側妻になった男の僕。

selen

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#11

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「それでは、5日後にまた会おう。」
特別を意味する黒い馬に乗りながら、ルイスはそう言った。
このルイスの姿を見ると、改めて彼は一国の王なのだということを思い知らされる。
「じゃーな!ウィル!!あとヘルツシュさーん!ルイス国王は俺に任せろー!」
僕はゼリムさんに半分冗談っぽく、任せました!!と言いながら大きく振られた手を振り返した。
まだ朝日が登らない中、僕はノアさんと一緒に陸軍とルイスは出発して行くのを見送る。
「ルイス、無事に帰ってきてくださいね。」
「当たり前だ。ノア、ウィルを頼む。」
「もちろんです。お気をつけて。」
そうしてゼリムさんが指揮をとり、馬は歩き出して行った。

・・・

「今日から5日間、よろしくお願いします。」
ルイスが遠征に行き、午前8時丁度にゲルガーさんが王室へやって来た。
「あ、ゲルガーさん。おはようございます!」
僕がそう返すと、ゲルガーさんはにこりと笑って小さく会釈した。
ゲルガーさんは『美男子』と言う言葉が良く似合う人だな、と思った。初めてあった時はあまり気が付かなかったけど、規則性のあるウェーブの掛かった銀髪には天使の輪が輝いていて、透き通るような白い肌に晴天の空を思い出させる大きな瞳にかかる薄い瞼には長いまつ毛が見てとれた。
失礼だけど、城下町に居る町娘何かよりも、断然美人さんだと思った。
「おはようございます。よろしくお願い致します。……それでは、レム様。本日のご予定をお伝えしてよろしいですか?」
続けてノアさんが挨拶をしながら、分厚い手帳を開いた。
「お願いします。」
ノアさんはそれから淡々と今日の予定を聞き取りやすい様な声の大きさと落ち着いたアクセントで喋り始める。
「……?」
ゲルガーさんの口調は至って普通だ。
でも、なんだろう。この感じ。
冷静に受け答えする声とは相反して、表情はちょっとだけ緩んでいる、というか嬉しそうだった。
僕はあまり深く考えず、いつもと違う仕事ができて新鮮なのかな、と思った。
3人で作業を初めてからだいぶ時間が経った。
「ふう……。段々出来上がった書類が増えてきましたね。」
ノアさんは軽く汗を拭うような仕草を見せた。
たしかに机の上やらを見渡すと、サインやハンコが押された書類が積まれていた。
「本当ですね。休憩にしますか?」
時刻はお昼の12時頃を指していた。昼食がてらに、と僕達は休憩をとる事にした。
妙に静かなゲルガーさんを不思議に思って、僕は普段ルイスが座っている大きな椅子の方を見た。
「あれ?ゲルガーさん、顔赤くないですか?」
「え、ええ?!いや、そんなことないですよ。」
いや、明らかに赤い。具合でも悪いのかな?
焦るようにゲルガーさんは、「暑い暑い。窓を開けましょう」と忙しなく動き出した。
これにはノアさんも違和感を覚えたのか、「レム様。」と彼の名前を呼んだ。
「はっはい?!なんでしょうか、ヘルツシュさん!」
すっと白いスレンダーな手袋を脱ぎ、ゲルガーさんの額に手を当てる。
「レム様。失礼致します。」
「……はっ……?!」
空色の目が見開かれる。
「突然、申し訳ございません。熱があるのではないか……と思ったのですが、冷え性な物なので私の手は上手く測れそうにないですね……。」
ノアさんは困ったように顎に手を当てた。
「じゃあ僕が代わりに……」
「い、いえ!!体調は大丈夫です!お気になさらないでください!」
心無しか、顔の赤みはさっきより増しているように見えた。
「そうでございますか……。なにか不調があれば、無理をせず直ぐにお伝え下さいね。」
細やかに輝く朝露の如く、上品な笑顔でそう言った。その顔からは、まあまあ鈍い(バラード談)僕でも大人の余裕さや色気が感じられた。
それからノアさんは書き終わった書類を紙袋に詰めたじめる。
「ヘルツシュさん、それをどこに?」
咳払いをして仕切り直した様にゲルガーさんが言った。
「国際棟へ持っていきます。お二人はお休みになられていてください。」
「ヘルツシュさんを一人で行かせるなんて、考えられません。私も同行します。」
唖然としたような顔をしてから、ノアさんはクスリと笑ってみせた。
「レム様。貴方は仮にも一国の国王です。このような雑務をして良い様なご身分なのではありませんよ。……それと、ウィル様もです。とりあえずお二人はゆっくりお休みくださいね。」
ゲルガーさんがだめなら、僕が、と言おうとしていたのがバレバレだった。
まだついて行こうとするゲルガーさんを、はいはい、と上手くかわしながらノアさんは王室から出て行ってしまった。
バタンー。
扉が、閉まった。
かすかに、ノアさんが段々遠ざかり、やがてエレベーターが動く音が聞こえた。
ゲルガーさんはため息を着いてソファーに倒れ込む様に背中から座った。
「ゲルガーさん……?本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。」
「えっ」
しんどそうに瞑っていた目をカッと開いた。
「素敵すぎだろ!!!!!!」
ゲルガーさんは突然王室の隅々までよく響きそうな声でそう叫んだ。
それはいつか、僕は男です!と叫んだような、支離滅裂で形容し難い感情にまみれているようだった。

・・・

僕達はお茶を入れ直した。
ゲルガーさんは何故か僕に、「語ってもよろしいですか。」と許可を取った。僕は勿論、遠慮無くどうぞ、と言った。
「唐突だが、私はノア・ヘルツシュさんが好きなんです。」
……それは僕の中でも大体予想がついていたんだ。
「だからどうにも挙動が落ち着きのないものになってしまいまして……。ウィル様にはお見苦しい所をお見せしてしまって、誠に申し訳無い。」
「い、いえ。とんでもない……。」
The・冷静、常人、無頓着の三拍子で生きている人だと思っていたから、こんなにも慌てて取り乱すゲルガーさんを見ててちょっと面白かった。
ゲルガーさんは大きく、長く、深い深呼吸をした。
「ウィル様、ノアさんの魅力が分かりますか?」
「み、魅力ですか……。」
頭の中にノアさんを思い描いた。
清潔感のある黒髪をセンターで分けて、そこから覗かせる紫色の宝石を埋め込んだかのような輝きを持つ瞳。色気を感じる薄い唇。
高身長でスレンダー、品のある風格と落ち着いた口調……。あと、自分より年上の人に感じる特有の頼もしさ。
「こんな感じですかね?」
僕は思い描いた通りゲルガーさんに伝えるとフムフムと納得したような顔をした。
「ウィル様は分かっていらっしゃる。あの馬鹿共には何度この魅了を教えてやっても、何も伝わらなかったので、とても嬉しく思います。」
ゲルガーさんは目を輝かせて、満足そうな顔をした。(馬鹿共って絶対ゼリムさんとゼルダさんの事だなあ)
「……ゲルガーさんがノアさんを好きなのって、恋愛感情として、ですか……?」
彼の体が一瞬固まってから、顔を赤らめて、もちろんです。でなければわざわざウィル様にこんな事を聞きませんよ。と言った。
「そこで、ウィル様に折り入って聞きたいことがあるのですが……。」
えっなんだろう、と僕は身構えた。
「ノアさんの、最近の悩みやそれに似た類の相談なんかはされていないでしょうか?」
ノアさんの、悩みか。…… …… …… 色々考えたけど、全く思い浮かばなかった。
振り返ってみれば、ノアさんはいつも僕やルイスの話を聞いてくれているばかりで、ノアさん自身の話はあまり聞いたことがないと思った。
「…… ……僕が知る限りでは、無いと思います。」
悩み事がない、それで良いはずなのに、何故かゲルガーさんは残念そうな表情をした。
そうですか、と消えてしまいそうな声でそう言った。
なんでだろう。絶対になにか事情があるはずだ。僕なんかで良ければ、相談に乗りたいと思った。
ゲルガーさん、と言いかけたところで、今度はコツコツと一定のリズムで足音が近づいきた。……ノアさんだ。
がっくりと項垂れていたゲルガーさんはその音を聞くなりシャキっと立ち上がり、まるで何も無かったかのように仕事をする時の椅子に座った。
……なんか、ゲルガーさんって揺るぎないなあ。
少ししてから、ドアが開いた。
「ただいま戻りました。」
「おかえりなさい!ノアさん、今お茶を入れるので今度はノアさんが休んでください!」
僕は半ば強引にノアさんを無理矢理ソファーに座らせた。
「ウィル様、お気持ちは有難いのですが、私はまだこの書類を届けていないので……」
ノアさんの脇腹には、さっき持っていったものとは別の茶封筒が挟まれていた。
「僕が代わりに行ってきますよ!だって、4時間ごとに休憩をとるのが、アルヴァマー帝国の労働基準法で決まっていますから。」
ノアさんは呆気にとられたような顔をしてから、「ウィル様には参りましたね。」と笑ってみせた。
「法律で決まっているのならば仕方ありません。お言葉に甘えて休憩させていただきます。」
僕はノアさんから茶封筒を受け取った。それから、
「ゲルガーさん。僕は少し席を外すので、ノアさんにお茶お入れて差し上げて下さいますか?」
そう言うと、ゲルガーさんは嬉しみを隠しきれないような笑みで「もちろんです。」と言った。
なんだか、ゲルガーさんと僕は世にいう『恋バナ』を共有する女の子みたいになった気がした。
それから僕はエレベーターに乗ってから、茶封筒を何処に出せばいいのか、と届け先を見た。
「…… ……あれ。軍需棟ってどこだ?」
とりあえずエレベーターから降りて、歩く。
だって、アルヴァマー帝国の城には中央棟、庶務棟、厨房棟しかないはずだけど……誰かに聞かないと分からなそうだ。
ー突然、前方からの衝撃に、僕は後ろへ勢い良く転倒した。

・・・

「ノア……ヘルツシュさん。お茶をお入れしました。」

「ありがとうございます。これはいい香りですね、ミントティーですか。……それと、ノア、とお呼びして頂いても構いませんよ。」

「……ありがとうございます……。ノアさんは、ルイス国王のあの計画を受け入れたのですか?」

「もちろんですよ。そもそも『アレ』は私とルイスで考え出した物ですから。」

「そんな……だって、あの計画通りに進んでしまえば……死ぬんですよ!?」

「…… …… ……分かっています。それを承知の上で

「…… ……。」

「……貴方に罪はない。なにも、悲しむことではありませんよ。」

「私は……嫌だ。……私は、ルイス国王もウィル様もノアさんも、全員が生き残れる方法を探したい……!」

「それがあればよかったのですけど……。私は、誰かが犠牲にならなければ、幸せは掴めないとかんがえています。あなたもよく知る戦争だってそうでしょう?どの国も戦争や紛争で亡くなった大勢の軍人の方々の亡骸の上に建っているのですよ。……それと同じです。」

「……私は……ルイス国王が好きです。ドリー戦争で上官達が次々に死んでいったあの時、国王はまだ新兵だった私を空軍最高責任者に任命しました。何故自分だったのかは分からなかった。それは周りも同じだったようで、同輩からもよく咎められた。でも、ルイス国王は……お前でなければ務まらない、と仰ってくれた。自信がついた。だから頑張れた。だから一生ついて行きたいと思った。」

「ウィル様も好きです。あの人柄の良さで、私にもすぐに心を開いてくれた。まだ素性もよく分からない私の相談に、真剣にのってくださった。……なにより、あの国王の側妻ともあろう方だ。とても大切に思っている。」

「……それと同じくらい……いや、それよりも、もっと私はノアさんが好きです。最高責任者になったばかりだった私に、国王は忙しく、いつまでも自分については居てくれなかった。ごく当たり前の事ですが、私はまだまだ心細く不安の募る毎日だった。そこに、貴方が現れた。いつも気遣い、そばにいてくれた。私はそれにどれだけ救われたことか……何度助けられたことか……。」

「……私は、好きなんです。大好きなんです。貴方のことが。」
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