実感する。
「まあしかし……今回の遠征はなかなかハードなものだったよ……。後で私の話を少し聞いてくれ。」
珍しく、自分の話をしたがるルイスがちょっと新鮮だ。ノアさんも、はいはいと少し嬉しそうに返事をする。こうして見ると、やっぱり2人は仲がいいなあと思った。
「……と、その前にまず宴だな。」
その言い草はだるそうだ。ルイスはこういった催し物を(あの時の舞踏会といい……)あまり好まないみたいだし……。
僕とノアさんはもう既に準備は済ませてあったから、ルイスが着替え終わったから3人でエレベーターに乗り会場へと向かった。
・・・
城の門が盛大に開き、ぜリムさんとルイスを先頭とした凱旋が、いつかの舞踏会のような拍手喝采が鳴り響く。
国一番のオーケストラが美しいファンファーレを奏でている。
黒を基調としたスーツとマントに、改めて身を包んだルイスはなんだかちよっと新鮮で、しかもまだ慣れない豪華な催しの中、ちょっとだけ緊張しながら拍手をする。
さっきはあんなに柔らかかったルイスの目付きが、ツンドラの氷の如く凍っている。国民の目に触れるルイスの表情は依然として冷たい。
……ノアさんや各軍の最高責任者の3人や僕の前に居るみたいに、あの柔らかい表情でいればいいのに、なんて思ってしまうのと同時に、自分は冷酷不動のルイス・アードラースヘルム国王の優しい眼差しを知っている数少ない人間の中のひとりだと思うと、とんでもない優越感に浸れる自分が、ちょっとずるいと思った。
「……!」
ふと、ルイスと目が合った。
ルイスは確かに少しだけ笑った。
きっと、微々たる表情のへんかだから、周りは気がついていないだろうけど僕には分かった。
無意識に、自分の口から「はわぁ……」なんていうだらしない声が漏れていたのを、ノアさんに聞かれてしまい、クスリと笑われてしまう。恥ずかしい。
それから、遠征に行っていた兵士たちとルイス、それと僕ら中央棟上級職員(僕も上級職員なのか……)達は、彼らと共に宴の食卓を囲むことになっているらしい。ちょっと懐かしい顔ぶれの厨房の先輩方が、料理を丁寧に運んできてくれるのを眺める。
アルヴァマーでは今は丁度、ぶどうが良く採れる季節だから、出てくる料理にはこぞってブドウソースやブドウエキスなどが掛けられていて、もちろんドリンクは白ぶどうのワインだ。
呑気にぶどうの香りを楽しんでいると、僕にも料理が運ばれてきた。
「…… ……あ。」
見慣れた、ゴツゴツとした腕、手首、掌。
その太い腕をつたうように彼の顔に目を向ける。
僕の料理を運んできてくれるのは、バラードだった。
まじか。相当気まづいぞ。
最後に会ったのは、あの日。ルイスが僕に無理矢理キスをした日だ。
脈拍はギュンと上がって血流がバクバクになる。
こわいけど、知らんぷりは出来ない。
ちらりと気づかれないように横目でバラードの顔を覗く。
「服装、きまってんな。」
彼は、いつもの口調でそう言った。
焦りや変な緊張は全く感じられない。
爽やかな顔立ちに、いつもよりキツめに縛ったネクタイ、腕まくりした黒いワイシャツ。彼はあれからなにも変わっていなかった。
僕とバラード以外の誰にも聞こえないような声の大きさでそう囁いた。
僕も、何かを言おうとしたけど、バラードは料理を出してすぐに戻って行ってしまった。
全員に料理がもてなされてから宴は始まった。
…… ……てか、見てたたの、気づかれてんじゃん。
色々あったとはいえ、友達相手にビクビクする僕自身が少し嫌になった。
・・・
(ルイス当人が催し物を好まないため)宴はさっさと終わらせられた。
部屋に戻るなり、僕とルイスとノアさんは堅苦しいスーツやマントを脱ぎ、順番にシャワーを浴びてゆったりとした部屋着に着替えた。体を巻き付ける鎖がふっとなくなったような気がして、良くリラックス出来る。
ルイスの部屋着姿は(同室で生活している為半ば強制的に)何度も見てきたけど、ノアさんの部屋着姿は初めて見た……というか、ノアさんが仕事着以外の服を身につけていることろを初めて見た。
「なんだか、ノアさんの部屋着姿、新鮮です。」
僕とノアさんは先にシャワーから上がって、キッチンで飲み物やら、嗜み程度のお菓子を用意していた。
「ふふ、そうでございますか?……おや、ウィル様、髪がまだ少し濡れていますよ?」
「あれ……本当だ。」
しっかり拭いたつもりだったけど髪はまだ若干湿っていた。
「貴方は側妻なのですから、身だしなみには気を配って下さいね。」
優しい口調でそう言いながら、手早く出したふわふわのタオルで僕の髪を拭いてくれた。
「お前ら、早く来い。」
ルイスはいつもよりもだいぶ早くシャワーを終わらせ、髪もしっかり拭きリビングルームにあるソファーにどっしりと座った。
まだ作りかけだった飲み物を急いで作り上げて、ノアさんとふたりでリビングにもって行った。
最近は暑くなってきたから、いつものような紅茶ではなくて、レモネードティーを注れた。
「やはりぜリムは支離滅裂な男だ。」
そう皮切りに、ルイスは遠征中にあったことを楽しそうに話し始めた。
道中、森の中で不審な物音がしたらしい。他国のスパイかと思い、ぜリムさんが馬から降りてその原因を追い詰めたところ、ただの野ウサギだったとか、人数分の水筒を忘れてしまって川の上流水を初めて飲んだけど、それがなんとも美味しかっただとか、小規模な遠征中の為、本格的なテントは用意できなかったから、久々に食べた魚の串焼きが思っていたよりも口に合っただとか、そんなことを沢山話してくれた。
「へえ、ぜリムさんと戦ったんですか!」
ルイスは思い出すように微笑みながら頷いた。
「ああ。と言っても、遊び程度だがな。」
「ぜリム・バリヤードさんは、当時新人でありながら、驚異の高成績を叩きだし前代未聞の速さで陸軍の最高責任者になられた優秀な方なのですよ。」
「えっそうなんですか!!?」
ま、まあ確かに、あのちょっと常識から外れた感じとか、かなりワイルドな外見がそれを裏付けている気がした。
「奴はやはり化け物だな。体力も気力も技術やセンス、どれもほかの軍人と比べても、ずば抜けてそれらが高い。」
疲れを吐き出すようなため息とともに、ルイスは背もたれによしかかった。
「また『天才』相手に無理をなされて……。今度は何を競ったのですか。」
呆れたようにノアさんがレモネードを飲んだ。
ぜリムさん、天才の名で通ってたんだ……。
「剣術だ。あいつとはそれでしか張り合えんよ。」
ルイスの手にしていたレモネードが注がれたグラスから結露の水滴が垂れた。
「ルイスは、剣術が得意なんですか?」
素朴な疑問を2人に投げかけると、プツリと糸が切れた様にノアさんが笑った。楽しそうなノアさんと裏腹に、ルイスはちょっと恥ずかしそうに頭をガシガシとかいた。
「っあはははは!!ウィル様と居ると退屈しませんね、ルイス。」
「…… ウィル。国王である私が何故いつも腰に剣をぶら下げていると思っているんだ……。」
指で涙を掬いながら、ノアさんがこういった。
「代々、アードラースヘルム王族の血を継ぐものは、剣術を極めなければならないのですよ。誰にも負けないように、とそう意味合いを込めて。」
続けてルイスがこう言った。
「国王である以上、守られてばかりであっては存続が不可能だ。いざと言う時には自分の身は自分で守らなければならないからな。」
それから僕達は深夜、夜が更けるまで談笑した。
空の真ん中に上った月光が、ベランダから差し込んできた頃(それと僕が眠くなってきたというのもあって)ちょっぴり特別なお茶会はお開きになった。
眠い目を擦っていた僕はソファーに横にされ、片付けはノアさんとルイスでやってくれた。悪い気がしたけど、どうにも体が言うことを聞いてくれず動かなかった。
片付けは早く終わったようで、みんなで洗面台に行って歯を磨いてまたリビングルームに戻った。
「それでは、おやすみなさい。」
部屋着の上にジャケットを一枚羽織ったノアさんが、扉を開けて出ていった。
ちゃんと回っているのかどうか曖昧な呂律で、おやすみなさいと返してルイスとベッドに向かった。
久しぶりに、ふたりっきりになった。
ふと、『あの不安』が頭を過る。
蘇る、マーガレットの顔。
こんな夜に、嫌だなあ、思った。
「ねえルイス……?」
モゾモゾとベッドに潜りながら彼はなんだ、とかえした。
「僕は、側妻なんですか……?」
なかなか睡魔に勝てず、瞼がだんだん重くなる。
ピタリ、とルイスの動きが止まった。
「お前は、側妻では無い。」
なんて言ったのか、よく分からなかった。
きっと、眠くて聞き間違えたんだろう。
側妻では無い、そう聞こえたはずだけど、そんなことは無い。
眠いから、そう聞こえたんだ。そうに違いない。
万が一、本当なら、それはまずい。
だってそれじゃあ、僕の存在が、成り立たないから。
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チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
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