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勘違いじゃない

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「アンナさん! まだいけますか?」

 イブラムの息は荒い。

「当然でしょ? 私を誰だと思っているの?」

 とはいえ、ここまでの激しさは想定していなかったわ……。一体いつ終わるのか?

 私達の周りはモンスターの死体で埋め尽くされ、それを乗り越えてまたモンスターがやって来る。

 魔の森でこんなにもモンスターが集中するなんて聞いたことがない。それにこのモンスター達はどこか変だ。

 ──ドバンッ! と大きな音が響き、イブラムの魔法に巨大なマッドボアが倒れた。そしてその子供と思しき小さなマッドボアが何の躊躇いもなくこちらへ突っ込んで来る。

「眠りなさい」

 眠りの霧を生み出し、マッドボアを包むも──。

「効かない!?」

「危ない!!」

 イブラムの雷の魔法がマッドボアの胴を貫き、地面に転げて痙攣する。

「アンナさん? 何が?」

 マッドボア如きが私の魔法をレジスト出来るとは思えない……。ということは……?

 目に魔力を集中して魔法の痕跡を探る。細く、今にも途切れそうな魔力の糸がマッドボアの体から伸びている。ふーん。モンスターを操るなんて珍しい魔法ね。しかし、詰めが甘いわ。これを辿れば……。

「イブラム! 行くわよ!」

「えっ? ちょっと待ってください! わわ、速い!」

 魔力による身体強化が不得意なイブラムは私に遅れながら、必死についてくる。

 私達に魔物をけしかけている輩がいる。イブラム……もしかして学院で嫌われているの……? 何にせよ、私の可愛いイブラムに手を出したらどうなるか教えてあげましょう。

「急いで!」

「は、はい!」

 夜の森をひた走る。


 しばらくすると、幾つもの灯りが密集し明るくなっているところを見つけた。あそこね……。

「……イブラム」

「……はい」

 何かを悟ったように顔が引き締まった。

「ちょっと驚かせるわ。魔力を頂戴」

 イブラムの右手を左手で握り、スッと魔力を吸い上げた。俄に身体が熱くなる。イブラムの魔力を右手に集中させ、グッと圧縮した光の球をつくった。それを空高く飛ばし──。

「閃光!」

 暗い森の中を光が駆け抜け、まるで真昼のような明るさで周囲を照らす。視界の先には二十人くらいかしら? 学院の生徒達が一斉にこちらに振り返った。

「あなた達。仲良く集まって何をしているの? 遠征でペアを超えての協力は禁止の筈よ? 貴族の誇りはないのかしら?」

 集団の中から男が出てきた。……エドワードだ。その後にはレミリア嬢の姿も見える。やっぱり、よりを戻していたようね。

「うるさい! 平民の癖に偉そうに! この勘違い女が!! 少し魔法が出来るからって調子に乗るのもいい加減にしろ!!」

 はぁ。愚か。

「だまれ! アンナさんを侮辱するなら僕が許さないぞ!」

 突然、イブラムが私の前に立ち声を張り上げた。

「ふん。小国の第四王子風情がしゃしゃり出て。そもそも厄介払いでこの国に留学させられたと聞いているぞ?」

「……」

 イブラムが怯む。

 小国の王子って何のことかしら? まぁいいわ。とりあえず馬鹿な貴族達を始末しましょう。

「ところで、私達に喧嘩を売ってただで済むと思っているの?」

「お前こそ、俺達に逆らってただで済むと思っているのか? こちらは全員、貴族の子女。大人しくモンスターの餌食に──」

 ブンッ! と魔力で圧縮した空気でエドワードを殴り飛ばす。魔法障壁を張る前もなく直撃し、地面に倒れた。

「や、やれ!!」

 誰かの掛け声を合図に様々な魔法が飛んで来る。

 しかし、イブラムが張った厚い魔法障壁が簡単に弾き返してしまう。発動も速かったし、強度は充分。イブラム、成長したわね……。

「そろそろ終わりにする。また魔力をもらうわよ」

 真剣な表情で魔力障壁を維持するイブラムの右手を握る。また、熱い魔力が流れ込んできた。うん。これならいけるわね。

 私は地面に手をつき、イメージを固める。そして──。

「土牢!」

 貴族の子女達を囲むように土の壁が勢いよく伸びる。

「なっ、なんだ!」
「いやぁぁ!」
「気をつけろ!」

 怒号と悲鳴が入り混じるが、やがてそれも聞こえなくなった。ドーム状に固めた分厚く強固な土の牢屋からは声も聞こえない。

「あ、あの……アンナさん……。大丈夫ですか? やり過ぎでは?」

「こちらは命を狙われたのよ? 閉じ込めるぐらい平気よ。朝には教師達が見つけてなんとかするでしょう。きっと何処かで見張っている筈だから」

「そうなんですね。見張っているなら、彼等を止めてくれれば良かったのに……」

「可哀想なイブラム。きっと教師達からも嫌われているのね……」

「えっ、僕ですか?」

「大丈夫よ。私が守ってあげるから」

 そう言うと、イブラムは複雑な表情をした。女性に守ってもらうというのに抵抗があるのかしら?

「あぁ、イブラム。あの土の牢屋に空気穴を空けておいて。窒息して死なれたら寝覚めが悪いわ」

 イブラムはさっと手を突き出し、雷の魔法を放って土のドームの上の方に風穴を開けた。悲鳴がいくらか聞こえたけど、まぁいいでしょう。

「さぁ、モンスターの討伐部位を集めないとね。戻るわよ」

「はい!」

 いつの間にか空は白み始めていた。


#


 王立魔法学院の遠征は二位のペアに圧倒的な差をつけて私達が優勝した。ある意味、私達にモンスターをけしかけた貴族の子女達のお陰ともいえる。

 ただ、良いことばかりではない。

「イブラム。行くのね」

 私はイブラムに呼び出され、貴族街にある公園に来ていた。

「はい……」

 魔力操作を身に付けたイブラムに自国への帰還命令が下ったのだ。相手はイブラムの父親、つまり国王らしく絶対に背けない。

「それで、何を持って行けばよいかしら? 手ぶらでもいいの?」

「えっ!?」

「イブラム。あなた言ったでしょ? 私とペアを組みたいって」

「えっ、僕から言いましたっけ? それにそれは遠征の話で……」

「別の国に行くなんて、まさに遠征ね……」

 一度目を瞑ったイブラムは、覚悟を決めたように目を見開いた。

「はい! そうでしたね! 一緒来てくれますか? アンナさん!」

「喜んで」

 飛び込むように抱きついてきたイブラムは、学院に来た頃よりも随分と背が伸びている。もう少しで私と変わらなくなるだろう。

 可愛かったイブラムが成長してしまって少し寂しい。でも、男らしさがのぞき始めて、私はまたそこに惹かれてしまっていた。

「イブラム……」

 返事の代わりに、ぎゅっと抱き締められる。

 生まれ故郷を捨てて知らない国に行くというのに、私の中には何の不安もなく、ただただ希望と安心感で満たされていた。

 それは間違いなくイブラムのお陰。

 思い返せば、イブラムが学院にやって来てからはずっと幸せだった。これからもそれが続く。

 これはきっと、私だけの勘違いではない筈だ。

「そうよね?」

「えっ?」

「なんでもないわ。さっ、準備をしないと」

「はい!」

 イブラムと私は、同じ歩幅で歩き始めるのだった。
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