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スタンピード

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 侯爵領は南の国境を抑える位置にあり、ツールシア王国にとっての要所である。歴史上、南からの侵攻は何度もあったがそれを全て防ぎ、王国内での地位を揺るがないものとした侯爵家。今も王国一の武門として知られている。

 もっとも、現在は隣国アルテシア王国と同盟関係にあるため、その武威を示すのは人間相手ではなく、専らモンスターなのだが。
 

 早馬を乗り継ぎ、寝る間も惜しんで領都に戻ったパトリシアは侯爵のいる屋敷へと駆け込んだ。

 突然王都から戻ってきたパトリシアに驚く侯爵。何事かと問い正すと、侯爵軍を貸してくれという。

「いくらパトリシアの願いとはいえ、侯爵軍は簡単には動かせん」

「お父様! 魔の森のモンスターが溢れたのです! 何を悠長なことを仰っているのですか! マルベルク要塞が落ちればスタンピードはそのまま北上してこの領都にやってきます!」

 群れになったモンスターはより多くの人間がいるところに集まってくる。マルベルク要塞から一番近く、人口の多い街はこの領都だ。

 侯爵は渋い顔をする。

 もし、パトリシアの言うことが本当なら、今すぐにでもマルベルク要塞へと侯爵軍を向かわせるべきだ。スタンピードは時間を置くと周囲のモンスターを取り込んでどんどん大きくなる。

 今ならまだ間に合う。スタンピードを指揮するモンスターさえ倒せば、モンスターは三々五々と散り散りになり、元の住処へ帰っていく筈だ。

 しかし、確証がない。

 侯爵が頭を悩ませていると、屋敷の表が俄に騒がしくなった。騎馬がそのまま駆け込んできたらしい。このような時は必ず良くない知らせがある……。侯爵は眉間に皺を寄せた。

 執務室の扉が荒々しく叩かれる。侯爵の許可と同時に男が飛び込んできた。

「侯爵様! 魔の森からモンスターが溢れました!」

 国境の砦からの伝来が口にしたのは、パトリシアが語ったことと全く同じ内容だった。

 侯爵の顔つきが変わり、執務室に緊張が走る。

「パトリシア。頼んだぞ」

「お任せください」

「それと……」

 侯爵は執務机から立ち上がり、壁に飾ってある長剣を手に取る。そしてそれをパトリシアに託した。

「これは本来、爵位を継ぐものに渡すのだがな。今回だけ特別だ」

「必ずやこの剣でスタンピードを鎮めてみせましょう」

 鎧の上に長大な剣を背負い、パトリシアはいよいよ戦士の顔をして執務室を後にした。
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