回復手段が独占された世界に転移した悪徳霊能者。「身体が整う水」としてポーションを売り出す

フーツラ

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第30話 ミハエルと仙人団子

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「固まるな! 散開しろ!! 的になるぞ!!」

 ミハエルは右肩を押さえながら怒鳴る。その声に、第四小隊の面々は正気を取り戻し慌てて散らばる。そして黒色の怪物に向かって武器を構えた。

 一方のゴブリンキングは小馬鹿にするように左手を腰に当て、右手でミハエルの腕を摘み上げている。

「あの野郎……!」

 護衛の騎士が怒りで奥歯を鳴らす。ゴブリンキングは赤く濁った眼を細めて笑うと、ミハエルの腕を顔の前にもってきて大口をあけた。そして、かぶりつく。咀嚼し飲み下す。

「死ねええぇ……!!」

 冒険者の放った矢が、魔法がゴブリンキングに迫る。しかし、黒い体がブレると、もうそこに標的はいない。ただ地面を撃つのみ。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! と騎士や冒険者の身体を宙に飛ばしながら、前進を始める。

 黒い巨体はまた、ミハエルを狙っているように思えた。一直線に迫っている。何故だ……?

「アミラフ! ミハエル様を守れ!」

 返事の代わりにアミラフが飛び出し、ミハエルの前に立つ。

『グラス! ゴブリンキングに憑け!』
『ウォン!』

 狼の精霊が地を蹴ると白い線となり、黒い疾風とぶつかった。途端、ゴブリンキングの動きが鈍る。痙攣しないまでも、違和感があるのだろう。それが隙となる。

「もらったで!」

 アミラフは踏み込むと同時に大剣を大上段に構え、目にも留まらぬ速さで振り下ろす。分厚い刃はゴブリンキングの頭を縦に割り、胸元まで深く入った。

 大剣を抜くと、支えを失ったように黒い巨体は地面に崩れ落ちる。

 湧き上がる歓声。冒険者達がアミラフに駆け寄り、「さすが姐さん」と持て囃す。

 それを眺めていたミハエルの身体がぐらりと揺れ、地面に崩れた。

「ミハエル様! 大丈夫ですか! 早くポーションを!」

 護衛の騎士が地面に転がるミハエルの身体からポーション漁ろうとする。

「それ、ちょい待ち! てか退いて!」

 冒険者を掻き分け出て来たアミラフが、騎士に待ったをかけた。

「ポーションなんかより、ええもんあるんよ」

 そう言いながら、俺に目配せをする。うん。確かにお披露目にはいいタイミングだ。

 俺は地面に横たわるミハエルの傍に膝を着く。そしてリュックから鉄製の弁当箱を取り出した。

「……それは?」

 失血に朦朧としながら、ミハエルは俺に尋ねる。

「仙人団子。傷ついた身体をめちゃくちゃ整える効果がある」
「……整える? それはどういう意味──」
「ごちゃごちゃ言っとらんと、さっさとお食べ! あーしが食べさせてあげるから」

 そう言ってアミラフはミハエルの身体を左手で抱き起し、右手を俺の方に突き出す。 俺は弁当箱を開け、黄金色に輝く仙人団子、即ち超級ポーションの粉末が練り込まれた団子をアミラフに手渡した。

「ほれ、ミハエル様。あーん」
「えっ、えっ……」
「なーに、恥ずかしがっとるの? あんまり駄々こねると口移しで食べさすよ?」
「それは勘弁してください……」

 ミハエルはポッと頬を紅潮させ、口を開いた。そこにアミラフが仙人団子を差し出す。

 腕をもがれ痛みに苦しむ美少年に、黄金色に輝く団子を食べさせるダークエルフ。シュールな絵面だ。周囲も何が起きているのか把握できず、呆気に取られてただ見守る。

 ミハエルがなんとか咀嚼し、団子を飲み下した。途端、その身が眩い光に包まれる。それが収まると──。

「腕が……生えた……!!」

 護衛の騎士が驚きの声を上げた。ミハエルは大きく目を見開き、呆然と自分の右腕を見つめている。

「ミハエル様、どや? 整ったやろ?」
「これが……整う……」

 存在を確かめるように、左手で右腕を摩っている。

「おい! ツボタ! その団子、他の人にも食わせてもらえないか? 瀕死の奴等が大勢いる!!」

 冒険者が俺に声を掛けてきた。見渡すとゴブリンキングにやられた奴等は地面に寝そべったまま虫の息だ。

「あぁ。仙人団子は大量にある。無理矢理でも口に放り込め。そうすれば整う!」

 俺はリュックから幾つも弁当箱を取り出し、冒険者と騎士に手渡していく。

 立ち上がって周囲を見渡すと、瀕死の戦士達に無理矢理、団子を食べさせるシュールなシーンがあちこちで繰り広げられていた。

『ツボタ、大丈夫なの? 思いっきり目立っているけど』
『ウォンウォン? ウォンウォンウォン』

 背後からニンニンとグラスが心配そうな声を上げた。

『問題ない。領主と子爵軍、そして冒険者を一度に味方につけたんだ。アスター教も簡単には手を出せないだろう。それにアミラフとグラスがいれば、余程のことがない限り、襲われても撃退できる』

 アミラフがニヤリと笑い、グラスが俺に飛びついて顔を舐めた。嬉しいらしい。

「ツボタ。礼を言う。褒美は必ずとらせる」

 動けるようになったミハエルが神妙な顔を俺に向けた。その背後ではグスタフが頭を下げている。親子揃って誠実な奴等だ。

「それには及びませんよ。当然のことをしたまでです」
「いや、しかし……」
「であれば、先ほどミハエル様が食べた仙人団子を公認してくれませんか?」
「公認?」とミハエルは首を傾げた。一方のグスタフはニヤリと笑っている。俺の狙いに気が付いたのだろう。

「ええ。『仙人団子を食べると滅茶苦茶、身体が整う。例え欠損していても、整う』と子爵家からのお墨付きが欲しいのです」
「そんなことでよいのか?」
「はい。我々は『子爵家公認! 仙人団子!』と売り出したいのです。それが何よりの褒美となります。売上の一割程度を子爵家に収めても構いません」

 ミハエルは右腕を摩る。仙人団子の効果を再度確かめるように。

「分かった。センニン団子を売り出す際、『子爵家公認』と宣伝することを許可する。どうせなら、子爵家の敷地に販売所を立てよう。その方が何かと便利であろう」

 そういって、ミハエルはちらりとアミラフを見た。おっ、これは完全に下心。

「ありがとうございます! あと、一つ。先ほどデビッド殿から受け取った上級ポーションを貸してもらえないでしょうか? 後日、必ず返します」
「上級ポーションを……? 別に構わないが……」

 そう言いながら、ミハエルは腰のポーチから上級ポーションの入った小袋を取り出した。俺はそれを受け取り何重にも梱包した後、鉄製の弁当箱に入れてリュックにしまった。


 その後、第一小隊から第三小隊は危なげなくゴブリンを駆逐した。冒険者達は意気揚々と緑の小鬼から鼻を切り取り、ズタ袋に入れた。死体の数は膨大だったため、剥ぎ取り作業は翌日まで続いた。

 デビッドがその様子を詰まらなそうに眺めていたことを、俺は見逃さなかった。
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